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5.E形式 (前)

岡本は書類とその人物とを懐かしそうに見比べていた。

「瀬宮巽。陰陽師」

念押し。必要はないが、立派になった後輩と共に働くというのは何やら感慨深いものがあった。

「御方様の御命令により派遣されました。本日より岡本一等特曹の指揮下に入ります」

彼女は敬礼した。慣れてないようで、どこかぎこちない。彼女は民間団体からの出向とも言えるので仕方ないことではある。

「そうか。よろしく頼む」

そこで岡本は懐かしそうに笑った。

「はっ」

巽はきまじめな顔を崩さない。その辺は昔から変わらない。

「もう少し肩の力抜いても構わないんじゃないか?」

「これは昔からの性分です」

巽。生真面目に。

「それにしても、これは例の御方の考えじゃないだろう」

例の御方。秘匿されてはいるが、皇家に連なる者で、この国の術師達は皆例の御方に忠誠を誓っている。本来岡本程度では知りようがない情報ではあるが、あるコネで知ることが出来たのだ。

「公爵が入れ知恵した、と聞きました」

公爵。冒涜者同盟日本支部の代表格である。日本支部には現在二人の公爵が居た。

「あの人か?」

「あの人です」

「まったく。あの千の公爵様は一体何を考えておられるのやら」

「あの人は何も考えていないんじゃないでしょうか」

「だよな」

お互いにため息。ふたりの顔には諦観の色が浮かんでいた。


亜紀が入院してから1週間が過ぎた。

なぜ亜紀が入院しているのかというと、あのピエロ襲撃の際に砕かれた鎖骨の治療のためだった。

俺は途中でリンゴを買って見舞いに行く。リンゴは病気に良いってよく言うし。

病室は個室。そこまで非道いのかと思って看護士さんに詳細を聞くと。

最初は6人部屋に居たのだが、同室の患者さん達の強い要望により個室に移されたのだそうだ。

……あいつ何やったんだ。

「亜紀、入るぞー」

「まだ入んな。入ったら殺す」

扉越しにも分かる殺気と怒気。これは確かに一緒にいたくない。でも移すほどのことなのか?

