Act.91 忍び寄る終焉
Act.91 忍び寄る終焉
ズィルヴァンシュピスは、境界空間を航行していた。
「…お姉ちゃん、今頃どうしてるだろうね…」
艦長席で、イセリナがため息をつく。
「きっと異形討伐を続けているでしょうな。ギルティアさんの異形討伐スピードは桁違いです…事態が終息するのもそう遠くない筈です」
「まぁ、そりゃ、嬢ちゃんだからなぁ…」
その言葉に、イセリナが頷く。
「まぁ…そうだね」
「しかし…こうしていると、全盛期を思い出しますな…」
「…だな。あの頃も楽しかったよなぁ…」
イセリナが笑う。
「だね、私も…長い旅の中でも皆と一緒に旅した時が一番楽しかったよ」
「嬉しい事言ってくれるねぇ、リーダー」
「本当だよ。こうまで長く旅すると、もう、退屈で退屈でね…たまに、旅の続行を休んで、普通の女の子みたいに生活してみた事もあったけどね」
そう言ってイセリナは苦笑し、話を続ける。
「久しぶりに人間の世界に戻ったみたいで楽しかったけど、そのままじゃお姉ちゃんにも会えないしね…」
その言葉に、アルフレッドは頷く。
「確かにそうですな…」
「お姉ちゃんはきっと、そういう平和な世界には長居しないと思ったからね…きっと、誰かが危機に陥ったり、そんな場所にいると思ったんだよ」
その言葉に、ファラオ店長が納得する。
「俺らが伝説の旅団になっちまったのは、そのせいか…本来嬢ちゃんが手を出してたであろう場所に行って、代わりに解決しまくりゃ、そりゃ伝説にもなるわな」
ファラオ店長が笑うと、アルフレッドも笑う。
「ですなぁ。しかし、伝説になる程の戦いでも小生達が生き延びてこれたのは、やはりリーダーのおかげですぞ」
「はは…そう?皆強かったけどなぁ…実際、死者も出なかったしね…」
その言葉に、ファラオ店長が頷く。
「きっとそれが伝説なんだと思うぜ。旅人なんていつ死ぬか分からないような事をしていて、一人の死者も出さない旅団なんて、俺達くらいのもんだろうよ」
「まぁ…そうかもしれないけどね。けど、お姉ちゃんや、お姉ちゃんが守った私の故郷の皆の事を考えれば…もう誰も死なせたくなかったよ」
イセリナは、そう言って境界空間の彼方を睨む。
「この果て無き宇宙の連なりは、全ての生命の生き死にの連なりそのもの…。
動物、人間、不老の命、究極生命、鍵、異形…沢山の命が生きて、そして…生き続ける者もいれば死に逝く者もいる。
けど、私達にはそれをただ傍観するんじゃなく、干渉する事が出来る…自分で生き延びたり、他の人を生き延びさせようと戦う事を許されている…。
…なら、生き続けるのは一人でも多い方が良いじゃん」
「一人でも多くを護る…ギルティアさんと同じですな」
イセリナが、その言葉に笑顔で頷く。
「そうだよ。自分で運命を切り開けなんて、確かに出来る人はそうすれば良い…けど、圧倒的な力の前では、出来る事なんて限られてる。
誰かが、そうやって切り開くための突破口を開かなくちゃいけないよ」
そして、イセリナは続ける。
「…昔、私を助けてくれたお姉ちゃんは、世界が終わるその瞬間まで一歩たりとも退かなかったよ。
境界空間へと脱出する脱出艇の中から見えたエルヴズユンデの姿は、
そう…たった一機、たった一人で、血のようなその紅い翼を広げて私達の盾になってくれた、
お姉ちゃんの後ろ姿は、決して忘れない…私は、あの後姿に追いつきたかった」
「そりゃ、あの強さにも納得が行くな…人間じゃ止められない訳だ」
ファラオ店長が、そう言って笑う。
「けど、やっぱり、追いつけなかったけどね」
イセリナは寂しげに笑う。
「やっぱり、お姉ちゃんはたった一人で行っちゃうんだもん。
私は、出来る事なら、お姉ちゃんからあの翼をもいであげたい…あの翼が無ければ、お姉ちゃんは盾にならなくても…飛び続けなくても良いから…」
「しかし、ギルティアさんはそれを望みはしないでしょうな」
アルフレッドが苦笑しながらいった言葉に、イセリナは頷く。
「うん、分かってる…分かってるよ。分かってるんだよ…けど…」
