Act.56 賢聖なるグランディオス
Act.56 賢聖なるグランディオス
その白い異形の名を、ギルティア達は知っていた。
「あ奴は…エルグリオと交戦した時に出てきた…!?」
シリウスの呟きに、ギルティアが頷く。
「…ええ、間違いありません…奴は…!」
「グラン…ディオス…!?」
ヴェルゼンが、その名を呼ぶ。
「…インフィナイト様より、お前達の救援を頼まれた。
こんな事になっているだろうから、何とかお前達を脱出させろ、とな」
「…な、ならば、グランディオス、あなたも我々と共に戦いなさい!!」
ヴェルゼンが言葉を続ける。
「我ら四将のリーダーを任されながら、行っているのは怪しげな研究ばかり…!!
最高位異形三体なら、幾ら相手が鍵であろうと、負ける道理は無い筈です!!」
グランディオスが、その言葉にため息をつく。
「やれやれ、私の研究はインフィナイト様のご命令であると言うのに…笑わせる。
せっかく回収したデータも、それを統合整理し、研究しなければ結果には繋がらないという事が分からないらしい」
だが、とグランディオスは続ける。
「…良いだろう、私に与えられた命令は、お前達を脱出させる事だ。その為ならば、彼女と交戦する事も、許可されている。
しかし、戦うのならば、それは私一人だ…お前達は帰れ」
「な、何…!?」
「インフィナイト様から交戦許可を受けたのは他でもない、この私だ。そして何より、お前達のその傷では、足手まといにしかならん。
もっとも、余波に巻き込まれて消し飛ばされたいというのならば、止めはしないがな」
グランディオスの言葉には、反論を許さぬ迫力があった。
…ヴェルゼン自身も知っていた。自らの敬愛するインフィナイトが自ら四将のリーダーに任じた、その力を。
そして、その戦いに巻き込まれれば、言葉の通り、消し飛ばされる可能性がある事を。だから、ヴェルゼンは、渋々、頷いた。
「わ、分かりました…しかし、適当に戦って逃げぬように、しっかりと戦闘データを回収して提出しなさい」
「ケッケケケ…くれぐれもいい殺し合いをしてくれよ?四将のリーダー…四将最強のお手並み、拝見させてもらおうじゃねえか」
ヴェルゼンと、オーガティスが凄まじい速度で後退していく。
エルヴズユンデも、アークトゥルースも、追撃はしなかった。
いや、出来なかった、と言ったほうがいい。
今、目の前に立ち塞がっている者を無視して、その二人を追撃する事は、無謀としか言えない。
グランディオスは、四将のリーダーであり、そして、四将の中で最強の力を持つという、その会話の内容に嘘は無い。
あの二人が、彼の言葉に従ったという事からも、理解できる。
そして、エルグリオとは違う…そして、それと同等かそれ以上に強い気迫が漂っている。
片手間で相手に出来るような相手ではない。グランディオスが、エルヴズユンデの方を向く。
「…我が同胞がお見苦しい所をお見せしたようだ…まずはそれを謝罪しよう」
グランディオスの意外な言葉に、ギルティアは思わず反応に困る。
「!」
「全く…我らの目的を我ら自身の手で失敗させる気か、奴らは…」
グランディオスが、ため息をつく。
先日のエルグリオの事にしろ、恐らく、彼はいつも事態の収拾役に回されているのだろう。
「彼らの目的は私の生け捕り…そう言っていました…強者を狙うエルグリオはともかく、一体、何故私達…いえ、私を狙うのですか?」
「同胞の非礼の詫びだ…少し、教えてやろう…インフィナイト様の目的は『過ちを繰り返さぬ事』だ」
「過ちを繰り返さぬ、事…!?」
ギルティアが、聞き返す。
「そうだ。繰り返される数多の悲劇を、数多の過ちを、二度と繰り返さぬように終わらせる…その為に、我らは『実験』を行っている」
「それに、異形が、そしてこの私が、どう関係しているのですか…?」
