Act.44 解き放たれた異形達
Act.44 解き放たれた異形達
たどり着いた宇宙で、ギルティア達は街中を歩いていた。
「成る程、確かに、わしらの世界とはかなり異なるな」
シリウスが興味深そうに言う。
今、目の前に広がっているのは、いわゆる、近代型の町並みだ。
「このタイプの技術発展が、実際はかなりオーソドックスです。
シリウスのいた世界は、かなり特殊なのですよ」
「成る程な…」
「…異形が活動を開始するのは夜です。
昼の間は寝ているか、時間を潰すか…シリウス、どちらに…」
しますか?と、尋ねようとしたが、シリウスにとっては聞く必要も無い事だ、と、言葉を続ける。
「…聞くまでもありませんでしたね。では、もう少し街を見て回りましょうか」
「うむ!」
こうして、シリウスとギルティアは再び歩き出した…。
そしてその夜、町外れに広がる広大な草原に、ギルティア達はいた。
「出現の前歴から考えて、出るとすればここの筈です。
エルヴズユンデが完全なら、もっと高い精度で場所を特定できるのですがね…」
「やはり、不完全な機体で戦うのは、辛かろう…」
「…それはそれで訓練になりますから、構いませんけどね…」
ギルティアは、そう言って苦笑した。
「…と、言いますか、シリウスはむしろ、完全なエルヴズユンデの力を見てみたいのでしょう?」
「ふはは、お見通しか…図星だよ!」
シリウスは、そう言って笑った。
「我々の世界や宇宙が集まったものは…宇宙群と言ったか。
その命運を握る力というものを、わしは早くこの目で見てみたいのだよ…」
「ふふ、シリウスらしいですね…」
ギルティアが微笑むが、すぐに表情を元に戻す。
「…そろそろ、ですか…」
直後、周囲の空間に変化があった。空間が閉鎖される。
「…来ます!」
「承知した…!」
シリウスが、右手に剣、左手にショットガンを構える。
しかし、次の瞬間、目の前に広がった光景に、ギルティアは驚愕してしまった。
眼前には、黒い人型の異形が群れを成していた。
異形自体の種類は普通の異形のようだが、数が多すぎる。
「この数…この世界では私が大方討伐した筈なのに…!」
「仕留め損ねていた、という訳では無さそうだな…唐突に増えた、と考えるのが妥当か…!」
「ええ、そのようですね…しかしいずれにせよ…全滅させます!」
ギルティアが、剣を構える。
…が、その横では既にシリウスが駆け出していた。
「ふんっ!」
手近な異形にショットガンを叩き込み、そのまま一閃する。
「さぁ、宴たけなわぞ!踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら…!」
ショットガンを手で回転させながらリロードし、周囲の異形を斬り、撃ち抜いていく。
まるで、曲撃ちだ。
「…踊らなくては損であろうッ!!」
シリウスのその言葉と同時に、銃弾と一閃を受けた異形が一斉に倒れる。
華麗な先制攻撃だった。
ギルティアの戦い方を西洋のダンスに例えるのであれば、シリウスの戦いぶりは、まるで歌舞伎のようだ。
「見事、です…私はアホではありませんが…次は私の番ですね…!」
シリウスの横を、ギルティアが抜けていく。
目の前の異形を真っ二つにしながら、異形の群れの中心に『舞い降り』る。
「…行きます!」
次の瞬間、周囲の異形が一斉にギルティアに襲い掛かる。
それを一閃でまとめて真っ二つにし、更に左腕の爪で八つ裂きにする。
まだ目の前には大量に異形がいる。
「シリウス、行けますね?」
「もちろんだ…!」
シリウスが、再びショットガンを構える。
「しかし、この異形という輩、巨大なもの以外は、大した事は無いのか…?」
「ええ、この程度の異形であれば、人間でも白兵で十分退治出来ると思いますよ」
しかし、そう答えると同時にギルティアは考える。
今目の前にいる異形は、まださほど形状に差が無い。
という事は、誕生してからさ程経っていないか、何らかの要因で変異が停止していたかだ。
今は、さほどの危険性は無いが、発生源から遠く離れているこの世界にそのような異形がいる事自体が、異常だ。
何らかの裏があるのは間違いないだろう。
それに、今は危険性は薄いが、数日経過しただけで進化は始まるだろう。
…しかし何より、まずは目の前の敵を倒す事に集中しなければならない。
