Act.10 平穏と孤独
Act.10 平穏と孤独
「いらっしゃいませ!四名様でよろしいですね?」
ギルティアがファラオ店長に合流した次の日、ギルティアは既に店頭に立って手伝いをしていた。
「…なあ、嬢ちゃん…」
「はい?何でしょう、店長」
「何でその服を着たのか、という突っ込みは敢えてしない。
何故そんな服を、まるでこんな事もあろうかとと言わんばかりに持っている…?」
ギルティアが着ていたのは、紛れも無くメイド服だった。
ファラオ店長が突っ込みたくなるのも無理はない。そもそも、持っていたとしてもサイズが合わないだろう。
「…ああ、この服ですか?
私が料理の時に使っているエプロンドレスのサイズを調整していたら、いつの間にやら、こんな服になってしまいました…」
そう言ってギルティアは笑った。
「…嬢ちゃん、お前さん、器用なのか不器用なのか良く分からんなぁ…」
「ははは…私の旅は、今まで誰もあてに出来ませんでしたから…自分で何とかしている内に、身についてました」
「苦労してきたんだなぁ、嬢ちゃんも…さて、ツタンカー麺上がり!」
「了解です!」
ギルティアが、テーブルまで麺を運ぶ。
「次、三番テーブルからオーダー取って来てくれ!」
「了解です!」
ギルティアは、まさに鬼神の如き仕事ぶりを披露していた。
そして、そうこう仕事をしている内に、昼の営業が終了し、夜の屋台営業まで閉店する。
「おう、素晴らしいとしか言いようの無い働きぶりだな、嬢ちゃん」
「…お役に立てたようで幸いです」
ギルティアが笑う。
「…さて、仕込みやら何やらは俺じゃないと出来ねえ。嬢ちゃんはどっかで暇でも潰しててくれや」
「分かりました…行きましょう、ルーク」
「了解だ」
歩き出したギルティアの肩に、ルークが乗る。
店を出て、中心街の方へと歩き出す。
何も無い平穏な町。ギルティアにとってはそうあって欲しい場所、そして、ギルティア ―力を持った者― の存在意義が無い場所。
「何か不満そうだぞ?争い事でも起こって欲しいのか?」
ルークが尋ねる。ギルティアが、くすっと笑って答える。
「馬鹿な事を…平和であるに越した事はありませんよ」
「そうか?何処か不満そうに見えるのだが」
「そう、見えますか…」
ギルティアがうつむく。
「…そう、なのかもしれません…不謹慎ながら」
ギルティアが持つ力は自ら、そして宇宙群を保持する力、そして、立ち塞がる悪を滅する力。
それは、何も起こらない平穏な世界においては意味を持たないもの。
『鍵』はその平穏な世界を見守り、人々と共にあり、そして、その平穏を破壊するものを排除する。
本来は、そういう存在だ。
しかしギルティアは、かつて彼女が守るべき世界、そして見守るべき世界に拒絶された。
今、ギルティアには帰るべき場所も、行くべき場所も無い。あの宇宙群を出てからは、ただひたすらに戦って生きてきた。
「…こういう場所で、どうすれば良いのか、分からないのです」
力を持つものはその力を誰かの役に立てねばならない。
だから、自分の持つ力を使う必要が無い場所、自分の力を必要とされない場所で、どうすれば良いのか、彼女には分からなかった。
ふと、町並みを見回す。学生達が下校している。
「…やれやれ、一体、何なのでしょうね…この寂しさは」
ギルティアが、寂しげに呟く。今までも、何度もそれを強引に心の奥に押し戻してきた。
「もしかして、貴公はああいう生活に憧れを抱いているのではないか…?」
その言葉に、ギルティアの胸が、ズキン、と痛む。
「憧れ、ですか…無いと言えば、嘘になるのかもしれません。
しかし、叶わない憧れなど、ただ邪魔になるだけですよ」
それに、とギルティアは続ける。
「…結局の所、私には戦う方が性に合っていますから」
「とことんまで、貧乏くじを引く体質なのだな、貴公は…」
ルークが、ため息をついて笑う。
「覚悟の、上ですよ」
ギルティアが、再び歩き出す。
