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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
70/101

Act.70 私は、あなたを認めない

 俺は晴也…守重晴夜。

 ただの何の変哲もない普通の学生だ。


 そんな俺の日常に、ささやかな幸せが加わったのは、彼女と出会ったからだ。

 憐歌=ブリーシング…それが、彼女の名だった。


 始めて出会った時、彼女は、学校の近くで校門を眺めていた。

 青色の長い髪が美しい娘だった。

 初めて彼女と出会った時、思わず声をかけた。

 本当なら、女の子に軽々しく声をかけるような趣味は持ち合わせていない。

 そんな俺が、思わず声をかけたのは、彼女が可愛かった、というのも確かにあったが、それ以上に、彼女が、今にも死んでしまいそうなほど、寂しそうだったから…。


 しかし、俺と関わるようになってから、段々と彼女は笑顔を見せるようになってきた。

 まるで何年も笑っていなかったかのような、そんな不器用な笑顔だった。

 けど、その笑顔は何処までも純粋で、俺は彼女がずっと笑っていてくれる事を願った。

 …俺は、彼女を好きになっていた。


 しかし、時折彼女は、寂しげな表情を見せる。

 それが何故なのか、俺には分からなかった。


 思えば、彼女が、俺と出会う前にあちこちを転々としてきたと聞いていたが、その頃の事を、俺は何も聞いた事がない。

 いや、聞けなかった。聞く勇気が無かったんだ。

 それを聞く事は、彼女を傷つけてしまう事になる、そんな気がした。

 そして、彼女は何処か遠くへ行ってしまう、そんな気もした。


 けど…例えどんな過去があったとしても、俺は彼女が好きだ。

 彼女の笑顔を、俺は守りたい。

 その為に彼女の過去を知る事が必要なら、俺は彼女の秘めた真実が知りたい。


 彼女を幸せにするためには、いつかそれを知らなければいけない、俺は、そう思う。

 俺はもっと彼女の事が知りたい。

 彼女の秘めた痛み、全てを受け止めてあげたい。


 …このままじゃ、駄目なんだ。



   Act.70 私は、あなたを認めない



 ギルティア達は、目的の宇宙に到着していた。

 街に、ギルティアが、一人降りる。

「…余計ないざこざを避けるために、私一人で行きます」

 ギルティアが街に歩き出す。

 どうやら通勤、通学の時間帯のようで、街は人で溢れ返っている。

「…この状況下で、空間閉鎖を利用して彼女に接触するのは無理、ですか…」

 ギルティアは、少し考える。これならば、先日と同じく彼女の帰宅時に話すほうが良いかも知れない。

 であれば、今は一言、それを伝えれば良いだけだ。

 歩いていると、先日ラーメン雑誌を読んでいた公園に差しかかる。

 彼女の先日の帰宅ルートと、この近くにある高校の配置から考えると、恐らくは通学ルートでもある。

 ギルティアが、公園のベンチに座る。

「…ここで待てば、恐らく会えるはず…」

 目の前に広がっているのは、ごく普通の通学、通勤風景だ。

 彼女は、きっとこの中に自然に溶け込んでいるのだろうなと、ギルティアは思いながら、静かに苦笑した。

 思えば、ギルティア自身も先日、必要があって制服を着込んで活動していた。

 あの時の言い知れぬ嬉しさを、ギルティアは今でも覚えている。

「…ふ、私らしくもありません…」

 ギルティアは、苦笑しながらそう呟いた…。

 暫く、ギルティアは公園のベンチから、通学、通勤風景を眺める。

 段々と、ギルティアは気が重くなり始めた。

