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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
23/101

Act.23 ラーゼル=グライアード


   Act.23 ラーゼル=グライアード


 バトルロイヤルの結果でラーゼル重工も流石に迂闊に戦力を送り込むのは無駄だと悟ったのか、その次の日には試合は来なかった。

 ギルティアは、アルフレッド宅で紅茶を飲んでいた。

「…どうですか?賞金による収入は」

 ギルティアが、アルフレッドに尋ねる。

「ええ、かなり貯まりました。そろそろ、設備の修理に入る事が出来ますな…しかし」

「…ラーゼル重工の妨害の可能性があり、今のままで修理してもまた破壊される可能性がある、という事ですね?」

「はい…」

 アルフレッドが頷く。

「エルヴズユンデの修理が終わるまではルークを工場の護衛につけますが…セキュリティーシステムはどうなっていますか?」

「設置するにはまだまだ資金が必要ですな。やはり、このままチャンピオンを狙っていくのが一番かと」

「…流石に、こうしている間にも各地に異形は増えているはずです。

 …今の状況から、全勝でどれくらいかけてチャンピオンになれますか?」

 ギルティアが尋ねる。

「…そうですな…他の参戦機体も合わせると現在フルメタルコロッセオに参加している機体は五十機ほどです。

 その内ラーゼル重工の機動兵器は三十機ほど…ラーゼル重工の横槍が加わった結果、現在はカードの大半をラーゼル重工が牛耳っています。

 …トゥルーパーEX7はかなり上位に食い込む機体…。

 それをああも簡単に倒した事で、生半可な力では我々を止める事は出来ないと相手方も理解できたと思います。

 アンファースの方も、本来ならばこのレベルなのですが、彼らは企業の規模が大きいので、ラーゼルも潰しにかかれず、それ故に試合はあまり組まれません。

 しかし、我々は非常に小規模な企業…その小規模な企業の機体一機止められないとなれば、ラーゼルの威信に大きな傷がつく…。

 …次は、恐らくかなりの上位機体をぶつけてくるかと思われます。

 それこそ、チャンピオン候補筆頭レベルの、ね…」

 ギルティアが、不適に笑って頷く。

「…手早く決めて、再び異形を討伐しに行かねばなりません」

「確かに、その通りですな…いざとなれば、試合の無いタイミングで討伐に出かけて頂いても結構です。

 その日の警備は小生達がやりましょう」

「いえ、今まで私も各地を巡って異形を大量に討伐してきましたので、まだ暫くは人的被害を及ぼせる規模にはならない筈です」

 ギルティアが言った次の瞬間、戸をゴンゴンとけたたましくノックする音が聞こえる。

「何ですか?」

「…小生が出ましょう」

 アルフレッドが扉を開ける。

「ここがアルフレッド工業か…随分とすすけたな…まるでガラクタ小屋じゃないか…」

 立っていたのは、偉そうな風貌の初老の男だ。頭は禿げている。

 その後ろには、黒服の男たちが五人程付き添っている。

「お前は…ラーゼル=グライアード!!」

 アルフレッドが男の名を叫ぶ。

 叫ばれたその名前に、ギルティアの顔色が変わる。

「ラーゼル…まさか、ラーゼル重工の!?」

「…社長ですよ」

 アルフレッドが、ラーゼルを睨みながらギルティアに答える。

 更に、上の部屋からドタドタという音が聞こえる。

「何しに来た!!」

 ランが上の階から降りてきて叫ぶ。

「…久しぶりだな、死に損ない共」

 ラーゼルが、嘲笑の眼差しで笑う。