「しかし、本当、どうするのだ?このまま宛てなく歩くつもりか?」
「うーん…確かに、このまま歩いていても何も意味はありませんよね…。
…では、久しぶりに服を買い集めておきましょうか。暫くは、この姿のままでいなければならないようですからね…。」
ギルティアは、色々な服を買い揃えて店に戻ってきた。
「おお、思ったより早く戻ってきたな、嬢ちゃん」
まだ仕込み途中のファラオ店長が出迎える。そして、ギルティアが持った凄まじい量の紙袋を見て、呟く。
「…随分買ってきたなぁ…」
「ええ、当分戻れそうにありませんし、私自身よりもエルヴズユンデの修復を優先しないといけません。
…エルヴズユンデの修復が終わってからも暫くはこの姿から戻れないと思われます」
ギルティアが苦笑する。
「店長、何か手伝える事は?」
「無いな…向こうで寝てろ。今夜は貫徹になりそうだ」
確かに、ファラオ店長の仕事振りは、幾らギルティアといえど入り込める余地は無かった。
「…店長はいつ寝ておられるのですか?」
ギルティアが、ふと尋ねる。
「あ?ああ、短い時間、十分、十五分くらいの仮眠を一日のあちこちに入れてる。
…まぁ、定休日は一日中ぐっすりだがな」
「成る程…では、お言葉に甘えて少し休ませて頂きます」
「お、おい、まさか我を…むぎゅ」
ギルティアが、ルークを枕代わりに寝始める。
「貴公…我は、クッションではないのだがなぁ…まぁ、良かろう」
寝息を立てるギルティアの頭の下で、ルークは静かに呟いた…。
そして、すっかり日は落ち、見事な月が、夜空に浮かぶ。
「…さて、営業開始だ…行くぜ、嬢ちゃん!」
「ええ!行きましょう、ルーク!」
「了解した!」
ファラオ店長が屋台を引き始め、また先程のメイド服に着替えたギルティアと、その肩に乗ったルークがそれに続く。
「…時に、ギルティアよ、落ちた身体能力で異形との戦いは若干不利だ、貴公は援護に徹しろ」
唐突にルークが言う。
「冗談でしょう?身体能力が多少落ちたところで、この私が異形風情に遅れを取るなど、あり得ません」
ギルティアが、ニヤリと笑う。
「心配は無用か…なら良い」
「俺の屋台巡航ルートは異形出現の可能性が在る地点から結構近い場所を周回するんでな、
…場所に着いたらまず近場の地点に行ってみな」
「了解です」
どうやら、屋台の巡回ルートは異形の行動の監視もかねているらしい。
ファラオ店長の配慮と機転に、ギルティアは感心していた。
他の世界、宇宙などでも、店長の巡回ルートは異形の出現を考慮に入れていたに違いない。
そして、恐らく自分のように異形を掃討している旅人は少なく無いだろう。
そして何より、同じように行動している者がいる事は、自分に与えられた使命が間違っていない事の証明だ。
…しかし、ここで疑問が生まれる。この宇宙群の鍵は一体何をやっているのか。
本来、鍵の使命は宇宙群を、その属する世界、宇宙を守護する事だ。
であれば、世界にとってあからさまに害となる異形は最優先の駆逐対象なのは間違いない。
鍵の持つ能力を考えるに、以前この宇宙を訪れた時や、他の宇宙を訪れた時の異形の数は明らかにおかしい。
まるで、鍵として活動しているのはギルティアだけのようだった。
だからこそ、ギルティアは異形討伐を終えてもまだ、この宇宙群を後にする気になれなかったのだ。
…ギルティアと同じように必要とされる場所を求めて別の宇宙群へと出て行ったのだろうか、
否、それならばギルティア自身の活動もここまで自由に出来る訳がない。
そう考えると、ギルティアは自分でも何故か理由は分からないが不愉快な気分になってきた。
「ん?何か不機嫌そうな表情だな、嬢ちゃん」
「え?ああ…この宇宙群の鍵は一体何をやっているのでしょうか、と思いまして…」
屋台を引きながら、ギルティアが言う。
「鍵、確か宇宙群の化身にして、防衛存在だったよな?」
