Act.96 戦士達の約束
「フフ…勝負あったな…!」
薙刀を持つ少女が、双剣を携えた剣士の喉元に、その薙刀を突き付ける。
「くっ…負けた負けた!やっぱ、お前は強いよ…」
剣士は、そう言って笑った…。
それは、遠い遠い昔の話…。
「…なぁ、お前は、何故誰もその強さを認めない俺なんかを、強いと認めてくれたんだ?」
剣士は、少女に尋ねる。
「唐突に何だ?まぁ良い…汝は、ただ純粋に強くなりたかっただけなのであろう?
事実、汝は強い…それを認めなかった者達が汝の刃に倒れている事が、それを証している。
そして、それを認めぬ者達も、妾の言葉ならば聞き入れる。それに、汝より確実に強い妾が相手なら、それ以外の誰にも迷惑はかかるまいて」
少女は、そう言って笑った。
「そうか…何か、悪いな」
「いやいや、妾が使命から開放される時など、汝と剣を交えている時くらいぞ…使命に囚われず、純粋に戦いを楽しめるというのは、悪くは無い」
「…やはり、使命を果たす事は辛いのか?」
少し寂しげに黙った少女に、剣士は言葉を紡いだ。
「お前…やっぱ俺より強いよ…力も、心もな。けどよ、きっとそういう使命には、むしろ俺みたいなのが向いてると思うんだよな」
「……」
「だからよ、俺、お前の代わりに使命を果たそうと思うんだ…戦うのが好きでしょうがない俺なら、倒すべき相手をただ倒し続ける旅でも、苦じゃないさ」
剣士は、そう言って笑い、直後、真顔に戻って言葉を紡ぐ。
「だから…前々から考えてたんだが…少し、旅に出る事にした。ちょっと、お前の使命を肩代わりできる程の力を手に入れる心当たりが見つかってな。
数年で良い、待っててくれよ…それで、お前の使命は終わる…俺の手で、終わらせてやる!」
剣士は、そう言って歩き出す。
「あ…エル、待て…!!」
「それじゃな、カリン!圧倒的な力を手に入れた俺の帰還を楽しみにしてな!その時からは、ずっと一緒だ…寿命でお前がまた一人に戻る事もない!!
それが、俺を認めてくれたお前への、俺なりの恩返しさ…だから、待っててくれよな!!」
引きとめようとした少女に、剣士は笑顔で手を振った…。
…身勝手なのは承知の上だ。
だがよ、それでも俺はあいつを守りたかったんだ…。
俺が正しいかと言われれば、どう考えても正しい事をしてきたとは思ってねえよ。
だから、またあいつに会えた時に、あいつにぶん殴られても…いや、ぶった斬られても悔いはねえ。
それでも、あいつに…あいつにもう一度会いたいんだ…!!
…その為なら…その障害は全部ぶった斬ってやる…!!
だから…名残惜しいが、ここで蹴りをつけさせてもらうぜ…!!
Act.96 戦士達の約束
移動を続けていた三機に、何かが凄まじい速度で接近してくる。
「…あれは…!」
ギルティアが相手を認識する前に、既にアークトゥルースはその影に向けて加速していた。
「現れおったな、エルグリオ!!…遅くなってすまん!!」
シリウスは、そう言ってニヤリと笑う。
「アレは多分俺でも遅れるぜ…気にすんな…シリウス!!」
エルグリオも、ニヤリと笑って応える。
次の瞬間、フェイト・スレイヤーがエルグリオの構えた剣と真正面から激突する。
「シリウス!」
「お嬢ちゃんは立ち止まる必要はない!わしはこの為にここに来た!!これはあくまで、わしとエルグリオの戦いぞ…お嬢ちゃんは、お嬢ちゃん自身の使命を完遂せよ!」
そして、事実、エルヴズユンデとアイギスが真横を通過したのに、エルグリオは追撃する素振りすら見せない。
「分かりました…シリウス、どうか無事で…!!」
「まさか、わしが負けると思っておるのか?」
シリウスの言葉に、ギルティアは微かに笑う。
「…ふふ、確かに。勝利する気満々の相手にその言葉は少々失礼でしたね…シリウス、健闘を祈ります!!」
エルヴズユンデとアイギスは、対峙するエルグリオとアークトゥルースを背に、そのまま目的地へと飛翔していった。
それを確認し、シリウスはニヤリと笑う。
「…さて、これで邪魔は無し、ぞ…!!」
「へっ…分かってんじゃねえか…!!」
