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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
92/101

Act.92 漢の決意


 ここまで異形が討伐されりゃ、『奴』がいる場所を割り出すのも容易だな。


 やれやれ…蹴りを付けるって願いは叶いそうだが、本当に、それで終わりになっちまいそうだな。


 …戦う事しか、今の俺には残されてねェ。

 これで負けるようなら、あいつを迎えに行く事なんて夢のまた夢だ。

 ただ、俺はあいつとの約束を完遂するために…全力を尽くす。


 俺は戦うのが好きだ。戦って死ぬ事も怖れねえ…むしろそれは本望って奴だ。


 本来なら、戦う事を嫌う奴が戦わなければならない事なんて、あっちゃいけねえ。

 だから、俺はあいつの代わりに戦ってやる。俺が、あいつを護ってやる。

 その為の強さと、その為の力が必要だ。


 …もう少し待ってろ、今、力を手に入れて迎えに行くからな。

 例えそれが地獄だろうが天国だろうが、絶対にお前を見つけて見せるさ…。


 ともあれ、その為にもまずは『奴』に宣戦布告しないとな。

 よし、この先の裏通りで交戦中だな…行くか!!



   Act.92 漢の決意



 異形の群れの前に、シリウスは一人、剣とショットガンを構えていた。

「さぁ、来い!このシリウス=アンファース、逃げも隠れもせぬ!!」

 シリウスが見得を切ると同時に、異形が一斉に飛び掛る。

「ぬんっ!」

 剣を横に振り払い、眼前にいた異形を上下に両断する。

 更に、その振りの勢いを利用し、両断された異形の更に向こうにショットガンの銃身をぶち込む。

「はああああああああああっ!!」

 プラズマの散弾が、その銃身の向こうにいる異形をバラバラに吹き飛ばす。シリウスが、更に一歩踏み込む。

 そして、斬り上げで更にその先の異形を斬り伏せる。空中から、一匹の異形がシリウスの背後を取る。

「甘い!」

 次の瞬間、ショットガンの銃身が、その異形を殴り倒す。

「しかし、あまりに淡々としすぎて退屈極まりないな…これをお嬢ちゃんはいつも続けてきたか…!!」

 シリウスがショットガンをリロードし、次の標的を選ぼうとする。

 …その直後だった。


 シリウスの横を、何かが抜けていく。そして、次の瞬間、その先の異形がバラバラに吹き飛ぶ。

「……!?」

 そこにいたのは、両手に剣を携えた銀髪の男だった。

「よう、いつぞやの予告通り会いに来たぜ、シリウス…!!」

 男はそう言うと同時に、雷を纏った刃を異形へと叩き付ける。異形が、黒焦げになって吹き飛ぶ。

 その戦いぶりに、シリウスは既視感を覚える。そして、見覚えは無いが、相手はこちらを知っている。

 二刀流の剣士で、シリウスの知り合い…そして、予告。シリウスは、その正体に気付いた。

「…お主、まさか…!」

「…そういう事さ、皆まで言うなよ」

 男は、そう言ってニヤリと笑った。

「…成る程な」

 シリウスは、同じくニヤリと笑ってそれに応える。

「さぁ、とっとと片付けて、飲みに行こうぜ!!」

「うむ!」

 そして、シリウスと男は、同時に左右に分かれる。

 シリウスが、銃身で立ち塞がる異形を殴り倒し、更に殴り倒し様に銃弾を放つ。

「ふんっ!!」

 そして、一歩を踏み込み、異形に剣の柄をねじ込み、そのまま、横一閃で剣の一振りの範囲内にいた異形を纏めて真っ二つにする。

 一方、男は、一体一体異形を斬り伏せていく。

「はあああああああーっ!!」

 右の一振りが、一体、左の一振りが、一体、右の一振りが、更に一体、左の一振りが、更にもう一体。どんどん、異形の数が減っていく。