「へーい」

着替え中かなんかだろう。おとなしく廊下で待つ。

待つことしばし。その間に患者さんに絡まれたりしたが、まぁ特に非道い目に遭わなかったので良しとしよう。

「入って良いよ」

入る。亜紀はおとなしくベッドの上にいた。その上にはトレーニングウェアらしき服が投げ出されている。

「何やってたんだ?」

「体操。これ見ながら」

テレビを見れば、仮面を被った男がチェーンソーで男を切り裂くところだった。びしゃっと血が飛び散る。

「大丈夫なのかよ」

俺は聞いた。二重の意味を込めて。

「軽いのなら大丈夫だって」

残念ながらもう一つの方には答えてくれなかった。ま、改めて聞かなくてもこいつの答えは何となく分かる。

「好きなのか」

聞く。今度は単純に。

「練度維持のためだよ。退院するまで寝てりゃいい訳じゃないんだからね」

淡々と語る。子どもらしからぬ冷徹な口調だ。

「ご苦労様です。ジュースでも買ってきてやろうか」

呆れ半分、関心半分でそう言った。

「何も持たずに来たの?」

亜紀は俺の左手の先を見ていった。

「リンゴ持ってきたんだが」

そう言った瞬間、スイッチが切り替わったんじゃないかと思うほど、ぱっと顔を輝かせた。

「果物ナイフも当然あるよね!」

亜紀が弾んだ声を上げる。それはもう嬉しそうに。はしたないとでも思ったのか、顔を赤らめてすぐ恥ずかしげに顔を伏せた。そんなに刃物が好きなのか。

「持ってきたけど」

「やったぁ!」

俺がナイフを取り出すと、ものすごい勢いでひったくり、頬ずりし始めた。

あぶないなとは思ったが、サヤに入っているから大丈夫だろう。

「えーと、貸してくれるかな?」

「私から取り上げるの!?」

「リンゴの皮、むきたいんだけど」

「皮なんてむかなくて良いじゃん」

ナイフをぎゅうっと抱きしめる。潤んだ目で見上げるその様は、おもちゃを取り上げられないよう必死な子どもにしか見えない。実際子どもなんだが。

「そうは言うけど汁とか垂れるし、手もベトベトになるぞ」

「別に良いじゃん」

「布団に垂れたらいろいろ大変だぞ」

「むー」

子どもっぽくむくれる。亜紀の子どもらしいところを久しぶりに見た気がする。

いつもどこか落ち着き払って大人びた子だったからな。最近なんて特に。

「ほら。取り上げようって訳じゃないんだ。ちゃんと返すって」

本当は俺のだけどな。

「絶対?」

目に涙を溜めた亜紀がそう言う。って、そこまでか。そこまでナイフに執着するのか。

「絶対」

「じゃ、指切り」

うつむいて言って、おずおずと、恥ずかしそうに小指を差し出してくる。ナイフは持ったままで。

俺はその指に自分の指を絡め、約束した。

そこまでして亜紀はようやくナイフを渡してくれた。

なんだろう。何かだまされてる気がする。亜紀がこんなに可愛い事するはずがない。

俺は昨日の冷たい亜紀とのあまりのギャップに動揺した。

その動揺はずいぶん尾を引き、皮むきの途中でうっかり指先を切ってしまった。血が流れる。

それを見た亜紀はさらに驚く行動に出た。

俺の手を取り、傷を舐めた。

「え、ちょ、亜紀、何やってんだよ」

「えと、吸血」

消毒でなく?

そんなつっこみを口に出す気はない。

「亜紀、大丈夫か。何か悪い物でも食ったのか?」

「……えと、いま、何したの、私」

心底不思議そうに亜紀が俺に聞いてきた。

「指、舐めて……」

俺が答える前に自己完結。

真っ赤になったり真っ青になったり。がっくりと天を仰いだ。

「いくら何でもそこまで」

亜紀はそう言い残して放心状態。

俺は声を立てないように笑った。

その様子を察した亜紀はすぐに立ち直り、憮然として動かせる右で俺を思いっきりひっぱたいた。


その後、病院を出て携帯に電源を入れた。それを待ちかねたようにメールが着信。確認すると、岡本からの呼び出しだった。


岡本が指定してきたのは氷川神社にほど近い喫茶店だった。

店に入り、待ち合わせであることを告げるが、まだ来ていないとのこと。

店員さんに岡本が来たら教えてくれるように頼み、四人がけの席でとりあえずコーヒーを頼んで待つ。

それから十分ほどだろうか。

岡本が店に来た。一人ではなく、見知らぬ美女も一緒だった。純和風の顔立ちにそぐわないプラチナブロンドの髪が印象的だ。でも、岡本の連れだ。どうせオカルトがらみに違いない。

俺は手を挙げて岡本を呼んだ。

「おお、すまん。待たせたか?」

そう言いながら俺の向かいの席に座った。もう一人の美女はその横に。

「いや、ちょうどいいタイミングだ。で、そっちの子は?」

美女と最初は思ったが、こうして近くで見るとまだ高校生くらいのようで、美少女と呼んだ方がふさわしい。

「瀬宮家の者で、名を巽と申します。本日よりしばらくお付き合いいただくことになります」

そう言って一礼した。

「あ、どうも。矢部浩之です。よろしくお願いします」

俺も頭を下げる。

「これはご丁寧に、と」

岡本はにやついて言った。言いたいことは何となく分かる。どうせ巽に見とれたんだろ、とその顔は言っていた。

「で、もしかしてこれだけのために呼んだのか?」

「いや、いくつか渡す資料があったし、何かに巻き込まれてないか確認しようと思ってな」

巽、と短く呼びかけた。瀬宮さんは持っていたカバンの中から三冊の冊子を取り出して俺に渡してくれた。

一冊はある『組織』というボランティア団体の冊子。次のは表紙にでかでかと『公報夜会』と書かれている。最後の一つは大宮原市の地図だった。ただし、詳細な心霊スポット地図。何らかのランク別に色分けされた上に、ご丁寧に解説まで懇切丁寧に書かれていた。

