Act.83 報われぬ旅路と共に
Act.83 報われぬ旅路と共に
星空が美しい夜だった。憐歌の住む町の、町外れの川原に、ギルティアは立っていた。
「さて…まずは、ここですか…」
ギルティアは、自らの異形の力を応用して、以前よりも更に正確に異形の出現場所を特定出来るようになっていた。
一部の異形が、この周辺に潜伏しているようだ。
本来は異形はまず飛来しない宇宙…しかし、先日の要塞の破壊の際に、若干量の異形が降り注いでいた。
川の流れる水音だけが聞こえる。その直後、だった。
「…来ましたね…!!」
水がばしゃばしゃと波打ち、空間が閉鎖される。
ギルティアの手に、光が集まる。
「憐鍵刃バルムヘルツィヒカイト…顕現なさいッ!!」
黄金の閃光の刃を持つ剣が、姿を現す。
同時に、ギルティアの身体に光が集まり、ギルティアの服装が変わっていく。
「祝福されし世界よ…この宇宙群の未来を、切り開く力を…フル・アクセス!!!」
そして、その光を破り、紅の翼が羽ばたく。
それは、異形の群れが姿を現すのと、ほぼ同時だった…。
「さぁ…踊りましょう…?」
ギルティアは、不敵な笑みを浮かべ、誘うように囁く。同時に、異形が飛び掛ってくる。
「はあっ!!」
ギルティアが、左腕の爪で光の盾を展開する。
それが、飛び掛ってきた大量の異形を受け止める。
「シールド、攻勢転換!!」
光の盾はそのまま、飛び掛ってきた異形を飲み込む。
飲み込まれた異形は、バラバラに吹き飛ぶ。
「背後に回りましたね、甘いです…!!」
振り向き様の一閃で、背後に回った異形が真っ二つになる。
そして、ギルティアが羽ばたく。
衝撃波を乗せた羽ばたきは、爆発を発生させ、周囲にいた異形を纏めて飲み込む。
「…さて、もし普通の異形ならばこれで終わりの筈ですが…」
周囲にバラバラに散らばった異形が、一斉に再生する。
「やはり、こうなりますよね…」
ギルティアは、既に気付いていた。
この異形は、本体となる異形を倒さなければ、再生し続ける、
何度か戦った、厄介な特性を持った異形だ。
インフィナイトの本拠地で実験されていたのだ、この程度の事は既に予想できていた。
「…しかし…!!」
ギルティアは、ニヤリと笑った。
「既に本体は…確認済みです!!」
ギルティアが、空中に上がる。
そして、川に向けて猛然と突っ込む。
「はああああああああああああああああああああああああーっ!!!!」
渾身の一撃が、川を、水の流れを、真っ二つに叩き割る。
その先には、魚のような形状をした異形が、その核ごと真っ二つになっていた…。
「…願わくば、汝の罪が祓われん事を」
ギルティアの周囲で再生し始めていた異形が、一斉に崩れていく。
「…まずは、一箇所」
空間の閉鎖が解けた事を確認すると、ギルティアは飛び立ち、一気に雲の更に上まで上昇する。
「来なさい、エルヴズユンデ!!」
ギルティアの言葉に答えるように、空間を越えてエルヴズユンデが姿を現す。
今ギルティアがいる宇宙は、本来は異形は殆ど飛来しない場所だ。
よって、異形が潜伏する場所も、バラバラだった。
次の目的地は、海を越えた遥か向こう、更にその次の目的地は別な惑星だ。
それだけの距離をわざわざ生身で移動するほど非効率的な事は無い。
エルヴズユンデが、目的地に向けて一気に加速していく。
そして、その一晩で、憐歌のいる宇宙に飛来した異形は、全滅した…。
次の日の昼頃、ギルティアはロートベルグの帝都に帰還していた。
「ただいま戻りました」
「あ、お姉ちゃんおかえりー!」
イセリナがギルティアを迎える。
「お嬢ちゃんも戻ったか!」
向こうでラーメンを食べていたシリウスも反応する。どうやら、皆もたった今戻ったらしい。
「…そちらも無事で何よりです」
「嬢ちゃんもラーメン食べるかい?」
既にラーメンを作りはじめながら、ファラオ店長が尋ねる。
「愚問です」
「…だよな」
ファラオ店長は頷き、ラーメンを作り続ける。
「ギルティアさんの方の討伐状況はどうですかな?」
アルフレッドが尋ねる。
「こちらは、私の目的地にいた異形は全滅させました」
その言葉に、イセリナが驚く。
「一晩で!?」
「数はさほどではありませんでしたし、今の私ならこれくらいは容易ですよ」
そう言って、ギルティアは笑った。
「そちらこそ、もう戻ってきたという事は、目的世界の異形の討伐を完了させたのでしょう?
