Act.33 疑問
Act.33 疑問
ギルティアは、ファラオ店長の店にたどり着いていた。
「ファラオ店長、ルーク、ご無事で何よりです!」
「お、嬢ちゃんも無事だったようだな。
アルフレッドから通信で何があったかおおよそは聞いたぜ…大変だったな」
ファラオ店長が、そう言って笑った。
「向こうの世界の住人に助けられるなんて…私とした事が…護るべき者に護られるなんて、不覚です」
ギルティアは、そう言って苦笑した。
「そりゃ、ありえない事が起こったんだし、仕方ないだろ」
「はい…ところで、ルークは?」
「…昨日の戦いで、手酷く負傷して寝込んでる」
ファラオ店長の答えに、ギルティアは驚く。
「…なっ…そ、それは、一体どういう事ですか…!?」
「お前の方で起こった『ありえない事』だが…こっちでも、例外ではなかった…そういう事だ」
ファラオ店長が、静かに言った。
「まさか、また特殊な異形と交戦したのですか…?」
「ああ、先日戦った異形の同タイプだった…今度は、俺が核を解体して倒したが…」
「…ああ、流石に、二人で奴の相手は、きつかったようだ…」
ルークが、起きだしてきた。
大きさは何時もギルティアの肩に乗っているサイズだったが、体中に包帯が巻かれている、何とも痛々しい姿だ。
「ルーク!?」
「まだ再生が完全じゃないんだ、無理すんな!」
「話は…聞いている…そちらの方では、ラーゼルが異形化したのだろう…?」
ギルティアが頷き、続ける。
「ええ、その通りです。しかし、この宇宙群で異形は誕生しない筈…」
以前の説明の通り、異形が誕生する原因となる空間はこの宇宙群には存在しない。
封じきれなくなった断片が飛来する以外にこの宇宙群に異形が存在する原因は無い筈であり、この宇宙群で異形が新たに誕生する事は無いはずなのだ。
「だが、今回の異形は、元々、この宇宙群の住人だったんだな?」
ファラオ店長が確認する。
「…ええ。あの世界で私が出会った戦友達と共に、辛うじて撃退する事に成功しましたが、あの世界が被った被害も甚大です」
「俺も長い間旅をしてきたが、それは前代未聞だ」
ファラオ店長が暫く考える。
「何かが動き出している気はするな…不吉で、何か、しかも最悪の事態が起こる、そんな嫌な予感もしている」
「…それを防ぐ為に、私がいるのです」
ギルティアが、静かに呟いた。
「その為にも、早くエルヴズユンデを完全に蘇らせねば…。
…このような状況下では、何が起こるか、想像もつきません。
それに、エルヴズユンデの修理が終われば、現状の異形分布もある程度は把握できる…急がなくては…」
ギルティアの表情からは、隠し切れない不安感が感じられた。
仲間がいなければ、今回の戦いは越えられなかった。
ギルティアにとっては、自分以外の全て、正しき心で生きとし生ける全ての者は護るべき対象だ。
仲間であろうとも、それは例外では無い。
まして、仲間は自分を信じてくれた者達の事だ。
彼女にとって仲間が傷つく事は、自分が傷つく事より辛い事、いや、自身が消滅する事よりも辛い事なのだ。
その不安も、何時も彼女は全て笑顔の底に抑え込み続けてきた。
しかし、今回の戦いは、ギルティアを不安にさせるに足るものだった。
「ともあれ、異形の討伐を続行すれば、いずれ真相も見えてくるだろうさ…」
「そう、ですね…」
ギルティアが、再び無理に笑顔を作って頷く。
「戦い続けるだけ、という事か…成る程、な」
ルークが頷く。
「うぐっ…!」
ルークの傷が開く。
「だから、無理すんなって!!」
ファラオ店長が言う。
「しかし…ギルティアは、無事に戦いから帰ってきたのだ…。
…我も、無事を祝ってやらねば…迎えて…やらねば…!」
