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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
93/101

Act.93 黄昏時の後に来るモノは


 余の時間は、あの夜を境に止まった。

 無限の夜…決して明ける事の無い夜…。


 この宇宙群は、今一度あの夜に戻らねばならない…。

 そしてあの夜から、全てを変えねばならない…やり直さねばならない…。

 光に満ちた、正しき未来をこの手で生み出す為に、今この宇宙群に一時の終焉を与えん!!


 そして、余はあの明けぬ夜を越え、二度と同じ過ちを繰り返さぬ世界へ…

 余が望み、彼女が望んだ世界への、曙の光を導いてみせる…他ならぬ、余自身の手で!!


 余の名はインフィナイト…明けぬ夜に取り残されし夜明けの化身ぞ!!



   Act.93 黄昏時の後に来るモノは



 エルグリオがシリウスに己が目的を話してから、数日が経過した。

 放出された異形の大半は倒され、それぞれの方面で、幾つかの宇宙、世界を残すのみとなっていた…。

 ギルティアのこの宇宙群での旅の終わりは、もうすぐだった…。

「もうすぐ、この宇宙群とも、お別れですね…」

 異形の討伐が終え、その日の戦場だった廃ビルの屋上で夜景を眺めながら、ギルティアは呟く。

「この宇宙群での旅路は、今までの旅路とは随分と違うものでした…イセリナとも会えた、アイギスも生き続けていてくれた…。

 私の戦いが無駄ではなかった…それが分かった今、心置きなく旅を続けられます」

 ふと、眼下の町並みを見る。

「ふむ…何か普段より騒がしいですね…」

 飾り付けられた巨大な木や、赤い服を着た爺の姿が見受けられる。

「…ああ、成る程」

 ギルティアは、ようやく事情が飲み込めた。

「この宇宙の地球は、今宵が『聖なる夜』なるものでしたっけ…」

 それは、何処がその発端なのかは分からないが、あちこちの宇宙、世界、そして宇宙群すら越えて伝えられている、とある救世主の誕生を祝う祭り…。

 世界や宇宙によって行われる日もバラバラ、挙句、ただの商業主義の傀儡と化しているが、少なくとも、贈り物を待つ子供達やカップルにとっては待ち遠しい日ではあろう。

「…少し、町へ降りてみましょうか…」

 ギルティアが、ビルを降りて町へと歩き出す。時は既に夜であるにも拘らず、町は人で溢れかえっていた。

 聞き覚えのある音楽がかかり、そこかしこに聖なる夜を祝うメッセージが掲げられている。

「しかし…本当にこの日がその誕生日かも分からず、そして、何がどう救世主だったかすらも知れぬ救世主の誕生を祝うなど、一体何の意味があるのでしょうね…」

 それは、ギルティアの素直な気持ちだった。しかし、幸せそうだな、とギルティアは思う。

「皆、きっと自分から遠い救世主の存在など、どうでもいいのでしょうね。

 それを口実に、身近な、愛しい誰かと幸せなひと時が過ごしたい、ただ、それだけなのでしょう…」

 そうだ、子供へのプレゼントを買って帰る親然り、二人一緒にいるカップルも然り、その日生まれた救世主の事など頭に無いという感じだ。

 ただ、自分の大切な誰か、その相手の笑顔が待ち遠しい、愛しい、それだけなのだろう。

「本当の意味で私が必要とされない世界とは、きっと、こういう世界の事を言うのでしょうね…」

 ギルティアは苦笑した。この祭りの発端となった救世主が一体何者だったかは、その発端が不明である以上ギルティア自身も分からない。

 しかし、鍵という生命は、宇宙群が作り出した救世主そのものだ…ギルティアは、その救世主の事を、全面的に他人事とは思えなかった。

「…ここは、きっと私が居て良い場所ではないのでしょうね…」

 ふと、空から白い物が降ってきているのに、ギルティアは気付く。

「…雪…ですか…」

 少し、降雪量が多い。雪は、降り始めてすぐにうっすらと積もり始めた。

 積もった雪の上を歩くと足跡が残る。しかし、更に降る雪で、その足跡は次々に消えていくのだ。

「私も…この雪に残る足跡のように、いつか誰からも忘れ去られてしまうのでしょうね…」

 もっとも、もしたとえ自分の戦いが後世に語り継がれたとしても、きっとそれは時が経つごとに風化し、

いつしかこの祭りのようになっていくのだろうな、と、ギルティアは思う。

 そう、過去の救世主など、今を生きる人間にとっては何の意味もない。

 名前すら忘れ去られるか、名前だけが残り続けるか、ただそれだけだ。そう考えると、ギルティアは、少しだけ寂しかった。

「私の戦いは、皆の幸せの…笑顔の礎…誰も私の戦いを覚えていてくれなくても…それで、良いのですよ」

 ギルティアは、寂しさを感じる自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。雪は、静かに積もり続けていた…。

