Act.43 無限夜 ―インフィナイト―
Act.43 無限夜 ―インフィナイト―
既に接近してきているのが確認できる距離まで、それは接近してきていた。
「全く…何というざまだ…これは監視するまでも無かったな」
遠くのそれが、呆れたように呟いている。
近付くにつれ、その姿がはっきり確認できる。
体中に竜のようなものの顔がついた、白い異形だった。
思わず、シリウスもギルティアも身構える。
「…警戒せずとも、今は戦うつもりは無い」
今は、という言葉に引っ掛かりを感じながらも、相手に敵意が無い事を知って、ギルティアが頷く。
「…エルグリオの回収ですか?」
「…ああ」
異形が頷く。
「私の名はグランディオス。インフィナイト四将が一人…賢聖のグランディオス」
「インフィナイト四将…?」
ギルティアが、聞き返す。
「無限夜…それが、我らが仕える者の名…。
エルグリオは、同じく彼の者に仕える我が同胞だ。
もっとも、この馬鹿が四将と名乗ったかは分からないがな」
そう語るグランディオスの言葉の節々に、人間であればため息交じりであろう部分が感じ取れる。
恐らく、普段から相当振り回されているのだろう。
「それと、もう一つ…次元竜ルークは、ここにいるか?」
エルヴズユンデの胸部から、ルークが外に出て巨大化する。
「次元竜ルークは、我だが…」
「…我が主よりの伝言だ。
『我が実験に汝を巻き込んでしまって、本当に申し訳ない』との事だ」
インフィナイト、というのはルークの知り合いなのだろうか?
「ルーク、インフィナイトと言うのは、あなたの知り合いですか?」
ギルティアの問いに、ルークは首を傾げる。
「名前に聞き覚えは無い。それに、我の知り合いなど、あまりに限られている」
「…言葉は確かに伝えたぞ」
グランディオスはそう言うと、未だ意識を失っているエルグリオを担ぐ。
腕も竜の顔の形状なので、エルグリオを噛んだような状態になっている。
「では、さらばだ、ギルティア=ループリング、そして次元竜ルークよ。
もし、お前達が真実を追い続けると言うのならば、いずれ再び相見える事になるだろう」
そして、グランディオスはその一言を残すと、再び物凄い速度で離脱していった…。
三人は、それをただただ見守るだけだった…。
数分間の静寂。
最初に言葉を紡いだのは、ギルティアだった。
「やはり、私の名を知っていた…そして、インフィナイト、ですか…本当に、心当たりは無いのですか?」
「名前に心当たりは無い…それに、我の知り合いなど、殆どは既に死んでいる…しかし…」
ルークが、暫く考え、言葉を続ける。
「…ギルティアよ、我の力ならば、彼らを配下に置けるだろうか?」
「え?」
「あの二体の最高位異形は、インフィナイトの配下だと言った。
ならば、インフィナイトはそれらを従えられるだけの力を持った存在だという事だ」
シリウスの言葉に、ギルティアは考える。
思えば、『竜』としか呼ばれておらず、ギルティア自身もルークの種族など、今まで頭にも上らなかった。
「上に立つのは…あれらを御するのは、恐らくルークには不可能です」
「そうか…」
ルークが、言葉を続ける。
「ならば、我を遥かに上回る力を持った我と同種の生命体ならば、どうだ?」
「それは…!?」
「…一人だけ、心当たりがある」
ルークが、言葉を続ける。
「それは、この宇宙群、アルセント宇宙群を生み出した、我と同じ種族の生命体だ」
初めて、住人の口からこの宇宙群の名が語られた。
恐らく、その名を知る者自体が減り続け、今では遥か昔を知るごく少数の者達しかいないのだろう。
「この宇宙群を生み出した…という事は…アルセントの『創世者』!?」
ギルティアが驚愕する。
宇宙群を生み出した存在の事を、鍵や旅人達は『創世者』と呼ぶ。
もちろん、その名が出て来る事は、旅人達の長い旅の歴史の中でも、宇宙群規模の大きな戦いがあった時くらいしかなかった。
「…竜の正体が、ようやく分かりました…」
成る程、世界に影響を及ぼせる、という時点で気づくべきだった。
ルークは、俗に『神』と呼ばれる種族の一つだったのだ。
鍵や、その他、ごく一部の強大な力を持った種族は、かつては人間達から『神』と呼ばれ、畏敬と崇拝の対象とされてきた。
その中でも、特に強大な力を持った種族…。
その存在を認識する一部の『旅人』や、その種族と対等レベルの力を持つ、鍵やごく一部の種族はそれを、『究極生命』と呼んだ。
「…ルークは、究極生命だったのですね」
究極と言うその名に恥じず、高位の者になれば宇宙群の創造すらも可能とする、強大な力を持った種族だ。
「…そういえば、遠い昔にそ奴が確かそのような事を言っていた気もするな」
ルークが頷き、言葉を続ける。
「だが、かつて高度文明の人間達が我を目覚めさせた時、彼らは、そ奴を殺したと言っていたのだが…」
「!」