「…行きましょう!」
「うむ!」
二人が、同時に異形相手に踏み込む。
シリウスが、向かってくる異形を一閃で排除する。
思えば、シリウスは、人間でありながら、そして特殊な武器を一切使わずに異形と戦っている。
確かに、シリウスが使っている武器は、材質、構造共に高度で、強度も非常に高い。
しかし、それ以上に、シリウスはその武装を使いこなしていたのだ。
先程の曲撃ちのような戦いぶりもそうだが、シリウスは相当白兵戦に慣れている。
「…以前、ラーゼルが直にアルフレッド工業に現れた時で、シリウスは白兵でも戦えるという事は分かっていましたが、まさかここまで戦えるなんて…」
ギルティアの左腕の爪が、異形の腹部を貫き、そのまま爪から放たれるレーザーが異形の群れをなぎ払う。
「何、ラーゼルが台頭してからは、筆頭対抗株の企業の社長であったわしには、絶えず刺客が送り込まれた。
…生き延びるのは、それらを全て返り討ちにする必要があったのでな…!」
シリウスが、飛びかかってきた異形を蹴り飛ばす。そして、バランスを崩した異形を横に一閃する。
成る程、ラーゼル重工は暗殺などという手段も平然と使おうとする連中だ。
ならば、その刺客を次々に返り討ちにして生き延びてきたという事も、想像に難くはない。
「それで、ですか…成る程、道理で強い訳です…」
目の前に立ちふさがった異形を真っ二つにし、背後に回り込んだ異形に爪を叩き込む。
旅を続けてからずっと続けてきた、変わり映えのしない作業だ。
しかし、ギルティアも、ここまで弱い異形を相手にしたのは久しぶりに感じていた。
近頃、エルヴズユンデやギルティア自身が万全ではない中、あまりに強力な異形と立て続けに交戦していたからだった…。
「ここまで弱い異形は久しぶりですが…シリウスのウォーミングアップには丁度良いですね」
「あまりに弱すぎて肩透かしを食らった気分だがな…!」
シリウスは、そう言ってニヤリと笑った。
「…弱いですが、数は多いのです、くれぐれも油断はしないで下さい」
「うむ…ショットガンも、実弾故に弾数に限りがあるのでな」
「実弾…」
ギルティアは、注意点を伝えるのをすっかり忘れていた事に気づき、言葉を続ける。
「ああ、成る程…一つだけ注意点があります。
旅先では実弾を補給できない状況が多いです!可能な限り実弾は温存してください!」
向かってくる異形を剣で蹴散らしながら、シリウスは成る程、と頷く。
思えば、エルヴズユンデにも実弾兵器は装備されていない。
そして、ミサイルの代わりに搭載された光子爆雷も、実弾ではない。
それは、ジェネレーターの出力に依存するエネルギー武装と比べて、実弾兵器は補給や搭載場所の観点から、
補給が不安定な状況が多い境界空間航行用機動兵器には向かないからだろう。
もしも大型の生産施設を完備した戦艦などの拠点を持っているならばともかく、確かに共通規格の銃弾など、別世界で入手できる訳がない。
「…了解した!ならば、この剣と銃身で戦えば良いだけの事ぞ!!」
シリウスが、ショットガンの銃身で異形を叩き潰す。
シリウスの的確な打撃と、馬鹿力のおかげで、銃身の打撃一撃一撃すらも、異形にとっての致命打になっている。
「どうやら、戦闘で私からアドバイスできる事は、先程言った実弾の事以外は無いようですね…」
ギルティアは感心しながらそう言うと、右側の異形を振り向きざまに斬り払い、
背後から攻撃を仕掛けた異形を、クローのレーザーで蜂の巣にする。
続けて、腕を振り戻しながらその範囲内にいた異形を引き裂き、目の前の異形に斬りかかる。
あっという間に、異形の数は減っていった…。
そして、空間の閉鎖が解けて静寂に包まれた草原に、ギルティアとシリウスは立っていた。
「ふむ…一丁あがり、と言った所か?」
「…そのようです」
ギルティアが、異形の骸から放出された光を回収し、剣を下ろす。
「…拍子抜けでしたね」
「うむ…最後に大きいのが控えているかと思ったのだがな…」
「ただ、一昔前…エルヴズユンデが大破する前は大体こんな物でしたよ。
たまにその宇宙、世界の指揮個体を倒す事があるくらいで、実際は今回のような地道な戦いです」
ただ、とギルティアは言葉を続ける。
「敵の強さはともかく、ごく普通の異形がこの数集まる事は非常に珍しいです」
