Act.99 時の止まりし夜の果てで
エルヴズユンデは、境界空間を凄まじい速度で前進していた。もうすぐ、目的地が見える筈だ。
「…もう少しです…!!」
そして、目的地の姿を見たギルティアは、その光景に絶句した。
ギルティアは、かつてインフィナイトが語った言葉と、ガルデンベルグの遺跡から得たデータから、荒廃した大地を想像していた。
しかし、目の前に広がっていたそれは、既に、世界と言えるのか。
「これ…は…」
そう、そこにあったのは、ただの大地の断片。小惑星群にも見える、世界の破片だけだった。
インフィナイトがここに身を隠していたというのならば、発見されないのも分かる。ギルティアも、同じように破壊された世界を何度も見ている。
しかし、もし、自分の帰るべき場所を持つ者の帰るべき場所が、待っていてくれる人ごと、
このような光景へと変えられてしまったら、果たして、帰ってきたその者はどう感じるだろうか。
そして、エルヴズユンデがその世界の領域内に進入した、直後だった。凄まじい光が、ギルティアの視界を白に染めた…。
Act.99 時の止まりし夜の果てで
次の瞬間、ギルティアは、青空を飛んでいた。眼下には、黄金色に色づく稲穂、そして、その少し向こうに、小さな村がある。
恐らくは、何者かの記憶の再現だ、ギルティアは確信する。そして、同時に、今、ここで記憶が再現されるとしたら、間違いなく、それは…。
「インフィナイト…ここが、あなたの…」
ギルティアが、呟く。田園風景の中、一人の少女が、森のほうへと向かっている。
森の奥には、大きな岩山が見える。恐らくはそこが目的地なのだろう。
「今年も豊作…今年こそ、ライズ様にも収穫祭に参加してもらおっと♪」
少女が満面の笑顔でそう言う。
そして、場面が切り替わる。岩山の前には、広い花畑が広がっていた。
「ライズ様ー!ライズ様ー!」
少女がインフィナイトのかつての名を呼ぶ。
「おはよう、エイリィ…今日も遊びに来たのだな」
言葉と共に、岩山に開いた洞穴の奥から、白い翼の黒い竜が姿を現す。インフィナイトの黒いボロボロの翼は、本来は白い翼だったのか。
「うん!」
エイリィと呼ばれた少女は、笑顔で頷いた。
「さぁ、今日は何をするのだ?」
「何しよっかな…私はライズ様と外の世界の事を話してるだけでも楽しいのよね」
「フフ…そうか、ならば、少し話すとしよう」
ライズとエイリィは、笑顔で会話を始めた…。
そして、また場面が切り替わる。時間は既に夕方になっていた。
「…余に、明日の収穫祭に参加して欲しい?」
「うん!今年もライズ様のおかげで豊作だったんだし、ライズ様も豊作のお供えだけじゃ、寂しいでしょ?」
その言葉に、ライズは苦笑した。
「成る程、そういう事か…もし、皆がそれを望むなら、余も是非ご一緒したいものだな」
「うーん、それが、皆はそんな恐れ多い事、出来ないって…今までも何度か呼びたいと思ってたんだけど、お父さんお母さんが、やめなさい、って」
「成る程…ならば、余自らお邪魔させてもらおう。余も、汝らこの世界の住人と、もっと仲良くしたいのでな」
ライズは、そう言って微笑んだ。
「…花畑、だいぶ大きくなったわね」
「うむ、汝がここに花の種を植えるといった時は正直驚いたが、これはこれで悪くない…余自身もここまで早く広がるとは思わなかったぞ」
そして、太陽の傾き方を確認したライズが、言葉を紡ぐ。
「…時間は、大丈夫なのか?そろそろ門限かと思うが」
「あっと、いけない!」
エイリィが慌てて駆け出す。
「それじゃ、また明日ね!」
「うむ…収穫祭、楽しみにしているぞ」
ライズは、駆け出したエイリィの後姿を、笑顔で見送った…。
そして、そこから場面は大きく切り替わった。その光景に、ギルティアは驚愕する。時はその日の夜、村は炎に包まれたのだ。
「まさか、罪なき村人たちまで巻き込むとは…そこまで堕ちたかガルデンベルグ…!!」
ライズが、岩山の上部の穴から飛び立つ。村を流れる川の源流の水を利用し、炎に包まれた村へ雨を降らせる。
そして、降下してきた機動兵器を、眼下にいた兵士達を、ライズが展開した閃光が次々と喰らい尽くしていく。
村人達は森の方へと逃げ込んだようだ…ここで兵士達を食い止めねばならない。しかし、次々に機動兵器が降下し、兵士達も降りてきている。
一体、どれだけの戦力を投入する気なのか。そして、こちらはこの場所にいては空間閉鎖も広域攻撃も使えない…確実に、村人達を巻き込んでしまうのだ。