エルグリオとアークトゥルースが離れ、剣を構えて対峙する。
「さて…戦いを始める前に、下準備といくか」
エルグリオが右腕の剣を掲げると、そこから放たれた凄まじい光が、エルグリオとアークトゥルースを飲み込む。空間閉鎖のようだが、少し様子が違う。
「これは…!」
光が収まると、そこは見たことの無い町並みだった。和風にも見えるが、何処となく西洋っぽくもある。
技術が混ざっている訳でもない。別の文明の産物、としか説明できないような町並みだ。
「…ほー…こりゃすげえ。本当に記憶の中の風景が形を成すんだな」
エルグリオが、そう言って笑う。
「ここは?」
「…俺の故郷の宇宙群『命炎天』の、俺がカリンと出会った世界さ…。
インフィナイトが目的を達する為にグランディオスが作ったデータを応用したんだが、本当に記憶の向こうの世界が実体化されやがった」
その言葉に、シリウスが頷く。
「…やはり、故郷に帰りたいのか?」
「俺が帰りたいのは、故郷じゃねえよ…あいつの所だ」
エルグリオの言葉に、シリウスは笑う。
「フ…そうか」
「…お前程度に勝てずに、あいつにゃ勝てねえさ」
「違いないな…」
そして、エルグリオが剣を構える。
「さぁ…正義の為でも悪の為でもねえ、宇宙群の命運の為でもねえ…男として…戦士として、ここで決着をつけるぜ!シリウス!!」
エルグリオが、剣を構える。全身に、蒼い雷状のエネルギーを纏う。
「うむ!良く言った!わしにはお主のように愛する者はこの歳になった今も尚、居らぬ。
されど、わしには誇れる会社がある…誇れる部下達がいる…!!
わしのこの機体は、この剣は、その全ての誇りを背負ってここにいる…!!
戦士の…そして社を背負う者の誇りに賭け、この戦、絶対に負けられぬ…!!」
アークトゥルースが、剣を構えて応じる。機体各部のブースターが全て展開される。
それぞれが、相手が構えたのを確認した、その次の瞬間だった。
双方が、同時に突進する。先に攻撃を始めたのは、シリウスだった。
「デモンズ・スローター…発射!!」
エルグリオが剣を振りぬくより速く、レールガンがエルグリオに直撃する。
「ぐ…まだまだァ!!」
エルグリオが、雷の矢をアークトゥルースに向けて放つ。
アークトゥルースがフェイト・スレイヤーでそれを防ぐが、そこに一瞬の隙が出来る。
「そこだッ!!」
エルグリオが一気に踏み込み、衝撃波を込めた剣を叩き込む。直撃を避けたアークトゥルースの左肩のアーマーが破壊され、爆散する。
「ぐう…何の、これしき!光子爆雷、射出!!」
アークトゥルースが、至近距離から光子爆雷を使用する。双方が、爆発に巻き込まれる。
「スーパーノヴァ・ブレイク!!」
爆風を吹き飛ばし、アークトゥルースの剣から放たれた光の壁が、エルグリオに真正面から激突する。
「うおおおっ…!!」
エルグリオが吹き飛ばされる。
「そこだ!貰ったぞ!」
アークトゥルースが、フェイト・スレイヤーを構え、エルグリオに突進する。
「その一瞬、待ってたぜ!!」
エルグリオが、ニヤリと笑う。直後、吹き飛ばされたエルグリオが、自身の背後に雷の矢を放ち、その爆発で無理矢理姿勢を整える。
「何…ッ!?」
そして、エルグリオの剣から放たれる衝撃波の刃が、突進して来たアークトゥルースに叩き込まれる。
「ぬ、ぐぐ…!!」
アークトゥルースの胸部に深い傷がつく。もし威力がもう少し高ければ、コクピットをぶち抜かれていただろう。
「あと少しでお主の勝ちだったのだが…惜しいな」
シリウスが、ニヤリと笑う。
「ヘヘッ…楽しい時間は長く続けたいだろ?」
エルグリオも、笑う。命の、そう、掛け替えのないもののやり取りだった。しかし、二人とも、戦士としての己に忠実に、この戦いを楽しんでいる。
正しいか間違っているか、ではない。そんな大層な題目で今目の前にいる相手と戦っても、つまらないだけだ。
ただ、戦士としての誇りと、一人の男としての願いのままに、剣を交える。欲しい答えはたった一つ、『どちらが強いか』、ただ、それだけだった…。
「…今度はこちらから行くぞ!!」