「…何の用だ…!」

「老いぼれに用は無い、どけ」

 ラーゼルが、アルフレッドを突き飛ばす。

「アルフレッドさん!!」

 ギルティアがアルフレッドに駆け寄る。

「…何のつもりです」

 ギルティアが、ラーゼルを睨みつける。

「なぁに、私は君を迎えに来たのだよ、ルギルナ=L=御果君?」

 ラーゼルが、そう言って笑う。

「な、に…!?」

 ギルティアが驚く。

「まさか、あのバトルロイヤルを制するとは思わなかった…。

 君のようなパイロットならば、このようなボロ工場にいるべきではない。

 どうだね?我々と共に来れば、フルメタルコロッセオの賞金の倍額を支払おうじゃないか」

「フ…何を言うかと思えば…」

 ギルティアが笑う。

「…お断りさせて頂きます」

「ならば、その三倍ならばどうだね?」

「金額など問題ではありません…私の目的は金ではありませんから」

 ギルティアが、きっぱりと言い放つ。

「その通り、彼女は小生達の客だ。お前達の所へ行く事など無い!!」

 アルフレッドが更に続ける。

「お前達には悪いが、チャンピオンの座は頂くぞ…ラーゼル!!」

「ほう…どうやら、息子夫婦を吹っ飛ばされてもまだ懲りていないらしいな…アルフレッド」

「…!!」

 アルフレッドの表情が一気に険しくなる。

「やっぱりお前らが!お前らだったのか!!」

 ランが叫ぶ。

「…さぁ、どうだろうね…」

 ラーゼルが、指を鳴らすと、黒服の男達が、家の内部に侵入してくる。

「さぁ…どうする?」

 明らかな脅迫だ。

 ギルティアにとっては別に大した相手ではない。

 しかし、家の中でそう荒事を起こすのも得策ではない。

 一瞬で良い、相手の隙が必要だ。

「卑怯な…」

 ギルティアが、ラーゼルを睨む。

「フフ、力というのは、こうやって使うものなのだよ」

「相変わらず汚い真似ばかりしおる、恥を知れィ!!」

 黒服の男の背後から、声がした。

 それと同時に、黒服の男の一人が背後から殴られ、倒れる。

「き、貴様は…!」

「…直接顔をあわせるのは久しぶりだな…ラーゼル!!」

 そこに立っていたのは、シリウス=アンファースだった。

「し、シリウス社長…一体何故此処に!?」

「やあ、斬光の聖女のお嬢ちゃん、バトルロイヤルの戦勝祝いに秘蔵の酒を持ってきたんだが…」

「は、はぁ?」

 ギルティアが言われた事の意味を理解し損ねて混乱する。

「…先にこっちの面倒事を解決する必要がありそうだな…手を貸そう!」

「…余計な邪魔が入ったが、まぁ良い…やれ…!!」

 ラーゼルの号令で、残り四人の黒服が一斉に動きだそうとする。

「!」

 黒服全員に一瞬の隙が出来たのを、ギルティアは見逃さなかった。

「…今です!ルークッ!!」

 ギルティアが叫ぶ。

「任せよ!!」

 空中から、ルークが凄まじい勢いで室内に突っ込み、ラーゼルを含む敵全員を、室外へと引きずり出す。

「…戦えるのかね?お嬢ちゃん!」

「…当然です」

 シリウスの問いに、ギルティアはウィンクで答えた。

「…良い答えだ!」

 黒服が、銃を構える。

 しかし、それを撃つより早く、シリウスは銃を抜き、一人の銃を叩き落した。

 ギルティアは、凄まじい勢いで突進し、回し蹴りでもう一人の銃を叩き落す。

 更に、ルークが爪からの衝撃波でもう一人の男の銃を真っ二つにする。

 一人の男が銃を撃つ。

 ギルティアが、シリウスの前に割り込み、剣で銃弾を真っ二つにする。

 そして、シリウスが銃撃で男の銃を叩き落した。

「ぬ、ぬぬぬ…!」

 ラーゼルが後ずさりをする。