その状況下では、いくら究極生命であるライズでも、この数を迎撃しきれる訳がない。それでも、ライズは単身、ただひたすらに降りてくる機動兵器や兵士を撃破し続けた。
「そこまでだ!ライズ!!」
しかし、数百機程の機動兵器を撃破した所で、眼下から声が聞こえる。
「!?」
「村人たちがどうなっても良いのか!?」
見ると、村人達が捕まり、森を抜けた花畑に集められていた。
「…ぬぅ…」
「フフ…降りてきてもらおうか…?」
その言葉に、ライズが降下する。指揮官と思しき男の笑い声が、夜の花畑に木霊する。機動兵器が、一斉に銃を構える。
「やれ!!」
指揮官が手をかざすと、機動兵器が一斉にライズに攻撃を開始する。
「ライズ様!」
村人たちが悲鳴を上げる。
「大丈夫だ…汝らに…手出しはさせぬ…余は構わぬ、村人達の無事を約束せよ…!!」
「クク…そんな事を言える立場だと思っているのか?」
指揮官が命じると、部下が村人の一人を射殺する。
「な…!!」
「今までよくも我らの栄光に泥を塗り続けてくれたな…その礼、たっぷりとさせて貰うぞ…!!」
機動兵器からの攻撃が更に強力になる。
「ぐ…うぅぅ…貴様ら…!!」
「ククク…対究極生命用特殊重力弾頭の味はどうだ?ライズ…」
「ライズ様…おのれ!」
村人の一人を皮切りに、村人達が一斉に兵士達に飛び掛る。
「な、貴様ら…ええい!人質にならん連中は殺せ殺せェェェェ!!!」
「我らはライズ様に今までどれだけ救われてきたか…我らがライズ様を苦しめてしまうというのならば!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!」
ライズもまた、村人達を攻撃する兵士達を次々に喰らい、消し飛ばしていく。しかし、村人達は、一人、また一人と銃弾に倒れていく。
村人達の殆どが倒れた所で、指揮官がニヤリと笑う。
「それくらいにしたらどうだ?ライズ」
「!?」
見ると、兵士の一人に、エイリィが捕まっていた。
「…ライズ様…ごめんなさい…」
同時に、村人達の抵抗もまたぴたりと止む。
「…貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ライズが怒号を上げる。
「フフフ…最初からこうすればよかったのではないか…ならば、他の連中はもう要らんな…やれ」
抵抗をやめた村人達を、兵士たちが一斉に射殺する。
「ジャガーノート砲のエネルギー充填率は七十パーセント…もう少しいたぶってもいいか…」
指揮官が再び手をかざすと、機動兵器達が武器を変更する。大型のエネルギー砲だ。
「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!」
人質を取られていては、創壁を展開する事も出来ない。閃光の雨に呑み込まれ、ライズの全身から、血が流れる。
「ライズ様!ライズ様!!」
エイリィが叫ぶが、更に攻撃は続く。しかし、その直後だった。
「ライズ様をいじめないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
エイリィが、兵士の手を振り切り、ライズの前に出たのだ。
「な!しまった!!」
兵士達が慌てるが、既に遅かった。
「ライズ様…何で、こうなっちゃうの?何で、皆、幸せな時間を壊したがるの…?」
エイリィが、ライズに向けて言葉を紡いだ直後、砲撃の爆発で、エイリィは、そのまま光の中へと消えていった…。
「エイリィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!」
ライズの咆哮が、世界に木霊する。
「かけがえなき命を、失われるべきではない幸せを、まるで虫けらのように奪う…ならば、汝らは何だというのだ…虫けら以下のゴミ共が…!!」
そして、周囲に凄まじい量の光の竜が展開され、周囲の全てを喰らい尽くしていく。
「許さん!許さんぞ人類ィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」
降下していた部隊を、凄まじい爆風で瞬時に全滅させる…もう、花畑も村も、跡形もなかった。
そして、インフィナイトは境界空間に飛び出す。そこには、更に大部隊が展開しており、その中央で、超巨大な戦艦が、艦首砲をチャージしていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!」
展開した剣を振るい、凄まじい量の敵機を一刀で捻じ伏せ、巨大な戦艦に迫る。戦艦の艦橋で、ガルデンベルグの皇帝が焦る。
「まさか…こんな事が…!!」
