Act.04 料理は心
Act.04 料理は心
「…さて」
ギルティアは、森林の外れに立っていた。
歓迎の宴の次の日、『ロートベルグ帝国』への航路を教えてもらったギルティアは、まずそこへと赴く事にした。
「…行きましょうか…!」
本来ならば空間転移で一発なのだが、相手の技術力が技術力だ、
迂闊に空間転移を使用すれば不必要に狙われる事にもなりかねない。
よって、徒歩で行く事になった。
ギルティアの身体能力ならば、どうという事は無い。
数日間かけて、ロートベルグ帝国の領内に到達する。
領内に入った途端、ギルティアは驚愕の光景を見る事になった。
「…成る程、こういう事ですか…」
ギルティアは、静かに呟く。その真上を、複数の機動兵器が飛び去っていった。
「転移で移動しなくて良かったですね、これは」
ギルティアは苦笑した。転移で移動していたら、間違いなく大規模な戦闘になっていただろう。
真上を飛ぶ機動兵器を尻目に、ギルティアは再び歩き始めた。
「しかし…ここまで技術を利用しているとは…文明レベルと呼応しませんね…何か、裏がありそうです」
そうこう考えている間に、ロートベルグと他国との玄関口である、『ヴァイスバルト貿易街』に到達する。
見た目は西洋の町並みなのだが、いたる所にその文明レベルではありえないものが存在している。
まず、テレビやラジオがある。ギルティアはその光景に苦笑する。
データ上の技術レベルが中世…この世界のデータを少々書き換える必要があるな、と考えた。
「さて…と…」
直後、ギルティアの腹が鳴き声を上げた。
思えば、この場所までたどり着くまで殆ど何も食べていない。
「…と、ともあれ、どこか、食事が出来る場所に行かなくては…」
ギルティアが周囲を見回し、食事できる場所を探しはじめる。
「…おい、そこの嬢ちゃん」
背後からする聞き覚えのある声。最近聞いた声。そして、ここで聞こえるはずの無い声。
ありえない。ありえない。ありえない。
ギルティアは思わずこう言う。
「…一体、何者です?店長」
ギルティアが振り向くと、以前店舗を訪れた時と全く変わらぬ出で立ちの、
あのラーメン屋…そう、ツタンカー麺の店主が立っていた。
ただの人間が、そもそも世界が違うこの場所にいるはずが無い。
「俺はただのさすらいのラーメン屋さ…本当はあの宇宙でもう少し店を続けようと思ってたんだが、
どうにも、嬢ちゃんを見てたら若ェ頃の血が騒いでな…。
お前さんの動きを見てれば、『その道』の奴だってのは分かるさ」
ファラオ店長は、そう言って笑った。いや、だがどう考えても説明になっていないだろう。
「…まさかあなたは、『旅人』なのですか?」
旅人。宇宙や世界を渡り歩く者達を暗に指す言葉だ。
「…『元』だ。さっき言ったとおり、暫くあそこでラーメン屋をやっていた」
「そうですか…」
ギルティアは、以前いたあの宇宙でファラオ店長が食い逃げ犯を成敗したあの動きに納得がいった。
戦う力、しかも相当な実力も無しに、宇宙や世界を渡り歩く事は出来ない。
もし彼が元とはいえ旅人ならば、その実力には頷ける。
「ん?ではここでもラーメン屋を?」
「…ああ」
そう言ってファラオ店長は自分の背後を指差す。
どう考えても、西洋の町並みに合わない、いかにも古めかしい屋台が、そこにはあった。
「…ははは…」
あまりの違和感に、ギルティアは苦笑する。
「…喰ってくか?どうにもここだと売れん」
「まぁ、それは、仕方ないと思いますが…ここで食べられるとは思っても見ませんでした。
もちろん、食べさせて頂きます。丁度空腹も頂点に達していますしね」
ギルティアは、そう言って笑った。
ギルティアは、屋台のテーブルに座り、ラーメンの製造工程を眺める。
「俺は、理想のラーメンを追い求めて、世界各地、宇宙各地を渡り歩いていた…。
誰も追従し得ない、究極のラーメンを作る…それが、俺が旅人になった理由だった」
ファラオ店長は、自分の過去を語り始める。
「俺は、ありとあらゆる場所の、ありとあらゆる素材を研究した…だが、決定的に足りないものに気付いた」
「それは?」
「あまりに簡単すぎて気付かなかったよ…料理の基本さ…心だ」
そう言ってファラオ店長は笑った。
「理想的な素材を幾らそろえても、それだけはどうにも出来なかった…。
だから、俺はあの宇宙に暫く定住し、人々の為にラーメンを作る事を努力した」
「修行中だったのですね…」
「まぁな。どうやら、素材が大した事無くても、心次第では本当に美味なものが造れるらしい。
…さて、ツタンカー麺上がり、だ」
ギルティアが、ファラオ店長から差し出されたラーメンを食べ始める。
「…ところで、この宇宙の異常な状況について、何か知りませんか?」
「そうだな…一つ。この帝国の皇帝…もしかすると、『旅人』かも知れん」
「!!」
ギルティアが驚愕する。