「…はぁ…何故こうも、気が重くなるのでしょうね…」

 更に暫く待つ。

「せーや!早く行かないと遅刻よ!!急いで急いで!!」

「待てよ、合流して早々に!何でいつもそんなに元気なんだよ、お前!それと、せーや、じゃなくて晴夜だ!!」

 聞き覚えのある声が聞こえる。

 晴夜と名乗った見覚えのある青年と憐歌が、公園をはさんで反対側の歩道からこちらに走ってきている。

 憐歌が先行している。丁度良い。

「…!」

 憐歌が、こちらに気付く。憐歌の顔色が変わる。

「…学校が終わってから、改めて伺わせて頂きます」

 ギルティアが、他に聞こえないように憐歌に言った。

 憐歌は、悟られぬように頷くと、すぐに表情を元に戻す。

「ほらー!早く!こっちこっち!!」

 憐歌の言葉にせかされ、晴夜も急ぐ。彼がギルティアの横を過ぎる瞬間、ギルティアと一瞬目が合う。晴夜が、一瞬足を止める。

「…君は…」

 しかし、すぐに我に返り、憐歌の方へと走っていった…。

「さっき、あそこに座ってた娘と何か話してたみたいだけど、知り合いか?」

 走りながら、晴夜が憐歌に尋ねる。

 その言葉に、憐歌は若干ためらいながら応える。

「う、うん…まぁ、一応ね」

「何か、俺と初めて出会った頃のお前と本当に似た目をした娘だったな…」

 憐歌に聞こえないように、晴夜はそう呟いた…。


 一方、ギルティアは戦艦へと帰還していた。

「…で、どうなのだ?首尾は」

 シリウスがギルティアに尋ねる。

「彼女の学校が終わるまでは、何とも言えませんね…」

「そうか…」

「…彼女は言っていました。

 人間が手を取り合った強い力は、光は、鍵である私達より強く、そして、私達の戦いの先には、光は無いと。そんなのは、生贄と同じだ、と」

 それを聞くシリウスの脳裏に、アイギスが話してくれた、ギルティアが封印された経緯がよぎる。

 いけ好かない理屈だ。しかし、それを考えると、戦いの先に光が無い、と言った、その鍵の気持ちも、理解できないでもない。

 そして、その言葉を、ギルティアが気にする理由も分かる。

「私は…今まで、それを誇りと思って生きてきました。

 しかし、彼女は違う…彼女は、普通の少女として、人間として生きていきたい、そう望んでいました。

 ならば、その彼女を戦いに駆り出すのは、その普通の少女を、ただその為に生まれたという理由だけで生贄に使う、それと、果たして違いがあるのでしょうか…。

 …しかし、今の私では、彼女の言う生贄にすらなれないのでしょうね…」

 ギルティアは、そう言って寂しげに笑った。

「…お姉ちゃん…」

 イセリナが、今にも泣きそうな表情でギルティアを見つめる。

「…イセリナ、そんな悲しそうな顔をしないで下さい…私は、まだここにいるのです」

 ギルティアは、そう言って、イセリナの頭を撫でる。

 そして、ギルティアが暫く考え、思いついたように言葉を紡ぐ。

「あ、そうです…イセリナ、時間まで、二人で街に降りましょうか?」

「え…?」

「私からあなたにしてあげられる事は…それくらいしかありませんから」

 ギルティア自身も、この先に何が待っているのか、覚悟している。

 だからこそ、自分を助けてくれた彼女に、自らが存在できなくなる前に恩返しがしたかったのだ。

「…どうです?」

 イセリナは、一瞬考えてから、笑った。

「…うん!行こっか!」

「ええ、出来れば、私もイセリナに、もっとたくさんの楽しい思い出を残してあげたかったですがね…行きましょう」

 そして、ギルティアとイセリナは二人で街に降りた。


 街を歩きながら、ギルティアは少し考え、口を開く。

「…イセリナ、街に降りたのは良いですが、何をします?」

