Act.13 悪夢
Act.13 悪夢
「…いよいよ作戦を決行します」
誰も人がいない、静寂だけが支配する朽ちた村の中心で、ギルティアが言う。
「…覚悟は、良いですね?」
既に、ファラオ店長もルークも戦闘の準備を整えている。
「ああ、勿論だ」
二メートル台の大きさになっているルークが、ニヤリと笑って頷く。
「問題ないぜ、嬢ちゃん。久しぶりの大暴れ、腕が鳴る!」
そう言って、ファラオ店長が、手に持っていた包丁をくるくると回してみせる。
「では、始めましょう…」
ギルティアが、静かに剣を天に掲げる。
「はあああああああああああああああああっ!!!!」
小さくなってからは放たれていなかった、紅の翼がギルティアの背から放たれる。
そして、掲げられたギルティアの剣から、光が天に向かって放たれる。
「どうやら、作戦は成功のようですね…第一波、来ます!!」
ギルティアが、空間の閉鎖を察知して叫ぶ。
周囲が一瞬にして暗くなり、異形の影が周囲を囲む。
「ああ、任せておくが良い!貴公には指一本触れさせぬ!!」
「さて、料理と行かせて貰うか…!!」
ルークが、照準を定めずに時空震を放つ。
数体の異形が、まとめて薙ぎ払われる。
「よっとォ!!」
ファラオ店長が、甲殻で覆われた異形の甲殻の隙間に包丁を入れ、解体していく。
さらに、彼の背後に回りこんだ異形の脳天に、鉄製の箸が深々と突き刺さる。
しかし、敵の数は一向に減らない。
「第二、第三波を確認!」
いや、むしろ異形の数は依然、増え続けている。
「…第四…第五…在り得ない!」
ギルティアが、我が目を疑う。
「今までの異形の出現率、そして異形の総数から考えても、この数は…!!」
異形は、既に周囲を埋め尽くしていた。
異形というのは、かつては人間だったもの、
人間が、その欲望によって、ある空間に干渉してしまった際に誕生するものが殆どだ。
本来ならば人間を異形へと変異させる空間は、この宇宙群には存在しない。
ギルティアの故郷の宇宙群は、戦争で真っ二つになった宇宙群の片割れ、
そのもう一方の片割れが、その空間が封じられている宇宙群だ。
よって、本来、この宇宙群で、しかも、既に、かつて集まりに集まっていた凄まじい量の異形を、
一度完全に根絶した現在、これだけの異形が存在する訳が無い筈なのだ。
「何て、事…!」
「…大丈夫、心配するなよ、嬢ちゃん」
ファラオ店長が、ニヤリと笑う。
「そうだ、貴公が戦える程度まで回復するまでは、持たせて見せる!!」
ルークが、再び時空震で、密集ていた大量の異形を消し飛ばす。
「ッ!!」
しかし、異形はそれをさらに上回る勢いで突っ込んできた。
「うおおおおおおおおおっ!!」
ルークが、襲い掛かってきた異形に噛み付く。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
更に横から攻撃を仕掛けてきた異形を爪で掻き裂く。
「燃えてるなぁ、ルーク!よし、そんじゃ俺ももう少し腰据えてやるか…!」
ファラオ店長は、調理道具一式を入れたバッグの中から、もう一本、包丁を取り出す。
それは、大きな中華包丁だった。
「せいりゃああああああああああっ!!!!」
彼の目の前に立ち塞がった甲殻に覆われた異形は、まるで中華料理の蟹のように脳天から縦に真っ二つにされる。
その大振りの隙を突いて、左右から異形が迫る。
ファラオ店長が、いまだ慣性の法則で下に向けて進もうとする中華包丁を手放し、
腰に下げていた二本の包丁を抜く。
「ご苦労さん!」
そして、抜き様に左右から襲ってきた異形に向けてその包丁を投げる。
包丁は、左右の異形を貫き、地面に刺さる。
しかし、異形の数は一向に減らない。
再び、ファラオ店長が目の前の地面に突き刺さっていた中華包丁を引き抜き、構える。
「しっかし、料理のし甲斐がある素材が揃ったもんだぜ…フフッ!」
ファラオ店長が、何かを思い出すかのようにニヤリと笑う。
そして、次の瞬間、襲い掛かる異形に向け、中華包丁は再びその絶大な切れ味を行使しはじめた。
一方、ルークはギルティアの前に立ってギルティアに攻撃が行かないように戦っていた。
その眼前には、八つ裂きにされた異形の屍が積み重ねられている。
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ルークが、再び天を震わせるような咆哮を上げると、その咆哮に、異形の動きが止まる。
次の瞬間、ルークの目の前で徒党を組んでいた異形は、ルークの爪の一振りが発生させる紅の衝撃波に切り刻まれていた。
「数の多さが異常というのは確かか…だが、ここから先は一歩も通さん!!」
「後三十秒ほどで、放出した分のエネルギーの回収は完了します!」
ギルティアが叫ぶ。
「了解した!」
ルークは嬉しそうに返す。
「しかし、力を持たぬというのが、これほど歯がゆいものだとは…」
ギルティアは静かに呟く。彼女にとって、力を完全に失うというのは初めての体験だった。
ただ誰かに守られるだけ、それがどれだけ歯がゆい事なのか、ギルティアは身にしみて感じていた。
「早く…早く私も戦線に加わらなくては…!!」
ギルティアが、静かに剣を構える。
力を失っている今の彼女にとっては、軽めの剣とはいえ、手が震えるほど重かった。
それでも、ギルティアは剣を、しっかりと構えていた。
そして、彼女の眼は、既に敵を睨み据えていた。
「補填率九十八、九十九…補填完了…!!」
ギルティアが、ルークの横を越えて異形に斬りかかる。
「ルーク、ファラオ店長、大変お待たせしました!」
右手に剣を構え、左手でチェーンソーを構える。
「…行きます!!」
そして、ギルティアが踏み込む。
次の瞬間、異形がギルティアの周囲を取り囲むが、そのままギルティアは目の前の異形に向けて縦に剣を叩き込む。
更に、その隙を突いて背後から飛び掛った複数の異形を、振り向き様にチェーンソーで上下に真っ二つにする。
「敵の数が異常である理由は不明ですが、これは私にとっても都合が良い…!
