Act.35 夢追い人
Act.35 夢追い人
ギルティアが、五体の異形と交戦していた頃、試合の時間が過ぎたフルメタルコロッセオの中央で、夕日を浴びた二機の機動兵器が向かい合っていた。
アンファースと、フレアドイリーガルだ。
その日、その時間、その場所で対峙する筈の無い二機が、対峙していた…。
…それは、その日の朝に遡る。
ラーゼルとの戦いで、工業地帯は甚大な損害を被った。
アルフレッド工業は、アンファース・インダストリアルや、フレアド工業、新生ラーゼル重工と協力し、その復旧の為の作業を続けていた。
そんな中の事だ。
「おう、アルフレッド、ラン!元気にしておるか!!」
大声が、工場の入り口に響く。
立っていたのは、シリウスだった。
「お、シリウス社長?俺は元気だけど…アル爺!シリウス社長が来たよ!!」
丁度入り口近くで作業をしていたランが応対する。
「社長が?分かった、今行くと伝えろ!」
アルフレッドが、作業を中断して降りてくる。
「だってさ、シリウス社長!」
「うむ!お主もいつも通りで安心したぞ!」
シリウスはそう言って笑った。
アルフレッドがシリウスの所に歩いてくる。
「この時間にとは、珍しいですな…ラン!何をぼさっとしている!作業はまだ終わって無いぞ!」
「分かった!」
ランが、アルフレッドの言葉で、中断していた作業を再開する。
「…さて、で、ご用件は?」
「うむ…ちと相談と仕事の依頼をな」
「相談と、仕事の依頼?」
アルフレッドが首を傾げる。
「うむ…アンファースを、境界空間航行用に改造してはくれまいか?」
シリウスの意外な言葉に、アルフレッドが仰天する。
「はあ!?」
「…唐突である事は謝罪する…もちろん、正式な仕事だ。わしの全財産を賭けても良い…頼む!!」
「ひ、費用は全財産もは必要ありませんが…境界空間に出て何をするつもりです?
それに、フルメタルコロッセオはどうするのですかな?
境界空間航行用に改造してしまっては、もはやこの世界の機動兵器とは桁が違う物になる…。
その機体でフルメタルコロッセオに出場する事など出来ませんぞ?」
思わず、アルフレッドが尋ねる。
「…アンファースは、フルメタルコロッセオを引退する事になったのだ」
「!」
シリウスの言葉に、アルフレッドが更に驚く。
「我がアンファース・インダストリアルも、とうとう新型機を投入する事になった。
アンファースは、完成度が高すぎて発展性が無い…わし自身も気付いていた事だがね。
わしも、我が相棒も、あまりに長く居座りすぎたわい…」
シリウスが、言葉を続ける。
「そこで、引退後のアンファースの扱いに関しては、わしに贈与するという満場一致の意見が出てな…。
ならば、と、ここに来たのだ…」
シリウスは、そう言って笑った。
「アンファースは、我が半身と言っても良い…当然、新型機に乗り換えるつもりなど無い。
わしは、剣闘士としては、アンファースと共に引退するのだ。
だが、わしも相棒も、諸共に格納庫で静かに朽ち果てていくのはごめんだ。
…あのお嬢ちゃんと共に、世界を守る戦いとやらに加わりたいと思っている。
役目を終えた今のわしらの力、世のため人の為に役立てるのも、悪くは無かろう?」
「成る程…おっしゃりたい事は良く分かりました。
改造する事に関しては、小生もお力になりましょうぞ。
しかし、社長職まで退かれるのですかな?旅をしながら社長職など、出来ませんぞ?
そもそも、まだ工業地帯の復旧が終わっておりません。今、退かれるのですか?」
アルフレッドが尋ねた言葉に、シリウスは大笑いした。
「何、それが傑作でな…!!
