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0.2 水際 奏と甘いお菓子

 クラスの男子たちに水際みぎわ かなでという少女の印象を尋ねると、まず『高嶺の花』という言葉が返ってくるだろう。

 出るところは出て凹むところは凹んでいる理想的な体型に、日本人とドイツ人とのハーフという、外人特有の整った美貌。腰まで伸びた長い髪をツインテールに結い、常にしゃきっとした姿勢を崩さない。授業を受けている時ですら、その気品のある佇まいを崩さない。さらに、その天に恵まれた容姿に加えて、彼女は類まれなる音楽の才能を持っていて……才色兼備とは、奏のためにある言葉なんじゃないだろうか。

 一方、彼女は教室でどこか排他的な雰囲気を纏っていた。人との間に壁を作る……と言えばいいのだろうか。混声合唱部での彼女もまったく同じ態度だったらしく、その美貌と天才的な歌唱力も相まって、部員からは『孤高の歌姫』などと噂されていたらしい。

 しかし、


「あれは捨ててはいけないものだったんですね……。すみません……」


 アカペラ部での奏は、それらの印象とは全く異なっていた。

 奏曰く、どうやら知らない人がいると緊張してしまい、つい『しっかりした姿を見せないと』とテンパってしまうんだとか。事実、部室でぺこぺこと小さな頭を下げ続ける奏からは、美人特有の傲慢さや優越感は一切感じられない。強気な態度は人並み以上にあるものの、むしろ謙虚で人懐っこささえ感じさせる。

 見知った人と話す奏は、どこにでもいる等身大の少女でしかない。

「いいよ……。部室に置いといた俺も悪いんだ……」

 放心しながら俺は答えた。

 ゲームは妹から借りたものだ。うーむ、立花、きっと怒るだろうなあ……。

「本当に申し訳ないです……」

 俺の憂鬱な心象を察してか、奏はどうしようかと今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。そこまで気にしてはいないのだが……真面目な奏だ。悪いことをしてしまったと、かなり心に来ているらしい。

「いや、ほんとに気にしなくていいぞ。立花は謝ればちゃんと許してくれるだろうし」

 ……その代償として、何か強要されるのは確実だが。

 妹の立花は妙な性格をしていて、ゲーム借りる時はノリノリで俺のヌード写真を撮影してきた。

 今度は俺、何されるんだろ……なんだか寒気がしてきたな。

「そう、ですか。子絵さんは優しいですね。てっきり罰として裸に剥かれるとばかり……」

「俺のことをなんだと思っているんだ」

 奏の頭の中の俺は、どれだけ鬼畜な存在なのだろうか?

「でも、せめて罪滅ぼしをさせてください」

「え、いや、だからいいって。そもそも学校にゲーム持ってきてた俺が悪いんだし。そんな何かしてもらうようなことじゃない」

「それじゃあ私の気がすみません! 私、小絵さんのためになんでもしますよ!」

「……………………ほう」

 『なんでもする』という単語に、俺の欲望センサーがビビンと反応してしまった。

「今、なんでもするって言ったか?」

「はい。私にできることなら……ですけど……」

 奏では弱弱しく目をそらし、

「でも、私の不注意で小絵さんの大切なものを捨ててしまったのですから。なんだって言ってください。私、精一杯頑張ってこなしてみせますから!」

 そんな健気なことを言ってきた。

 ああ、そうか。なら遠慮はいらないよな……?

「じゃあ、奏。一つお願いがあるんだ」

「はいっ! なんなりと申しつけてください!」

 ぱぁっと、奏は花のような明るい顔を見せた。

 俺はそんな奏の手をぎゅっと握ると、彼女はきょとんと目を丸くしてきた。

 そして、俺は満面の笑みを浮かべ、すぅーと息を大きく吸い込んで、


「俺にお尻を見せてくれえええええええええ!!!」


 部室一杯に俺の叫びが響き渡った。

 奏は、戸惑うように目をきょろきょろと泳がせた。

「お、お尻……ですか……?」

「おう!」

「なんでそんな自信ありげに頷くんですか!? お尻を見せろなんて言われたのは初めてです……!」

「ふふ、クラスの連中は奏の容姿を見て可愛いなどと評価していたが、俺にとっては外見などどうでもいい! それよりお尻! それでもお尻! それゆえにお尻! その小振りで、奇麗に整ったお尻を……俺は愛でたい! そう、存分に愛でたいのだ!」