このまま一気にエルヴズユンデも修復できるほどの根源的エネルギーを回収できるかもしれません!」
「おお、そいつは良い!」
少し前の方で戦っていたファラオ店長が下がってくる。
「しかし、この異常な事態、何が起こるか分かりません…くれぐれも、油断なさらぬようにお願いします」
「おう、嬢ちゃんがそう言うんだ、このままじゃ終わらないだろうな」
ファラオ店長が頷き、再び中華包丁で異形を解体し始める。
「さぁ、これから、というわけだな、ギルティアよ!乗れ!!」
「了解です!」
ルークが、ギルティアを背に乗せ、飛ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
そして、異形が密集している場所に突っ込むと、ルークの足元にいた異形が潰れる。
更に、ギルティアがそのままルークから飛び降り、周囲にいた異形を片っ端から斬り捨てる。
「今です!」
ギルティアが、ルークに叫ぶ。
「任せよ!」
ルークが、時空震を放ち、射線上の異形を消し飛ばす。
確かに敵も異常な数だったとはいえ、そもそもギルティア達はそれ以上に異常な力を持っていた。
…まさに、圧倒的だった。
異形は既に半数以上が物言わぬ屍と化していた。
「…店長、ルーク、大丈夫ですか!?」
ギルティアが叫ぶ。
「流石に久しぶりの運動は少々堪えてるが、心配要らないぜ!」
そう言って、ファラオ店長が額の汗を拭う。
「我の方も、消耗は軽微だ!まだまだ行けるぞ!」
そう言って、ルークはニヤリと笑う。
「私の方でも、かなりの根源的エネルギーを回収しました!
…後は、『何か』が起こる前に可能な限りの異形を撃破します!一気に行きましょう!!」
「おう!」
「了解した!」
ギルティアの言葉に、二人が応え、三人同時に異形に向けて一気に斬り込む。
しかし、その直後、異変は起こった。
「…な、なっ!?」
今までに倒した異形の骸が、突如、ある一点を中心に立ち上がり、
切り落とされた場所などが次々と修復されていく。
「ルーク!最大出力で時空震ブレスを!急いで下さい!!」
ギルティアが、ルークに叫ぶ。再生が起こっている場所の中心に、何かが、いる。
距離が遠いため、はっきりとは見えないが、少なくとも普通の異形よりもは大きい。
「分かっている!」
今放てる限りの威力の時空震ブレスが、その『何か』を目掛けて咆哮を上げて襲い掛かる。
周囲で再生を始めていた異形が、まるで見えない糸で操られているかのように時空震ブレスの射線内に集結する。
「何ッ!?」
凄まじい爆発が発生する。
しかし、異形の群れという壁に阻まれ、その『何か』に攻撃が届く事は無かった。
射線に割り込んだ異形達はバラバラに砕け散ったが、それらの破片が集まって異形は再び再生を始めている。
「私が直接仕掛けます!ルーク、時空震ブレスで援護を!」
ギルティアが駆け出すのと、再生しかかった異形を時空震ブレスが薙ぎ払うのは同時だった。
「…ファラオ店長、行きますよ!」
「おう、任せろ!」
ファラオ店長が、ギルティアの後ろに続く。
ギルティアとファラオ店長の周囲では、二度も時空震ブレスを浴びながら、異形達が再生しようとしている。
「周囲の異形が完全に再生する前に!!」
距離が近づくと、暗がりの中でも、その『何か』がはっきりと見えてくる。
形容するならば、たくさんの人間の顔が浮き出ている巨人。四メートルほどだろうか。
非常に不気味でグロテスクな姿をしている。
「何てェ気持ち悪さだよ…」
「ええ、そうですね…」
ギルティアが、チェーンソーを振りかざす。
「…一撃で、決めます!!」
振り下ろされたチェーンソーにより、異形は袈裟斬りに斬り裂かれた。
しかし、その直後、異形の体中の顔が、一斉に不気味な呻き声を上げはじめた。
それは、激痛に悶える声にも、恨み言を言っている声にも聞こえる。
「これは…ッ…!?」
ギルティアは、自分の背中に何か非常に重いものが乗っているような感覚を覚える。
ファラオ店長が膝をつく。どうやら、ファラオ店長も同じ状態らしい。
「この、声の…影響ですか…!」
「そう、らしいな…!」