 シリウスの一閃が、銃撃が、銀髪の男の双剣の閃きが、次々と異形の息の根を止める。あっという間に、残る異形は数体になっていた。

「…さて、一気に行こうぞ!!」

 シリウスが、一歩先に踏み込む。

「おう!」

 男が、それに続く。

「ぬうううおおおおおおおおっ!!」

 シリウスが、突進してきた異形を、その勢いを利用して投げ飛ばす。

「良い位置だ!」

 投げ飛ばされた異形を、男がバラバラに吹き飛ばす。

「せいっ!!」

 そして、そのまま男がシリウスの横を抜け、異形に雷を纏った双剣を叩き込む。

 シリウスが、ショットガンで一匹の異形を吹き飛ばし、更に剣で反対方向の異形を薙ぎ払う。異形は、残り一体だった。

「残り、一体ぞ!!」

「どっちが先に仕留められるか…勝負だ!!」

「良かろう!」

 一歩先に踏み込んだのは、銀髪の男の方だった。

「悪いが、この勝負は俺が貰うぜ!!」

「勝負は下駄を履くまで分からぬよ…!!」

 シリウスが、持っていた大剣を投げる。

「何ィ!?」

 大剣が異形を貫くのと、双剣が異形を捉えるのは、ほぼ同時だった…。

「…こりゃ…引き分け、だな」

 男が、ため息をつく。

「フフ…逆に、引き分けにするのが精一杯だった、とも言えるがな」

「ハッ…違ェねぇ」

 そう言って、男が笑った。閉鎖空間が、解ける。

「さて、では行こうか…約束通り奢ろう、暴欲のエルグリオよ」

「おう、ありがとよ…楽しみにしてたぜ」

 エルグリオ、と男は呼ばれ、そして男はそれに満足そうに頷く。

 男は、インフィナイト四将、暴欲のエルグリオその人だったのだ。

 最高位異形は、本来、人間の姿に戻る事も可能だ。よって、人間の姿でここにいる事もまた、不自然な事ではなかった。


 酒場の隅、シリウスとエルグリオが、酒を交わす。

「野郎と交わす酒がここまで美味いのは久しぶりだぜ」

「…同感だな」

 二人が笑う。そして、暫く酒を飲み交わしてから、エルグリオが急に真顔になる。

「…なぁ、俺が力を求めた理由が、女を迎えに行く為だっつったら、お前は笑うか?」

 その問いに、シリウスが少し考えて、首を横に振る。

「笑わぬさ。それは男の戦う理由として正しいと、わしは思うぞ…しかし、何故唐突にそれをわしに?」

 シリウスの問いに、エルグリオはため息をつき、苦笑する。

「どうやらこの先、嫌でも蹴りを付けなけりゃならないらしいからな。

 その前に、お前には知っといて欲しかったんだ…そっちの方が心おきなく戦えるだろ?」

 嫌でも蹴りを付けなければならない、と言う言葉が気になりながらも、シリウスは頷く。

「…わしとしても、お主のような男が、何故インフィナイトと共に行動しているのか、疑問に思っていたのでな。

 確かに、決着を付ける前に教えてくれると言うのなら、後顧の憂いが無くて助かる。聞こう…お主が、何故ここまでの力を求めたのか、な」

 その言葉に、エルグリオは、静かに言葉を紡いだ。

「…昔々、ある所…この宇宙群を遠く離れた宇宙群に、一人の旅人がいた。

 そいつは、強い相手と戦うのが大好きで、宇宙群中の強い奴と、延々と戦いを繰り広げていた。

 宇宙群中の強い奴は、大方、そいつの力を、強さを、本当の強さではない、と称した。

 しかし、その旅人は、ただ『その先』にある物が見たかった…ただ、それだけだった」

 その言葉に、シリウスは共感を覚える。

 ただその先にある物を見たいが為に強さを求める、それは、決して間違った物ではない筈だと、シリウスは頷く。そして、エルグリオは続けた。

「宇宙群の中で自分と対等に戦える相手がいなくなった旅人は、宇宙群の守護者に…鍵に、手を出した。

 そして…挑んだのはいいがこっぴどく負けた」

「…まぁ、無理もないな」

 シリウスは苦笑した。