「ふえええ!? ぶ、部室に変態がいました……!! 褒められたのは素直に嬉しいですけど、いきなりそんなことを言われても……! で、でも悪いのは私ですし……」

 身体はびくびくと肩を震わせ、目蓋に涙をためながらこちらをちらりと見た。

 唇に指を当てて、しばしおどおどと思考を右から左へと行き来するように考えていたが……。

「い、いいですよ。お尻、見せてあげます……」

 覚悟を決めたのか、奏はこちらに背を向けた。

 そのまま机に手をついて、ゆっくりと前のめりに……お尻をこちらに突き出していく。

「あう……あうう……」

 涙目になる奏にそそられる。俺は突きだされたお尻を堪能しようと、ごくりと唾を飲み込んだところで、

「――あぶぁ!?」

 ふいに俺の頭に分厚い本が食い込んだ。

「こらっ、小絵! 私の部員をいじめちゃダメだよっ!」

 凛がむすっとした表情で言った。

「かなちゃんも悪気があったわけじゃないんだから、そんな無茶言っちゃダメ! どうしてもお尻が見たいなら、私が代わりにお尻を見せてあげるから! だから、かなちゃんのことは許してあげて……!」

「う……」

 そこまで言われると、俺もこの漲る性欲と性癖を収めざるを得ない。

「り、凛さん……」

 涙目になった奏は、凛にぎゅっと抱きついた。普段強気な態度の奏だが、なぜだか凛には素直に甘えるのだった。クラスメイトが見たら思わず目を白黒するような光景だろうな。

「ん、メールか」

 ふと俺のポケットの携帯がバイブした。メールの主はもう一人の部員、奈々子からだった。

「もうすぐしたら奈々子と葉鳥が来るってさ。それまでこれでも食べて待っとこうぜ」 

 俺はそっと小鼓を机の上に乗せた。

 ぴくりと、奏が反応する。

「もしかしてまた美味しいお菓子ですか?」

「おう」

 きららんと奏の目が輝いた。今までにない笑顔である。

 そう。何を隠そう、奏は甘いお菓子に目がないのだ。

「今日は何のお菓子ですか?」

 条件反射のように、奏は椅子にちょこんと座り、すぐさま待機の体勢に入っていた。

「駅前のお団子だ。ご賞味あれ」

「いただきます!」

 ぺろりと口に含んだ途端、

「はうう! 美味しいですー!」

 目を輝かせ、頬を緩ませて喜ぶ奏。ご満悦の表情である。

「にやり」

 思わず、こちらもニヤけてしまう。

 ……くくく、作戦成功だ。そう、この行動には裏があるのだ。大の甘いもの好きである奏は、お菓子一つでこんなに無防備になる。だから、こんな風にたくさん恩を売っておき、頃合いを見計らってお尻を拝ませてもらえるように頼むのだ。ふふふ、我ながら完璧な作戦だ……っていたあ!?

「なんで叩くんだよ、凛」

「今、変態なこと考えてたでしょ。餌付けでかなちゃんを落そうとかそんなこと」

「え、そ、そんなことないし」

「嘘だー。顔に書いてあったもん。『奏のお尻見たい。どうしても見たい』って」

「ま、マジか……」

 バレバレすぎるだろ、俺の顔。 

 てか、そんな具体的にバレるだなんて、一体どんな風に書いてあったんだろう……?

「もうっ。子絵にしろ葉鳥ちゃんにしろ。どうしてこの部活には変態さんが多いのか! 凛さん困っちゃうよ!」

「凛も凛で普通に変態だからな?」

「ふへ!? 今すっごく心外なこと言われた!?」

 ががーんとショックを受ける凛だった。

「あ、ところで、楽譜なんですが」

 お団子をほむほむと頬に咥えながら、奏は俺と凛に楽譜を手渡してきた。中身に視線を落とすと、そこにはなんと奏の手書きでアドバイスが書かれていた。

「あの、私、口下手で、練習中はなかなか思ったことを言えないので……こんな風にまとめてみました。どうでしょうか?」

 一小節ごとに丸い文字が書かれており、それが楽譜一杯に敷き詰められていた。しかも、どうやら部員五人分全員のを作ってきたようだ。

「それぞれ癖みたいなものもありますし、この辺りを重点的に攻めていけばもっと良くなるかなと思います。肝心の音程に関しては……その、私が逐一チェックしていきますので」

「ああ、任せたよ」

 どこかお茶を濁すような言い方をする奏。

 奏の持つ特殊能力――『絶対音感』。聞いた音の音程を即座に判別することのできるその能力は、音楽を志す者なら誰しもが羨むものだ。しかし、彼女の才能には少し『変わったもの』で……。その異質さから苦労をした彼女である。それでも音楽に本気で取り組んできた彼女だ。

 うーむ。こんな奏の前で「やる気がない」だなんて言ったら罰が当たるよなあ。

「よし、おやつも食ったし。そろそろやるか」

「うん!」「はい!」

 やる気になってきたことだし。

 キーボードを背負い、よしっと意気込み立ち上がる。

「あ、その前に……もう一つだけお菓子、貰って行っていいですか……?」

 

 残ったお団子にじゅるりと舌舐めずりなどする奏だった。

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