「驚いているようだな…だが、恐らく真実だ。現在の皇帝は、先代の皇帝を倒して即位した。
その後らしい、この異常な技術の発展が起こったのは。
元々、ここには『文明外』遺跡がかなり多く点在していた。
それを今のように活用し始めたのは、現皇帝、デストヴァール=ガイオライン…。
技術革命のように本来この技術レベルでは絵空事であるものを製造し始めたようだ」
「…成る程…確かに、そう考えるのが適切だと私も分かります」
ギルティアが頷く。
「それに、それ以前の皇帝一族とは血縁の記録も無く、その正体は一切不明…。
逆らえないほどの軍事力を背景に各地に侵略を繰り返しているらしい」
「成る程、どちらにしても目的は世界征服、と…やはり見過ごせませんね、これは」
ギルティアが、ニヤリと笑う。
「何だ?嬢ちゃん、この帝国と一悶着起こす気か?」
「状況次第ではそれも辞さない予定です。下手をすると全宇宙、世界を巻き込んだ戦いになる恐れがあります」
ラーメンのスープをすすりながら、ギルティアが真顔で言う。
「そいつぁ、穏やかじゃないな…この世界、確かに明らかに異常だが、そこまでヤバいのか?」
「正確には、この世界ではなく、この世界の奥に眠る…封印された生命体が、です。
この帝国が、それを目覚めさせようとしているらしいのです…恐らく世界、宇宙…最悪、宇宙群全体にすらも影響を及ぼせるレベルの力を持った生命体を、ね。
もしそれが目覚め、この帝国の力になるか暴走するか、いずれにせよ、世界の平穏にとって致命的な打撃になります」
ギルティアが、スープを完全に飲み干す。
「…おかわり」
そして、ギルティアが丼を返す。
「嬢ちゃん、相等腹減ってたんだな…?」
ファラオ店長はそれを受け取り、再びラーメンを作り始める。
「ええ、まぁ」
「丁度良い、麺もスープも余ってた所だ、好きなだけ喰いな…。
しかし、それだけ致命的な状況なら、元旅人として、俺も黙っちゃいられないな…よし、俺も協力してやろう」
ファラオ店長はそう言って笑った。
「生憎とロボは持ってないんだが、白兵戦なら、まぁ、それなりに出来るからな」
「…あの、機動兵器を持っていなくて、どうやって旅をしていたのですか?」
ギルティアがファラオ店長の発言に思わず突っ込む。
「これだよ、これ」
ファラオ店長は、自分のいる屋台を指差す。
よく見ると、屋台内部の方には計器類がびっしりとついている。
「何という…まさかこの屋台で旅してきたとは…驚きです」
ギルティアがそれを確認し、驚愕する。
「料理人だからな、俺は…さて、ツタンカー麺二杯目お待ち」
ファラオ店長が、再びラーメンを差し出す。
「…いただきます」
ギルティアがそれを受け取り、再び食べ始める。
「さて、って事で、俺はお前についていく事にする」
「…ご協力に感謝します」
麺をすすりながら、ギルティアが頭を下げる。
「何、良いって事よ…で?今後の目的地は首都だな?」
「ええ、その通りになります。まず、相手の計画がどの程度進んでいるのか知らねば…」
「しかし、この帝国、内部の統制はかなりルーズだ…どうやら、自分の力を過信しているらしいな。
…おかげでこんな所でこんな話が出来る」
「…っ!」
ギルティアが、今自分達がしている会話の危険性にようやく気付く。
相変わらず自分は迂闊だなぁ、と思いながら、ギルティアは言葉を続ける。
「どうやら周囲にも殺気は無いようですが…はぁ、私、何でこんなに無用心なのかしら…」
ギルティアが、がっくりとため息をつく。
「まぁまぁ、そう律儀に落ち込むなって…」
「…ですが…」
「別に狙われようが、そこまで支障は無いだろうが…」
そう言ってファラオ店長が苦笑する。
「無駄な人死には出したくないのです」
「…優しいな、嬢ちゃんは」
「自分でも、甘すぎる、とは感じているのですが、ね…」
ギルティアが、ラーメンを再びスープまで飲み干す。
「…さて、では、行きましょうか?」
ギルティアが席から立ち上がる。
「お?もう腹はふくれたか?」
「ええ、それに、店長がついてくるなら、いつでも食べられますしね」
ギルティアはそう言って笑った。
誰かと共に旅をする、今まで無かった事だ。
異形と戦ってきた今までは、ギルティアはずっと一人で旅をしてきた。
「…違いないな。さて、屋台の移動準備を整える、三分待ってくれ」
ギルティアの境遇を、ファラオ店長は薄々悟っているらしかった。
「…手伝いましょうか?」
「いやいや、この程度の事、お前さんの手を煩わせるまでも無い」
そして、荒野を行くラーメン屋台という奇妙な光景が、その日見られた…。
ギルティア日記
ファラオ店長と合流しました。しかし、まさか彼が旅人だったとは…。
しかし、それで良い動きと戦士の眼差しにようやく納得がいきましたが。
誰かと共に旅をする…初めての体験ですね…。
この先、一体何が待ち受けているのでしょうか…。
続く




