Act.08 災難、そして新たなる旅の始まり
Act.08 災難、そして新たなる旅の始まり
「娘よ…改めて、礼を言わせて貰おう…」
デストヴァールが消し飛んだのを確認すると、ルークがギルティアに向き直る。
「…おう?聞いていたのと違って随分とおとなしいな…」
少し離れた所に立っていたファラオ店長が言う。
「どうやら、ルークが人々に敵対していたのではなく、人々が、ルークに敵対していたらしいのです」
ギルティアが、端的に説明する。
「そうか…人間らしいな」
店長が頷く。その説明で納得したらしかった。
「私は、ただ、この世界の平穏を守りたかった、それだけです」
「そうか…名を、名を聞いておこうか、娘よ」
「私の名は、ギルティア。ギルティア=ループリング…」
「ギルティア…か」
ルークが微笑む。
「心優しき娘よ…おかげで我も、また全てを滅ぼさずに済んだようだ」
「…どうやら、この世界で私がやりたかった事は、全て終わったようです」
ギルティアが、満足そうに頷く。
「…よかっ…た…」
ギルティアが倒れる。彼女の意識は、そこで途切れた。
「…!…」
次にギルティアが目を覚ましたのは、最初にギルティアが降り立った集落の室内だった。
「目を覚ましたか…ギルティアよ」
ルークが、傍にいた。ずっと看ていてくれたらしい。
「…ルーク…」
?
ギルティアの頭に、何かがおかしい、と言う疑問符が発生するが、
朦朧とする意識の中では、まだ、何がおかしいのか把握できない。
しかし、直感的に浮かんだ問いをルークに尋ねる。
「…店長は、どうしました?」
「あの『屋台』というものを引いていた男か?奴は事態の収拾を一人でつけて、何処かへ姿を消した。
お前に伝言がある。『俺も旅を再開する。また料理の腕を鍛えようと思う。どこかで会える事を楽しみにしている。』…だそうだ」
「…そう、ですか…」
次第に意識がはっきりしてくる。
「…あれ?」
ギルティアが、理解する。何かがおかしい、その疑問の答えは、シンプルだった。
「…ルーク、縮みました?」
ギルティアの感じた疑問符が、すんなり言葉になって出てくる。
…百八十メートル大の生物が、部屋の中に入るはずが無い。
「ああ、こういう事も出来る」
ルークが頷く。どうやら、現在は二メートル大のようだ。
「…成る程、便利な体なのですね…」
ギルティアが頷く。ルークが縮んだのは分かった。
しかし、違和感は止まらない。自分の身体にも何か違和感がある。
ギルティアが、寝かされていた寝床から起き上がる。
「きゃっ…!」
ギルティアが、自分が着ていたウェディングドレスの裾を踏んでこける。
「え?あれ…?」
一瞬、ギルティアは自分が何故転んだのか理解できなかった。
服に感じる違和感。妙にぶかぶかだ。
確か、最初着たとき、サイズはピッタリだったはずだ。
ギルティアが再び起き上がる。
「…まさか…」
ギルティアが、自分の身体を確認する。
「ルーク、私も、縮みました…?」
ギルティアは自分で何が起こったのかは理解した。しかし、ルークに敢えて尋ねる。
「…ああ。貴公が倒れた直後にな」
「やはり、ですか…」
ギルティアが、ため息をつく。
予想は出来た事だ。エルヴズユンデのダメージは、ギルティア自身のダメージに直結している。
あそこまでの損傷を受けたのだ、自分にも損傷が及んでいる事は予想できた。
「…エルヴズユンデは?」
「貴公の乗っていた機動兵器か?集落の外に置いてある」
「…分かりました」
ギルティアが歩き出そうとする。しかし、もう一度裾を踏んでこける。
ああ、こんな所にツケが…と考えながら、ギルティアは慎重に歩き始める。
外は既に夜だった。
服の胸元が大きく開いているので、歩く内に服が下のほうにずれるが、いちいち戻す。
「…我が背に乗れ」
見かねたルークが促す。
「助かります」
そして、ルークがギルティアを背負ってエルヴズユンデの場所まで歩く。
エルヴズユンデは、自己修復すら不能なほど損傷していた。
「…これは、私が小さくなるわけです…」
ギルティアが苦笑する。
「本当に、申し訳ない…」
「いえいえ…背負っていただいて、申し訳ない、はこちらの台詞です」
ギルティアが苦笑する。
「しかし…このままではコア部分の修復はおろか、
機械部分の修理の為に別の宇宙に行く事も出来ない…困りましたね…」
「成る程…よし!しからば我を連れて行くと良い」
ルークが、突然発言する。
「は…?」
ルークの突然の申し出に、ギルティアがきょとんとする。
「エルヴズユンデの修理が終わるまでは我が戦おう。次元転移も、我が力ならば造作も無い事だ。
…我も共に旅をさせて貰いたい」
「…それは、願ってもありませんが…本当に良いのですか?あなたの目的は、眠りに就く事では…」
ギルティアが驚きながら尋ねる。
「眠りに就くにしても、ここでは安心して眠れんようだからな…。
考えてみれば、我がこの世界に留まり続けたせいでこの戦いが起こったとも言える。
ならば、我は安眠の地を探そうと思うのだ。誰にも妨げられず眠れる場所を。
それに、我が眠ったのは人間同士の不毛な争いに嫌気が差したからだ…貴公とならば退屈せぬ旅が出来そうだからな」
