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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
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Act.Final 永き夜が明ける時

 光の届かぬ暗闇の底、悲しみが荒れ狂う場所で、ギルティアは、ただ、泣いていた…。

 いや、ずっと、泣き続けていたのかもしれない…。


 ギルティアが、手を伸ばす。


 全てが真っ暗な中、何を求めて手を伸ばしたのか、自分でも、分からなかった。

 ただ、自らが消滅する瞬間が、刻一刻と近づいている、それだけは分かった。


「…何とか、何とかしなければ…!!」


 ギルティアは、押し寄せる感情に抵抗しようと、もう一度手を伸ばす。

 剣に手が届けば、機体を動かす事ができれば、まだ、自分は最後の賭けに出る事が出来る。

 しかし、目の前の暗闇は何処までも暗闇で、剣は、何処にも見えない。機体も、反応がない。


 心細い。どうしようもなく、心細かった。


 力が無ければ、戦えなければ、与えられた使命が無ければ、ギルティアはただの心優しい少女に過ぎない。


「…辛いよ…寂しいよ…」


 ギルティアの口を突いて出たそれは、ギルティアが今まで、そう、羨望を抑えきれなくなって暴走した時にすらずっと抑え込んできた、一人の少女としての彼女の本心だった。


 ギルティアはその気持ちをずっと心の奥底に封じ込めてきた。


 幸せそうな皆の笑顔は、ギルティアの使命の大切さを再確認させると同時に、ギルティア自身を、より深い絶望の底へと押しやってきた。


 ギルティア自身は、その温もりの中にいることは許されない。

 皆が笑顔になれば、また別な誰かの笑顔を取り戻すために、ギルティアは飛び立たねばならないのだから…。


 ギルティアが悲しめば、皆は笑ってはいられないだろう。

 だから、ギルティアは笑っていなければならなかった。皆の幸せを、共に喜ばなければならなかった。


「泣きたいよ…誰かの胸の中で…思い切り泣きたいよ…」


 助けを叫ぶ事も出来ない。

 それが皆に残すのは、己が無力感だけ、誰かがギルティアを救える訳ではない。


「誰も…私を救えない…私は…結局…一人ぼっち…」


 事実、ギルティア自身、その絶望を受け入れ、いつもその絶望と共に生きてきた。

 自身の救いへの希望を持たずに、ただ、皆の幸せだけを願って戦い続けてきた。


 ギルティアは、自身の救いを、希望を望む心を、何処までも拒絶して生きてきた。

 それを受け入てしまえば、自身の足取りが重くなる。その重さは、直接、犠牲に繋がる。


「私だって…救われたい…幸せに…なりたい…」


 それは本来、拒絶できる訳も無いものだった。

 しかし、それでも、ギルティアは、必死にそれを抑え付け、ずっとその状態で耐え続けてきた。

 何度も抑え切れなくなりかけながら、流れ出る涙を振り払いながら、ギルティアは歩き続けた。


 ギルティアにとって、使命を果たす事で守られる皆の笑顔は、そこまで尊いものだったのだから…。


 しかし、今、ギルティアの使命への執着を増幅していた異形部分が、崩壊を続けている。

 その結果生まれた心の隙間から、今までギルティアが抑え、拒絶し続けてきた感情が爆発したのだ。


 ギルティアは、今も必死にそれを抑え込もうとしていた。

 しかし、流れ出した涙と同じく、その感情の渦は、止める事が出来なかったのだ…。



   Act.Final 永き夜が明ける時



 ライズは、機能を停止したエルヴズユンデを見下ろしていた。

「機体が戦闘不能になるには、まだ早いな…」

 ライズが、成る程、と頷く。

「…無茶の代償で、精神のバランスを崩したか。無理も無い…汝は、鍵すらも耐えられないような旅路を続けてきたのだからな。

 もう休め…汝は十分に戦った、誰も汝を咎める事など出来ぬ」

 ライズは、静かに呟く。しかし、ライズは、宇宙群の書き換えが未だに再開されていない事に気付く。

「…大した娘だ…」

 ライズが感心する。そう、エルヴズユンデが…ギルティアが先程展開したブロックが、エルヴズユンデが機能を停止した今も未だに破れずにいたのだ…。


 力が、決定的に足りない。心に渦巻く悲しみを祓うには、力が足りない。

「…もう、駄目だというのですか…」

 もう良いか、という言葉が、ギルティアの脳裏をよぎる。