「言いたい事は、痛いほど分かるぜ…嬢ちゃんと出会い、嬢ちゃんと一緒に旅をした奴なら、きっと皆同じ願いを持ってる筈さ。
そう…どこまでも身勝手で、わがままな願いを、な…」
ファラオ店長は、そう言って笑った…。
一方その頃、治療用培養槽で、ルークはゆっくりと目を開けた。
「…修復が…完了したか…」
ルークが、培養槽から外に出る。以前憐歌との戦いで負った傷もすっかり治り、ルークは完全に本来の調子を取り戻していた。
「…こちらルーク、艦橋、応答せよ」
ルークが、通信機で艦橋へと通信を入れる。
「ルーク…もう起きて大丈夫なの?」
イセリナの問いに、ルークは頷く。
「我が傷は完治している、問題は無い…すぐに異形討伐に参加する事も可能だ。
今からそちらに向かおう。我が眠っていた間の事態の進展も確認せねばなるまい」
ルークが、医務室を出て、格納庫を歩く。そこでは、藤木とレディオスが機体の整備を行っていた。
「お、ルークか!起き出してきたって事は、傷はもう良いのか?」
「藤木か…ああ、傷は既に完治している…心配をかけたな」
ルークは、そう言って艦橋へと再び歩き出した。
「どうやら本当に完治したらしいな…あれだけの攻撃を喰らって、五体満足で完治するんだから、究極生命ってのは凄いもんだよな」
「ギルティアだってそうだろう…」
レディオスの返答に、藤木が苦笑する。
「まぁ…そうなんだがな」
「それに、その力がなければ、彼女もあいつも、きっとあそこまで傷だらけにならなくて済んだだろう。
…強い力には、それ相応の代償が求められるものなのだろうな」
レディオスは、そう言って、フッ、と笑う。
「…俺らしくもないか」
「だな」
「…ならさっさと整備を終らせて、俺たちも艦橋に行くとしよう」
レディオスの言葉に、藤木は頷いた…。
艦橋に上がったルークは、眠っていた間にどう事が進展したかを伝えられた。
「成る程、ギルティアはこの討伐が終ったら再び旅立つつもりなのだな」
「うん…私達じゃ止められないよ」
イセリナの言葉にルークが頷く。
「だろうな…」
「ルークは、全部終ったらどうするの?」
「そうだな…」
ルークは、少し考える。
「またロートベルグに戻って眠りに就くかな…少なくとも、今のロートベルグの体制なら、我も安心して眠る事が出来る。
最低限、世代が変わるまでは邪魔されずに眠れるだろう…それから先は、もし起こされたなら起こされた時に考えるとしよう」
「…そっか」
「…そろそろ、次の目的地に到着ですぞ」
その言葉に、イセリナは艦長席を立つ。
「…そうだ、アル、カーメン。今日は久しぶりに私達三人で行かない?」
「ん?」
「異形の討伐!昔の通りさ、三人で行こうよ!」
その言葉に、ファラオ店長とアルフレッドが頷く。
「そりゃ良いな…懐かしいじゃないか」
「小生は体力が少々衰えてきていますが、まぁ、久しぶりに戦場で腕を振るうのも悪くありませんな」
「よし決まり!今回は私達三人で行こう!」
イセリナの言葉が終わるのと、レディオスと藤木が入ってくるのは、ほぼ同時だった
「今日はお前ら三人で行くのか…成る程な、お手並み拝見と行こう…ルーク、俺達も俺達で行こうじゃないか」
レディオスの言葉に、ルークが頷く。
「…良かろう、我としても軽く肩慣らししたいと思っていた所だ」
「藤木も、それで良いな?」
その言葉に、藤木が頷く。
「勝手に決めるな…と言いたいが、良い提案なんだ、断る理由は無いぜ」
「…決まりだな。イセリナ、それで良いだろう?」
レディオスの言葉に、イセリナは笑顔で頷いた。
「ありがとね、レディオス」
そして、ズィルヴァンシュピスは目的の世界へと降りていった。
その夜、異形が作り出す閉鎖空間に、三人の人影があった。
「…さて、準備は良いね?」
斧を構えたイセリナが、横の二人に尋ねる。
「フフ…嬢ちゃんと一緒に戦ってた時も良かったが、この空気…懐かしいな…」
巨大な中華包丁を携えたファラオ店長が、ニヤリと笑う。