アークトゥルースが、デモンズ・スローターの粒子加速砲を放ち、更に、エルグリオに向けて加速しながら、レールガン、光子爆雷、粒子加速砲、脚部ビーム砲を撃ちまくる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!」
「この量は避けられねェな…なら、受け切るだけだぜェ!!タイラント・ランサァァァァァッ!!!!」
凄まじい量の雷の矢が、アークトゥルースの放った銃弾と閃光の雨と真正面から激突する。凄まじい爆発が、町並みを白に塗りつぶす。
アークトゥルースは、そのままその爆発の中へと飛び込む。エルグリオの背の、まるで刃のような翼が、雷を纏って光り輝く。
そして、エルグリオもまた、爆発へと飛び込んだ。凄まじいエネルギーの嵐の中、剣の激突する音が何度も響く。
「わしは、負けん!!」
アークトゥルースが、フェイト・スレイヤーをエルグリオ目掛けて叩き込む。
「いいや、負かすぜ!俺は、あいつを迎えに行くんだ!!」
エルグリオが、両の腕の刃でそれを受け止める。
「タイラント・ランサァァァァァァァァ!!!!」
至近距離から、雷の矢がアークトゥルースを射抜こうとする。
「スーパーノヴァ・ブレェェェェェェイクッ!!!!」
アークトゥルースの剣から放たれた光が、雷の矢と衝突し、爆散する。二機が、瞬時に距離を離した直後、爆風が晴れる。
やはり実体ではないのか、町並みは全く破壊されていない。
「わしは、この剣をわしに託した我が誇りたる社員達に報いねばならぬ!!まだ、皆にわしの夢を見せてはおらんのだ!!」
シリウスの叫びに、エルグリオが返す。
「いい加減、世代交代して隠居しやがれ!この冷や水ジジイ!!」
「黙れ!わしより年上のくせにわしを年寄り呼ばわりするな、この若作り男が!!」
二人がニヤリと笑う。
「そうかよ…ならそろそろ終わりにしようぜ…!!」
エルグリオの両の剣が、再び、雷のようなエネルギーを帯びる。
「うむ、楽しい時間は速く過ぎるというが…全くもってその通りぞ…!!」
アークトゥルースのフェイト・スレイヤーに、凄まじい光が集まる。
「タイラント…!!」
エルグリオの体中から蒼い雷状のエネルギーが放出される。
「スターライト…!!」
アークトゥルースの体中のブースターに、凄まじい光が集まる。
「グリィィィィィィィィィィィィィィィドッ!!!!!」
凄まじい衝撃波を纏った両腕の刃を構え、蒼く輝くエルグリオがアークトゥルースに突進する。
「セイヴァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
フェイト・スレイヤーから凄まじい光を溢れさせ、光の軌跡を残しながらアークトゥルースがエルグリオに突進する。
三本の刃が、真正面から激突する。衝突と同時に解き放たれた衝撃波が、アークトゥルースを斬り刻んでいく。
「ぐうううううううう…!!」
しかし、アークトゥルースは一歩も後退しない。
「おおおおおおおおお…!!」
アークトゥルースの右肩のアーマーが爆散する。脚部ビーム砲が破壊される。頭部パーツにヒビが入る。機体各部から爆発が発生する。
しかし、剣が激突している丁度その後ろにある、胸部、コクピットは、その影響を受けていない。
「俺は…カリンを…迎えに行くんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
エルグリオの叫びと共に更に強くなった衝撃波が、デモンズ・スローターをバラバラに吹き飛ばす。
「デモンズ・スローターが!?ぬううううううううう…!」
アークトゥルースの頭部アーマーが半壊し、カメラアイが露出する。
「まだだ…我が社員達が…託してくれた夢を…ここで!終わらせて!!なるものかァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
シリウスが咆えた、次の瞬間だった。一点に集中されたフェイト・スレイヤーのエネルギーが、エルグリオの剣に押し勝つ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!!!」