「だが、鍵は、その旅人に笑顔で言った…またいつでも挑戦しに来い、とな。

 そいつは、もちろん何度も挑戦した。何度やっても、勝てなかったがな。

 …いつしか、その旅人と鍵は、一緒に旅をするようになった。毎日のように戦いながら、そいつらは旅を続けた」

 だが、と、エルグリオは続ける。

「その旅人以外との、そう、鍵の使命故の戦いでは、いつも彼女は辛そうだった。

 そう、その使命は死ぬその瞬間まで終わりゃしない。彼女は、戦いたい、ではなく、戦わなければならなかったんだ。

 戦う事が好きで好きで堪らない旅人は、その使命を自分が背負う事を思いついた。

 そう、戦う事と同じくらい、その旅人はその鍵の事が好きになってたんだ。

 戦い続ける事が辛いなら、戦う事が好きな自分が、その使命を代わりに果たせばいい。鍵は、戦いたい時にだけ、戦えばいい。

 しかし、それには人間の寿命が邪魔になる…もちろんそれを果たす為の力も足りない。

 聞けば、遠くの宇宙群に、異形の力とかいう便利なものがあるらしいじゃないか。

 その旅人は、鍵に、必ず迎えに戻ると約束し、遠い宇宙群へと旅に出た」

「エルグリオ…お主、中々やるではないか」

 シリウスの言葉に、エルグリオは笑う。

「ヘヘッ…佐々木火麟ささき かりんってな、和服が似合う可愛い奴でな~」

「ほほう…」

「…で、その旅人は真っ二つになる前のギルティアの故郷を訪れ、異形の力を手に入れた。

 もちろん、異形になる際に精神に影響が及ぶが、そいつは、それを捻じ伏せた。そして、いつしかその旅人は、最高位異形にまで至っていた」

 シリウスは考える。そのまま行くと、その鍵の元へ帰ってめでたしめでたし、だ。

 別に、今ここにいる必要はない筈だ。むしろ、そうであって欲しかった。そして、エルグリオは続けた。

「その旅人は、その力を引っさげて、故郷の宇宙群へと帰っていった…しかし、だ」

 そうか、ここからが、今エルグリオがここにいる理由なのだな、と、シリウスは頷く。

「…しかし?」

「その旅人が故郷に戻った時、そこには、そいつが覚えてた故郷はなかった」

「な…!?」

 エルグリオが続ける。

「代わりにあったのは、全く別な宇宙群だった。一体何があったのか知ろうとしたが、その旅人はその宇宙群の鍵に、侵入を阻まれた。

 理由も説明せず、ただ、『この宇宙群は元々から私が守護する宇宙群であり、あなたの故郷ではありません。早々に立ち去りなさい』とな。

 もちろん、そんな言葉で帰れるわけがない…行く場所もないしな…まして、宇宙群を閉鎖するなんて明らかに異常だ。

 旅人が求めた力は、本来、鍵の使命を代行する為の物だ、旅人は、その鍵に戦いを挑んだ。

 だが…その鍵の力は、異常だった。そう、あまりに異常すぎたんだ…歯が、立たなかった。

 こっぴどくやられ、生死の境を彷徨ったが…そいつは何とか生き延びた。約束を果たすまで、死ぬ訳にはいかなかったんだ。

 …そいつは更なる力を求めた。そう、その鍵を叩き伏せ、真実を引きずり出す為の、力をな」

 エルグリオは、そう言って笑った。

「そんな事が…成る程、な…」

「そして、戦い、戦い、戦って旅をしている、その最中、その旅人は、立ち寄った宇宙群で、インフィナイトと出会った。

 インフィナイトは、その事情を聞くと、目的達成の後、宇宙を書き換える際に必要となる莫大な根源的エネルギーの一部を、

俺に分けてくれると言ったんだ。そして、インフィナイト自身も、その宇宙群についての真実を確かめる為に手を貸すと約束してくれた。

 だから、その旅人は、インフィナイトの四将として戦う事にした、そう、暴欲のエルグリオとして、な…」

 その言葉に、シリウスは頷いた。

「成る程な…お主の覚悟、良く分かった。しかし、それならばインフィナイトではなくお嬢ちゃんに事情を話すのはどうなのだ?