「もしかして、何も考えてなかったの?」

 イセリナの問いに、ギルティアは苦笑する。

「いえ…考えたのですが、イセリナは何をすれば喜んでくれるか、私には全く見当がつきませんでした…」

「うーん…」

「それ以前に、戦って助ける以外で、どうしたら人間達が喜んでくれるか、その手段を殆ど知りません」

 以前、ラーメンを披露した時に喜ばれた事を、ギルティアは思い出す。

「…今まで喜ばれた事と言えば料理くらいでしょうか」

「へぇ、お姉ちゃん、料理が得意なの?」

「ええ、一応ラーメンに関してはかなりのものだと自負しています」

 ギルティアが、そう言って笑う。

「もっとも、ファラオ店長には負けますがね」

「…まぁ、カーメンはプロだしね」

 そして、イセリナが少し考える。

「うーん、そうだねぇ…じゃ、取り敢えず、昼食を済ませてから、ここらで美味しいケーキ屋でも探して食べにでも行こっか」

「ケーキ屋ですか…」

「うん、甘いものが嫌いな女の子なんてそんなにいないよ♪」

 イセリナが笑顔でそう言う。

「了解しました、では、書店で情報収集と行きましょうか。

 …お勧めのラーメン屋は隣町ですし、昼食はどうしますか?」

「それじゃ、ファミレスで済ませよっか」

「ファミレス…ファミリーレストランの略、ですか?」

 その言葉にイセリナが頷く。

「…入った事、ありませんでした」

 ギルティアがボソッと呟いた一言に、イセリナが驚く。

「え、ええ!?」

「ラーメン屋巡りと、後は必要最低限、自炊で活動していましたから。

 …しかし、成る程、悪くありません」

 そう言って、ギルティアは微笑んだ。

「で、あれば、旅行関連の雑誌を買った方が、情報収集になるでしょうね…行きましょうか!」

「うん!」

 ギルティアとイセリナは、まずは書店に向けて歩き出した…。


 時間は経過し、正午を過ぎた。

 学校では、既に昼休みに入り、生徒達が昼食を取り始めていた。

 その中に、憐歌と晴夜の姿もあった。

「せーや!今日も手作りでお弁当作ってきたわよ!」

 憐歌が、晴夜に弁当箱を渡す。

「おいおい…購買で買ってくるから良いって言ってるのに…いつもありがとな」

 晴夜の言葉に、憐歌が笑顔で頷く。

「うん、私は晴夜の役に立てれば、それだけで幸せだから」

「じゃ、頂くとしようかな」

 晴夜が、弁当を食べ始める。

「お、また腕を上げたんじゃないか?」

「はは、ありがと!…こんな時間が、ずっと続けばいいのに…」

 憐歌が、そう言って寂しげに笑う。

 先程、公園のベンチに座っていた少女と何かを話してから、憐歌の様子がおかしい。

「…一体、どうしたんだ?何か、さっきの娘と話してから、何か変だぞ?」

「え?私はいつも通りよ…心配、させちゃった?」

 そして、憐歌はため息をついた。

「…私なら大丈夫だから」

 本当なら、真実を話したかった。

 しかし、それは、信じて貰える訳が無い事、そして、それを信じて貰えたとしても、きっと、二人は今のように笑い合う事は二度と出来なくなる。

 憐歌は、そうなってしまう事が、せっかく手に入れた幸せが壊れてしまう事が、怖かった。

「大丈夫なら、良いんだ…しかし、本当、腕を上げたなこりゃ…」

 晴夜は、弁当を食べながら、話題を変える。

 実際、憐歌の料理の腕は、間違いなく上達していた…。


 一方、ファミリーレストランで昼食を済ませたギルティア達は、書店から仕入れておいたスイーツ専門誌を片手に、目的の店へと歩いていた。

「しかし、やはりラーメンは無難なレベルでしたね…」

「そりゃそうだよ、専門店じゃないんだし」

 イセリナが苦笑する。