「私は…皆を守りたい…まだ、やり残した事が…」

 やり残した事がある、と、ギルティアは脳裏に浮かんだ言葉を拒絶する言葉を続けようとする。

 だが、これ以上、一体、何が出来るのか。ギルティア自身にも、分からなかった。

 誰の救いの手も、ギルティアには届かない…そんな事、分かっていた筈ではないか。

 ギルティアは、今も一人ぼっちだった。もはや、今のギルティアには、何も残っていないのだ。

「もう…私には…何も…」

 いっそこの感情を受け入れ、このまま消えてしまえれば、とも思う。

「皆…ごめんなさい…私は…私の翼は…もう…」

 ギルティアは、静かに、瞳を閉じる。

「…皆を…守ってあげられそうに…ありません…」

 悲しさ、寂しさに、悔しさが上乗せされる。

「…私は…何の為に、生まれてきたの…?」

 ギルティアは何故生まれたのか。何故、使命への執着が増幅されてしまったのか。

 ギルティアは、最後に、それだけが知りたいな、と、思った…。


 ふと、ギルティアの手に、何かが触れる。

「…?」

 触れたものを、ギルティアは手に取る。

「これは…」

 今まで、ギルティアは日記を書き続けてきた。それは、自らの使命の再確認の意味を持っていた。

 ギルティアは、その鍵を開ける。沢山の戦いと、沢山の救いの記録。守れた皆の笑顔、沢山のハッピーエンド。

 ギルティアが、自分に救いが無くても良いと感じるほどに尊かったものだ。たくさんの出会いと別れの果てに、今、ギルティアはここにいる。

 確かに、辛く、寂しかった。しかし、同時に、その一つ一つの出会いと別れが、限りなく愛しかった。

 それは、ギルティアが今いるこの宇宙群の事だけではなかった。しかし、この宇宙群に来てから、それらにも増して随分と楽しかったな、と、ギルティアは思い出す。

「…え…?」

 ギルティア自身にも、予想外の事が起こった。

 こんなにも悲しいのに、こんなにも寂しいのに、ただ、旅の記録に軽く目を通しただけで、少しだけ、力が湧いた。

「…何故…」

 ギルティアにも、その理由は分からなかった。

 しかし、旅の始まりの、そう、日記の一番最初に書いた言葉を見て、ギルティアは頷く。


『きっと、宛ての無い孤独な旅になるでしょう。しかし、それでも構いません…さぁ、探しに行きましょう…。

 私が誰かの役に立てる場所は、きっとどこかにある筈だから…。』


 …そう、ギルティアは、誰かに必要とされる事を望んだ。そう、ギルティアはただ、誰かの役に立ちたかっただけなのだ。

「…ああ…そういう、事だったのですか…」

 ギルティアは、微かに笑ってしまった。ああ、こんなにも単純な話だったのか、と。

 異形が増幅したのは、誰かの役に立ちたい、誰かの為に何かがしたいという、ギルティア自身の『優しさ』だったのだ。

 空間に残留した、かつて在りし鍵の『力』…しかし、その『力』は、誰かの役に立つ為の、そう、ただその為の力だった。

 ギルティアが生まれた時、ギルティアの故郷の宇宙群は混迷の真っ只中だった。

 ただ漂うだけだった『力』が、鍵としての姿、ギルティアという存在を成したのは、その為だ。

 『力』はただ、苦しむ皆の為に何かがしたかった。

 その優しさこそが、ギルティア=ループリングという存在の、そして、彼女の持つ力の、本質だったのだ…。

「私は、ただ…皆の、役に立ちたかった…ただ、それだけ…」

 今、ギルティアは、悲しみに、涙に飲まれかけている。しかし、ギルティアは、日記の記録を読んで、確信する。

「…私は、皆の役に立つ為にここまで来た…そして今、私は、皆に必要とされている。

 ならば、この悲しみに呑まれて消えるとしても…それは、全てが終わってからです」

 身を起こすだけの力が、戻った。ギルティアが身を起こし、眼前の暗闇を、荒れ狂う悲しみを睨む。

「誰かの役に立ちたい…誰かの笑顔を守りたい…それが私の願い…私は、最後まで皆の役に立ちたい…!!」

 その言葉と同時に、エルヴズユンデの左腕が消し飛ばされたと同時に崩壊したはずの、ギルティアの左腕があった場所に光が宿る。

「それが…亡霊の…私、過ちの鍵ギルティア=ループリングの…その誕生の瞬間から変わらぬ本当の願いです!!」

 その言葉と同時に、ギルティアの左腕のあった場所に宿った光が、周囲の闇をかき消す。

 剣は、ギルティアのすぐ目の前にあった…。


 ライズが、エルヴズユンデに向けて次元昇華を構える。

「これで、終わりにしよう…これで、汝の永き旅路は終わる…!」