お主の所でお嬢ちゃんの機体の修理を手伝ったわしの部下達が、揃ってわしに言いおる。
『良い夢を見せて貰った』とな…。
わしが空に消えた彼女を追うというのならば、留守は全て引き受けると…そう言って、笑顔でわしを送り出しおったのだよ」
その目には、部下への信頼と、その上に立てる事に対する誇りが宿っていた。
アルフレッドは思わず、成る程、と頷いてしまった。
唯一の懸念材料は彼の『旅人』に関しての無知さだが、ギルティアと共に旅をし、戦うと言うのなら、必要最小限の情報だけで十分だ。
それに、シリウスならば、それ以上の情報は自分で手に入れる事が出来るだろう。
「…その依頼を承諾させて頂きますぞ。
他に改造に必要なのはアンファースの設計図ですが…」
「受け取るがいい」
言葉を遮り、シリウスが設計図の束をアルフレッドに投げる。
「…これで良いのだろう?」
「…はい!お任せあれ!」
アルフレッドが頷いた、次の瞬間だった。
「…待て」
入り口の方から、一言、声が響く。
「レ、レディオスさん!?」
アルフレッドが見ると、レディオスが入り口からこちらへ向けて歩いてきている。
「…先日のあの事件の際に事情を聞き、俺もそこの老体と同じ事を考えていた。
行くのは、より強者で無ければならない…金額なら同量出そう」
アルフレッドが、何を言うか考えていると、シリウスが先に口を開いた。
「ほう…現王者のお主が、フルメタルコロッセオを抜けるというのか?」
「…真の王者はもう遥か遠く、空の彼方だ。今の俺はかりそめの王者でしか無い。
彼女が、一体どんな場所に立っているのか…。
世界を守る戦いなどと言うご大層な名目がある戦いが、どれだけ凄まじい戦いなのか…俺は、彼女と同じその場所に立って確かめたい」
レディオスが、言葉を続けた。
「真の王者が旅立った今、闘技場の王者の座は空席…。
お前を含め、参戦者のほぼ全てが再編され始めた今、俺がかりそめの頂点であり続ける必要は無い。
もちろん、フレアド工業の連中も、俺が修行の旅に出るといったら快く承諾してくれた。
俺とて、出発を阻む物など無い。
ご大層な名目は俺らしくないかも知れんが、それが強さになると言うのなら、そのご大層な名目だろうと背負ってみせる…!」
「…成る程、な」
シリウスが頷く。
何時もただひたすらに強さを求める、レディオスの眼に宿っていた覚悟と決意を理解したからだった。
シリウスを倒してからずっと王者を張り続けられたのも頷ける、そんな眼だった。
「…アルフレッドよ、これは、条件としては完全に五分だな」
「え、え!?」
アルフレッドが、先程のやり取りからシリウスのこの発言で、一瞬考えるが、その直後、この先の発言は容易に予想できた。
「…今日の夕方、フルメタルコロッセオで待っておるぞ」
シリウスがニヤリと笑う。
「ほう…話が早いな…その条件を承諾する」
レディオスがそれに頷く。
「…勝った方の機体を、境界空間航行用に改造してくれ」
シリウスのその言葉に、暫くアルフレッドは考え、頷いた。
「分かりました…」
少なくとも、レディオスもシリウスと同じく、知識不足ではあるが、必要な情報は自分で手に入れる事が出来るだろう。
しかも、レディオスの機動兵器での戦闘能力は、シリウスより若干上だ。
どちらも、旅人としての素質は十分だった。
「…では、夕方に会おう」
レディオスが、ニヤリと笑ってアルフレッド工業を後にした。
「やれやれ…同じ事を考えておった奴が他にもおったらしいな…」
シリウスは、そう言って笑った。
「どうやら、とんだお騒がせをしてしまったようだな…すまぬな、アルフレッドよ」
シリウスが頭を下げる。
「いえ…これはシリウス社長自身も想定外だったようですのでね」
「…うむ。真相を知って尚、彼女を追おうとするような命知らずが、わし以外におるとは思わなんだ」
シリウスは、そう言って笑った。
「…さて、ではまた会おう、アルフレッドよ!!」
シリウスは、笑いながらアルフレッド工業を後にした…。
「おー、今回は凄いバトルが見られそうだな…」
ランが、作業をしながら呟く。
「なら、この戦い、お前が見届けろ」
「…言われなくても、そうさせて貰うよ」
ランは、そう言って笑った…。
そして時間は経過し、約束は、果たされた。
「…こうしてお主と戦うのは、何年ぶりか…」
アンファースのコクピットでシリウスが呟く。
「年数など関係ない…重要なのは、俺とお前、どちらが強いのか、だ」
フレアドイリーガルのコクピットから、レディオスが返す。
「フフ…違いない」
シリウスが、静かに頷く。
「シリウス…先日の戦いで使った砲はどうした…?」
「あれは、闘技場で使われるべきものではない…よって、この戦いでは使えないのだよ」
シリウスは、ニヤリと笑う。
「何…!?」
「武器の火力だけで勝敗が決しては、この戦いの趣旨に反するだろう?」
「言ってくれる…後悔するぞ…老体相手に容赦する程、俺は甘くは無い」
レディオスが答える。
「それはこちらの台詞だ…若い衆に遅れを取るほど、わしは老いぼれてはいないのでね」
そして、二機が、戦いを始めようとした、次の瞬間だった。
「おや、どうした事だ?もう試合の時間じゃないと言うのに、良い感じにヒートアップしてるじゃないか!!」
何処からか聞き覚えのある声が響く。
そして、いつもの場所に、その男は立っていた。
「…理由は聞かない。ただ、君達が自分の意志でここに立っているなら、きっとそれはそれは素晴らしい戦いを見せてくれるだろう…。
…誰も見ていなくても良い…実況はこの僕が引き受けた!!」
実況の男だった。
「待って待って待ってー!!」
そして、観客席の入り口にも人影が見える。
…ランだった。
「アル爺から、見届けてくるように頼まれた!この戦い、見届けさせてもらうよ!!」
「…そうか、分かった」
レディオスが頷く。
「…さあ、準備は良いか!?