「…もし『今度』があれば、今度は、私の作ったラーメンをご馳走しますよ」

 ギルティアは、そう言って微笑んだ。

「わぁ、それは楽しみ!」

「ふふ…さて、この先でしたね、ストロベリーパフェが美味しい店というのは」

「だね」

 店の看板が見えている。流石に平日だ。そこまでは混雑していない。

「じゃ、行こっか!」

「ええ!」

 ギルティアとイセリナが店に入る。思えば、ファミリーレストランだけではない。

 ギルティアは、この手の店に入った事もない。別に甘い物が嫌いな訳ではなかったが、

 ラーメン屋以外の店に入る事自体が少なかった。

「…もしかして、やっぱり、この手の店に入るのも初めて?」

 その言葉に、ギルティアは苦笑しながら頷いた。

「ええ…元々、私は一人で旅をしてきましたし、必要以上に活動範囲を広げては、使命の遂行に支障も出ます」

 本当に、使命の遂行を最優先に旅を続けて来たのだな、と、イセリナは改めて驚く。

「…さて、何を頼みましょうかね…」

「私はそれじゃ本に書いてたストロベリーパフェで!」

「…それでは、私は…」

 ギルティアは、スイーツ専門誌のこの店の特集の、右下に書いていたものを思い出し、ニヤリと笑った。

「…プリンセスクラウンパフェで」

 その言葉に、店の客も驚いて一斉にギルティアの方を向く。

 値段が高い。先程イセリナが注文したパフェも結構な値段だが、その五倍くらいの値段だ。

 スイーツ専門誌には『お金に余裕があったら一度は食べてみよう!おとぎ話のお姫様の気分が味わえる事請け合い!!』と書いてあった。

「…お姉ちゃん…思い切ったね…」

「私は、美味しいものには投資を惜しみませんから」

 運ばれてきたそれは、各産地直送の果物を惜しみなく使用し、また、十種類を超えるアイスを螺旋のように積み上げ、まさしく豪華絢爛なものだった。

「…お姉ちゃん…凄いね…これ」

「ええ、頼んでみて良かったです」

 ギルティアとイセリナが食べ始める。

 そして、三十分程で、二人は次の店へと歩き始めた…。

「…ここまで思い切り甘い物を食べたのは初めてです…」

「けど、たまには良いでしょ?」

 イセリナの言葉に、ギルティアは笑顔で頷く。

「ええ、ラーメン以外に、こういう店を巡るのも悪くありませんね…ふふ…何か、目覚めてしまいそうです。さて、次の店は…」

 こうして、二人は数件の店を巡る。

 ギルティアは、店を訪れる度に、その店で最高値の品を頼んでいた…。

「お姉ちゃん、いつも最高値の物ばっかり頼むけど…」

「え?ああ…次に訪れる時、まだ店があるか分かりませんから。

 …それに、また訪れられるとも限りませんから」

 ギルティアは、そう言って笑った。

「お姉ちゃん…」

「…そろそろ時間、ですね。先に艦へ戻っていてください」

「うん、分かった」

 イセリナの言葉に、ギルティアが頷く。

「イセリナ、私は今、私の使命を果たせる事を誇りに思っています。

 …ですから、私は皆を守ります…たとえ、何があっても」

「お姉ちゃん…頑張って」

 イセリナはそう一言言い残し、艦が待機している方へと走り出す。

「…私は、この時間を決して忘れはしない…!」

 ギルティアは静かに呟き、目的地へと歩き出した…。


 一方、憐歌と晴夜は、公園を過ぎた辺りに差しかかっていた。

「…それじゃ、またね、せーや!」

 憐歌が晴夜と別れて歩き出す。

「ああ、また明日、学校でな」

 晴夜の言葉に憐歌が振り向き、笑顔で手を振った。

「うん…」

 そして、再び歩き出した憐歌は、静かに呟く。

「…ごめんね、せーや」

 そうして、憐歌は駆け出した…。