「ほう…成る程、この卑怯さはこういう事だったか!!許さんぞ!レイヴァァァァァァァァァァァァァル!!!!!」
「敵はたかが一匹だ!!何としても止めよ!!さすれば、それを成し遂げた者の栄光は末代まで語り継がれるであろう!!」
凄まじい砲撃をものともせず、ライズは戦艦に向け突進していく。
「ジャガーノート砲、チャージ完了しました!!」
「た、助かった!!ライズ!これで最後だ!!」
戦艦の艦首から放たれた凄まじい閃光が、背後にあった世界ごと、ライズを飲み込む。
「う…ぐおああああああああああああああああああ…!!」
白い翼が、エネルギーに焼かれて散っていく。
「…まだ、まだだ!まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかし、閃光の中を、ライズは尚も羽ばたいていく。
「うぅぅぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ライズの、剣による渾身の一撃が艦首に叩き込まれると、戦艦のエネルギーが暴走を起こして艦首が大爆発を起こす。
「皆の…エイリィの…無念を…ぐあああああああああああああああああああああああああーっ!!!!」
そして、ライズはそのまま、閃光へと消えていった…。
次の瞬間、目の前には、砕け散った世界が広がっていた。
「…これが…真実…」
ギルティアの目からは、自然と、涙が零れ落ちていた。エルヴズユンデが、砕け散った世界の破片の中を進む。
その中心にあたる場所で、インフィナイトは静かに佇んでいた。そして、インフィナイトはギルティアの存在を確認すると、静かに目を開ける。
「…あの夜から、余の時は止まった…」
インフィナイトは、傷だらけだった。自らの傷の回復よりも計画の実行を優先していたのだろう。
「彼女が再び微笑んでくれる未来を、この手で作り出す為、皆が、心から笑顔でいられる宇宙群を生み出すため…!!」
インフィナイトの翼が、強く羽ばたく。同時に、境界空間に吹く筈のない風が吹き、存在する筈のない花弁が散る。
「そう…あの夜から、そして、この場所から…余の逆転劇が始まるのだ!!!」
次の瞬間、そこには、かつてライズだった頃のインフィナイトがいた、あの花畑があった。いや、花畑は、世界全体に広がっていた。
インフィナイト自身の傷も回復している、いや、その黒い翼が、白い翼へと変わって、否、『戻って』いる。それは、ただの回復以上の事を意味していた。
「…あなたの望みが、そして、望む宇宙群の姿が、分かった気がします」
インフィナイトは、この世界のかつての姿に、理想の宇宙群の、そう、人と、それ以外の強大な力を持つ存在達が手を取り合って築く未来の姿を見ていた。
「そして…あなたの望みは、宇宙群の創造者として正当なものです。確かに、この宇宙群に生きる人類の罪は、清算されねばなりません」
過去は過去、現在は現在と断じるは簡単だ。しかし、かつて犯した人類の罪の重さは、その時点で滅ぼされるに十分に足るものだ。
それを裁く者がいないが故に、今までそれが清算される事なく残った、ただそれだけに過ぎない。
ならば、何故、それでもこの宇宙群を守るために戦うのか、ギルティアは静かに、そして一言一言、まるで自らの想いを確かめるように言葉を紡ぐ。
「しかし、私は、今までこの宇宙群に今生きている人々を見てきました…それは、今ここで滅ぼされるには、あまりにも惜しい」
そして、エルヴズユンデが剣を構える。
「だから、私はあなたと戦います!それが正当な事かは、私には分かりません。しかし、それが、鍵の…そして、鍵として生まれた鍵ならざる私の使命です。
ですから、もしあなたが目的を達する事を望むというのならば、私を倒しなさい!!」
エルヴズユンデの肩パーツが上に、そして横に開き、脚部に装備されたブースターが、羽根を広げるように開く。
「オーバーアクセス…アクセス率百五十パーセント…これで、最後にします!!」
後悔など無い。今までも、そうやって生きてきた。そして、それはこれからも、最期の瞬間まで変わる事は無いだろう。
「アクセス『レベル2』発動ッ!!過ちの鍵、ギルティア=ループリング…推して参ります!!」
ギルティアの言葉にインフィナイトが頷き、インフィナイトもまた剣を構える。
「…フフ、いい覚悟だ。汝の言葉を聞いて、良く分かったよ…やはり汝とは、全身全霊を賭して向き合わねばならない。
汝を打ち破らねば、余の望む夜明けは訪れぬ。余は、この夜を越え、真に光満ちる世界をこの手で作り出してみせる!!