ルークは、そう言って笑った。
「…了解しました…ありがとう」
ギルティアが笑顔で頷く。
「…あ、しかし…」
「む?」
「いくらサイズが小さくなってもその姿では…」
ギルティアが苦笑する。
「…目立つか?」
「はい、申し上げにくい事ですが…」
ギルティアが遠慮しがちに言う。
「…ならばこれでどうだ」
ルークが更に縮む。三十センチ前後か。どうやら翼も出し入れできるようで、翼をしまう。
「…これなら人形にしか見えんだろう?」
「随分とごついぬいぐるみですね…けど、多分私、こういうぬいぐるみは好きです」
「よし、ならばこれで良いな」
ルークがギルティアの肩に乗っかる。
「…しかし、着られる服が無いというのは問題です。
もちろん買いに行きますが、そのためにも…ルーク、少し向こうで待っていて下さい。
作業が終わったら呼びます」
「ああ、分かった」
ギルティアが、エルヴズユンデのコクピットから裁縫箱やら何やら色々と取り出す。
「これを使うのも久しぶりですね…」
一方、離れた場所でルークはじっと待つ。
「…知性を持つ生物というのは、よく分からぬものだ…」
ルークは、一人苦笑する。
「だが、退屈はしなくて済みそうだな…もう少し、起きているのも悪くは無い…」
しかし、そのまま数分が経過する。
「…が、少し寝るか…」
ルークは、いびきをかいて眠り始めた…。
そして、次の日の朝、柔らかい感触を感じ、ルークは目を覚ました。
「…む…?」
自分の状況を確認する。集落の、ギルティアが眠っていた部屋だ。
動けない。確認する。腕?誰かに抱きかかえられているのか。
しかし、首の関係上、後ろを確認する事が出来ない。
服を着たまま寝ているのか、腕の赤い手袋が目を引く。
?少し見覚えがある。昨日ギルティアが着用していたものと、色とサイズ以外同じものに感じる。
「…ん…目を覚ましましたか…ルーク…」
自分の斜め上から声が聞こえる。
ここで、ルークはようやく、自分の現在の状況が理解できた。
ギルティアが、自分を抱きかかえて眠っていたのだ。
あの夜、どうやらあの場所で自分は思い切り眠っていたらしい。
それを、用事を終えたギルティアが恐らく部屋に運んで眠りに就いたのだろう。
「…どうやら、また迷惑をかけてしまったらしいな」
「いえいえ、服を仕上げるのに結構時間がかかってしまいましたからね」
ギルティアが起きると、ルークはようやくギルティアの手から開放される。
「…よく分からんが…感触が良かった」
そう、ボソッと呟く。
「?どうしました?ルーク」
「いや」
ルークが向き直る。
「…その服を作っていたのか?」
紅い色のドレスだった。恐らく、彼女が着ていたウェディングドレスが基になっているのだろう。
サイズ合わせで余った布地やレースも余らせずにふんだんに用いたらしい服は、何とも豪華だ。
彼女の気高い雰囲気を更に引き立て、少し幼めになった彼女に、元と同じ程度の威厳と美しさを付与している。
頭に着用しているティアラは紅に染められ、鋭い輝きを放っている。まるで剣についた血のようだ。
…というよりも、実は先程の戦闘でついたギルティアの血が洗い流せずにこういう色になっただけなのだが。
「ええ。先回の戦闘で、私が着たウェディングドレスが血だらけになってしまいましたのでね…。
せっかくですから、色を赤に染めて、サイズを調整して、まぁ、その他色々加工して仕上げてみました。
まぁ、日常的にこれを着るのは無理があるので、他にも数着ほど…ね。けど、私はこれが気に入ってます」
そう言って、ギルティアは立ち上がってくるっと回ってみせる。
おい、それは盗品ではないか、と言う突っ込みは無しにしよう。先程の戦闘の余波で、店は間違いなく潰れている。
…一緒に潰される筈だったものの有効利用だった、そういう事にしておこう。
ただし、くれぐれも良い子も良い大人も真似をしないように。
「そうか…まだ我には『ふぁっしょん』と言うものはよく理解できないので、コメントは出来ないが…。
…ギルティア、何処の世界に行くのだ?」
「そうですね…機械部分の修理以上に、コア部分を修復しなくてはなりません。
…その為には、異形の放つ力を蓄積する必要があります。異形が多そうな場所に行かなくては…」
ギルティアが、暫し考える。
「…そうですね、では、あそこにしましょうか」
ギルティアが、手を鳴らす。
何か、思い当たる節があるらしい。
「座標はこちらで指示しますので、その場所まで飛んでください」
「了解した」
ルークが、やや巨大化する。大体三、四メートルほどだ。
「思えば、別な世界へと赴くのは初めてだ。楽しみだ、といっても良いかも知れん」
そう言って、ルークは笑う。
「…そうですか…フフ、確かに、今までよりも楽しい旅になりそうです。よろしくお願いしますね、ルーク!」
ギルティアが、ルークの背に乗る。
「うむ!」
そして、ルークは、飛び立っていった…。
ギルティア日記
まさか小さくなってしまうとは…
はぁ…まぁ良いでしょう、ルークという仲間も得られましたし、帳消しです。
…退屈しない、楽しい旅になりそうです。
続く




