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1,1 アカペラ部ができるまで(1)

 世の中に退屈している自分がいた。


 中学生の頃からずっと『日常』に煮え切らない想いを抱いていた。

 それは「どうして、周りの人たちはこんな『普通』を許せるのだろうか?」という、中学生らしい些細な疑問だった。ドラマや小説の主人公のような奇想天外な人生を望んでいるわけじゃない。ただちょっとだけ刺激的で、ほんのちょっとだけ魅力的な毎日を過ごしてみたかった。最初は、ただそれだけだった。

 まず、俺はその『特別』を学内で見つけようとした。目についた部活に一通り入ってみたり、生徒会に立候補してみたり、バンドを組んでみたり。けれど、自分が求めている『何か』……『特別』なことは起こらなかった。ルールさえ違っていたものの、おおよそ世界を構成する要素は変わらなかった。


 どこの世界にもある『当然』。

 組織の価値観にそぐわないことを排他する『当たり前』。

 肩を切って大手を振って歩き回る『普通』。


 学校全体が『常識』と言う名のやまいに侵されているようだった。

 『変わった出来事』を起こし得ないように構成された世界観。少しでも特別なことをしようとすると、『常識』と言う名のしがらみは四肢に無遠慮に絡みつき、『そんなことをするな、平凡であれ』と口うるさく諭してくる。そんな世間の常識にひとたび耳を貸してしまったら……もうおしまいだった。後は、平凡で、平素で、真っ平らな毎日が続いていくだけ……。

 どうやら、現実と言うのはどうもそう思い通りにはいかないようだ。

 絶望した俺は、学内の世界を排除して『外の世界』に目を向け始めていた。まだ心の中にうっすらと希望は残っていた。それは、「ここが、単に特別な場所なだけで、外ではもっと『特別』を許容する世界があるに違いない」という仮説。環境が変われば――そう、たとえばみんなとは違う高校に入ったら――何かが大きく変わってくれるかもしれない。そうして俺は周りの集団を無視するようにただ勉強に没頭し、必死の努力の結果、なんとか数ランク上の学校へ入学を果たすことができた。

 ……しかし、そこで待っていたのは、またしても『何も変わらない世界』だった。

 言ってしまえば、高校というものは中学校の延長線上でしかなかった。


 学園という大きな箱に入れて、品質管理のように日々良し悪しをチェックされ続ける学園生活。

 決まった線路をミニ四駆のように並んで走らされる競争社会。

 無味無臭の料理を延々と口に運び続けられるような教育システム。


 ……ああ、つまらない。


 牢獄から逃げ出したつもりが、また別の牢獄に入りこんだ気分だ。人生に意味を見いだせなくなった俺は、とうとう勉強そのものを放棄してしまった。学校には登校するものの、授業には出ず、ただ屋上で時間を潰すの毎日。不良行為こそ行わないが、アウトローに片足突っ込んだような学校生活だ。

 屋上でサボリ始めた当初は、先生が叱りにやってきもしたが、……その叱り方は「俺の評価に関わるだろう」あるいは「こんなことをしていたらロクな人間にならないぞ」などと……目に見えた自己保身や常識人気取りの正論ばかり。全く持って従う気にはなれなかった。案の定、一週間も無視を決め込んでいると先生は何も言ってこなくなった。俺によって下がる社会的評価と連れ戻すための労力を天秤に乗せて、後者が上回ったのだろう。

 こうして、俺は『孤立』と言う代償を支払いつつも、自分にとって非常に都合のいいポジションを手に入れた。

 設置されたベンチに腰かけながら、スマートフォンの音楽プレイヤーを開き、本を読む。イヤホンから聞き流すのは、誰も知らないような売れないアーティスト。常識に蝕まれた世界に「ふざけるな」などと唾を吐きつつも、心の底ではどこか「こんなはずじゃなかったのに」とどこか自分を嘆いている――そんな自堕落な音楽。


 ……そんな曲を聴いていて心地よく感じるということは、自分も心のどこか奥底で嘆いているのだろうか?


 何かに打ち込むでもなく、本来大切なはずの時間をただ浪費する毎日。 

 青春の一ページは、文字にも絵にも似つかない『どうでもいい落書き』で埋め尽くされていき。

 罪悪感にも似た感情が心の奥底にわだかまっていく……。

 しかし、なぜだろうか。そんなに不名誉で不衛生な学生生活を過ごしているというのに、なまっとうな学生に戻ろうだなんて気はこれっぽっちも起こらなかった。 

 

 結局は、俺にとってこのポジションが心地よかったのかもしれない。


 イヤホンの奥から流れ込んでくる音と、この屋上から見渡せる風景だけが、俺の世界だった。

 狭い世界だ。そして、何一つとして正しさを持たず、他の人と共有もできない、むなしい世界だ。

 それでも、ただ一つ自分らしさを保つことのできる、ちっぽけながら誇らしい世界だった。


 ……しかし、退屈だ。


 閑静な森の奥底で人知れず暮らす老人のように、ゆっくりと埃を被っていく感覚。本棚の奥にしまいこまれた本にでもなった気分だ。本に込められた書き手の想いや情熱なんて世間一般にはどうでもよく、吹かず飛ばずで終わった物語はこうして誰にも知られずに終わりを迎える。


 ……まあ、それでもいいのかも、しれない。


 ベンチに横たわったまま、俺は瞼を閉じる。

 そして、頭の中にどんよりと溜まった澱みのような感情を、意識の外に追いやるように……俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

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