ルークのその言葉に、ギルティアは静かに頷く。
「ありがとう…けど、無理はしないで下さい。
ルーク…私にとっては、あなたが生きていてくれた事は、それ以上に価値があるのですから…」
ギルティアは、静かにルークの頭を撫でた…。
「ああ、分かった…心配をかけてしまって、すまない」
ルークは、ギルティアの答えに、静かに頷いた。
「ならば、我はもう暫く休ませて貰う…ともあれ、ギルティアよ…無事でよかった」
ルークは、そう言うと、部屋の方へと戻っていった…。
「ルーク…ありがとう…」
ギルティアは、静かに呟く。
「…現在のこの宇宙の異形はどういう状態ですか?」
そして、ファラオ店長に向き直って話を続ける。
「そうだなぁ…昨日の戦いでほぼ殲滅できた、と言って良いだろうな」
ファラオ店長が続ける。
「…そういえば、お前が昨日戦ったという異形は、閉鎖空間の外で活動していたんだって?」
「ええ…進路上の工業地帯を破壊しながら、アルフレッドさんの工場目掛けて真っ直ぐに歩いてきまして…」
「ますます謎だな…異形は、余程高位の異形か、異形が誕生する空間の深部で力を蓄え続けた異形でない限り、
あの閉鎖空間の外では、消耗が酷くて動けたものでは無い筈なんだが…」
ファラオ店長が首を傾げる。
「…グレートラーゼルの残骸を取り込んで、消耗を抑えていた…?」
ギルティアが呟く。
「ん?」
ファラオ店長が聞き返す。
「ああ、あの異形の元になった人間…ラーゼル=グライアードは、所謂悪党という奴でして、
フルメタルコロッセオの王者決定戦にグレートラーゼルという名の巨大機動兵器で乱入し、全てをぶち壊しにしようとして私達に倒されたのです」
「異形化したのは、その後って事か…」
ファラオ店長が頷く。
「…気になるのは、そこなのです」
「ん?」
「異形が、ミサイルやら両腕から巨大砲など、使っては来ませんからね」
確かに、今まで交戦した異形は、エネルギー波や衝撃波、そして人型の異形は武器を使ってくる者もいたが、
いわゆる『内蔵火器』を使用してくる者はいなかった。
「それらは、元々グレートラーゼルの兵装でした。
ですから、異形化したラーゼルは間違いなく、グレートラーゼルの残骸を取り込んでいたと考えられます。
閉鎖空間外での活動は、もしかするとそれに関係しているのかもしれません…」
「成る程な…」
ファラオ店長が続ける。
「…そういえば、嬢ちゃんの機体や嬢ちゃん自身も、異形っぽい体のパーツを持ってるが…」
「ええ、確かに…しかし、私は正真正銘の鍵ですよ…誕生した時から、ずっと私はこの姿なのです」
「…すまん、変な事を聞いちまったかな」
ファラオ店長が頭を下げる。
「いえ、確かに私も、かなり特殊な環境下で誕生した鍵ですから…。
…恐らく、普通の鍵とは組成が若干異なるであろうというのは、私も理解しています」
「そういえば、戦争で真っ二つになった宇宙群の片割れの宇宙群の鍵だったな、嬢ちゃんは…」
「ええ、その通りです」
ギルティアが頷く。
「…機械と融合し、閉鎖空間の外で活動する異形、ですか…」
自分で言葉にして言うと、何かが記憶の奥底に引っかかった。
「…かつて、どこかで…?」
少し過去を思い返すと、遠い、そう、遥か遠い過去に、一人だけ心当たりがある事に気付く。
「…ああ、成る程…」
思い起こすと、ギルティアは納得して頷く。
「ん?どうしたんだ?」
ファラオ店長が尋ねる。
「いえ、そのタイプの異形の前例に、一応、心当たりがあります」
「それは本当か…!?」
「ええ…そう、私が誕生して間もない時…一度、遭遇しています」
ギルティアが、静かに答える。
「…誕生して間もない時…?」