「はい、私を含め、宇宙群そのものが生み出した、いわば免疫とも言える生命体です」
「嬢ちゃんを見てれば分かるが、鍵ってのは人間と同じように心を持った生命体なんだな?」
「もちろん、その通りです」
ギルティアのその答えに、ファラオ店長は頷き、暫く考えてから答える。
「…嬢ちゃんのように、孤独に耐え続けて戦い続けられる強い心を持っているなら良いが、
人間、そう強い奴は多くない…鍵も、そうなのかもしれないぜ?」
「…どういう意味ですか?」
「戦いから逃げてるんじゃないかって事さ…。
…嬢ちゃんほど強い奴じゃなけりゃ、そんな重すぎる使命、逃げたくもなるだろうよ」
ファラオ店長が、そう言って笑う。
「…逃げたくなるような、使命なのでしょうか、この使命は。
皆の笑顔を守れる、その使命と力を与えられた事は、そんなにも辛い事なのでしょうか…?」
ギルティアが、少し悲しげな顔で尋ねる。
「…もしかすると、嬢ちゃん自身が悲しげな顔をしている事が、その問いへの答えかもしれないな…」
ファラオ店長が、静かに呟く。
「何故、私は悲しい表情をするのでしょうか…自分でも分からないのです…」
ギルティア自身も、その使命を守る事は自分の全てだと考えていた。
そして、皆の笑顔を守るという使命は最も正しく、その使命を果たせる事こそが自分の幸せだと考えていた。
そして、今もその考えには一切異論を挟む余地は無い。
しかし、それに反して、自身の心は平穏な世界、自分が人々の為に望んだ世界を見ると悲鳴を上げる。
ギルティアには、その理由がどうしても分からなかった。
「私は…」
「嬢ちゃん…まぁ…そうだよな…。
嬢ちゃんは自分の事を顧みずにずっと戦ってきたんだ、分かるわけ無いだろうよ…」
それに、とファラオ店長は続ける。
「…別に無理して理解する必要も無いぜ。嬢ちゃんは、逃げるつもりは無いだろう?」
「ええ、当然の話です」
ギルティアが頷く。
「ま、嬢ちゃんがこの世界の鍵を見つけたら一発ブン殴る権利くらいはあるだろうよ。
逃げてるか逃げて無いかはともかく、嬢ちゃんの働きぶりを見てると、間違いなくこの世界の鍵がサボってるのは分かる」
ファラオ店長はそう言って笑う。
「…一発どころか、タコ殴りにしてやります。
もしこの世界の鍵が店長の言う通り逃げているというのなら、ね」
ギルティアは、ファラオ店長の笑顔に答え、凄まじく不気味な笑みを浮かべ、呟いた。
「はっはっは!そいつぁ怖ェな!」
ファラオ店長が、大笑いする。
「……」
ギルティアが、ファラオ店長の返答に自分の事を再確認したかのように、静かに頷く。
「…ギルティアよ、無理しすぎではないか?」
ルークが、苦笑しながらギルティアに言う。
「大丈夫、それが、私に課せられた宿命です」
ギルティアが、静かに、そして、はっきりと答える。
自分の心が幾ら原因不明の悲鳴を上げようが…そして、たとえ心が壊れてしまおうが、関係無い。
ただ、使命を果たすために、人々の笑顔を守るために戦えれば、
そう、圧倒的な力とそれを的確に扱える頭脳だけがあれば、それ以上、何も必要は無い。
その為に生まれたのだ、それ以上を望む事は許されない。
「…大丈夫、私は自分の使命から逃げたりはしません」
自分に言い聞かせるように呟き、笑う。
それは、悲鳴を上げる心を、いつも封じ込めている自分の奥深くに押し戻すかのようだった…今までと、同じように。
「強いな、貴公は」
「フフ、鍵の名は伊達じゃありませんから」
ギルティアは、そう言ってニヤリと笑った。
「…嬢ちゃん、まず一つ目のポイントに到着したぜ」
ファラオ店長が、屋台を止める。どうやら、最初の営業地点に到達したらしい。
「俺は取り敢えず客が来るのをここで待つ。
嬢ちゃんたちはまずはここから路地裏に入って数百メートル先の地点を探してみな」
「了解です、行きましょう、ルーク!」
「ああ!」
ギルティアは、ルークを肩に乗せたまま駆け出した…。
続く