 次元昇華の閃光がエルヴズユンデに向けて解き放たれようとした、その直後、だった。

「まだ…終わりではありません!!」

 行動不能に陥るほど消耗していたはずのギルティアの、力強い声が響く。

「なっ…!?」

 そして、ギルティアの言葉に続くようにエルヴズユンデの目に再び光が宿る。

 エルヴズユンデの、ギルティアの翼が、強く羽ばたく。

「はああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!!!」

 消滅した筈のエルヴズユンデの左腕に、紅の光が集まる。紅の光が腕の形を成す。

 同時に、ギルティアの姿が、旅を続けてきた頃の服に戻る。

 ギルティア自身の左腕は、異形の爪の姿ではなく、人としての腕の姿だった。

 そして、その左手には、日記が、決して手から離れないように、しっかりと携えられていた。

 今まで異形の力で抑えてきた沢山の悲しみは、たくさんの旅の思い出によって、今一度抑え込まれていた。

 しかし、それでも、ギルティア自身の崩壊は刻一刻と進んでいる。

「最後に…まだ、やるべき事が残っています…ライズ…私は、負けません!!」

 時間は、本当に残り少なかった。しかし、今、ギルティアには、唯一の勝算があった。

 エルヴズユンデが、ライズめがけて突進する。

「ぬうっ…!」

 次元昇華を撃とうとしていたライズに、エルヴズユンデの体当たりが決まる。

 ライズが大きくバランスを崩し、発射寸前の状態だった次元昇華が明後日の方へ解き放たれる。

「汝は…本当に…」

 ライズは微かに笑うと、崩されたバランスを強引に修正する。

「…良かろう!最期の瞬間まで付き合ってやろうぞ…来い!!」

 剣と剣が斬り結ぶ。

「はああああああああああああああああああああああああああーっ!!!!」

 エルヴズユンデが力で押し勝つ。

「何ッ!?」

「あなたは生き延びねばならない…生き延びる為には、限界があります…しかし…もう…私に限界などありません」

 …既に、手遅れなのだから。エルヴズユンデの機体各部から、エネルギーが漏れ出していた。

 ギルティアは、自身が普通の戦いで耐えられるエネルギーを遥かに越えたエネルギーを、一気に使用していた…いや、使用できていたのだ。

 それが、既に手遅れとなった現状がギルティアにもたらした、奇跡だった。

「成る程…己が消えようとも、余を倒せれば、汝の勝利というわけか…汝は…そこまで…だが…負けぬぞ…!!」

 ライズが、咆哮する。

「ライジング・サン!!」

 無数の閃光の竜が、エルヴズユンデに襲い掛かる。

「はあああああああーっ!!!」

 エルヴズユンデが、閃光で形成された左腕の爪を振る。五本の光条が、閃光の竜を掻き裂く。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!」

 ライズの突進が決まる。

「く、あっ…!!」

 エルヴズユンデが、吹き飛ばされる。

「そこだ!次元昇華ァァァァァァァァァァ!!!!」

「まだ!!」

 エルヴズユンデが、それを回避し、ブラスターを放つ。

「効かぬ!!」

 ライズが展開した創壁が、それを防ぐ。

「クライング・フェザー…ブレェェェェェェェェェェイクッ!!!!」

 ブラスターに続き、紅の光の矢が、ライズへと襲い掛かる。

「ぬぅんっ!!」

 ライズの羽ばたきが発生させた爆風が、光の矢を着弾前に爆散させる。

 爆風を突き破って、エルヴズユンデが剣を叩き込む。ライズはそれを受け止め、微かに笑った。

「そうだ…余の願いは、簡単に成就してはならぬもの…沢山の命を奪って初めて成就するもの。

 汝と戦う事は、その重さを思い出させてくれる…そう、だからこそ、余は、汝を越えて行かなければならんのだ!!」

 ライズの周囲に、再び光弾が展開される。

「ライジング…!」

「そうは、させません!!」

「…!!」

 エルヴズユンデが、左腕の爪を、ライズの胸部に叩き込む。しかし、ライズは、攻撃を中断しなかった。

「…サン!!!」

 閃光の竜が、エルヴズユンデに喰らいつく。

「ぐ…その、程度!!」

 エルヴズユンデは、そのまま爪から光条を放つ。

「ぬぅ…!!」

 ライズの胸部に爆発が発生し、ライズが仰け反る。

「はああああああああああああーっ!!!」

 剣が、爆発ごとライズの胸部を斬る。

「ぬおっ…!」

 ライズが、地面に落下する。

「ぐぐ…ぬぅ…こんな事で…余は…立ち止まってはおれぬ…!!