「我々が研究しているのは、世界にアクセスする鍵の力、そして、異形の誕生する空間を、本来の存在目的通りに使用する方法、更に、異形の持つ制御不能な程の欲望を、より効率良く制御する方法だ。
それらが揃って、ようやく我らの目的は達成される」
様々な憶測が、ギルティアの頭の中で行き交う。
そもそも、異形の誕生する空間の、本来の存在目的というのは、一体何の事なのか。
その本来の存在目的と鍵のアクセス能力が揃うと、一体何が起こると言うのか。
ギルティアは、取り敢えず単刀直入に聞いてみる事にした。
「それらを揃えて、一体何をするつもりです…?」
「…我々の計画が次の段階に移行した時に、それは分かるだろう。
ヴェルゼンとオーガティスには、その時まで迂闊に動くなと釘を刺しておいたのだが、な」
ギルティアが、それに頷き、言葉を紡ぐ。
「成る程、つまり、彼らは独断で私に攻撃した、と…」
そして、ギルティアは言葉を続ける。
「ならば、最後に聞きます…あなた方は、私の…敵なのですか?」
「…ああ、もしもお前が、今のこの宇宙群を…そしてそこに生きる命を、これからも守ろうとするのならば、な」
グランディオスの言葉に、ギルティアは確信した。
相手が何をするかはどうあれ、それはギルティアにとって、そして、その使命にとって、決して成し遂げられてはならない事だ。
…何としても、止めねばならない。
ギルティアは、インフィナイトは自分にとって敵であると、確信した。
グランディオスは、言葉を続けた。
「さて、話はここまでだ…交戦を許可されているとはいえ、本来はお前とここで戦うつもりは無かったのだがな。
あそこまで言われては、止むを得ん…私と、一曲踊って頂けるかな?」
その言葉に、ギルティアが頷く。
「分かりました。しかし、先程の会話の内容…お互い、全力で戦えば、巻き込まれた者はただでは済まないのでしょう?
…ならば、一騎討ちと行きましょう。連れに手出しは無用です」
「お嬢ちゃん!それは…!」
シリウスの言葉を、グランディオスが遮る。
「構わん…標的はお前であって、本来、連れに危害を加える必要は無い。後退すると言うのならば、追撃はしない」
その言葉に、ギルティアは頷く。
「シリウス、その左目の傷ではこの後起こる戦いには耐えられません…後退してください」
本来ならば反論したかったが、シリウス自身も、今の傷で戦い続けるのは本当に足を引っ張ってしまう事を理解していた。
それに、左目の傷は決して浅いものではない。出血多量、非常に危険な状態だ。
「…すまんな。先程の戦いも、わしが足を引っ張らねば、あそこまでの傷を、痛みを負う必要は無かっただろうに…」
「いえ…おかげで、私は私の使命を再確認できました」
ギルティアは、笑顔で続けた。
「…見たかったのでしょう?本当の私の戦いを…特等席から、傷の手当てでもしながらゆっくりと観戦していて下さい」
その言葉に、シリウスは頷く。
「…うむ、今回はそうさせて貰おう。それと、そこにある、左腕に積まれていた縮退炉を貰うぞ」
シリウスは、境界空間に浮遊しているエルヴズユンデの左腕を指差す。
「ええ、私には使い道はありません、使うというのならば、使って頂いて構いませんよ」
「…感謝する」
シリウスは満足そうに頷き、エルヴズユンデの左腕を回収してから戦闘領域外へと後退していった…。
「今まで、ずっと、そうやって一人で戦って来たのか…お前は」
グランディオスの問いに、ギルティアが答える。
「ええ、鍵は、本来一人でいるべき者…一人で戦うべき者ですから」
そして、ギルティアはニヤリと笑った。
「それに…やはり、本気で踊るならば、一対一でしょう?」
「フ…成る程な…悪くない答えだ…」
グランディオスが、構える。
それに、紅の翼を放ち続けるエルヴズユンデが、剣を構えて応じる。