今日の最大の勝負は、ひっそりと行われる!
アンファースとフレアドイリーガル…この二機の戦いが一体何を意味するのか、僕には分からない!!
しかし、ただ一つ言える…あの斬光の聖女が見せてくれた、王者決定戦に匹敵しうる戦いが、今、目の前で起ころうとしている!!
今それを目の当たりにしている者は、その戦いをその目に焼き付けろ!!
さあ、皆さん、ご一緒に!!」
実況の男の言葉と同時に、シリウス、レディオス、ランが叫んだ。
「「「「GO!!AHED!!!」」」」
フレアドイリーガルが、アンファースに長剣を叩き込む。
「先手は貰うぞ…!」
推進力はアンファースもフレアドイリーガルに遅れを取ってはいなかったが、
重量の差故に、機動性はフレアドイリーガルが圧倒的に上だ。
「何、構わんさ!!」
しかし、叩き込まれた長剣をアンファースは既に右腕に構えていた大剣で受け止める。
そして、もう片手に構えていたショットガンの引き金を引く。
フレアドイリーガルが剣を手放し、腕の振りの慣性でショットガンの銃弾を回避する。
そして、そのまま蹴りをアンファースの胸部に叩き込む。
アンファースの重量は、その蹴りを受けても大きく揺るぐ事は無かった。
「ぬぅ…何の…!」
しかし、その瞬間的な隙を突いてフレアドイリーガルは、
アンファースの胸部にダガーを叩き込む。
「隙あり、だ…!」
アンファースの胸部に、ダガーでつけられたものとは思えない深い傷がつく。
更に、フレアドイリーガルは手放した長剣を拾い、構えなおす。
シリウスはその行動を見切ってはいた。
しかし、アンファースが対応し切れなかったのだ。
「これが、今の我が相棒のの反応速度の限界か…分かってはいたが、歯がゆい物だ…だが!!」
フレアドイリーガルが長剣を構えなおしたと同時に、アンファースは肩のミサイルを放つ。
「これは避けられまい!!」
追尾性能的に考えると回避は容易だが、アンファースの自体の機体反応速度の限界を完全に無視したタイミングでの攻撃だ。
それは、フレアドイリーガルの反応速度すらも大きく超えた行動になった、とも言える。
よって、今のタイミングでこの至近距離ならば回避は不可能だ。全弾、直撃だった。
「成る程、な…あの砲、一撃でも当てる事が出来れば、フレアドイリーガルであろうとただではすまない…。
ただ単に当てる事だけならば、お前にとっては造作も無い、か…!」
爆風に飲み込まれたフレアドイリーガルの胸部で、レディオスがニヤリと笑った。
成る程、今攻撃したのがあの巨砲だったらどうなっていたか。
勝負など一撃でついていただろう。
シリウスならば、一撃当てるだけ、というのならば、それが、たとえレディオス相手であろうとも、容易だろう。
ラーゼルとの戦いの時、一体何故気付かなかったのか。
あの巨大砲を、超長距離から確実にラーゼル相手に叩き込む技量。
そして、近接されながらも一歩も退かずに撃ち合う意地。
シリウスの実力は、かつての、王者決定戦の時と寸分も変わっていない。
いや、むしろ磨かれている。
「…面白い」
レディオスが、思わず呟く。
「…面白いぞ!まさか、この世界にまだこれほどの実力者が残っていたとは…!!」
爆風が晴れぬ中、剣が激しくぶつかる音と、ショットガンの銃声がフルメタルコロッセオに響く。
次の瞬間、爆風から、二機が反対方向に飛び出す。
「久しぶりに戦ってみたが、流石だな、レディオスよ!!」
シリウスがニヤリと笑う。
「お前もな、シリウス…正直、ここまでやるとは思っていなかったぞ!!」
二機が再び踏み込み、爆風が晴れたフルメタルコロッセオの中央で激突する。
パワーならば、アンファースの方に分がある。
フレアドイリーガルは一歩退き、剣を手放す。
「二度も同じ手は喰わぬ!!」
アンファースは、ショットガンを手放し、フレアドイリーガルを殴り飛ばす。
「そう、来るか…!」
更に続けてアンファースはフレアドイリーガルを蹴り飛ばした。
「ぐお…っ!」
「喰らうが…!」
