4.D旧式(後)
俺は今警察署にいる。
あの後警察に投降(?)した亜紀は、当然のごとく連行され事情聴取を受けていた。
もちろん同行者で、事件の目撃者でもある俺も事情聴取を受け、今は亜紀の聴取が終わるのを待っていた。
「よお、久しぶり」
声の方を見やる。妙に疲れた顔の男。きれいに刈り上げられた頭が印象的だ。
久しぶり、と声をかけられたが、あいにくその男の顔と一致する知り合いが思いつかなかった。
「久しぶり、つーか誰」
「忘れたか。高校の時はいろいろ世話してやったのになぁ」
頭に軽く親指をあてて大きくため息。その仕草には見覚えがある。だが、
「すまん。ホントに思い出せない」
「岡本だよ。岡本隆」
名乗られてようやく誰だか分かった。高校時代の同級生で、元不良。むかつくことに逆玉にのりやがった野郎。
「懐かしいな。今は何やってんだ? 確か結婚したとか聞いたけど」
「こういう事してる」
岡本は警察手帳を俺に見せた。
「へえ」
「所属は超常課。オカルト関係、異能関連の仕事をしてる」
「あ?」
「亜紀に話聞いてたらお前が異能者だって言われたんでな。いろいろ確認にきた」
岡本は俺を地下の一室に案内した。
そこはさほど広い部屋でなく、片側の壁に寄せて会議室で使うような長机が一つと三脚の椅子が並べられていた。
長机の上にはノートパソコンが五台。天井には換気扇。それがこの部屋の全てのようだった。
「もしかして、ここが」
「そう、仕事場。何せ表向き存在しないわけで」
岡本は一番奥の椅子に座って俺に手前の椅子に座るように促す。
「なんか同情したくなるな」
「同情するなら金をくれ。ま、実際にゃ問題ないんだけどな」
俺が椅子に座るのを確認すると、岡本は口を開いた。
「まず、異能のことから説明するか。矢部、異能者ってどんな奴だと思う」
「どんな、って。……特別な奴、とかじゃないよな」
「いや、あってる」
あっさりと岡本は俺の言葉を肯定した。
「異能者は特別だ。一部の一級品限定だけどな」
「あ?」
「異能者つっても結構無駄な能力持ち多いわけよ」
「例えば」
「他人の顔見ただけでそいつが昨日何食ったかが分かる」
「それはギャグか」
「残念だが本当にいる」
岡本はやれやれと首を振る。
「よかったな。お前のはもうちょい特別で」
「嫌みかよ」
「仕事が増えそうだからな」
彼は悪びれもせず言う。
「それはさておき」
岡本は長机の下から二冊の冊子を取り出し、俺に手渡した。
「まず、こっちの世界に足を踏み入れなけりゃならない以上、これだけは知っておけ、てのを」
「なんだこりゃ。『入会案内』?」
渡された冊子にはどちらにも大きくそう書かれていた。片方は『夜会』、もう片方は『冒涜者同盟』というところの物だった。
「夜会はこの国の術師とかの寄り合い。冒涜者同盟は吸血鬼の組織だな」
岡本が補足。
「術師?」
夜会の案内を開いてみた。味も素っ気もなく、ゴシックフォントの文章だけで構成されていた。
「退魔師とも言うな。魔術師、陰陽師なんかが夜会の主な構成員だ」
「ほー。で、吸血鬼の方は」
俺は冒涜者同盟の入会案内を読みながら聞いた。こちらはなかなか凝っており、ゴシック風のデザインで作られていた。
「そのままだな。冒涜者同盟はその国の有力な吸血鬼だけで構成されてる」
「マジでいるのかよ」
俺は顔しかめた。
「ともかく、この二つの組織を頼ればトラブルに巻き込まれても、まあ、何とかしてくれる」
俺の言葉は口の端をゆがめるだけで流し、岡本はそう言った。
「警察はダメか」
「政令都市とか県庁所在地とか、一部の例外地域くらいでないと超常課はないからな」
「他はどうしてんだよ」
「それぞれ、有力な術師の家が守護してる。主に寺とか、神社みたいなところだよ」
岡本は憂鬱そうに言う。
「もしかして苦労してんか」
「かなり」
岡本はそう言うと、タバコを一本取り出した。