「さぁ…始めましょうか…ギルティア=ループリング、参ります!!」
「良かろう!賢聖のグランディオス…いざ!!」
エルヴズユンデとグランディオスが、同時に一気に距離を詰める。
エルヴズユンデが振り下ろした剣を、左腕の竜頭の角で受け止める。
「無理も無い…私の力を知らないのだからな」
グランディオスの胸部、膝部の顔の口が開く。
「…貰ったぞ!!」
それらの口から、熱線が放たれる。
「!」
至近距離から、熱線が直撃する。凄まじい爆発が、エルヴズユンデを飲み込む。
「しかし…そういうあなたは、私の力を過小評価しているようですね…熱線程度で、この私を止められるとでも?」
エルヴズユンデの翼の羽ばたきが、爆風を吹き飛ばしながら、グランディオスを押し返す。
相手の熱線はエルヴズユンデの展開する翼による障壁に減衰され、受けた傷も既に再生が開始されている。
「反撃させていただきます!プリズナーブラスター…バァァァァァァァァストッ!!!!」
押し飛ばされ、バランスを崩したグランディオスに、至近距離からブラスターの雨が直撃する。
「成る程、流石だな…データだけでは把握できない、直接戦ってこそ、分かる事もあるか…!」
爆風を突き破って、二発の火球がエルヴズユンデに飛来する。
グランディオスも、若干の傷を負ってはいるが、既に再生が始まっている。
ヴェルゼンやオーガティスよりも遥かに高い防御力を持っているらしい。
エルヴズユンデが、火球を剣で斬り払う。更に、左腕のクローから、レーザーを放つ。
レーザーは、火球を纏ったグランディオスの左腕に叩き落とされる。
グランディオスは、両腕と、両足の口から再び火球を放つ。
今度は、幾度も連続している。かなり密度の濃い弾幕が展開される。
しかし、弾道がまっすぐである以上、回避は可能だ。
「流石にこの程度は回避できるか…!」
グランディオスの頭部の顎が、三方向に開く。そこに、黒い塊が集まる。
「…だが!!」
黒い塊は、多方向に拡散し、見当違いの方へ飛んでいく。
「…拡散…しかも、この方向は…!?」
直後だった。今までエルヴズユンデが回避した火球を含め、全ての火球が、エルヴズユンデ目掛けて複雑に軌道を変更し、襲い掛かる。
咄嗟に、エルヴズユンデがプリズナーブラスターで直撃弾を撃ち落とす。
…が、数が多すぎる。たくさんの火球が、エルヴズユンデを飲み込む。
「フフ…重力による弾道制御は、お前の専売特許ではない…!」
そう、拡散した黒い塊は、重力塊だ。その重力が、放たれた火球に複雑に影響を及ぼし、弾道を変更させたのだ。
「ッ…!」
爆風の中から、左腕の爪からレーザーシールドを展開したエルヴズユンデが姿を現す。
「…強い…恐らく、この宇宙群に辿り着いてから私が今まで戦った、誰よりも…!」
ギルティアは悟った。ルークやシリウスを含めて、この宇宙群に着いてから今まで自分が戦ったどの相手よりも、今対峙している相手…グランディオスは、強い。
「…そう、この領域で戦う為に、私は生まれてきた…ここで負けるようならば、私に存在意義も存在価値もありません」
ギルティアは、静かに呟く。
「…行きます!!」
ブラスターとレーザーを一斉に放ち、エルヴズユンデはグランディオスに一気に接近する。
「速いな…だが!!」
グランディオスは、剣の一振りを右腕の顔の角で受け止め、左手で火球を放ちながら殴り返す。
しかし、至近距離でありながら、エルヴズユンデはすぐに剣を引き、それを回避する。
更に追撃で胸部、膝部から熱線が来る。
更にそれを強引に回避し、背後に回り込み、レーザー、ブラスターを放つ。
「背後か…!!」
グランディオスの尻尾の頭部から、収束された重力震が幾度も放たれる。
「くっ…!」