皆だって一晩で討伐を完了させているではありませんか」
その言葉に、イセリナが頷く。
「まぁ、場所の特定もズィルヴァンシュピスのメインコンピュータを利用してるし、
ここの騎士団が協力してくれたおかげでズィルヴァンシュピスのクルー人数も十分確保できたからね」
「そうですね…さて、私もラーメンを食べますか」
ギルティアが、ラーメンを食べている皆の方へと歩き出す。
イセリナもそれに続く。
「そういえば、そっちでは鍵の娘から情報は得られたの?」
「ええ、この世界の旧『大帝国』のデータベースに記録されているのではないか、との事でした。
…後程、エーリッヒにその事を伝えに行く予定です」
「そっか」
そして、ギルティアがシリウスの隣に座る。イセリナが、更にその隣に座る。
「ツタンカー麺お待ち!」
ファラオ店長からラーメンを受け取り、ギルティアは食べ始める。
「…ところで、先程から藤木とレディオスが無言なのですが?」
ギルティアの言葉に、シリウスがため息をつく。
確かに、レディオスも藤木も黙々とラーメンを食べ続けている。
「うむ、討伐の時間の前に、わしらはゲーセンに立ち寄ったのだが、レディオスは格闘ゲームでイセリナお嬢ちゃんに完敗した事、
藤木はいつもの『UFOキャッチャー』なるもので、狙いのものだけ取れずに討伐の時間が来てしまった事で、ちょっとな」
その言葉に、二人がピクリと反応する。
「まさか、この俺の攻撃を全てガードとブロッキングで防ぐとは…遊びとはいえ、流石は戦闘、対人は思った以上に奥が深いようだ…。
ガードキャンセルからの反撃…あのゲームのシステムをもう少し把握する必要があるだろうな」
どうやら、レディオスは、敗北の理由を、その時の戦いを脳内で何度も遡りながら分析しているらしい。
「くっ…あの配置、絶妙だったぜ…店員の研究の成果って奴か…ギリギリ取れないようになってやがる…」
レディオスと藤木の言葉に、ギルティアは苦笑した。
「…成る程」
「お嬢ちゃんのほうも、真相に近づけたようで何よりぞ。
だが、今までの情報を統合しても、ろくでもない真実しか出てこない、そんな気はするがな」
「ええ…私も同感です。
しかし、同時に、目を逸らしてはこの戦いは絶対に終わらない、いえ、目を逸らしたままで終わらせてはいけないと、私は思います」
その言葉に、シリウスは頷く。
「うむ、もしもこの宇宙群の人類が過去に大きな過ちを犯したというのなら、その同じ過ちを繰り返さぬためにも、真実を知る必要があろう」
「ええ、インフィナイト、そしてルークも、強大な力を持つというだけで人間に狙われた…かつての私が、私の故郷でそうだったように、ね。
何処の宇宙群でも、そして、人類がいかにその技術を前進させようと、その営みには変わりは無い、という事です…。
だから…真実を知り、同時に、現実を変えていかねばなりません」
そう言って、ギルティアはラーメンを食べ続けた。
ラーメンを食べ終えてから、ギルティアは、いつもエーリッヒが待機している詰め所に、足を運ぶ。
「エーリッヒ、いますか?」
「お呼びになられましたか?ギルティア様!!」
ギルティアの声を聞きつけ、詰め所の奥の方からエーリッヒが走ってくる。
「ええ、私達が異形を討伐している間に、少しエーリッヒに調べておいて頂きたい事があるのです」
その言葉に、エーリッヒが頷く。
「我々がお役にたてる事でしたら…何なりと」
「ありがとうございます。では…旧『大帝国』についての情報は、ありますか?」
「旧『大帝国』…ガルデンベルグ…ですか…」
エーリッヒが、少し考える。
「…この帝都は、ガルデンベルグ帝国首都を基にした場所なのです。