「で、冗談は終わりか」
正直、いきなり信じろと言われても少々無理がある。
「冗談じゃない。何なら証拠でも見せようか」
そう言って取り出したタバコをくわえ、その先に指先を触れさせ集中する。
《赤。燃えさかる。表すものは炎。我が指先にその姿表せ》
不可思議な言葉を短く唱える。岡本の指先に一瞬だけごく小さな火が灯った。タバコから、煙が上がる。
「手品か?」
「魔術だよ」
彼はタバコを吸う。
「つっても純粋な術師の血統じゃないからな。あんな程度しかできない」
タバコをくわえたままで淡々と告げる。
「今ので信じたか」
「信じねえって」
「そうか」
煙を吐く岡本。
無言。
ふと気になって岡本に聞いた。
「お前、仕事は」
「良いご身分なわけ。部下に任せてる」
「ああ、そうかい」
やはりまた沈黙。
岡本が携帯電話をとりだし、誰かと話している。相手が何を言っているのか聞き取れはしなかったが、岡本の口調がだんだんと険しくなっていくことから何かあったのであろう事は推測がついた。
やがて電話を終えると、岡本は立ち上がった。
「悪いな。急ぎの仕事が入った」
「いや、別にお構いなく」
俺は手を振った。正直これ以上かかわりたくない。
「なんかオカルトっぽいことで困ったら俺のとこに……」
「HYAーHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
聞き覚えのある声だ。
にわかに辺りが騒がしくなってくる。
「何だこの馬鹿笑い」
「岡本」
扉が開いて、彼の同僚らしい男が呼ぶ。
「何があった」
「亜紀ちゃんの言ってた奴がここに来た」
「今さっき関越にいたって連絡あったぞ」
「知るかよ! ならこっちにいるのは双子の弟かなんかだろ!」
岡本はため息一つ。
「矢部。すまんがついてきてくれ。同じかどうか確認したい」
そう言って岡本は頭をかきながらその刑事にピエロの元へ案内させた。
「HYU−HOHOHOHOHOHOHOHOHOHOHOHOHO!!!!!!」
ピエロは玄関フロアのど真ん中で両手をあげて堂々と笑っている。
「芸くらいしてりゃいいのに」
岡本がぼやく。
「あー、昼間のと同じ奴?」
「いや、違う」
メイクや衣装は確かに同じだが、今フロアにいるのは、昼間の奴と決定的に違う。
切り落とされたはずの右腕があるのだ。
「そうかい」
無気力な感じでそれだけ言うと、彼は手すりにひじをついてピエロを眺めた。
ピエロ。その周りには数人の刑事達が壁をつくっている。さすがに扱いに困っているらしい。
何がおかしいのか、ピエロの大笑いは止まらない。
「何してんのあんたら」
亜紀だ。呆れはてているようだ。
「馬鹿な一般人一人に警察がなにしてんの。さっさとなんとか」
しろ、そう続けようとしていたんだろう。
そのとき、状況は最悪の方向へと、流れていった。
その時のピエロのとった行動から、悲鳴がそこかしこで上がる。
ピエロはいきなり口の中に両腕をヒジまで突っ込んだ。その腕をしばらく何かを探すように動かしたかと思うと、チェーンソーを取り出してきた。
背中にはいつの間にか発電器が。
「やばいな」
「頭がか?」
「それは矢部っちのでしょ」
亜紀の言葉が胸に突き刺さる。……今まではもしかして猫被ってたのか。
岡本は俺達の掛け合いには参加せずに、携帯で誰かに連絡を取りながら一気にフロアへ飛び降りた。
グシャ
スイカが潰れるようなイヤな音。
「え?」
亜紀はまたか、と首を振っている。
その場にいた他の人たちも皆亜紀と同じ様なリアクションをとる。
え? 認めたくないが、いきなり岡本刑事脱落?
下を覗いてみると、そこには岡本刑事の墜落死体が、なんて事はなかった。
ただ床に突っ伏して、死んだカエルのようにピクピクしているだけだ。
格好つけたわりに情けない。イヤむしろ格好つけただけアホさ倍増?