「…さぁ、どうします?」

 満面の笑みを浮かべ、ギルティアが尋ねる。

「…ま、まぁ、今日の所は引き下がろう。

 しかし、後悔しない事だ…私を敵にまわす者は、皆不幸になるのでね」

 そう言って、ラーゼルは帰って行った。

 黒服の男達が、その後に慌てて追従する。

「ふん、一昨日来るがいいわァ!!」

 去っていくラーゼルを見ながら、シリウスが豪快に笑う。

「…アルフレッドさん、身体は大丈夫ですか?」

 一方、ギルティアが、倒れたアルフレッドに手を差し伸べる。

「ええ、支障はありません…しかし、やはり、でしたか…」

「彼が、ラーゼル…成る程、異形並み、いえ、それ以上に性質の悪い人間のようですね…」

「…恐らく、異形になる人間というのは、あのような輩なのでしょうな…」

 アルフレッドが、呟く。

「…ええ」

「いくら怪しい男達だったとはいえ、先制攻撃を叩き込むのは流石に問題だった…対応が遅れて申し訳ない」

 ルークが、頭を下げる。

「…いえ、正しい判断です」

「そう言ってくれると助かる…さて、我は見張りを続けさせてもらおう」

 そう言って、再びルークは飛び立っていった…。


 そして、家の中に迎え入れてもらったシリウスが自分の用件を話し始めた。

「まず、先程も言ったように、三対一、バトルロイヤルの圧勝、おめでとう。

 お祝いの為に秘蔵の酒を届けようと思ってな、一人で来た」

 そう言って、シリウスは背負っていたリュックから酒瓶を出し、テーブルに置く。

「あなたの企業にとって、私は商売敵の筈です。何故そんな私の勝利を祝うのです?」

「企業など関係ない、これはあくまでわし自身…シリウスという名の一人の剣闘士が、お主の勝利への祝杯として持ってきただけだ。

 それに、わしとあそこまで正面から戦ってくれたというだけでも、わしにとっては友も同然ぞ」

 シリウスの言葉に、ギルティアは彼の心の温かさを見た気がした。

「…成る程、分かりました…ありがとうございます…お酒、ありがたく頂きます」

 ギルティアが頷いたのを確認し、シリウスは話を続ける。

「さて、本当は単純にそれだけだったんだが…襲撃されていたとなれば話は別だ。

 …わしが、アンファース・インダストリアルがお主達に資金援助をしてやってもいい」

「!」

 その言葉に、アルフレッドが反応する。

「それは…どういう…!?」

「…条件は、これからも、ラーゼルの暴走が止まる時まで、共に戦い続ける事だ」

 シリウスが、言葉を続ける。

「…要するに、お主らと提携したい、そういう事だな」

「……」

 アルフレッドが暫し考え、口を開く。

「…それ以外の、共に戦う、という以外の条件は?」

「単純に、それ以上でもそれ以下でも無い。

 ただ、わしらでは…大企業では、奴等を止める事は出来ない。

 だから、力を貸してほしい、それだけだ…それ以上の私心は無い」

 シリウスの言葉には、真剣さがこもっていた。

「シリウス社長の意見は理解しました、小生もその提携には賛成です。

 しかし、ギル…っと、ルギルナさんは…」

 確かにギルティアには使命がある。

 しかし、ギルティアは躊躇い無く口を開いた。

「いえ、構いません。私には私のしなければならない事があります。

 しかし、どうやら、その為には奴を止める事がどうしても必要のようです。

 …ですから、私も、その提携に賛成します」

「ルギルナさん…分かりました。ならば、その提携の話、お受けさせていただきます」

 アルフレッドの答えに続き、黙って聞いていたランが口を開く。

「凄い…まさか、アンファースの協力を取り付けられるなんて!!