どちらの望む未来が叶うか…さぁ、今が選択の時ぞ!インフィナイト…否、曙光竜ライズ…いざ!!」
インフィナイトは、かつての己が名を名乗り、エルヴズユンデに突進する。剣と剣が、真正面から激突する。
一撃一撃、衝突する度に、インフィナイト、いや、ライズの記憶、思い出が、ギルティアの脳裏に浮かぶ。
静かに宇宙群の行く末を見守っていたライズの元へ、ある日突然、一人の少女が駆け込んできた。それが、ライズとエイリィの出会いだった。
「あなたが…神様…?」
「いかにも、確かに、ここにいる神様とは、余の事で相違ない。少女よ、そこまで息を切らし、一体、余に何用だ?」
その問いに、少女は答えた。
「ここに、神様がいるって聞いてたので、神様なら何とかできると思って…お母さんが、医者でも治せない重病で死にそうなんです…お願いです、助けてください!!」
「ふむ、確かにそれは一大事だな…汝、名は?」
「エイリィ…エイリィ=ルーフェン…お願いです、お母さんを…お母さんを、助けて…!!」
エイリィの祈るような言葉に、ライズは頷く。
「…よろしい!エイリィよ…母を想う汝の心、良く分かった!汝の願いを聞き届けよう…余の背に乗れ!」
そして、ライズは、エイリィの母親の命を救ったのだ。
ライズの周囲に白い翼が散る。
「エンドレス・ハウリング!!」
ライズの周囲に、光弾が展開され、それが翼と重なり、巨大な閃光の竜となって解き放たれる。
「アトネメントプライ…ファイアーッ!!」
エルヴズユンデの胸部から、黒い光が解き放たれる。それらが、真正面から激突し、凄まじい爆発が周囲の全てを薙ぎ払う。
しかし、それでも、花畑は瞬時に元の姿へと戻る。この場所に集められた根源的エネルギーは、その程度で損なえるほどに小さくはない。
爆風の中へと、エルヴズユンデとライズが飛び込んでいく。剣と剣が激しく激突する音が響く。爆風が吹き飛ぶ。
ライズが振り下ろした剣を、エルヴズユンデはバルムヘルツィヒカイトと、左腕の紅の光剣で迎撃していた。
「私は…負ける訳にはいかない…私の護るべき全ての為に!!」
「それは余とて同じ事…たくさんのかけがえのないものの犠牲を乗り越えてここまで来た…その犠牲を無にする訳にはいかぬ!!」
剣を交えたまま、ライズの周囲に光弾が展開する。同時に、エルヴズユンデの胸部に光が集まる。
「ライジング・サン…!!」
「プリズナーブラスター…バァァァァストッ!!」
至近距離から、ブラスターの雨と光弾の竜が激突する。
エイリィの母親の命を救った次の日から、エイリィはちょくちょくライズに会いにくるようになっていた。
「ライズ様!いますか~?」
「エイリィよ、今日も来たのか…」
ライズが、ゆっくりと身を起こす。
「ライズ様だって一人は寂しいでしょ?」
「!」
その言葉に、ライズは一瞬驚き、微笑む。
「成る程…汝は優しい娘だな」
「村の皆は、用もないのに会いに行くのは失礼だって言うんだけどね」
その言葉に、ライズは笑う。
「フフ…確かに、一般的に神様といったらそういうイメージはある」
「けど、ライズ様と会ってみても、何か、別にそんな怖いイメージ無かったのよね」
ライズは苦笑した。
「そ、そうか…だが確かに、余としてはいつ来てくれても一向に構わぬ…気軽に遊びに来てくれると、余としても嬉しいな」
「でしょでしょ?」
「フフ…汝と話していると、余が究極生命…神である事を忘れてしまいそうになるよ。だが…余は、こういう世界を望んでいたのかも知れんな。
技術の進歩は喜ぶべき事だが、それによって大切なものを忘れては本末転倒だ」
その言葉に、エイリィは首を傾げる。
「大切なもの?」
「『心』だよ…汝がもう少し大きくなれば、あるいは、分かるかも知れんな」
ライズは、そう言って笑った…。
直後、エルヴズユンデのブラスターが押し勝ち、直撃を受けたライズに、エルヴズユンデの剣が叩き込まれる。
「ぐう…!」
ライズの再生速度が遅い。
「成る程…これは…!」
「そう、お察しの通りです…!」
エルヴズユンデは、グランディオスに託された、異形に対するリカバープログラムを剣に展開して攻撃していた。
インフィナイトの異形としての力は強い。しかし、それでも、異形としての再生能力を封じる事は出来る。