「ええ、そうです…」
ギルティアに、遠い過去の、自らが封印された時の戦いの記憶がよぎる。
その時、エルヴズユンデは、二振りの剣を手にした黒い機動兵器と対峙していた。
しかし、エルヴズユンデには、翼が生えていない。
そう、黒い機動兵器が、世界へのアクセスを物理的に遮断していたのだ。
「貴様を救世主と崇めるものと、貴様を倒すために俺を製造し、送り込んだ者と…じきに、戦いが起こるだろう。
それが、貴様の誕生の、そして貴様が力を行使した、結果だ…恨むのならば、自らの存在そのものの悲劇を恨め。
この世界の人間があまりに愚かだった事を恨め」
「あなたは、どう考えるのです…?」
ギルティアが、問う。
「俺はただ、俺に与えられた使命を果たすだけだ…俺の存在意義を全うするだけだ」
「分かりました…」
ギルティアは、その答えに頷く。
それは、彼もまた使命を果たす事が自らの存在意義の全てである事を、理解したからであった。
「ならば私を倒してみなさい。その使命、見事果たして見せなさい!!
ただし、私も私の使命を果たすために全力で参ります…!」
エルヴズユンデが、剣を構える。
「その覚悟、賞賛に値すると判断!」
黒い機動兵器も、二振りの剣を構える。
「…一つだけ約束してください。
今逃がした脱出艇を、この戦いの後に安全な場所まで送り届けて欲しいのです」
「その約束を了承…約束は守ろう」
「それだけが保証されれば、何も思い残すことはありません…さぁ、踊りましょう…!」
「踊りか…俺の趣味ではないが、な…!」
双方が言葉を紡ぎ終えた次の瞬間、二機の機動兵器は正面から突進していった…。
それを思い出した時、ギルティアの眼からは、自然に涙が流れていた…。
「…それは、私を長きに渡って封印した、勇者ですよ」
涙を流しながらも、ギルティアは笑って答えた。
「嬢ちゃんを封印したのが、勇者…?」
ファラオ店長が、不思議そうに聞き返す。
「ええ、そうです。
彼は私を封印する、ただそれだけの目的のために、人間が異形を書き換える事で生み出した存在…。
彼は、自らの存在意義をその全てを賭けて貫いた…紛れも無く、勇者です」
ギルティアは、頷いた。しかし、その目は、どこか寂しそうだった。
「そいつを恨んでるって訳じゃ、無さそうだな…」
「ええ、元々、原因は私の誕生そのもの…彼を恨むのは、お門違いです」
ファラオ店長は、その言葉に、ギルティアの心の傷を見た気がした…。
「本当なら、誰かの存在そのもので戦いが起こる、それ自体が、あってはならない事なんだがな…」
「しかし、もしも私がその原因となったのならば…私は、やはりあの宇宙群には不要の存在だったのですよ」
ギルティアは、そう言って笑った。しかし、その目からはまだ涙が流れていた…。
「嬢ちゃん…」
「だから、私は…これで良いのです…おっと」
ギルティアは、自らが知らず知らずに流した涙に気付き、いそいそとそれを拭った。
「私は、私の力を今誰かの為に役立てられているだけで…満足です」
ギルティアのその言葉は、まるで自らに言い聞かせているかのようだった…。
「…さて、私はルークの看病でもしましょうか…」
ギルティアは、そう言うと、ルークの寝ている方へと歩き出した…。
ギルティア日記
ルーク…私の為に…本当に、申し訳ありません…。
しかし、まさかあの異形が、再び姿を現すとは…。
異常な事態が、動き出しているとしか思えません。
一体、この宇宙群に、何が起こっているの…?
…いずれにせよ、私は戦うだけです。
戦っていれば、いずれ真実は見えて来るはずです。
…戦わねば。仲間が傷つくのは、もう絶対に見たくありませんから…。
続く