そうして出来た隙を突き、レーザーとブラスターの直撃を無視してグランディオスが向き直る。
再び、怒涛の砲撃が始まる。
しかし、今度はギルティアも、グランディオスが、自分が放った弾道を変更する前に、プリズナーブラスターとレーザーによって迎撃する。
アクセスの復旧により、ブラスターの制御に関しても本来の能力を取り戻している。
よって、迎撃が必要な火球が増えてしまう前に迎撃すれば、防ぎ切る事も出来る。
エルヴズユンデとグランディオスの眼前を、凄まじい爆発が遮る。
「…今です!!」
エルヴズユンデが、爆風をかき消して猛進する。
レーザーやブラスターでは埒が明かない。
夥しいブラスターの光が剣に集まり、剣が黄金の輝きを放つ。
「コンヴィクション・スラァァァァァァァァッシュ!!!!」
エルヴズユンデ渾身の一閃が、グランディオスに直撃する。
「ぐうっ!!」
グランディオスの胸部の頭に、深い傷がつく。
同時に、交差したエルヴズユンデの機体各部から、火花が散る。
「…やってくれますね…」
ギルティアが呟く。エルヴズユンデの一撃が直撃する寸前、グランディオスは凄まじい出力の衝撃波を展開し、それによって一撃の威力を減衰、更に、エルヴズユンデにダメージを与えてきたのだ。
もし、衝撃波の領域内にもう少し長くいれば、翼の展開する防壁によって減衰されたとしても、そのダメージはかなり大きな物になっていただろう。
「流石、と言っておこう…防ぎ切れると思ったのだがな」
グランディオスとエルヴズユンデが向き直り、再び対峙する。
「さぁ、続けようか…!」
グランディオスが、そう叫んだ…。
一方、撤退を続けていたヴェルゼンとオーガティスが会話していた。
「ケケッ…思った以上に早く引き下がったねぇ、何かたくらんでるのかい?」
オーガティスがそう言って笑う。
「簡単な話です…リーダーには、より忠誠心が厚い者がなるべきではありませんか?」
「ケッケケ…成る程ねぇ」
オーガティスが、ニヤリと笑う。
「インフィナイト様の目的のために、グランディオスは彼女を殺す事は出来ない…可能性は十分にありますよ…フフ」
二体の異形は、自らの拠点へと飛翔していった…。
グランディオスが、火球と熱線を放ちながら、エルヴズユンデに突進する。
プリズナーブラスターが、それらを迎撃し、エルヴズユンデがグランディオスの背後に回り込む。
「今度こそ…!」
グランディオスの尻尾の頭部から、重力震が、エルヴズユンデを迎撃する。
「そこです!!」
重力震を、エルヴズユンデが剣で叩き落す。
同時に放たれたプリズナーブラスターが、グランディオスの周囲をバラバラに通り過ぎ、前方から襲い掛かる。
「前後からの同時攻撃か…成る程な…ふんっ!!」
グランディオスが、再び全身から衝撃波を放つ。
ブラスターはかき消され、同時に、背後から斬撃を叩き込もうとしたエルヴズユンデも吹き飛ぶ。
「くっ…これでも攻め切れませんか…!」
「ギルティア=ループリングよ…殺す気で来てくれて構わんのだぞ?」
「!」
手加減をしていた訳ではない、ギルティアは全力で戦ってはいた。
しかし、相手の戦いからは、こちらに対しての殺意が感じられない。
そんな相手に対し、殺すつもりで戦おうとは、ギルティアは思えなかった。
「ならば、あなたも私を殺す気で来なさい…私とて、今、手加減をしているつもりはありません」
「我が主君の命に背く事になるが故、それは出来ない」
グランディオスの言葉に、ギルティアはため息をついた。
「…であれば、私もその気で戦えません。
この先を見たいと言うのならば、あなたもそれ相応の覚悟で挑んで頂かなくては…安心してください、私とて、ここであなたに殺されるつもりはありませんから」
「……」
グランディオスが、一瞬考え、言葉を紡ぐ。