 …お嬢ちゃんならば、その事情を聞けば、きっと協力してくれただろうに」

 エルグリオが首を横に振る。

「俺がインフィナイトと接触した時点で、か…力不足過ぎて頼れもしないな。

 確かに彼女は強い。少なくとも、カリンと互角以上に渡り合える程には、な。

 だが、言ったはずだ…俺が交戦した『そいつ』は鍵としても異常な強さだった…協力して貰っても歯が立たなかっただろうよ」

「…そう、か」

 シリウスが、酒を自分のコップに注ぐ。

「どうだ?もう一杯」

「おう、ありがとよ」

 シリウスが、エルグリオのコップにも、酒を注ぐ。

「俺は真実が知りたい…あいつ…カリンが、一体何処に行っちまったのか…。

 そして、あいつがいるのなら、俺はあの世でも、そう…それがたとえ地獄だろうが天国だろうが、迎えに行きたい」

「宇宙群を滅ぼしてまで、お前は約束を果たす事を望むか…」

 その言葉に、エルグリオは躊躇う事無く頷いた。

「ああ。この約束は彼女が…カリン自身が望んだものじゃねえ…俺が、約束して勝手に出て行ったんだ。

 だから、その約束は、俺が果たさなければならない物だ。わざわざ、寂しい思いをさせて、しかも約束を破ったりしたら、あいつに嫌われちまうよ。

 どうせ嫌われるなら、約束を守り切った上で、あいつの役に立って嫌われたいからな…これは、俺の果たすべき責任だ」

 その言葉に、シリウスは頷く。

「つくずく、お主も不器用だな…だが、その覚悟気に入った…敵ながら天晴れ、ぞ。

 しっかし…この宇宙群の鍵もそうだが、どうしてこうも鍵の使命は不幸を呼ぶのか…」

「全くだな…」

 そして、暫く酒を飲み交わし、時間が過ぎる。

「…さて、そろそろ俺は行くか…グランディオスとの合流の時間が近い」

「そうか…」

 そして、エルグリオは言葉を紡ぐ。

「最後にお前と酒を飲み交わせてよかった…次に会う時は敵同士、命を賭けて決着をつける事になるだろうよ。

 …それは間違い無い、避けられもしない。お前が、この宇宙群を守る気ならばな」

「何故だ、お主の主はもう既に…!」

 エルグリオは笑った。

「…生きてたとしたら?」

「!」

 まさか、とシリウスは思う。ギルティアは以前、本当に倒せていたのか、と言っていた…その言葉の通りだったのか。まさか…いや、まさか。

「そういう事さ…次が最後だ…それぞれの願い、それぞれの望む未来を賭け、全力で戦おうぜ」

 その言葉にシリウスは、エルグリオが何故今自分に接触してきたか、分かった気がした。

「望む所…ならば、わしも死力を尽くすのみぞ!このシリウス=アンファース、逃げも隠れもせぬ」

「その言葉を聞いて安心した…それじゃ、またな」

 エルグリオは、そう言って歩き出す。

「さらばだ…また会おうぞ、友よ」

 その言葉に、エルグリオは振り向かず、手だけを振る。

「友、か…悪くねぇ響きだ…なら『始まりの地』で待ってるぜ、友よ」

 そして、聞こえないように言葉を続ける。

「もっと早くお前と出会いたかったなぁ…シリウスよ」

 エルグリオは静かに笑い、そのまま駆け出した…。


 そして、エルグリオが合流したのは、白衣を着た黒髪の男だった。

「よ、待たせたな」

「どうやら、シリウスへの宣戦布告は成功したらしいな」

 男の言葉に、エルグリオは笑う。

「流石に宿敵と認めた相手には、これくらいしとかないとな」

「フ…お前らしいな」

「今回の戦いに、引き分けはねえ…勝っても負けてもお別れだからな」

 その言葉に、男は頷く。

「ああ、そうだ…どちらかの目的が成就し、どちらかの目的が潰える…もうすぐ、判決の時だ」

「グランディオスよ…お前はギルティアに宣戦布告しなくていいのか?ここまでの戦い…縁は決して浅くないと思ったが?」

 その言葉に、グランディオスと呼ばれた男は笑う。

「フ…お前ではないのだ、別に語る事もない。それに、語れば彼女の剣に迷いが出るだろう…それは、私にとっても得策ではない。

 そして、私は、私の目的が成就するその瞬間まで、決してインフィナイト様を裏切りはしない…その瞬間までは、何も語るまい」

 その言葉に、エルグリオも笑う。

「それがお前の流儀か…だが、分かる気がするぜ」

「お前が私の流儀に理解を示すとはな…これは、この戦い、負けるかも知れんな」

 その言葉に、エルグリオがニヤリと笑う。

「…勝つさ」

 その言葉に、グランディオスは、だが、と言葉を続ける。

「この戦いは、それぞれの個々の願いを果たす為の戦いでもある…どちらが勝ってもおかしくはないぞ」

「分かってる、お前自身の目的の事もあるからな…だが…だからこそ、勝つさ…勝って、カリンを迎えに行く」

 その言葉に、グランディオスは笑った。

「お前のその真っ直ぐさ、羨ましいよ…お前の願いが叶うと良いな」

「ありがとよ。大丈夫さ…俺達なら勝てる筈だ」

 その言葉に、グランディオスはニヤリと笑う。

「…勝つさ」

「へへ…それで良いんだよ、グランディオス…負ける事を今から考えちまったら、そりゃ負けるのは当たり前だろ?」

 グランディオスが頷く。

「…フ…確かにな。どうにも、物事を大局的に見過ぎると後ろ向きになる傾向があるらしい。

 本来単純明快なものを複雑に考えてしまっては、ただの思考力の無駄遣いだったな…さて、ならば無駄遣いはこの辺にして…行こうか?」

「ああ、そうだな…行くか!」

 そして、二体の異形が、境界空間へと消えていった…。


 精算を済ませたシリウスが、店の外に出る。

「…決戦、か…わしとて、負ける訳には行かんな。

 わし自身、自分の意志でこの宇宙群の命運に首を突っ込んだのだ、わしの命続く限り、この宇宙群を守り続けようぞ」

 そして、シリウスは街外れに行き、アークトゥルースに乗り込む。

「…アークトゥルースよ、お主には悪いが、どうやら地獄の彼方まで付き合って貰う事になりそうだわい」

 境界空間へと飛び立つアークトゥルースを操作しながら、シリウスはそう呟く。

 アークトゥルースは、まるでそれに応じているかのように好調だった…。


続く


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