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6.E形式(後)

そのころ、都内某所――

とある小さなビルの一角。そこに組織の市街制圧拠点の支部があった。

制圧拠点とはいえ、そこに物騒な物は置かれていない。

一見してもじっくり見たとしても、そこは極ありきたりな事務所にしか見えないのだ。

なぜなら、彼らは表向き実にまっとうなボランティア団体だからである。

ボランティアとして街の美化活動を行い、警邏を行い、催し物の手伝いをし……。

そうやって徐々に信用を積み上げ、あるいは人材を発掘し、征服の機会を虎視眈々と狙っているのである。

そして、この日は恒例となった市内の美化活動の日なのであった。

だというのに。

いま、彼らの頂点に立つ大首領は行方をくらませていた。

『旅に出る! 探すな』

それだけを紙に書き残して。

そして、彼の書き置きを机の上に見つけた組織のNo.2であり、博士と呼ばれる女性は、その紙を握りしめわなわなと震え、一息に引きちぎった。

「あ、の、ひ、と、はああああぁぁぁぁ」

普段理知的で美しい顔は、今恐ろしいほどに歪んでいる。栗色の髪も逆立ちそうな勢いだ。般若の如きその顔は、見た者を震え上がらせるだろう。しかし。

「何をしている。もう時間だぞ」

何も気にせず無表情に声を掛けたのはNo.3であり、首領と号された男だ。

生真面目かつ実直な性格で、信義に厚い。顔には大きく斜めに横切る傷があるが、侍のような風貌がそれを当然のものとして調和させている。

「大首領はどうされた。すでに先に行ってしまったか?」

博士は無言で書き置きの残骸を首領に渡す。彼はそれですぐに合点した。

「居ないのではしょうがないな。博士、俺は先に行くぞ。遅れないようにしろ」

そう言って首領は出ていった。

博士も紙くずをゴミ箱に捨て、彼の後を追った。


旅に出る。それだけを書き残した男は今東京にいた。

ある計画の下見を兼ねて、素材を探しにきたのである。

ただし、この場合の素材は物ではない。

人だ。

狂っているようで、狂いきれていない。

そんな弱い人間だ。

(相も変わらず、面白い街だ)

誰もが急ぎ足で歩き、他者を気にしようとしない。

困った物が居ても見て見ぬふり。

自らに災禍が降りかからなければそれで良い。

実に利己的で身勝手で人間らしい者達の集まり。

そしてそれが利口なやり方だと皆が認めている。

だからこそ。

タキシードにシルクハットというあまりにも目立つ格好をした大首領でさえ、街中の一風景として無視される。

全く面白い街だった。

大首領は考える。

久しぶりに来たのだからせっかくなので遊ぼうと。

だから。

その日のそれは、全くの天災であったと言うしかない。

大首領は退屈だったのだ。


大首領は考える。

考えた末に、彼は秋葉原にやってきた。時刻はすでに5時を過ぎている。

そこの訳の環からなさに少し圧倒されつつ、街を歩く。

『オタク』という物の利用は一度もやっていない。

聞けば、『オタク』というのは少女に対してあらぬ欲望を抱くペドフィリアの一類系であるらしい。

それならば、亜紀の敵にするには都合が良かろう。

そう考えた末での行動だった。

しかし、彼の目から見て条件を満たすような物は一つもなかった。

当然と言えば当然。彼は『オタク』を人間ではないと思い、電気屋を巡っていたのだから。

だから、彼は考えた。

『オタク』が見つからないのであれば、それに近い形質を持つ人間を使おうと。

そう思いついたとき、タイミング良く向こうから変な顔をした、女らしき絵の描かれた服を着て歩く男が目についた。

太っていて、ニキビだらけの顔をした男だ。

「そこの君」

大首領はその男に声を掛けた。

「はっ? あんた何」

男は不快そうな顔をしている。警戒しているようだ。

「少女に興味はないかね?」

大首領の目が赤く輝いた。

そして、二人は何事もなかったかのように別れた。

大首領はそのまま駅へと向かった。


それは、夕暮れのことだ。

仕事も終わり、家路につく人々で駅が芋を洗うような混雑を迎える頃。

その日もいつものように人が溢れていた。

誰もが不平を持ちつつおとなしく待つ。

その中に彼はいた。虎視眈々と機会を覗っていた。

さすがに周囲の者達から注目を集めていたが、彼は気にしなかった。

やがて電車が駅に着き、たくさんの人を吐きだし、再び人を満載にして戸が閉まる。

ホームには乗り切れなかった人たちが見送る。

その乗り切れなかった彼らは、幸運だった。


ぎちぎちに人の詰まった満員電車の中。

(……きつい)

大首領も当然その中だ。押し潰されるように中間当たりの車両に乗っていた。

大首領は辺りを見回してみた。たくさんの人がいる。

無防備な人間が居る。

そのことがおかしくもあり、つまらなくもあった。

だから、気まぐれを彼は起こした。

「さて、殺そうか」

その一言で、大首領の周りにいた人が崩れ落ちた。

周囲の人たちは何が起こったのか分からず、唖然として破片に変わる人を見つめているだけだった。

滑稽だと思ったが、大首領はそんな彼らを笑わない。

列車が次の駅に着くまで3分ある。

それが、彼らにとって不幸なことだった。


殺戮が、始まった。


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