「…フ、確かに、自分から誘っておきながら、私が一歩引くのは礼儀に反するな。
良いだろう、さぁ、ここからが本番だ…最後までついて来れるかな…ギルティア=ループリングよ!!!」
グランディオスの言葉に、ギルティアが満足そうに頷く。
「それでこそ、です…ここから先は私も命懸けでお相手致しましょう…ギルティア=ループリング、参ります!!!」
その言葉と同時に、エルヴズユンデの胸部が展開する。
「プリズナーブラスター…バアァァァァァストッ!!!」
プリズナーブラスターが、再びグランディオスを襲う。
「何の…!」
衝撃波が、それらを掻き消す。
しかし、直後、第二波がグランディオスに直撃する。
続けて背後から第三波、左右から第四波が直撃する。
「コンヴィクション・スラァァァァァァァァァァッシュ!!!!」
「させるものか…!!」
直撃の爆風の中央から、結構な傷を負ったグランディオスが突進してくる。
頭部から、重力塊が、再び拡散して放たれる。
そして、火球と熱線が放たれ、それらが、ブラスターの収束点、剣の刀身に直撃する。
「ぐううっ…!!」
凄まじい爆発。エルヴズユンデの剣が、手から離れる。
その一瞬の隙を突いて、グランディオスがエルヴズユンデに、火球を纏った右腕を叩き込む。
咄嗟に防御したエルヴズユンデの右腕が噛み付かれ、そのまま噛み砕かれる。
「貰ったぞ!!」
至近距離から、グランディオスが衝撃波を放とうとする。
「これで!!」
エルヴズユンデの左腕の爪から放たれるレーザーを刃として展開し、グランディオスの胸部の頭の口の中に、その爪を突っ込む。
レーザーが、グランディオスを貫く。
「ぐ、おお…だが!!」
直後放たれた衝撃波を、エルヴズユンデは全速後退しながら、防御する。
「レーザーならば…こちらにもあるぞ!!」
グランディオスの肩部の頭が開き、凄まじい量の拡散レーザーが見当違いの方向に放出される。グランディオスが、頭部の口から重力塊を放つ。
重力塊によって弾道を捻じ曲げられたレーザーは、エルヴズユンデの翼による減衰を貫き、収束したレーザーが、エルヴズユンデの腹部を背後から貫く。
「う…ぐ…!」
あと弾道が数メートルずれていたら、胸部の核に直撃、先日までの損傷ほどではないとしても、再びコアの修復に時間を費やさなければならなかっただろう。
「わざと…外しましたね…?」
「お前のブラスターとは違うのだ、このレーザーでそのような器用な芸当は出来ない」
「さぁ、どうでしょう…」
ギルティアは、そう言って静かに笑った。
「…いずれにせよ、その『失敗』を後悔させて差し上げましょう…!!」
エルヴズユンデの胸部に光が集まる。
「…プリズナーブラスター…バァァァァァァストッ!!!」
光が解き放たれる。
「二度目の波状攻撃か…だが、同じ手は食わぬ!!」
衝撃波を放ち、ブラスターをかき消しながら、グランディオスは突っ込んでくる。
「そんな事…百も承知です!!」
しかし、第二波は来なかった。代わりに、エルヴズユンデの胸部にブラスターとは違う光が集まり始めている。
エルヴズユンデが、グランディオスに突進する。右腕の再生は既に完了している。
エルヴズユンデは、漂っていた剣を、再び握る。次の瞬間、エルヴズユンデは更に加速する。
衝撃波の内部に強引に突入し、体当たりを叩き込む。
「ぐう…っ!」
胸部、膝部から放たれた熱線の直撃を受けながらも、エルヴズユンデは渾身の斬撃を、続けざまに放った。
「何の、まだまだ!!」
グランディオスが、火球を纏った左の腕を、続けて右の腕を叩き込む。
エルヴズユンデの右肩のアーマーが噛み砕かれる。
更に、もう一方の攻撃をレーザーシールドを展開して防いだ左腕の爪に亀裂が走り、血にも見えるものが飛び散る。
内部のギルティアの左腕にも、同様の状況が発生する。