この宮殿も、帝都の地下に広がる巨大な遺跡の入り口の上に、それを封じるように建造されていたものです。
遺跡への進入は厳重に禁じられていましたが、先皇帝…デストヴァールはその封印を解いて、そこに存在した機動兵器やその他の技術を利用しました。
当時は戦力を調達するのが主な目的だったため調査は出来ませんでしたが、今ならばその遺跡に進入しての調査が可能です。
そこは大帝国の中枢と言える場所だったようで、恐らく、ご所望の情報を手に入れる事が出来るでしょう。
…今少しの時間があれば、我々がその遺跡を調査させて頂きます」
その言葉に、ギルティアが頷く。
「お願いできますでしょうか?」
「了解!では、ギルティア様は何に関しての情報をご所望なのでしょうか?」
その言葉に、ギルティアは、インフィナイトの事、そして、憐歌がギルティアに話した事をエーリッヒに伝える。
「成る程、今回の戦いの発端に旧帝国が絡んでいる可能性があるのですね…承知しました。
我ら全身全霊を賭して有力な情報を探し出してご覧に入れます」
「…期待していますよ」
ギルティアは一息つくと、言葉を続ける。
「では、私は少し休ませて頂きます」
「はっ!」
敬礼するエーリッヒに一礼すると、ギルティアは歩き出した…。
ギルティアは、自分の部屋に戻り、普段から履いているブーツを脱ぐと、服を着替えずにそのままベッドに倒れ込む。
「はぁ…どうにも、です」
そして、枕に顔を埋める。
この戦いが本当の意味での終結へと、確実に近づいている。本来ならば喜ぶべき事だ。
「私はこれで…ただ、命の限り使命を果たし続ける亡霊で良い…」
ギルティアは、ギルティア自身も予想していなかった、これ以上望めない最善の結末を、強引に引きずり出した。
「それなのに…何故…」
だから、ギルティアは、理解できなかった。
「何故…私はそれ以上を望もうとするの…?
それは決して叶わないもの…希望など、亡霊である私には不要のものの筈なのに…」
何故、その結末で満足できないのか。それ以上望める事、望む事を許された事など何一つ無いのだ。
「考えれば考えるだけ駄目ですね…取り敢えず、少し眠りましょう。
…明日からは、また異形討伐を再開です…頑張らなくては」
ギルティアは、頭を回すだけ時間の無駄だと考え、眠ろうと、静かに目を閉じた…。
そして、次の日の朝になった。
「…ん…」
ギルティアが、ベッドからゆっくりと身を起こす。
「…あー…ドレスを着たままだった事をすっかり忘れていました…」
ギルティアは苦笑する。着替えるのをすっかり忘れていたのだ。
寝巻き代わりにしてしまったゆえに、しわも付いている。
「…着替えて出ましょうか…」
ギルティアが、クローゼットを開ける。大量のドレスが収納されている。
「…たまには旅先に別なドレスを着て行くのも悪くありませんね」
そう言って、ギルティアは真紅のドレスを取り出す。
そして、それに着替え、ギルティアは広間に降りる。
「あ、お姉ちゃん!」
イセリナがいた。どうやら、これから出発する所らしい。イセリナが、ギルティアに駆け寄る。
「イセリナ、これから出発ですか?」
「うん!お姉ちゃんは、今日はそのドレスを着ていくの?」
「ええ、たまにはいつも着ている服以外の服で外を歩くのも悪くありません」
その言葉に、イセリナが頷く。
「そうだね、きっと気分転換になるよ!」
「ええ、そう思います…さて、そろそろ出ましょうか…イセリナ、旅の無事を祈ります…!」
「お姉ちゃんも!それじゃ、またね!」
イセリナは、そう言うと、ズィルヴァンシュピスの方へと歩き出す。
「…さて、私も行きましょう」
ギルティアもまた、歩き出した…。
続く