『公報夜会』と心霊スポット地図は良いとして、ボランティア団体の冊子だけは気色が違う。

「岡本」

「説明いるか?」

瀬宮さんが無言で岡本の頭をぶん殴った。額でも割れたのか、血がテーブルに広がる。

「お、おい。岡本、大丈夫なのか」

「馬鹿に変わりまして説明させていただきます」

「いや、岡本は」

「まず公報はいいですね。次に心霊スポット地図に関してですが、開いていただけますか」

瀬宮さんは岡本を綺麗さっぱり無視して話を進める。

「夜会謹製の地図です。そこに書かれている場所は危険度別に色分けされておりますので」

そう言って彼女は地図の赤いマークの一つを指さした。

「赤は言うまでもありませんね。絶対に近づかないように」

次に黄色。それから青、緑、紫の順で指さした。

「黄色は注意。青は無害で、『緑が安全なネタ、紫が命がけのネタ』です」

「ネタって」

「夜会のやることのほぼ全てがノリと勢いです。気にしたないように」

瀬宮さんはその辺りは悟りきっているらしく、特に感情も滲ませずに言った。

「最後にボランティア団体の『組織』ですが」

「はい」

「当面の敵です」

「はっ?」

「鈴木亜紀から何か聞いていませんか」

「何一つ聞いてませんが。あいつ説明する気なさそうですし」

「そうですか。なら、説明しましょうか」

疑問系だが、拒否権がないのがありありと見える。

「お願いします」

彼女は短くうなずくと、説明を始めた。

「組織は世界征服をたくらんでいます」

「本気ですか」

「残念ですが」

彼女はにこりともしない。信じられないことに。

「その為に人さらいなどをして改造手術を施し手駒を増やしています」

あのピエロも改造実験の犠牲者だったそうだ。

「それが何でボランティア団体なんてやってるんです」

「意外に良い手ですよ。支持されない革命家集団なんて単なるテロ組織ですから」

「さすがに言い過ぎな気がしますけど」

「話を戻します」

現在組織は手駒が足りないため表の活動のみ行っているが、その裏で人体実験や人さらいを行っている、とのこと。その人体実験によって生み出されたのが亜紀だ。

「亜紀、やっぱり普通じゃないんですか」

「遺伝子レベルで改造を受けていると推定されています」

「まさか」

「組織の技術力のすごさは瞠目に値しますね」

「活動資金は」

「大首領の株取引です」

さらっととんでもなさをアピール。

「そんな凄い組織がどうして敵に。というか大首領?」

「組織のトップです。それはさておき」

瀬宮さんは一息ついて水を僅かに口に含んだ。じっくり染み渡らせるようにして飲み込むと、再び口を開いた。

「そもそもは鈴木亜紀の母親が組織の研究施設から脱走したことから始まります」

その言葉に俺は動揺した。あの希伯母さんが。

「亜紀は、どう関わってくるんですか?」

瀬宮さんはどこまでも冷静だ。

「彼女は一人の少女を研究所から連れ出しています」

「それが」

「鈴木亜紀。大首領の娘です」

「大首領の娘?」

「そうです」

「つまり、連れ戻そうとしてるんですか?」

瀬宮さんは軽くため息をついた。

「厄介なことに違うんですよ」

「どういうことです」

「自分に匹敵する化け物の精製。それが大首領の狙いです」

「……つまり、わざと逃がして鍛えている、と?」

「そうなりますね」

「いかれてる」

瀬宮さんは大きくため息。

「そうでもなければ世界征服なんてやらないと思います」

確かにそうだろう。

正直、ついていけないものを感じる。組織に賛同者が居ることにも驚きだった。

「さて、矢部さん」

改まって瀬宮さんが話を始めた。

「あなたにも協力していただきたいのですが」

「何をです」

俺は冷めたコーヒーを口に運んだ。苦く、そしてまずかった。


亜紀が退院した。ただ、病院にはリハビリの為しばらく通うことにはなる。

亜紀のお母さんは何かと忙しいとのことでオレが亜紀を迎えに行くことになった。

その時亜紀に俺がサポートにつくことを打ち明けたわけだが。

「で、矢部っちが何でサポートなんてしてんの」

第一声がそれだった。何の感情もこもってなく、勝手に決まったことでもなんだか俺が責められている気がしてくる。

「いや、いろいろあってな」

あの後、瀬宮さんから申しつけられたのは亜紀のサポートだった。気心知れた仲なんだからと言う理由らしい。

サポートと言っても戦闘になんて関われないのでやることは連絡係と健康チェックぐらいだ。

ついでに保護者代わり。ちなみに健康チェックと言っても大したことは出来ないので、機械を使って血圧なんかを定期的にチェックすのと、いざというときのための応急処置を行うくらいである。ちなみにマニュアルは亜紀の入院中に徹夜で叩き込まれた。どうやったのかは覚えていないが、必要なことは出来るようになっているので深く考えないことにしている。

「あっそ。早速発動してるね」

「え、マジかよ。これも力の影響?」

「巻き込まれてんじゃん。思いっきり」

……確かに。なんだか重いものが肩にのしかかったような感じだ。

「事故んないでね」

「ああ、わかってるよ……」

亜紀の気遣いが嬉しく思えた。その声音が事務的なものだったとしても。



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