「っつう…はあああああああああああっ!!!」
直後、展開されていたレーザーの盾が、その威力を防壁から攻撃へと転換し、グランディオスは吹き飛ばされる。
「ぬおおおおおおおおおおっ!?」
「さぁ、クライマックスと行きましょう…!!」
エルヴズユンデの胸部から、光があふれ出している。
「それも良かろう…ならば私もそれに応じるまでだ…!!」
グランディオスの全身の口が、一斉に開く。
「アトネメントプライ…フィニイィィィィィィィィィッシュ!!!!」
エルヴズユンデの胸部から、黒い光が解き放たれる。
「グラウンド・ゼロ…エリミネェェェェェェェェェトォォォッ!!!!」
グランディオスの全身の口から放たれた、凄まじい量の熱線、重力震、火球、レーザー、衝撃波が、頭部から放たれた重力塊を中心に、一点に収束する。
それは、一筋の閃光となって、アトネメントプライの黒い光と、正面から激突する。
凄まじい時空震が、周囲一帯を飲み込む。
「相殺、された…!?いえ!まだです!!」
エルヴズユンデが剣を構え、時空震の嵐の中へと突っ込む。
「はあああああああああああああああああああああっ!!!」
その中心を、エルヴズユンデが直進する。
既に相殺されているとはいえ、そのエネルギーは容赦なくエルヴズユンデを焼く。
しかし、エルヴズユンデはグランディオスに向けて猛進していく。
「コンヴィクション…スラァァァァァァァァァァァァッシュ!!!!!」
ブラスターを収束し、黄金に輝く刃が、グランディオスを一閃する。
「な、何っ!?」
グランディオスが咄嗟に防御するが、両腕の頭が砕け散る。
「まさか…この時空震を突破してくるとは…!」
「これが、鍵の…この私の力です…!!」
「確かに、このまま戦っていては、死ぬのは私か…」
凄まじい時空震が収まり、グランディオスが呟く。
「ならば、今が退き時だな…ギルティア=ループリングよ、今回はこれで失礼する」
成る程、退き際も心得ているらしい。ギルティアは、グランディオスに改めて感心する。
「…正直、追撃できる余裕は今の私にもありません、安心して行きなさい」
ギルティアは、そう言ってニヤリと笑った。
「フ…ヴェルゼンがお前を危険視するのも、無理も無い。
人間の力では決して止められない我らの計画に、身一つで平然と対峙する、その力と勇敢さ…お前は、本当に強い。
…お前が、人を、この宇宙群を守るつもりならば、また、戦う事になるだろう」
「一体、何故それに、人を、この宇宙群を守る私に敵するのですか?
それは、間違った事ではないはずです…グランディオス、あなたもまた、本当に強い。
あなたのような人ならば、それを理解できるはずでしょう」
その言葉に、グランディオスはフ、と笑う。
「インフィナイト様がそうであるように…私は、私自身の信念の為に戦っている。
そう、お前に、果たさねばならない使命が、守るべき正義があるのと同じく、私にも、己が命を、そして数多の命を奪って尚、成し遂げねばならぬ事がある」
「…ならば、あなた自身の目的は、一体何なのです!!」
「『過ちを終わらせる事』…それは、私自身の贖罪でもある」
そう言って、グランディオスは転進する。
「さらばだ、ギルティア=ループリング…全ては、お互いの信じるものの為に」
凄まじい速度で、グランディオスは離脱していった…。
「…過ちを終わらせる事…贖罪…」
ギルティアは、グランディオスの言葉を、繰り返す。
「…凄まじい戦いぶり、しかと見せてもらったぞ」
アークトゥルースがエルヴズユンデに合流する。
「…シリウス、左目は、大丈夫でしたか?」
「完全にアウトだ。機械のように修理とは行かんな…」
シリウスは、そう言って笑った。
頭に巻かれた包帯と同じく、左目にも包帯が巻かれている。
「申し訳ありません…私の力不足です」