 近くを歩いていたカップルの話が聞こえてくる。

「今夜はホワイトクリスマスだな、こりゃ神様に感謝しないと」

「うん…そうだね。この夜が、終わらなきゃ良いのに…そうすれば、君とずっと一緒に居られるもん」

「同感だな…このまま時が止まってずっと一緒に居られたら、きっと幸せなんだろうな」

 ギルティアは、そのやり取りに少しだけ羨望を覚えたが、すぐにそれを振り払う。

 そしてそれを振り払った時に頭に浮かんだのは、無限の夜を自ら名乗った、インフィナイトの事だった。

「…神に感謝…皮肉な言葉ですね…。

 インフィナイト…あなたが過ちの繰り返されぬ世界を望んだ、その理由は…それ自体はきっと間違ってはいなかったのでしょう。

 あなたの戦いも、かつて起こった事も、ここの人間達は知らない…。

 知らないという事は、同じ過ちを繰り返す可能性がある、という事でもあります…しかし、私は、後悔していませんよ。

 この幸せを守れる事こそが…私の誇りなのですから…」

 ギルティアは感じる寂しさを捻じ伏せ、町の外まで、その町並みを眺めながら歩く。

 町外れの人目につかない場所まで歩いたところで、ギルティアは立ち止まり、飛び立つ。

「さぁ、次の目的地へと移動を開始しましょう!行きますよ、エルヴズユンデ!!」

 山の上を越えた辺りで、ギルティアはエルヴズユンデを呼んだ。

 そして、ギルティアを乗せたエルヴズユンデは、境界空間へと飛び立っていった…。


 その頃、ズィルヴァンシュピスもまた、境界空間を航行していた。

「残り三つの世界を残すのみとなりましたな…」

 アルフレッドが、艦長席のイセリナに向けて言う。

「うん…お姉ちゃんとシリウスも討伐分布図を見ると大体同じくらいだし、もう少しで、本当に終わりだね」

「…やっぱ、寂しそうだな、リーダー」

 ファラオ店長の言葉に、イセリナが頷く。

「まぁ、ね…せっかく会えたのに、もうお別れだもん…始めて会った時もそうだったけど、ね」

「まぁ、そうだな…俺だって寂しいさ…嬢ちゃんの旅は、一体、いつ終わるんだろうな」

 そう言ってファラオ店長がため息をついた、その瞬間だった。

 ズィルヴァンシュピスを凄まじい揺れが襲う。

「…何!?」

「…い、今のは俺のため息じゃねえぞ!」

 ファラオ店長の言葉に、イセリナが頷く。

「分かってるって!今のは空間の震動だよ…しかも、かなりでかい!」

 既に、アルフレッドが発生した振動についての解析を始めていた。

「これは…!!」

 アルフレッドが、唖然とする。

「亜空間ソナー、及び超広域エネルギー反応レーダーにジャミング!発生源、数、判別不能!!