既に袈裟斬りに斬り裂かれた巨人型の異形は再生を完了し、
周囲でも異形たちが続々と再生している。このままの状態では危険だ。
かと言って、ルークが時空震ブレスで巨人型の異形を攻撃した所で、先程と同じ手で防がれるだろう。
「…一か八か、です」
ギルティアが、ニヤリと笑う。
「ルーク!その位置から、時空震ブレスを!」
その次に彼女が叫んだ言葉は、ルークとファラオ店長を驚愕させた。
「私を狙って下さい!!」
「何ッ!?」
「恐らく、これは敵の声の震動波が原因です!一か八か、時空震でそれを相殺します!!」
ギルティアが叫ぶ。
「しかし、それでは…!」
「ただ直撃を貰うつもりはありません!私を信じて下さい!!」
「…了解した!貴公を信じるぞ!!」
ルークが、時空震ブレスを放つ。
「…ぐ、ぐぐ…!」
ギルティアが、放たれた時空震ブレスに向け、強引に剣を構える。
「であああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして、ギルティアは、時空震に、自らが今成し得る渾身の剣戟を叩き付けた。
周囲に、衝撃波が発生し、ギルティアが吹っ飛ぶ。
「ファラオ店長!今です!!」
吹っ飛びながら、ギルティアが叫ぶ。
「…そうかッ!!」
ファラオ店長は身体が軽くなっているのを感じ、ギルティアの狙いを理解する。
ギルティアは、時空震ブレスを剣戟によって拡散し、敵の震動波を掻き消したのだ。
ファラオ店長は、巨人型の異形に向けて二本の包丁を投げつける。
包丁は、巨人型の異形の両肩に突き刺さった。
更に、中華包丁を持って巨人型の異形に見事な斬り上げを叩き込む。
そのまま中華包丁を放し、巨人型の異形の肩に刺さっていた二本の包丁を引き抜き、異形を十字に斬りつける。
斬りざまに包丁を放し、包丁は二本とも地面に突き刺さる。
「これで…!!」
落ちてきた中華包丁を掴む。
「一丁上がりだ!!」
ファラオ店長はそのまま中華包丁の勢いを殺さずに、
巨人型の異形を袈裟斬りに一刀両断して、その場所から飛び退く。
「ルーク!今です!!」
吹っ飛ばされたギルティアが、着地して叫ぶ。
「…了解した!成る程な…これならば邪魔されるまい!!」
ルークが、時空震ブレスで巨人型の異形をバラバラに吹き飛ばした。
周囲で再生を始めていた異形の動きが、ピタリと止まる。
「やりました、か…?」
ギルティアが、ファラオ店長の下に駆け寄る。
「無茶しやがって…だが、流石だな、嬢ちゃん」
ファラオ店長が、そう言って笑う。ルークも、そこに飛んでくる。
「…一応、私自身の身体を完全に修復するのに必要な根源的エネルギーの量を、
大きく上回る量の根源的エネルギーを手に入れる事が出来ました。
この調子で行けば、エルヴズユンデの修復が可能になるのもそう遠くありません」
「良かったじゃねえか!」
ファラオ店長が喜ぶ。
「ええ、これも皆さんの協力の…」
ギルティアが、おかげですと言いかけた所で、周囲の異変に気付く。
ピタリと動きを止めていた異形達が、ボロボロと崩れていく。
そして、その破片が、先程時空震ブレスの直撃を受けて吹き飛んだ巨人型の異形の場所に集まっていく。
「何が起こっている…!?」
ルークが静かに呟く。
「まさか…!!」
先程の巨人型の異形の核と思しき光球が、吹き飛んだ異形の骸の中から浮かび上がる。
その光の表面からも、夥しい人の顔が浮き出ている。
それを中心に、異形達の破片がどんどん集まっていく。
「…ありえない!異形が異形を食らうならばともかく、こんな事が…!?」
そして、それはどんどん巨大になり、最後には、一体の巨大な異形の姿を形成した。
その姿は、四つん這いの巨人のようだ。
長い間異形と戦ってきたギルティアでも、このような事は前例が無かった。
まさに『異常』な事だったのだ。
「…ここは、我に任せよ!」
ルークが光に包まれ、巨大化する。
「ルーク、敵の強さが全くの未知数です!持ちうる全力を持って一気に決着をつけてください!!」
「了解した!!」
ルークが、巨大な異形に向け、突進した…。
続く