アンファースの肩から再びミサイルが放たれようとする。
「二度も同じ手を喰うと思っているのか…!!」
フレアドイリーガルは蹴り飛ばされた空中で姿勢を整え、アサルトライフルをアンファースの両肩に叩き込んだ。
両肩のミサイルが暴発する。
「ぬぅぅぅおおおおおお!!」
凄まじい爆発。
「やったか…!」
レディオスが、勝利を確信した、次の瞬間だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!」
爆風の中から、アンファースが突っ込んでくる。
「な、何ッ!?」
爆発の瞬間、両肩のアーマーを切り離したのだ。もちろん、本体も無傷ではない。
左腕は爆発で吹き飛び、右腕もそう長くは持ちそうに無い。
しかし、その右腕は、剣をしっかりと握り締めていた。
アンファースの渾身の体当たりが決まる。
元々の機体重量に差があるフレアドイリーガルは、まるで紙のように吹き飛ばされる。
「…っぐ…!」
ブースターでバランスを取ろうとするが、バランスを取った次の瞬間、勝負は既に決まっていた。
「どぅおああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アンファースの渾身の一閃が、フレアドイリーガルを真っ二つにしていたのだ。
むしろ後方に下がっていれば、体勢を整えられたかもしれない。
しかし、ブースターで空中に停止しようとした、つまり、自ら隙を作った状態で相手との距離を詰めてしまった、とも言える。
「わしの…勝ちだ…!!」
「見事、だ…!」
フレアドイリーガルを踏みつけ、アンファースが剣を掲げた。
次の瞬間、アンファースの右腕に爆発が起き、剣は手から落ちて地面に刺さった…。
「まさに最高の戦いだった!!ありがとう、アンファース!!フレアドイリーガル!!
理由は分からなかったが、歴史にも刻まれなかったが、この戦いは、僕が今まで見てきた戦いの中でもトップクラスの名勝負だ!!
僕は、この戦いを一生涯、決して忘れはしないだろう!!」
実況の男が、そう叫ぶ。
「この戦いを見届けられた事を、僕は誇りに思う!!さらばだ、二人の勇志達よ!!」
実況の男は、そういうとフルメタルコロッセオから出て行った…。
「…フ…」
フレアドイリーガルから、レディオスが出てくる。
同じく、アンファースから、シリウスが降りてきた。
「…良い勝負だった。負けたとはいえ、それは認めざるを得ない」
レディオスは、そう言って笑った。
「お主は確かに強い…だが、少々勝利を確信するのが早すぎたな」
「フ…ああ、肝に銘じておくよ。
お前のように往生際が悪い奴相手に油断すると、こういう目に遭う、とな」
「フハハ、それで良い!」
シリウスは、そう言って笑い、続ける。
「…一つだけ言っておくぞ。
わしの予想では、恐らくこの先、この宇宙群全体を巻き込んだ、大きな戦いが起こる」
「…ほう?」
レディオスが、興味深そうに相槌を打つ。
「その時には、少しでも多くの戦力が必要になる筈だ…その時までは、ここのチャンピオンの座でも守っていろ」
「…成る程な、良いだろう。どちらにしろ、お前程度に負けるようでは修行のしなおしだ」
レディオスは、そう言って笑った。
「フ、言うではないか…」
「まあ、お前のように引退のタイミングで出て行く奴を邪魔するのも、少々無粋だったかも知れんな…」
「何、この世界の王者に勝ったのだ、これで心置きなく旅立てると言うものだよ…」
シリウスは、ニヤリと笑った…。
その帰り道、シリウスにランが合流する。
「凄い戦いだった…やっぱり強いね、シリウスは」
「わしも驚いておるよ…まさか、右腕が持ち応えてくれるとは、な。
流石は我が相棒、ここぞと言う時にわしを裏切らぬ…」
カーゴで運ばれるボロボロのアンファースを見て、シリウスはそう言った。
「…だから、わしはこいつと旅をする事に決めたのだからな」
その目には、抑え切れぬ期待感が浮かんでいた…。
続く