 親父とお袋の敵討ちも近いよ、きっと!」

「商売敵である筈の私の勝利を祝うために、わざわざ此処まで来てくださる方ならば、信頼できます…共に戦いましょう」

「うむ!こちらとしても、恐らくラーゼルを追い詰める切り札になるであろう、

お嬢ちゃんと協力できるとなれば、大企業なりのやり方で奴等を追い詰める事も出来る」

 シリウスは、そう言って笑った。

「シリウス社長…よろしくお願いします」

「わしの事はシリウスで良いぞ、お嬢ちゃん!」

「ええ、分かりました、シリウス!」

 ギルティアが笑顔で頭を下げる。

「さーて、届けるものも届けたし、わしもわしの会社に戻って一杯やって寝るか…では、また会おうぞ!」

 シリウスはそう言うと、入り口から出て行った…。


「…思わぬ協力が取り付けられましたね」

 ギルティアが、アルフレッドに言う。

「ええ、これも、ギルティアさんの戦いのおかげです…本当に、ありがとうございます」

「いえいえ、私は、私の使命を果たすために必要な事をしているだけ…」

 そう言いかけ、ギルティアは言いなおす。

「…いえ、私は、私の使命を果たしているだけです」

「使命を…?」

「…鍵の本来の使命は宇宙群を護る事…人々の幸せを護る事、と言い換えても良いかもしれません。

 今まで異形を討伐してきたのは、それが世界に、人々に仇を為す存在だからです。

 しかし、今日の事態を考えると、私としても予定を変更せざるを得ません。

 あのような輩を世界にのさばらせておく事は、鍵の、そして何より私自身の使命に反します。

 …私は、相手が人間であろうと異形であろうと、悪を相手に逃げる訳には行かないのです」

 ギルティアの言葉には、隠しきれない、そして明らかな怒りが込められていた。

「…鍵は宇宙群の化身にして防衛機構…宇宙群の守護者と聞いておりましたが…。

 成る程、それが鍵に与えられた使命…」

「ええ、私はその使命を誇りに思っています」

 ギルティアは、そう言ってニッコリと微笑んだ。

「異形討伐を再開するのは、ラーゼル重工を完膚なきまでに叩き潰してからにさせて頂きます。

 機体の修理が完了するのと、そう大差はありませんしね」

 ギルティアが、静かに呟く。

「…そもそも、私の予定が狂ったのは、工場を爆破したラーゼル重工のせいです。

 この借りを返してからでなければ、異形討伐に身が入りそうにありません」

「ギル姉…勝つよな…?」

 ランが、願うような目で尋ねる。

「…もちろんです。

 邪悪な心で私に刃向かう事の愚かさを、その身に刻み込んで差し上げましょう…。

 …私は、私の使命を果たします」

「全く躊躇いも無く言い放てるのが羨ましいよ…」

 ランが、やれやれと言った表情でそう言い、続ける。

「俺も負けちゃいられないな。

 まずはソルジャーESを修理し、改造して俺の愛機をつくる…!」

「…ええ、頑張って下さいね」

 ギルティアが、笑顔でそれに頷く。

「…アルフレッドさん」

「何ですかな?」

「今、ファラオ店長は異形が集まりやすいあの宇宙でラーメン屋を開いています。

 異形の現状を尋ねておいて頂けませんか?」

「…承知しました」

 アルフレッドが頷く。

「…いざとなれば、異形討伐にルークを派遣します」

「しかし、それでは鍵とはいえ、身体への負担は…」

「心配ありません、持たせます…持たなければ意味がありません。

 それが、私の使命なのですから…」

 ギルティアは、躊躇い無く言い切った。

「…ギルティアさん…」

「…ですから、アルフレッドさんは私の事は心配しないで、エルヴズユンデを万全の状態にしておいてください」

 そう言ってギルティアは微笑んだ。

 しかし、そのギルティアの微笑みに、アルフレッドは、少しだけ恐怖を感じた…。

 恐怖を感じるどころか、むしろ、絶対の安心を感じる程に純粋で、正義であるのに、今、感じている背筋の寒さは一体何なのか、アルフレッド自身も理解できなかった。

「…お、お任せあれ」

「ええ、信頼していますよ、アルフレッドさん」

 ギルティアは、そう言って、また家の屋上へと歩いていった…。


 ギルティアが屋上に立つと、それを見たルークが降りてくる。

「ラーゼル=グライアード…エルヴズユンデ修理の最大の障害、か…ハゲ男風情が…」

 ルークが静かに呟く。

「いえ、彼のような俗物と一緒にされては、全国の頭髪が無い殿方の皆さんに迷惑です」

 ギルティアが、そう言って笑う。

「…確かにな」

 ルークも笑って頷く。

「…ルーク、毎日寝ずの見張りでしょう?流石に負担が掛かっているのではありませんか?」

「多少の視界の揺らぎはあるが、これしきの事、問題は無い」

 ルークが笑ってみせる。

「…今宵は、私が見張りを代行します。ルークは休んでいて下さい」

「何…?」

 ルークが聞き返す。

「私が見張りをするので、今夜はルークが休んで下さい」

「だが、ギルティアとて、連日の戦いで疲労しているはず…!」

「夜は休んでいるのですから、疲労はルークほどではありません」

 ギルティアは、そう言って笑う。

「それに、もし私の予想以上に異形が増えていた場合、ルークにはファラオ店長と合流して異形の討伐をして頂きたいと思っています。

 その時は、私が見張りもしようと思っています。その為にも、少し慣れておきたいと思いましてね」

「…成る程な。分かった、ならば今宵は久しぶりに眠らせて貰う」

「はい、ゆっくり休んでくださいね、ルーク」

 ギルティアが、屋上から下へ飛び降りる。

「では、行ってきます」

「気を付けてな、ギルティアよ」

「はい!」

 ギルティアは、そのまま夜の闇へと駆け出して行った…。


ギルティア日記

成る程、アレがラーゼル…とんでもない愚か者のようですね。

そして、シリウス…同じく企業の社長とは思えないほどに素晴らしい方です。

まさか彼が協力してくれるとは…。

…いずれにせよ、異形討伐に復帰するためにも、

あの悪党をまずはいかなる方法であろうとも成敗せねば…。


続く

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