 今の空間の震動に合わせて発生した模様!範囲、ジャミングにより識別不能…!?」

 これでは通信はおろかそれぞれの位置すらも確認が取れない。

 少なくとも、ズィルヴァンシュピスのレーダーすらも完全に封じる程に大規模なジャミングである、それだけは確かだ。

 そして、同時に、目の前に広がっていた光景に、皆が絶句した。

「…こりゃ、一体何のイリュージョンだ…?」

 最初に口を開いたファラオ店長が紡いだのは、そんな言葉だった。境界空間が、夥しい異形で埋め尽くされているのだ。

 それらは全て機械と融合したもので、ジャミングの発生源である事が確認できる。

 そして、同時に、それらの全てが、攻撃態勢に入る。

「重力フィールド出力最大!!」

 異形の群れの攻撃が、ズィルヴァンシュピスの重力フィールドに防がれる。格納庫の藤木から通信が入る。

「おい!何してるんだ!早くハッチを開けろ!このまま袋叩きに遭い続ける気かよ!!」

「り、了解しました…全艦、第一級戦闘配備!!」

「全砲門開け!!撃って撃って撃ちまくれ!!」

 ズィルヴァンシュピスの全ての砲門が一斉に火を噴く。

 同時に、ジェネラル、フレアドイリーガル、ルークが出撃する。

「…私も出るよ!」

 イセリナが駆け出す。

 その直後、唐突にファラオ店長が言葉を紡いだ。

「…俺も出る」

 ファラオ店長の意外な一言に、アルフレッドが驚く。

「何と!?」

「先日ロートベルグ帝都地下で回収した機体、あれ、動力は完成してたよな?」

「え、ええ…確かに動力の換装は完了していますが、テストもまだしていないのですぞ!?」

 アルフレッドの言葉に、ファラオ店長がニヤリと笑った。

「今回は、手は一人でも多いほうが良いだろ…少し借りるぜ」

「…分かりました。しかし、戦果の保障は出来ませんよ?」

「駄目ならすぐ戻るさ…今回だけは特別だ、俺は本来機体は乗らない主義なんだからな」

 ファラオ店長は、そう言うと駆け出す。ズィルヴァンシュピスの周囲では、既にルーク達が異形との交戦を開始している。

「…何かを隠すための大々的な陽動である可能性が高い、ですな」

 アルフレッドは、敵の動きから、それが何を隠すものかを割り出そうと、敵の動きを記録しながら、手動で操艦を開始した…。


 一方、アークトゥルースは進路上の異形を蹴散らしながら、移動を続けていた。

 それぞれ討伐していた場所が離れすぎていた為、エルグリオの言葉の事を皆に伝える事は出来なかった。

 しかし、エルグリオが言っていた時が来た、それだけは理解できた。

「わしだけでも…先に彼奴の元へたどり着かねば…!!」

 この異形達は倒せる。本体を倒さねば倒せないタイプの異形ではない。

 しかし、敵の統率された一糸乱れぬ動きは、何らかの指揮系統により統御されている事の証拠だ。

 他の箇所で皆が交戦している筈だが、その統御に影響は出ていない。となれば、やはり指揮系統は『始まりの地』に存在している筈だ。

 始まりの地、もしシリウスの推測が正しければ、それはかつてインフィナイトがいたという世界だ。

 今、アークトゥルースはそこへと向かっている。

「どけィ!お主ら雑魚に用は無い!!」

 立ち塞がる異形の群れを、デモンズ・スローターが薙ぎ払う。

 今のアークトゥルースの戦闘能力は、まさしく、アルセント宇宙群の、『人間』が操る機動兵器の頂点と言っても良いレベルだった。

 無論、ただの異形程度では、足を止めるにも至らない。

 アークトゥルースは、群れを成す異形を物凄い勢いで突破しつつ、境界空間を飛翔していく。

「しかし、敵のこの力…わしらを『倒す』事は想定されておらぬな…時間稼ぎの本来の相手は、やはりお嬢ちゃんか…!!」

 そう、放置すれば人間に被害が及ぶ状況をギルティアは見過ごす事は出来ない。倒そうと思えば容易に倒せるのだ。

 特に、アークトゥルースを遥かに上回る最大巡航速度を持つエルヴズユンデならば、本当に被害を最小限に抑えて異形を殲滅する事が可能だ。

 可能であるのに放置してこちらに来る事は、ギルティアに与えられた使命が許さないだろう。

 よって、ギルティアの足止めをするのならば、強い敵を少数配置するよりも、こちらの方が余程効率的だ。

 事実、ギルティアはまだ到着していない。

 そして、ギルティア抜きで敵の異形の指揮系統を破壊する事、それが今の状況下で、最も被害を食い止められる選択であろう。

 だから、シリウスは宇宙、世界の救助を捨て、敢えて真っ先に大元を叩きに向かったのだ。

「これが、使命に縛られぬ、人間…そう、このわしのやり方ぞ!!わしは、わしなりのやり方でこの宇宙群を守らせて貰う…!!」

 異形の密度が濃くなってきている。

「フフ…あそこか…参るぞ、アークトゥルースよ!!」

 アークトゥルースは、その異形の群れへと、真正面から飛び込んでいった…。


 雪が降る街に空から降って来た異形が襲い掛かろうとしている。『聖なる夜』を楽しんでいた人間達は、混乱に陥っていた。

 そして、異形が人々を手にかけようとした、その瞬間だった。赤い翼を散らしながら空中から舞い降りた白い巨体が、異形を掴み、空中へと投げ飛ばす。

「間に合いましたか…ここがこの宇宙では最後ですね…!!

 プリズナーブラスター…バァァァァァァァァァストッ!!!」

 空中でブラスターの雨に貫かれた異形はバラバラに爆散する。

「…上空に残り三体…降下前に迎撃します!!」

 エルヴズユンデが、再び空中へと飛び立つ。空中から、三体の異形が降下してくる。

「クライング・フェザー…ブレェェェェェェェェェイクッ!!!!!」

 ブラスターが乗った翼が、紅の光の矢となって異形をぶち抜く。

「…一体、何が起こっているというのです…!!」

 ギルティアが、冷や汗をかく。宇宙群のある一点に、凄まじい量の根源的エネルギーが集まっている事にギルティアは気付いていた。

 宇宙群全体に影響を及ぼし得る程のエネルギー量だ、尋常な事では無い。これだけの根源的エネルギーを使用できる生物など限られている。

 それは、ギルティアの悪い予想が、そう、インフィナイトが生きていたという予想が、正しかったという事でもあった。

 すぐにそちらに向かわねばならない事も、ギルティアは理解していた。

 しかし、機械と融合した異形は、閉鎖空間の外でも活動できるが故に、直接住人に被害を及ぼす事ができる。

「私は…宇宙群を…皆を守る!それが、私の使命なのです!!」

 そう、たとえ事態の収拾をつける事ができたとしても、それで沢山の犠牲を出してしまえば、ギルティアは存在意義を果たしているとは言えないのだ。

 相手は閉鎖空間に隠れない。この状況ならば、殲滅するのは容易い事だ。被害を未然に防ぐ事も、今の段階ならば不可能ではない。

「…行きましょうエルヴズユンデ…戦いましょう、そして、救いましょう!!」

 エルヴズユンデが、境界空間へと飛び立つ。

 飛び散った赤い翼と、未だに止まぬ雪だけが夜の街に降り注ぐ。それは、まるで戦いの痕を覆うかのようだった。



 黄昏は夜へと続く…そして、明けぬ夜の始まりは、物語の終焉へと続くのだ…。



続く


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