「悪くない…どうやら、小生の武器達も、まだ小生を見捨てていなかったようです。久しぶりに、一暴れと行きましょうぞ…!!」
アルフレッドは、長めの銃身のレーザー銃を二挺で持っている。イセリナは二人の準備完了を確認し、眼前の異形の群れを睨む。
「行くよ、二人とも!白銀の旅団、攻撃開始!!」
「おう!」「了解!」
イセリナの掛け声と共に、三人は同時に異形の群れへと飛び込んでいった…。
そして、その夜、まだ夜も更けぬ内に、その世界に潜んでいた異形は根こそぎ壊滅したという…。
一方、インフィナイト側の補給基地の一つで、グランディオスがエルグリオに合流していた。
「…よう、随分と遅かったじゃねえか」
「フ…何、移動中に少々軽い運動を、な」
グランディオスは、そう言って笑う。
「ははっ…お前も冗談を言う事があるんだな…」
「フ…エルグリオ、お前は私を何だと思っているんだ」
「真面目で堅物!鉄仮面な俺らのリーダー!!」
エルグリオのその言葉に、グランディオスは思わず苦笑いする。
「…覚えがあるので何も言えないのが辛い所だな」
そう言うと、データのバックアップを補給基地のデータから回収する。
「…さて…後一箇所だ」
その言葉に、エルグリオは頷く。
「そうか…ちなみに、そのデータを回収した上で、お前の研究はあとどれくらいで完成するんだ?」
「後一片、と言った所だな…もっとも、その一片が大きいのだがな」
「あとはどんなデータが必要なんだ?」
その言葉に、グランディオスは苦笑する。
「人間が異形となったケースでは全く取れないデータだ、数億年レベルでデータを収集すれば、あるいは、と言った所か」
「うひゃー…」
「最後に必要なのは、人の願いと異形空間との結びつきを切り離す為のデータだ。それは、インフィナイト様の目的を達するのに必要な最後のデータでもある」
その言葉に、エルグリオが頷く。
「…あー、成る程な。一人の願いを、アクセスを介して宇宙群に住む全ての人間に向けて適応する為にもそのデータは必要か…」
「そうだ、そして同時にそのデータは、私の目的達成に最も必要なデータ…そのデータの収集なくして、私の目的は達成できない」
「…まぁ良い、異形に寿命はないしな、付き合ってやるさ」
その言葉に、グランディオスが頷く。
「感謝する、そして、その借りはきっちりと返そう…フフ」
グランディオスが笑う。
「…何だよ、その笑みは」
「いや、お前の願いが羨ましくてな…私も、お前のように生きられていたら、と思っただけだ」
その言葉に、エルグリオは苦笑した。
「ヘッ…そうかよ」
そして、グランディオスが言葉を続ける。
「…さて、では最後のデータ回収ポイントに行こうか?」
「ああ、そうだな…最後って『あそこ』の事だろ?」
「そうだ、我々がインフィナイトと出会った場所…全ての始まりの地だ」
エルグリオが頷く。
「へへ…お前の事だ、最後に残しといたんだろ?」
その言葉に、グランディオスが笑う。
「フ…何故そう思う?」
「お前は、そういう所だけ妙にロマンチストだからな。この宇宙群の旅の締めは、あそこにするんじゃねぇかなーと思ってたのさ」
そう言って、エルグリオは笑った。
「自分もそう考えていたから、と、素直に言えないのか?」
「…言う訳が無いってのは分かってると思うんだがな」
「フ…そうだな、我々は意外と似た者同士なのかも知れん」
その言葉に、エルグリオが苦笑する。
「おいおい冗談だろ?俺はお前みたいに頭は固く無いよ」
「冗談を本気にするとはな。私はお前のように野蛮ではない」
そして、二人は笑う。
「…さぁ、行こうか?」
「おう!」
グランディオス達は、何処かへと飛び立っていった…。
…そして…
「これは!い…生きてる…のか…!?」
「ああ…ここまでの傷を負って生きているのは、まさしく奇跡としか言いようが無いな。
どうやら本当に、終わった訳では無いらしい…やはり、ここから全ては始まるか…」
…物語の終焉の時は、音を立てずに、一歩一歩、確実に近づいていたのだ…。
続く