ピエロもこれにはいろいろと対応に困ったようで、さっきまでの大笑いを止めて呆然と岡本を見ていた。
空気が凍り付く、というのをまざまざと見せつけられた。
岡本刑事。なんて、恐ろしい。
その凍った空気の中、亜紀はあきれ果てたように階段を使ってフロアに降りていく。手ぶらで。
その足音にピエロは止まっていた動きを再会させる。
もう一度大笑いし始めたのだ。大笑いしながらチェーンソーのコンセントを発電器につなぐ。
「ざけんなクソ坊主」
亜紀がとても憎たらしげに悪態をつく。
爆音。発電器が働きだした音だった。
「HYA−HAHAHAHAHAHA!!! ようこそ紳士淑女の皆様!!!」
そこはかとなくアメリカンな口調でピエロが口上を始める。
「これより、私ピロリトが、皆様に極上の時間を提供させて、いただきます」
得物を持った両手を広げて一つお辞儀。
「皆様、最期まで、存分に、お楽しみ下さぁい」
その姿勢のままピタリと停止。
「まずはスプラッタで、エキサイティングな」
首だけを少しだけ上げ、にやりと笑う。
「スナッフ・ショウをお楽しみ下さい!!」
チェーンソー駆動開始。ピエロが身を起こし、フロアにいた人々に突撃。
狙われた人たちは大急ぎで逃げ出す。訓練されているとはいえ、あんな規格外の相手では無理もないだろう。
「HYA−HAHAHAHAHAHA!!!!」
最初の犠牲者は岡本だった。
「俺が相手だ」
いつの間に復活したのか、そう言ってピエロの前に彼は立ちふさがった。
「HYAHA! カッコイーねお客さん!」
大喜びのピエロ。右腕のチェーンソーを振り下ろす。
赤黒い粉が飛ぶ。何かを切断する鈍い音。チェーンソーの切っ先が床を削る。
呆気なく、本当に呆気なくまっぷたつに両断された。
「でも、弱っちーい。HYA−HAHAHAHAHAHA!!!!」
ピエロはげらげら笑いながら岡本の死体に背を向けた。
そして。
「さーあ次は誰かなぁー?」
いきなりそれまで鳴り響いていた駆動音が消えた。
景気良く回転していたチェーンソーが止まったのだ。
「油断大敵って言うだろ」
ピエロの後ろに、岡本がハサミを持って立っていた。
そのハサミを使って彼はチェーンソーの電源コードを切ったのだ。
それはともかくいったい何で生きてるんだろ。魔術師ってのははらわたぶちまけられて生きてられるんだろうか。
「きゃははははは☆ ばっかみたーい」
フロアに降りた亜紀がピエロを指さして笑う。その様にはそれまでの面影はなく、ひたすらに幼い印象を受ける。それは、ほほえましさを感じさせる代わりにゾクリと背筋を震わせる、狂気をはらんだ幼さだ。
「さ、殺りあお腰抜け♪」
愛らしい声と笑顔でさらりとそんなことを言う。その手には何もない。対するピエロは駆動していないとはいえチェーンソーがある。二刀流なんて出来るのだから、その力はかなりのものに違いない。
一撃でも食らえば、亜紀はひとたまりもないだろう。
ピエロもそれが解っているから馬鹿なガキだとみて相手にしようとしていない。奴は岡本に注意を向けている。
その岡本は、ハサミを持ったまま仁王立ち。武器を取り出すことも、構えることもしない。
他の人はといえば、いつの間にか二階に上がっていたり、外にいたりする。フロアには亜紀達三人しかおらず、まるでリングのようだった。
三人はお互いに牽制しあう。その緊張が周囲にも伝わるのか、ずいぶんと静かだ。その静けさは嵐の前といいたくなるほど張りつめている。
微かに、亜紀が前に出る。
ピエロは一歩下がる。
岡本は背後に回り込むように。
かち、かち、かち、かち…………
腕時計の針の音が不思議なほど大きく響く。
額を流れる汗を無意識に拭い、汗をかいていたことに驚く。
空気が重いとここまで緊張させられるのか。
微かに、亜紀が前に出る。
ピエロは一歩下がる。
岡本は回り込むように。
かち、かち、かち、…………
亜紀は微かにかがむ。
岡本が身構える。
ピエロがチェーンソーを構える。
かち、かち、…………
かつん
何か硬い物が床を打つ。
その杖をつくような音を合図に、亜紀と岡本が飛び出す。
ピエロは少し下がって迎え撃つ。
ピエロはまず背後の岡本を左のチェーンソーで叩き潰すと、右のチェーンソーで亜紀をなぎ払おうとする。
そのチェーンソーを身を低くしてかすめるように避け、亜紀はピエロに突っ込んでゆく。
亜紀の手が届く。そう俺が思ったとき、突然亜紀が左に転がった。
間一髪。
彼女のすぐ後ろにもう一つのチェーンソーが振り下ろされ、床をえぐる。
亜紀はそのまま転がり、ピエロから離れた。
「亜紀!」
思わず声をかけるが、亜紀は振り向きもせずにピエロを真っ直ぐに見つめている。
「思ったより良い動きをしている」
そんな声が横からした。かと思うと、俺は凶悪な眠気におそわれた。抗うことも出来ず、即座に意識は沈んでいった。
うっかりしてた設定の忘れに関して修正しました