0.3 静町 葉鳥と肉欲おばけ
いつも練習をしている校舎裏。そこに植えられた一本の木の根元に、二人の少女が座っていた。
木を背もたれにして座っている少女が、一瀬奈々子。
そして、その奈々子にもたれかかるように……彼女の豊満な胸に頭をうずめて至福の表情を浮かべているのが、静町葉鳥だ。
俺がそちらに近づいていくと、葉鳥は少しむっとした風にこちらを睨みつけてきた。
「……こんにちおっぱい」
囁くような声で、葉鳥はそんな風に『先制攻撃』してきた。
「お久しおしり」
負けじと、俺も反撃に出た。そのまま俺たちは視線でバチバチと火花を散らした。
……そう、俺と葉鳥はお互いの性癖を巡って熾烈な争いを行っているのだ。
「あれ、小絵くん。やっと来たんだ」
今更気付いたのだろうか。奈々子は長いウェーブの髪を右手でさらりと流し、ぱちりとウインクなどして見せた。……そのウインクには多分何の意図もないのだろうが。思わず、どきりとしてしまう。
「遅かったね。ボク達はメールしてすぐここにやってきたのに。まあ、キミが何をしていたのかは察しがつくけどね」
そう言いつつ、奈々子はひょいと細い腕を俺のほうに差し出した。
俺がいつも奏に餌付けをしているのは、部内では有名なことである。どうやら「今日のおやつを貰うことで許してやる」ということらしい。
「すまんな。ほれ、ちゃんと持ってきてるよ」
「やった!」
お団子の袋を奈々子に手渡す。
彼女はすぐさま袋の中に手を突っ込み、がさがさとお団子の入った箱をまさぐりだした。
片手で箱を器用に開けて、お団子の一つをぱくりと口に咥え……至福の表情を浮かべ、もう一つを葉鳥の口におもむろに突っ込んだ。
「…………むぐう」
強引に口の中に入れられたのだが、葉鳥は慣れているらしい。
美味しそうにお団子をむしゃむしゃと咀嚼し出した。
「はむはむ、ごくり。……うむ! 葉鳥これ美味しいね!」
「………………むぐむぐ」
「ちょ、ちょっと! 葉鳥! ボクの胸に汁をつけるのはやめてよね!?」
「………………おっぱいに汁をつけて楽しむプレイ」
「なんてマニアックな!? こ、こら! えっちぃこと考えちゃダメだよ!?」
などと、二人は微笑ましい会話をしていた。
彼女たち、静町葉鳥と一瀬奈々子は小学校時代からの仲で、いわゆる幼馴染みであった。
「あ、そうだ。これ、生徒会長から部長に渡してって言われてたんだけど。小絵くんに渡したほうがいいよね?」
奈々子は……なぜかその豊満な胸の間から一枚のプリントを取り出して、俺に差し出した。
アカペラ部の部長は凛だが、彼女はこういった事務的な作業が大の苦手……というか嫌いで、すぐにボイコットしたりなかったことにしたりする癖がある。そのため、お役所仕事は全て副部長である俺が管轄している。
「おう、さんきゅ」
生徒会から、か。なんだろうか?
ざっと資料に目を通してみると……。
「…………げ」
そこには、かなりマズイことが書かれていた。これは一度部のみんなで話し合わないといけないことだ。
……だが、今、このタイミングで話してもいいものか。
「奈々子。これ、読んだ?」
こくり、と奈々子は頷いた。しかし、何も言わないところを見ると、彼女としても炯々に話をすべきことじゃないという判断らしい。おそらくまだ俺にしか知らせていないだろう。
「ここは風の声が良く聞こえる、とても良い場所だ。ボクとしても失いたくはないんだけどね」
……風、なあ。基本的に良い子なんだけれど、奈々子には少し電波っ気があったりする。
「そ、そうだな」
ごまかすように俺はプリント畳んで鞄の中にしまった。
「あれ、小絵。どーしたの?」
そのタイミングで、凛が背中から話しかけてきた。
「ど、どうしたって……?」
「小絵、今プリント持ってなかった?」
「なんでもないよ、凛ちゃん。私たちは今、風の話をしていたの」
戸惑って答えれなかった俺に、奈々子が助け船を寄こした。
「ほほう! 今日はどんな風に言ってるの?」
「うーん、今日の風はざわめいてるね。なんだか一波乱が起きそうだって……みんな呟いてる」
「ほんと!? うう、洗濯もの大丈夫かなあ……」
なんてチグハグな会話を行っている二人。
奈々子の『風』の話を、凛は天気予報のように捉えているようだった。
天然の凛と、電波な奈々子。部内ではいい具合にバランスが取れているのではないだろうか?
「みなさん、ふみません。ほくれてしまいまひた」
そして最後の部員、奏が手で口元を隠しながらとたたと駆けてきた。
口の中に咥えているのを隠したいのだろうが。
「……奏、ほっぺが大きく膨らんでるぞ?」
「ふえ!? な、なんのことですかね!?」
バレバレである。
「さて、みんな揃ったようだし。そろそろ練習するか」
「はい!」「おう!」「うん!」
などと、俺たちは練習を始めるのであった。