「何を当たり前の事を言っておるのだ?力が不足していなければあの程度の相手、蹴散らせるのは良く分かっておるよ。
お主のせいではない…わしがお主の足を引っ張ってしまったのだからな」
「…っ…」
ギルティアが、その言葉に、一筋の涙を流す。
「人間と共に旅をする上でそれが当然の事である以上、それは私の問題です。
…ともあれ、その左目は何とかしなくては…少しそちらに行きます」
ギルティアが、エルヴズユンデのコクピットから、アークトゥルースのほうへと飛ぶ。
手に何か持っているようだが、確認できない。
「お嬢ちゃん、何をする気なのだ?」
シリウスが、空間服用のヘルメットを装備し、コクピットを開く。
ギルティアが右手を差し出す。そこには、赤色の光が宿っていた。
「これを、左目に」
ギルティアはそう言って笑う。
「う、うむ…」
シリウスがそれを受け取る。
見ると、ギルティアの左目から、赤い、涙のようなものが流れている…血だ。
「お…お嬢ちゃん!?」
「私の心配は無用です、早く左目に」
ギルティアはそう言うと、エルヴズユンデの方へと戻っていった。
シリウスが、コクピットハッチを閉じ、空間服用のヘルメットを外す。
「これは…何だ…?」
シリウスは、光を自らの左目に当てる。
「!」
直後、左目が瞬時に復旧する。しかし、違和感を感じる。
まるで、自分の目で見ているのではないかのような感覚だ。
そして、目の色がおかしい。左目の色が、赤くなっている。
「お嬢ちゃん、一体何をしたのだ?」
シリウスが、エルヴズユンデに戻ったギルティアに尋ねる。
「…私の左目を移植しました」
「な、何と…!?」
シリウスが驚愕する。
確かに、それならば先程左目から血を流していた理由は分かる。
しかし、医学的な面での色々な疑問が浮かぶ。
「再生能力ですぐにそちらの身体に適応しますから、拒絶反応も無い筈です…暫くすれば違和感も収まりますし、目の色も戻りますよ」
「…そ、それでお嬢ちゃんは大丈夫なのか!?」
「ええ、多少の痛みは伴いますが、この程度、幾らでも再生しますから。
…今まではあまり人間と関わらず、このような状況に陥った事もありませんでしたので、使う機会はまずありませんでしたが、ね」
ギルティアは、そう言って笑った。事実、ギルティアの眼には既に、その流れた血以外、何の痕跡もない。
成る程、そもそも人間ではない彼女に、人間の常識など意味を成さないのだ。
「そうか…」
「元より鍵という存在はそれが使命です。ただ、私の場合、戦う事で使命を果たす事が多かったですから。
傷ついた人間を救うよりも、傷つく前に傷つける者を斬り伏せる、そちらの方が、犠牲は少なくて済む…だから、私は今まで一人で戦ってきたのです」
「ああ、それは良く分かった…本当に、迷惑をかけて済まぬ…縮退炉、しっかりとアークトゥルースに搭載させて貰ったぞ」
シリウスの言葉に、ギルティアが驚愕する。
「まさか、その傷で搭載作業を行ったのですか…!?」
「うむ、コクピットに損傷を負い、わし自身も眼はやられたが、機体自体の動作にも、わし自身の身体の動作にも支障は無かったのでな。
止血してから、コクピット周りの修理がてら搭載させて貰ったよ」
「…シリウス、あなたという人は…」
ギルティアは苦笑する。何という人間離れした根性だ。
「…だが、それでも、今のお主の力の足元にも及ばぬのだろうな…」
シリウスは、そう言って笑った。
「いえいえ、この私と比べる事が、そもそもの問題なのですよ。
人間がそこまでする事が出来れば、上出来です…さぁ、次の目的地へと移動を再開しましょう」
ギルティアがそう言うと、エルヴズユンデは移動を開始した…。
「…それで、良い訳が無かろうが…」
シリウスはそう呟くと、ギルティアに続いた…。
続く