今インフィナイトは、究極生命としての再生能力しか使えないのだ。
「フフ…グランディオスめ、最後の最後で見事な置き土産をしてくれたものだ…」
ライズが、距離を離す。
「今です!」
エルヴズユンデが、それに追撃をかける。
「これで…終わらせます!!」
左腕の紅の光剣の閃光を、バルムヘルツィヒカイトと重ねる。バルムヘルツィヒカイトの紅の刀身が、更に強い光を放つ。
「コンヴィクション・クロォォォォォォォォォォズッ!!!!!」
エルヴズユンデの紅の刃が、ライズへと迫る。
「良かろう…ならば余も切り札を使わせてもらう…これが、夜明けを導く力だ!!」
ライズが、左手を突き出す。凄まじい光が、左手に集まる。
「次元!昇華ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「なっ!?」
ライズの左手から解き放たれた閃光が、紅の刃と激突する。
が、あまりにも密度の高いエネルギーに、エルヴズユンデが吹き飛ばされ、地面に落下する。
「次元昇華…まさか…!!」
次元昇華…エルヴズユンデのアトネメントプライを遥かに強力にした能力であり、
その名の通り、その射線上の空間ごと、そこに存在する全てを完全に消滅させる攻撃である。
コンヴィクションクローズのエネルギーをぶつけて相殺していなければ、今頃、エルヴズユンデは破片一つ残らずに消滅していただろう。
「言ったはずだぞ…余は夜明けを導くと…!!」
「…ライズ、それが、あなたの想いの力、ですか…」
異形の力によって、そして自身の強い願いによって、ライズは、更に進化を遂げていたのだ。
一方、エルヴズユンデは、グランディオスから託されたプログラムによって、ライズの再生能力を低下させられるというだけで、以前の戦いの時から全く強化されていない。
事実、全ての力において、ライズはエルヴズユンデの力を、ギルティアの力を上回っていた。
しかし、ギルティアの後ろには、守るべき命が、笑顔が、未来があるのだ。ギルティアは、一歩も退く事は出来なかった。エルヴズユンデが、再び起き上がり、剣を構える。
「未だ、私の力はあの時を超えていない…超える方法も分かりません。しかし…ここで退く訳にはいきません!!」
「フフ…だが、猶予は残り少ないぞ?」
「く…!」
時間は刻一刻と迫っている。このまま戦い続けていても、その間にインフィナイトの目的が成就してしまえば、意味は無いのだ。
「…しかし、まだ、その時は来ていません!!」
エルヴズユンデが飛び立つ。
「そうだ…汝の全てを受け止め、汝を越えねば、余の望む夜明けは訪れぬ!!
心優しき異形の鍵よ!その身が、その心が夜明けの光に消えるまで抗ってみせよ!!それでも、余は負けぬ!その先に夜明けがあるのだから!!」
インフィナイトとエルヴズユンデが再び剣を交える。
エイリィがライズの元へ遊びに行くようになってから、少しずつライズと村人達の交流も始まった。
ライズがその力で世界の天候制御に干渉し、理想的なタイミングで理想的な天候をもたらす事で、世界にあった集落は、豊作に恵まれていた。
そんなある日、エイリィは、ライズの元へ沢山の花の種を持ってきた。
「エイリィよ…それは?」
「花の種よ。森を出てから岩山の前まで、草もあんまり生えてない荒地でしょ…何か、寂しいじゃない」
「成る程、だから花を植えるのか」
ライズは頷いた。
「…良かろう、余も協力する」
ライズが、岩山から外に出て、爪で地を耕し始める。
「思えば、野良仕事というのは初めてだな…だが、悪くない」
ライズは、そう言って笑う。ライズが耕した後ろから、エイリィが種を蒔く。そして、その日の夕方まで、ライズとエイリィは種蒔きをしていた。
「…今日は余にとっても非常に有意義な経験をさせて貰ったよ。楽しかった、といった方が良いか…汝、疲れてはいないか?」
「大丈夫大丈夫!」
エイリィが笑う。
「そうか。なら、またいつでも来ると良い。花畑の管理は、余がしっかりとやっておこう」
「うん!それじゃ、ライズ様、また!」
エイリィは、森を通って家へと帰っていった。ライズは、静かに考える。
本来は、この温かい心を持った人間達が、技術を発展させて幸せに生きているのが理想だ。