 どれだけ…どれだけの傷を、罪を背負おうとも、あの涙…もう、二度と…もう二度とは…!!!」

 …流させはしない。ライズが起き上がり、咆哮する。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!!」

 飛び立ったライズが、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。エルヴズユンデがそれを受け止めるが、振り下ろされたその勢いのまま、地面へと突っ込む。

「ぐ、はっ…!!」

「誰もが…笑い合える…そんな未来をつくる…エイリィが…泣く事無く、笑っていられる…そんな宇宙群を生み出す…!!

 それが…余の…曙光竜ライズの…唯一つの願いだ!!!」

 エルヴズユンデを地面に叩きつけての、次元昇華。

「次元…!!」

 しかし、エルヴズユンデは、次元昇華のエネルギーが収束する、その瞬間を突いた。

「はあああああああああああああああああああああああああああああーっ!!!!!」

 エルヴズユンデの左腕に、アトネメントプライの際のエネルギーすらも大幅に上回る、凄まじいエネルギーが集中する。

 振るわれた爪は、凄まじいエネルギーの奔流で、ライズを遥か空中へと吹き飛ばす。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!?」

 エネルギーの奔流は、そのままライズの四肢を縛する。

「何ッ!?」

「あなたの願いの重さ、その覚悟は…私にも分かります。だから…だからこそ、私はこの身を…いえ、この心を挺したのです…!!」

 心は、身体より、命よりも重いものだ。そして、今、ギルティアは、文字通り、自らの心を挺して戦っていた。

「…それでも、私は皆を守りたかった。皆の役に、立ちたかった…それが、私の使命…!!」

 エルヴズユンデの剣に、異常なほどに膨大なエネルギーが集まる。

「…そして…」

 エルヴズユンデの機体各部からのエネルギー漏洩が、更に酷くなる。

「…それを願ったのが、『私』です!!」

 エルヴズユンデが羽ばたく。

「だから…!!」

 エルヴズユンデが、四肢を封じられたライズへ猛然と突進する。グランディオスのプログラムがあれば、異形の再生能力は封じられる。

 その状態で、限界を超えたエネルギーを集束したバルムヘルツィヒカイトを、ライズの核に叩き込む。そうすれば、いくらライズといえど、確実に倒す事が出来る。

「…ライズ、これで最後にします!!」

「まだだ…!!」

 ライズは、渾身の力を振り絞る。左腕の拘束が、破壊される。

「次元…昇華ァァァァァァァァァ!!!!」

 ライズが放つ次元昇華が、まるで雨のようにエルヴズユンデへと降り注ぐ。エルヴズユンデは、それをひたすら回避する。

 しかし、数が多すぎる。一撃が、エルヴズユンデに直撃する。

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!」

 エルヴズユンデが、左腕の爪で、それを止める。しかし、エネルギーは拡散し、容赦なくエルヴズユンデの各部を焼く。

 機体核にも、エネルギーは降り注ぐ。ギルティア自身の鎧も、服も、ボロボロになっていく。

 しかしそれでも、その左手に携えられた日記が手放される事は無かった。

「これが、私の願い…私の心…全てを受けて、今一度、眠りに就きなさい!!!」

 エルヴズユンデから漏洩していたエネルギーが、エルヴズユンデを飲み込む。

 漏洩したエネルギーを纏って突進するその様は、まるで、一筋の紅の閃光のようだった…。

「最後の瞬間まで…余は諦めはせぬ!!」

 次元昇華を放ちながら、ライズは足掻く。

「こんな事で、あの時の皆の無念が、この夜に残りし悲しみが、晴らせるものかァァァァァァァァァァ!!!!」

 ライズの咆哮。同時に、ライズの四肢の拘束が解ける。

「最後の勝負だ!心優しき異形の鍵よ!それぞれの望む、笑顔の為に!!」

 ライズが、エルヴズユンデに向けて、あらん限りの力を込めた剣を振りかざす。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!!!!!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!!」