 残された晴夜の心には、妙な胸騒ぎが残っていた…。


 そして、憐歌が、彼女の自宅近く、人通りの無い道に差しかかる。

「…いるんでしょ!?ギルティア!」

 憐歌の言葉に応じるように、空間の閉鎖が発生する。

 そして、ギルティアが、憐歌の前に姿を現す。

「…まず、手間を取らせた事を謝罪します」

「それは良いわ、それよりも、私の前に姿を現わしたのには、理由があるんでしょ?」

 憐歌の言葉に、ギルティアは頷く。

「インフィナイトと、直接交戦しました」

 ギルティアは、その時の事、そして、インフィナイトの正体を、憐歌に告げる。

「今のこの宇宙群に、インフィナイトを止められるほどの技術力を持った文明は存在しません。

 …そして、私の力だけでは、インフィナイトは止められませんでした」

 そして、ギルティアは、頭を下げた。

「…お願いです、力を貸して…私と共に戦って下さい」

「…そう来ると思ったわ。単刀直入に言わせて貰うけど、その申し出は受けないわよ」

「何故です!確かにあなたは人間として生きる事を鍵として選んだ…それは私も認めています。

 しかし、この事態はどう考えても宇宙群自体の危機なのです!!」

 ギルティアの言葉に、憐歌は答える。

「勝手な事言わないで!あなたがこの事件の元凶なのよ!?」

「…どういう意味です?」

「分からないの!?あなたがこの宇宙群に姿を現さなければ、異形を討伐しなければ、インフィナイトはデータの収集が出来なかった…。

 インフィナイトの計画を進展させたのは…あなた自身なのよ!!」

 その言葉に、ギルティアは一瞬言葉に詰まる。

「そんなあなたが、今度は、私がやっと手に入れた、人としての幸せな時間まで壊そうと言うの…!?

 …他者の幸せを踏み躙るのが鍵の使命?笑わせないで!!」

「確かに、幸せであるに越した事はない事は認めますし、だからこそ先日は引き下がりました…しかし、今回は状況が違います!

 インフィナイトとの戦いの時だけで良い…力を貸してください!」

 その言葉に対して、憐歌は首を何度も横に振って、反論する。

「嫌よ!生きて帰れるかどうかも分からないのに…!

 …そして、もし、鍵として宇宙群を守る為に戦ったらもう二度と、普通の女の子としてせーやとの時間を過ごす事なんて出来なくなっちゃう!!」

 そして、続ける。

「鍵の存在、鍵が何処にいるのか、それが分かってしまったら、また、鍵である事を隠して、そして、私の消息に関しての情報が消えるまで逃げ続ける事になるわ」

「!」

 ギルティアは、彼女の行動の意味を理解する。

 宇宙群の為に戦えば、そう、インフィナイトとの戦いに参戦するならば、

どうやっても、鍵の存在、そしてその消息は旅人やその他、色々な存在に確認されてしまう。

 そして、一度その消息を知ってしまえば、彼女を頼ろうとする者は決して少なくは無いだろう。

 事実、憐歌が何処にいるのか知らなければ、ギルティアもここに来てはいない。

 最終手段と思ってはいた、しかし、二度と無いとは言えない。

 鍵が人としての幸せを手に入れるのは、何と難しいのか。

 そして、確かにギルティアがこの宇宙群に来なければ、憐歌の居場所は不明のまま、ずっと鍵の存在を確認される事無く時間は過ぎていただろう。

 気持ちも、言いたい事も分かる。しかし、それを、ギルティアは鍵として許せなかった。ギルティアは、憐歌を睨み、言い放つ。

「…本来、鍵に幸せなど不要です!!

 あなたの、人間としての幸せなど所詮、私が触れるだけで、私があなたの存在を見つけた、ただそれだけで壊れるほどに脆いもの…!

 それ程に脆い幸せ、今壊れずとも近い内にいずれ壊れてしまうでしょう!!