しかし、現実に、ライズがここで先行きを見守っている、先進的な技術を持つガルデンベルグや、その他の先進技術を有する文明に生きる人々は、
心のどこか、しかも重要な部分が欠け始めている、そんな気がする。
ならば、発展と心は両立し得ないのか。答えなどまだ分からない。
だから、もう暫く、この宇宙群の発展と、そしてこの世界の行く末を見守ろう、ライズは、静かに頷いた…。
切り結んだまま、エルヴズユンデが羽ばたく。
「…ディストレス・ストーム!!」
爆発が、エルヴズユンデごとライズを飲み込む。
「っぐう!?」
「コンヴィクション・スラァァァァァァァァッシュ!!!!!」
ライズが怯んだ一瞬の隙を突いて、エルヴズユンデが、ブラスターの熱量を集積した斬撃が決まる。
「何の!」
「く!?」
ライズは一撃のダメージをものともせず、エルヴズユンデの至近距離から次元昇華を放つ。
「まだまだ!」
エルヴズユンデがそれを回避し、拡散レーザーとブラスターを一斉に放つ。
「その程度では、余の望む未来を阻む事など出来ぬぞ…!!」
更に放たれた次元昇華が、それらを全てかき消す。
「諦めは、しません…!!」
エルヴズユンデが、飛来した次元昇華を回避し、再び一気に距離を詰める。
「はああああああああああああああああああーっ!!!!」
以前彼女自身がが話したように、今のギルティアには、ライズを止める具体的手段が全く無かった。
グランディオスのプログラムが使用できた事は思わぬ収穫だったが、それ以上に、更にライズは進化を遂げていた。勝算など、希望など無かった。
ギルティア自身も、既にそれは承知していた。しかし、それでもグランディオスはギルティアに未来を託した。
皆も、ギルティアの勝利を信じて待っている。だから、ギルティアは、退く訳にはいかなかったのだ。
「無駄だといっている!!」
ライズは、エルヴズユンデの剣による一撃を受け止め、そのまま周囲に光弾を展開する。
「ライジング・サン!!」
ブラスターでの迎撃が間に合わず、エルヴズユンデに大量の光の竜が喰らいつく。
「ぐ…!」
エルヴズユンデが、再び花畑に落下する。エルヴズユンデは花弁を散らしながらすぐに起き上がり、インフィナイトに向けてブラスターを放った。
ライズとエイリィが出会って、一年が経過した。村人達はライズの助力に感謝し、収穫の祭りを取り決めるようになった。
花畑は少しずつ大きくなり、岩山の前の野を満たし始めていた。
「ライズ様!いる?」
「…来たか、エイリィ」
少女が呼ぶとライズが外に出てくる、それは既にいつもどおりの光景だった。村人達も、既に彼女がライズと仲が良い事は認めていた。
「昨日は留守みたいだったけど、どうしたの?」
「何、少しばかり『外』で野暮用をな」
ガルデンベルグの戦闘部隊が、ライズを倒すべく進軍していた。部外者を巻き込まない為に戦いは境界空間で行う、それが、双方の暗黙のルールだった。
「…そっか」
「何、汝らは気にせず、生きていてくれれば良い…究極生命、神様というのは、色々と大変なのだよ」
ライズは、そう言って笑う。
「考えてみたら、ライズ様って神様だったもんね」
「…とうとう忘れたか。まぁ、今となっては確かにそれは重要ではないかもしれぬな。
余も、汝が種族の差を気にせずに余に接してくれる事、嬉しく思っている…もしもこの宇宙群の皆が、汝のようであったならば…」
「どういう意味?それって、当たり前の事じゃないの?」
花を摘んで何かをしているエイリィのその言葉に、ライズは苦笑する。
「当たり前の事、か…そうだな、それは本来、当たり前だと言い切れて然るべき事の筈なのだが、な」
「ほら、出来た!」
「む?それは?」
エイリィがライズに差し出したのは、花冠だった。ライズの頭に、エイリィがそれを乗せる。
「冠くらい無いと!神様なんだしね!」
「フフ…そうだな、神様だからな」
ライズは微笑む。エイリィもまた、笑った。そして、夕方まで、エイリィはライズの見守る中遊んでいた。
「…さて、そろそろ時間だし、帰るわね」
「ああ、気をつけてな」
歩き出したエイリィが、ふと、何か思い立ったように振り向く。
「…あ、そうだ。ライズ様ってお嫁さんいるの?」
その言葉に、ライズは、不思議そうな表情をする。