沢山の思い出が、皆の願いが、託された想いが、交錯する。


「…ライズ様、ありがとう。けど…もう、十分…私達は…その想いだけで、十分だから…」


「エイリィ…!?」


 一撃が交差する直前、確かに、ライズは、エイリィの声を聞いた。

 ライズの一撃が、遅れる。次の瞬間、ライズの胸部を、エルヴズユンデの一撃が、ぶち抜いていた。


 一瞬の、静寂。

「…汝に、問う。汝にとって、今のこの宇宙群は、命を、否、心を犠牲にするほどに、価値があるものだったのか…?」

 ライズが、静かに問う。

「…ええ、そう、私が、人に羨望を抱いてしまうほどに、ね…」

 ギルティアは、微笑んだ。

「そうか…成る程な…どうやら、余の、負けらしい…」

 胸部の核を撃ち抜かれたライズが落下し、エルヴズユンデは、突進の加速で空へと昇りながら、爆散していく。


 爆散していくエルヴズユンデの核が、更に空へと昇っていく。


 エルヴズユンデの核が砕け散り、ギルティアの翼が散っていく。羽根が完全に散ると、ギルティアの首元の、紅の宝石が砕け散る。

 そして、ギルティアは、散った羽根が放った紅の光に包まれながら、静かに、地面へと落ちていった…。


 ライズが、地面に叩きつけられる。

「…余の、願いは…余のしてきた事は…無駄、だったのか…?」

 ライズが、静かに呟く。

「無駄じゃ、無いよ」

 聞き覚えのある声。ライズが目を向けると、そこにいるはずの無い少女が、そこに立っていた。

 それは、ライズの願いが生み出した幻影だったのか、それとも、この宇宙群に遺された想いが形を成したものだったのかは分からない。

 しかし、確かに、彼女は、そこにいたのだ。

「エイリィ…」

「ライズ様の願いは、あの時代の人々の耳には届かなかったかもしれない。けど、その願いは、この宇宙群に確かに生きてた…。

 だから、私達が生きたこの世界は生まれて、今も、あの人があそこまで守りたいと思うような宇宙群になった…。

 だから…ライズ様の願いは…無駄じゃ、無いよ」

 エイリィは、微笑んでいた。

「そうか…確かにな…余が、この宇宙群を造らねば、汝らにも会えず、彼女が、それを守ろうと余と対峙する事も無かった…か。

 余もまた、汝らの笑顔が、そして、皆の笑顔が見たかった…彼女と、同じか…」

「…皆、待ってるよ。ライズ様が来たら、今度こそ、収穫祭だね♪」

 その言葉に、ライズは、微笑んだ。

「ああ…そうだな。エイリィ…また微笑んでくれて、ありがとう…」

「うん!」

 いないはずの少女は、微笑んだまま、光に消えた…。


 ギルティアは、ゆっくりと花畑に落ちる。

「…終わった…の、ですね…」

「…エイリィが、余に言ったよ…もう十分だ、と。余の戦いは…無駄ではなかった、と」

 ライズの言葉に、ギルティアは微笑む。

「…そう、ですか…」

 ふと、ギルティアが見ると、地平線が、わずかに明るくなっている。

「これは…」

 ライズの力無き今、書き換えが宇宙群に波及する事はない。しかし、この世界に充満する根源的エネルギーは、復元されたこの世界の時間を、再び動かすに十分だった…。

 間もなく、この世界には、夜明けが訪れるだろう。

「ライズ、私も、あなたの戦いは無駄ではなかったと思いますよ…少なくとも、あなたの戦いが無ければ、この世界に再び『夜明け』は訪れなかったでしょう」

「そう、だな…」

「…この世界だけは…もう二度と、荒らしてもらいたくないものです…」

 ギルティアは、次第に明るくなる空を眺めながら、静かに呟いた…。


 一方、世界の外では、エネルギー放出の拡大を抑えていた紅い鎖が解けていた…。

「鎖が…!!」

「お姉ちゃん…お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーんッ!!!!!」

 離脱を続けるズィルヴァンシュピスの中で、イセリナが絶叫する。

「く…これで、この宇宙群も終わりかよ…!!」

 ファラオ店長が、愕然とする。しかし、様子がおかしい。

「これは…まさか…!!」

 アルフレッドが、計器類を確認し、驚愕する。エネルギー放出の拡大は、完全に停止していた…。

「お嬢ちゃん…やったのか…?」

 しかし、エルヴズユンデの反応がない。応答も、無かった。それは、ギルティア自身もまた力尽きた事を、意味していた。