「いつの時代も、えげつない事をするのは人間か…わしも、同じ人間でいるのが嫌になるな」
今まで黙っていたシリウスが呟く。
「…それ以上の情報は入って来なかった。
彼らにとっても、どうやら目を背けたい事だったらしい」
「…実験、と先ほど言っていましたが…」
「ああ…そこが我も気に掛かっている所だが…」
今、実験と聞いて心当たりがある事はたった一つだ。
しかし、もしその心当たりが正しいのならば、彼らは紛れもなく敵だ。
「…何て、事…」
ギルティアは、誰にも気づかれないように呟き、極力表情に出ないように思考を巡らせる。
創世者の力は、世界を生み出すに足る力。
ならば、例えギルティアが本来の力を取り戻したとしても、
いや、例えギルティア自身の故郷で使える最大の力を使えたとしても、相手の力はそれ以上である可能性が高い。
「…もしも、私達の心当たりが全て正しいのであれば、それは信じたくはないような事実ですね…。
いずれにせよ、もし彼らが私の敵になるのならば、戦うしかありませんが、ね」
そのギルティアの言葉に、ルークが口を開く。
「…ギルティアよ、頼みがある」
「え?」
ルークが、言葉を続ける。
「…ここからは、我一人で単独行動を取らせて貰いたい」
「えぇ!?」
ギルティアが驚く。
「その心当たりを当たってみようと思う…一応、あてはある」
「それなら、私達も一緒に…!」
「…恐らく、これは我の個人的な問題だ。それにもしかすると、我ならともかく、貴公らは敵の中央に突っ込む事になってしまうかもしれないのだ。
もしいずれ貴公らがその場所に向かう事になろうとも、その頃には貴公も万全になっておろう…だから、今は我一人で行く」
ルークの目には、覚悟、とも言えるものが宿っていた。
ギルティアは、静かに頷く。
「止めても、無駄のようですね…分かりました…ご無事で」
「漢の覚悟を止められる奴などおらぬ…行ってこい。
…だが、戦力が必要になったらいつでも戻って来るが良い」
「ああ、我も、短い間だったが、貴公らと共に旅が出来て楽しかったぞ。
…安らかな眠りも良いが、こうして旅をするのも悪くは無い」
ルークは、そう言って笑った。
「願わくば…貴公らの旅に幸多からん事を!!」
ルークは、そう言うと、境界空間の彼方に飛び去っていった…。
エルヴズユンデとアークトゥルースが、残った。
「…シリウス、アークトゥルースの損傷は大丈夫ですか?」
「この程度、かすり傷だ。もっとも、剣が受けた傷はかなりやばい状況だがな」
アークトゥルースが、脚部から剣を取り出してみせる。かなりボロボロだ。
「我が社の最高傑作がこうもやすやすとボロボロにされるとは…世界は広いものだよ」
シリウスは、そう言って笑った。
「何、剣が駄目なら、これがあるさ…」
シリウスが、デモンズ・スローターを指差す。
「ふふ…確かに、そうですね」
「…だが、このままでは終わらんぞ…!」
その言葉に、ギルティアは苦笑する。
「…心強いです」
エルヴズユンデが、宇宙の方を向く。
「…さて、行きましょうか?」
「うむ!」
エルヴズユンデとアークトゥルースが、移動を再開する。
目指す宇宙は、もう、目の前だった…。
一方、帰途についていたグランディオスとエルグリオは、既に彼らの目的地の前まで来ていた。
「…グラン…ディオスか…」
エルグリオが目を覚ます。
「やれやれ…あの体たらくでギルティアに挑むと?下手な冗談はやめておく事だ」
「お前も奴と戦ってみれば分かるだろうよ…奴は強い。
…恐らく、いや、間違いなく今のギルティアよりも強かった筈だ」
数秒間の沈黙。エルグリオが、言葉を続ける。
「だが、このままでは終わらねえ…。
シリウス…シリウス=アンファース…その名前、忘れねえぞ…!!」
エルグリオは、エルヴズユンデやアークトゥルースがいるであろう方向を睨み、そう呟いた…。
ギルティア日記
正直、色々な事が同時に起きて、状況の整理がつきません。
最高位異形…まさか、こんな所で出会う事になろうとは…。
そして、シリウス…どうやら私は、とんでもない男を仲間にする事が出来たようです。
あの戦いぶりは、見事、としか言いようがありませんでした。
まさか、最高位異形と対等に戦うなんて…。
そして、その後に遭遇した最高位異形の話した『インフィナイト』、そして『実験』…。
…きっと、真実に近づいてきたと言う事なのでしょう。
しかし、ルークの言うように相手がもしも創世者なら…例え本来の力を取り戻しても…。
…いえ、例え最大出力のアクセスが出来たとしても、勝てるかどうか…。
一体、私はどうすれば良いのでしょう…。
…迷うな、ギルティア=ループリング!
相手が世界を脅かすのならば、たとえ誰であろうが、
そして、勝算が無いとしても戦わねばならない!!
その結果、私の命が失われるとしても、私に後悔は許されないのだから…。
続く