「む?不死の寿命を持つ我ら究極生命には、伴侶は不要だ。それでも夫婦となる者達もいるとは聞くが、少なくとも、余はそうではないな」
「そうなんだ…いや、ね…私でよかったら、ライズ様のお嫁さんになりたいな、って」
その言葉に、ライズは笑った。
「成る程、そういう事か…フフ…確かに、それは魅力的な申し出だな…だが、汝が結婚に適した齢に達するのは、今しばらく先だ。
もしも、その時が来て、もし心変わりがなければ、その時、改めて二人で考えるとしよう」
「うん、約束よ!それじゃ、またね!」
エイリィは、そう言って手を振り、家の方へと帰っていった…。
「…本当に、魅力的な申し出だ」
ライズは、一人、そう呟き、静かに笑った。彼女の成長をこれからも見守っていたかった。
しかし、それから一年後、その年の収穫祭の前日の夜、あの戦いが起こったのだ…。
…全く戦況が好転しない。エルヴズユンデの方にばかりダメージは蓄積されている。
「…く…まだ、まだです…!!」
左腕からも、出血が始まっている。
「無駄だと分かっていても、汝は続けるのだろう?」
ライズが剣を構え、その周囲に大量の光弾が展開する。
「ならば、そろそろ、終わりにしてやろう!!」
光弾が刀身に集まり、凄まじい閃光を放つ。
「これで最後だ!ナイトレイド・クロォォォォォォォォォォズ!!!!!」
ライズが、その剣を振り下ろす。
「何の!受け止めて見せます!コンヴィクション・クロォォォォォォォォォォォズ!!!!!」
エルヴズユンデが左腕の刃と右手に携えた剣を重ね、紅に輝く光の剣でライズの振り下ろした剣を受け止める。
「皆の未来を守れるのは、私しかいない…私は…一歩も退く訳にはいかないのです!!」
「滅ぼされるべきではないものが滅ぼされ、滅ぼされるべき者達の末裔が生きる…そのような未来、元よりあってはならぬのだ…余は、未来を変える!!」
ライズが押し勝つ。
「あああああああああああああああっ!!!!」
エルヴズユンデが、エネルギーの嵐に飲み込まれ、そのまま地面に叩きつけられる。その次の瞬間、凄まじいエネルギーが、この世界の外へと波及していく。
「…これは…!」
「時は来た!余の勝利だ!!」
それは、宇宙群全体をリセットし、書き換える為のエネルギーに他ならない。
「汝が余と戦う事で、確かに余の目的の成就は遅れた…だが、それもこれで終わる…新たなる夜明けは…ここに成就する!!」
ライズの、勝利の咆哮が、宇宙群に響き渡る。
「…まだ、私は戦える…何か手段は…何か…!!」
一つだけ、心当たりがあった。グランディオスが託したプログラムは、異形の自己崩壊、少なくとも再生を止める事が出来る。
ならば、それを少し調整し、アクセス能力を使って、拡大していく書き換えに対してのブロックプログラムとして利用できないか。
成功するかは未知数、そして、同時にそれを自らの体を介して実行する、鍵ならざる鍵であるギルティア自身に何が起こるかも未知数のものだ。
「まだ…終わらせる訳にはいかない!!」
しかし、ギルティアは、躊躇わずにそれを実行に移す。
「プログラム調整開始、データ展開…!!」
ギルティアの、血が流れ続ける左腕が、紅に輝く。
「間に合わせねば…いえ、間に合わせてみせます!!」
そして、エルヴズユンデが、強く羽ばたいた…。
境界空間のほうでは、放出されたエネルギーから、ズィルヴァンシュピスが全速力で退避していた。
「お姉ちゃん…間に合わなかったの…!?」
「こんなのが結末か…どうやっても、結末は変えられなかったというのか!!」
艦橋でイセリナと共に状況を見守っていたシリウスの奥歯が軋む。エネルギーが、ズィルヴァンシュピスを飲み込みかける。
…次の瞬間、だった。エネルギーの拡大が、書き換えの拡大が止まる。
「え…!?」
「お嬢ちゃん…なのか…!?」
エネルギーの中から解き放たれた紅の鎖が、エネルギーを縛って拡大を抑えているのだ。
「お姉ちゃん…!」
イセリナは、その様子を心配そうに見守っていた…。
ライズが、目の前で起こっている事態に、驚愕する。
「こんな事が…!!」
エルヴズユンデの紅の翼が羽ばたくたびに、周囲のエネルギーの拡大が抑えられていくのだ。
「まだ…まだ終わってはいませんよ…ライズ!!