「…お姉ちゃん!応答してよ…この宇宙群の未来が守られたって…お姉ちゃんがいなかったら…私、寂しいよ…!!」

 イセリナが、艦橋のガラスに頭を叩きつけて、泣く。

「本気で相討ちに持ち込んだか…見事だ」

 レディオスが、静かに呟く。その冷静な言葉とは裏腹に、レディオスの目からは、涙が流れていた。

「…お嬢ちゃん…お主は、最後まで…お主が、鍵ではない?否、わしらにとって、この宇宙群の真の鍵はお主だ…」

「ああ、そうだとも…フルメタルコロッセオの時に『聖女』なんて呼ばれてたが…全くもって、その通りだったぜ…」

 シリウスと藤木も、静かに涙を流していた。その場にいる皆が、泣いていた…。


 ギルティアは、自身の核の停止が近い事を、理解していた。意識も、徐々に朦朧としてきている。

 最後に、日記を書きたい、ギルティアは、そう思った。ギルティアが、今も左手にあった日記を、開く。

「それは…?」

「…私が旅を始めたときから、ずっと書き続けてきた、私の日記です。悲しみに飲み込まれかけた私の心に…最後の力をくれました」

 ギルティアは、日記を書き始める。

「そうか…汝を支えたのは、その大切な思い出だったのだな…」

 その言葉に、ギルティアは笑った。

「…あなたと、同じですよ」

「ああ、違いない…」

 そして、最後の日記を書き終えたギルティアは、満足そうに頷く。

「…これで、安心して、眠れます」

 抑えが外れた悲しみが、再びギルティアを飲み込む。しかし、その悲しみは、先ほどとは違い、不思議と温かかった。

 ギルティアの目からは、涙がこぼれていた。しかし、ギルティアは、心から微笑んでいた…。


「夜明けの前に、私は眠らせて頂きますよ。私に、夜明けの光は似合いませんから…」


 ギルティアがそう言って、静かに目を閉じる。暫くすると、地平から太陽が昇り始める。

 そして、ライズは夜明けの光を静かに眺めていた。

「…余も、そう長くは持たんな。この余計な時間、どうしたものか…このまま、最期まで、朝日でも眺めているか…。

 …長らく、忘れていたよ…夜明けとは、我が名の通りの暁の光とは…こんなにも、暖かいものだったのだな…」

 ライズは、そう言って笑う。


「ギルティアよ…余の生み出した宇宙群を、こんなにも愛してくれて…本当に、ありがとう…」


 ライズは、目を閉じたギルティアに向けて、静かに呟いた…。


 そして、境界空間のズィルヴァンシュピスでは、皆が涙を流していた。

「お姉ちゃん…こんな終わり方…お姉ちゃんが望んでたとしても、嫌だよ…悲しいよ…寂しいよ…お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 イセリナは、声を限りに叫ぶ。その様子を、皆も、涙を流しながら見守っていた。

 …少しすると、空間の様子が変わりはじめる。

「これは…?」

 境界空間の遥か彼方から、光が登る。それは、インフィナイトの目的の為に集束したエネルギーが、徐々に宇宙群へと還元されていく光だった。

 その光は、夜明けの光と良く似ていた…そのように見えたのは、ギルティアとライズが起こした、最後の奇跡だったのかもしれない。

イセリナは、その光の彼方に、ギルティアの笑顔を見た気がした…。

「…お姉ちゃん…」

「この光は、本当の、夜明けの光なのかも知れんな…インフィナイトが望んだのも、お嬢ちゃんが望んだのも…この光だったのかも知れん」

 シリウスの言葉に、イセリナは無言で頷いた…。


 そして、目を閉じ、薄れ行く意識の中、ギルティアは最後に、静かに想いを紡いだ。



―…暖かい…。


 …私は、幸せ者です。

 ただの亡霊が、こんなにも沢山の思い出を抱いて、眠りにつけるのですから…。


 願わくば、私の命…私の心で、この宇宙群の悲しき過去の罪が、祓われん事を…。

 願わくば、この暖かな光が…決して再び、終らぬ夜に落ちぬ事を…。


 …おやすみなさい、皆さん…これからもずっと…幸せに…生き…て…―



 そして、ギルティアの意識は光の彼方へと消えていった…。



エピローグへ続く


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