そして、そのまま、エルグリオの胸部に、フェイト・スレイヤーの全エネルギーが叩き込まれる。
「ぐああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その一撃は、エルグリオのコアをぶち抜いていた…。
「わしの…わしらの…勝利だァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
アークトゥルースが剣を掲げ、シリウスが、咆えた。
空間が解除され、境界空間に、エルグリオが漂っている。
「やってくれやがったな…シリウス…こいつは…悔しいなぁ…」
「あと一瞬でわしの負けだった…やはり、お主は強いな…」
「ヘ…ありがとよ…俺がお前ほど強ければ、人の身を捨てなくても、あいつを幸せにできたんだろうか…」
その言葉に、シリウスが苦笑する。
「それは無かろう…第一、わしは未だに独身だぞ?」
シリウスの言葉に、エルグリオは笑う。
「クク、違ェねえ…なぁ、シリウスよ、俺はどうすれば良かったんだろうなぁ…」
「わしが知るか…だが、これだけは言えるな…お主の生き様、正しいかどうかを別にして、わしは戦士として、一人の漢として惜しみない賞賛を贈りたい」
「そうか…」
エルグリオが頷き、言葉を続ける。
「…お前に、頼みがある」
「何だ?」
「お前は、もしこの戦いでギルティアが勝ち、宇宙群が守られたなら、この先も旅を続けるんだろ?
…なら、旅の途中…どこかでカリンを見つけたら、俺が、勝手に飛び出しておきながら約束すら守れなかった事を謝っていたと、伝えてくれ」
アークトゥルースに、データが送信されてくる。人間の頃のエルグリオと、青みがかった黒髪の巫女装束の少女が一緒に写った写真だった。
それは、見たシリウスが嫉妬しそうになるほどに、幸せそうだった。
「確かに、伝えよう…可愛い娘ではないか」
「…そう、だろ?そんな娘が辛そうにしてたら、見てられねえよ」
その言葉に、シリウスは頷く。ギルティアもそうだが、見ただけではただの少女と変わらないのだ。
「分かるさ…その為の力を手に入れるために、お主は異形になったのだろう…だから、わしはお主の生き様に賞賛を贈ると言ったのだ」
「やれやれ…戦いだけじゃなくて、男としても負けたな、こりゃ…」
エルグリオは苦笑した。確実にコアの停止が近づいている事に、エルグリオは気付いていた。
「やべぇ、そろそろ限界か…さっきの事、頼んだぜ」
「うむ、出会う事があったならば、確かに伝えよう」
その言葉を聞くと、エルグリオは笑う。
「やれやれ…結局、俺はあいつに何もしてやれなかったな…」
「…エルグリオよ、重要なのは、出来なかった事ではない、何かをしてやろうとして命懸けで戦った、その事実だと、わしは思うがな」
「そう、か…そうかも、しれねェな…おっと、そうだ」
エルグリオが、残っていた自分の腕の剣を、もう一本の剣で腕ごと切り落とす。
「戦利品だ、持ってけ」
「…!」
「お前と、お前の自慢の部下達なら、良い武器に仕上げられる筈だ」
その言葉に、シリウスが返す。
「良い剣だ…お主の命、今までの戦い、生き様…この剣から、ひしひしと伝わってくるわい。
…お主の名を、我が社の名誉社員として記録したいと思うのだが、良いだろうか?
わしにとって、わしと真正面から向き合い、真正面から戦ってくれた、ただそれだけでも、友も同然ぞ」
その言葉に、エルグリオが笑う。
「そいつぁ…光栄だな…」
コアの光が消えかけている。
「…さて、俺はそろそろ逝くか…」
「そうか…さらばだ、友よ」
「おう…願わくば、これからのお前の旅に、幸多からん事を…あばよ、戦友…カリンに、よろしくな」
それが、エルグリオの、最期の言葉だった…。
「心配するな…約束は守ろう。エルグリオ…わしはお主との戦いを、決して忘れぬ。
さらばだ、我が終生の宿敵にして、最高の戦友、暴欲のエルグリオよ…」
シリウスは、エルグリオから託された剣を回収し、静かに涙を流しながら呟いた…。
続く