 宇宙群全体の平穏の…幸せの重要性に比べたら、その幸せなど…私達の心など、ただの石ころ…いえ、砂粒も同然!

 …犠牲にされて当然のものなのです!!」

 言葉を紡ぐ度に、ギルティア自身の心は悲鳴を上げる。

 それでも、ギルティアはそれを叩き伏せながら、憐歌を睨む。

「そんな事は無いわ!だって、鍵にも幸せを願う心があるもの!!

 だから、たとえそれが短い、脆い幸せだとしても…それが限りなく愛しい…!!」

 憐歌の叫びと共に、その両手に光が集まり、それが天空へと吸い込まれていく。

 天空に、魔法陣が展開される。

「…力を持っていても、私は人間よ!!

 あなたのように、ただ使命を果たし続ける事しか出来ない虚ろな人形じゃないわ!!

 …私の前から消えて!!私はもう、光の無いあの旅路には戻らない!

 私はもう、宇宙群を守る為の生贄に戻る気は無い!!

 もしそうするくらいなら…私は人としてこの宇宙群と運命を共にする事を選ぶわ!!

 だから、私はこの力であなたを倒し、今、私のこの手の中にある人間としての幸せを守る!!」

 今なら、まだ間に合う。今の段階ならば、まだ自分の存在はあまり多くの存在には確認されていない。

 今、ギルティアを倒し、そして、ギルティアの同行者達を解散させてしまう事ができれば、憐歌は暫しの平穏な時間を手に入れられるかもしれないのだ。

「来て!ヴェネディクス!!私に希望を!!」

 青と白が基調の神秘的な機動兵器が、空中の魔法陣から降臨する。

 ギルティアが、その巨体と対峙する。

「…きっと、私が元凶、それは認めましょう。

 ですから、もしあなたが望むのならば、今ここで私を殺してくれても構いません…。

 しかし、もし私を殺すのならば、あなたには、私の代わりにインフィナイトを止めて頂かなくてはなりません!!

 それは避けられぬ鍵の使命、存在意義です…しかし、もしもそれすらも否定すると言うのならば…!!」

 ギルティアは、左腕の爪を前に突き出す。

「良いでしょう…あなたは、鍵の使命そのものを放棄している!!」

 ギルティアの背後に魔法陣が展開され、空間を突き破ってエルヴズユンデが姿を現す。

 ギルティアは、心のどこかでこうなるのではないかと思ってはいた。

 正直、相手のアクセス能力とこちらの力の差から考えて、勝ち目は薄いが、勝算が無いわけではない。

 …インフィナイト程は、厄介な敵ではない。

 彼女は、長い間戦っていない。すぐに全力で戦えるわけもない。

 だから、付け入る隙は必ずある。そして、それ以上に、勝ち目などとは関係なく、鍵として、戦わねばならない。

 そして、彼女を倒した上で、インフィナイトに一人で戦いを挑む。

 仲間には、宇宙群の住人達を、可能な限り宇宙群の外に脱出させる事を頼めばいい。

 例えギルティアがインフィナイトとの戦いで死んでも、それで沢山の人を救う事が出来る。

 ギルティアは、それで良い、と、エルヴズユンデの核の中で頷いた。

「ここであなたを斬り伏せ、私は独りでインフィナイトに挑みましょう!!

 そう、この宇宙群が滅びるとしても、この宇宙群に住む大切な人々の命を…一人でも多く救う為に!!エルヴズユンデ!私に力を!!」

 ギルティアの言葉に、憐歌が叫び返す。

「自分すらも大切に出来ない存在が、大切な人を語らないで!!」

 それに対し、ギルティアが叫ぶ。

「他者の盾になるべき鍵が、自分を他者と同様に大切にしてどうなるというのです!!」

 二人の叫びの応酬。そして、二人は同時に叫んだ。

「「私は、あなたを認めない!!」」

 そして、今、二人の鍵は対峙する…。


続く


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