「成る程な…という事は、これも例の異常事態の一つ、なのか?」
「分かりません…しかし、何らかの理由があるのは確かだと思います」
ギルティアは、苦笑しながら続ける。
「今の私にとっては好都合ですが、いつどこで被害が出るか分からない現状で、喜ぶのは不謹慎です…」
「確かに、な…」
シリウスも、その言葉に苦笑して返した…。
「そういえば、気になったんだが…」
「はい?」
「わしのデモンズ・スローターのレールガンも実弾であろう?あれに何も言わんのは何故だ?」
ギルティアが、笑う。
「あの武器の砲弾ならば、どこでも調達できるでしょう?」
確かに、とシリウスは思った。
たとえそれが地面に転がっている岩でも、サイズさえ合えば簡単な加工で砲弾にする事が出来る。
「…成る程な」
思えば、随分といい武器を作ったものだと、シリウスは一人ニヤリと笑った。
「さて…これからどうします?」
ギルティアが尋ねる。
「…帰って寝る。夜は寝るに限るであろう?」
「はは…そうですね」
ギルティアとシリウスは、キャンプを張っている山の方へと歩き出した…。
一方その頃…。
影の前に、エルグリオが立っている。
「あんたもなかなか粋な事をしてくれるじゃねえか、インフィナイト」
エルグリオが、ニヤリと笑う。
「…何の事だ?」
「あんたなんだろ?実験材料として集められてた異形を大量に境界空間にばら撒いたのは」
エルグリオの問いに、影は頷いた。
「…彼女が今本来の力を出せぬのは、我が友を庇ったが故だ。
ならば、その借りだけは、ここで返しておくのも悪くは無い。
ただ彼女が本調子になるだけだ、お前達ならば遅れは取るまい?」
「…ああ、先日は前座で不覚を取ったが、そう何度も不覚は取らねえさ!」
エルグリオは、そう言って笑った。
「吉報を楽しみにしてろよ、インフィナイト!」
エルグリオは、そう言うと、部屋を出て行った…。
「…さて、いつもの事だ、聞いているのであろう?グランディオス」
影が言う。
扉を開けて、グランディオスが入ってくる。
「気づいておられましたか…」
「何か言いたい事がありそうな顔だぞ?」
「…私は今回の行動には賛同しかねます」
グランディオスの言葉に、影が頷く。
「その気持ちは確かに理解できる。
だが、何もただ借りを返すためだけにこうした訳ではない」
「と、言いますと?」
影が、手をかざす。
すると、夥しい文字の羅列が、影の目の前に展開される。
「これは…放出された異形の、データ…?」
「全てのデータは逐一こちらに集積される事になる。
今までは我らの内部で実験し、一部の産物を、『彼女』やその他の対象にぶつける事で、異形の特性に関するデータを回収してきた。
しかし、それだけではデータ不足だ。もっと広くデータを回収する必要がある。
…それに、得るべきは異形のデータだけではない、
『彼女』のデータも手に入れなくては、我々の目的が達成できない。
もっと多くの彼女の戦闘記録を、そして、彼女の鍵としての力のデータを集めねばならない。
そのデータ無くして、我らが目的は達成できない事は、知っているだろう?」
「…成る程、それならば理解できます」
グランディオスが頷く。
「…時に、ヴェルゼンとオーガティスはどうした?」
影が尋ねる。
「は。現在、紅蓮の旅団に対して攻撃を仕掛けております」
「…また勝手に仕掛けたか…戦況はどうなっている?」
「敵の戦力は非常に高く、現在、撤退中です」
「流石に、現在のアルセント最強の旅団だけの事はある…やすやすと落ちぬな…。
…鏡黒の騎士も、今はあそこに加わっているのだろう?」
「…ええ」
グランディオスが頷く。
「しかし、ヴェルゼン達の独断専行にも困ったものだ…。
十分な戦力が整うまでは迂闊に手を出すなと釘を刺しておいたのだがな…」
影は、ため息をついた…。
ギルティア日記
何やら、私が討伐したはずの場所に、大量の異形がいました。
討伐が不完全であったとしても…仮定での話ですが、
たとえ討伐が不完全であったとしても、あの数は紛れも無く異常でした。
今の私にとっては喜ぶべき事なのかもしれません。
しかし、どこで被害が出るか分からない以上、喜んでなどいられません。
他の場所でもこうなっていないかどうかが問題です。
…頑張らなくては!
続く