私にとってはこれが全て…諦めるわけにはいかない、いえ、諦めるという選択肢自体が、私には与えられていないのです…!!」
エルヴズユンデが飛び立つ。
「リカバープログラムを応用したのか…汝は…そこまで…良かろう!余は汝と向き合うと言った…。
もし、ここまできて尚諦めぬと言うのならば…余とて、それに全力で応じるのみ!!」
ライズが、次元昇華を放つ。エルヴズユンデがそれを回避し、一気に距離を詰める。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!」
ライズが、剣を構え、エルヴズユンデに向けて突進する。何度目か、ライズとエルヴズユンデが剣を交える。
「…ぐっ!?」
ギルティアの胸に、『核』に、激痛が走る。左腕からも紅の光が漏れ出し、ボロボロと崩れ続けている。
ギルティアは、その意味を理解する。そう、ギルティアの持つ異形部分は確かに最高位異形レベルのものだ。よって、プログラムによっての自己崩壊はない。
しかし、同時に、自己再生が停止するということは、レベル2アクセスによる異形部分の自己崩壊が、一切の軽減なくギルティアに襲い掛かるという事なのだ。
無論、核とて例外ではない。このままでは、ギルティアもエルヴズユンデもバラバラになってしまう。いずれにせよ、残された時間は少ないのだ。
「その隙、貰ったぞ!!」
一瞬の隙を突いて、ライズがエルヴズユンデを蹴り飛ばす。
「しまった!?」
「次元昇華ァァァァァァァ!!!!!」
「まだ!」
アトネメントプライとブラスターを集積しての一閃を重ね、辛うじて防ぐが、拡散したエネルギーは容赦なくエルヴズユンデの各部を喰らう。
「やはり、勝てないのですか…!?」
諦めるという選択肢は無いが、これ以上一体何をしろと言うのか。しかし、それでも、ギルティアは戦いを投げ出したりはしなかった。
体勢を立て直したエルヴズユンデが、崩壊しかかった左腕から拡散レーザーを放つ。
「ぬんっ!」
ライズが、剣の一振りでそれを消し飛ばし、突っ込んでくる。
「まだまだ!クライングフェザー…ブレェェェェェェェイクッ!!!!」
沢山の紅の羽根が、ブラスターの閃光に乗って光の矢となり、ライズへと襲い掛かる。
「アトネメントプライ…ファイアーッ!!!」
続け様に、エルヴズユンデの胸部から、黒い閃光が放たれる。凄まじい爆発。
しかし、直後、その爆風を、次元昇華の閃光が貫く。エルヴズユンデがそれを回避し、更に攻撃を続ける。
「プリズナーブラスター…バァァァァァストッ!!!!」
エルヴズユンデの胸部から放たれたブラスターが、ライズの背後で転進し、ライズへと襲い掛かる。エルヴズユンデは正面から、剣を構えて突進する。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ライズが、その翼に衝撃波を乗せて羽ばたき、ブラスターをかき消す。エルヴズユンデが、その衝撃波に真正面から突っ込む。
左腕の光剣と、右腕の剣を重ねる。
「コンヴィクション・クロォォォォォォォォォズッ!!!!!!」
異形部分の崩壊が加速している今、この一撃を放てるのは、これで最後だろう。紅の光の刃が、今一度振るわれる。
「ぬっ!」
一撃が、ライズに届いた。ライズの胸部に、深い傷がつく。
「惜しい、惜しいな…だが!この瞬間を待っていた!!」
「!?」
ライズの左腕に光が集まる。
「次元昇華ァァァァァァァァァァァ!!!!!」
至近距離、しかも攻撃直後の次元昇華。これでは、迎撃も回避も出来ない。
「終わらせはしません…!!」
エルヴズユンデが左腕で防ぐが、左腕が消し飛ぶ。それで出来た一瞬の間で、エルヴズユンデは辛うじて次元昇華の直撃を免れる。
しかし、エルヴズユンデはそのまま落下していく。
「ほう、尚抗うか…だが、これで最後だ!!」
大量の光の竜が、エルヴズユンデに喰らいつく。エルヴズユンデは、そのまま地面に叩きつけられる。
「う…ぐ…ここで負ける訳には…まだ…!!」
しかし、体がいう事を聞かない。
「…な…?」
いや、体が、ではない。ギルティアの心が、言う事を聞かないのだ。
「ここで…勝てねば…誰も…守れないというのに…命に代えても…勝たねばならないのに…!!」
ギルティアの持つ異形の部分は、崩壊を続けていた。それは、ギルティアの心の中すらも、例外ではなかったのだ。
「何故…どうして…?」
ギルティアの目から、涙が溢れ出す。
エルヴズユンデの目から、光が消える。それは、ギルティア自身の戦意の喪失を意味していた…。
続く




