『F狂気→B級終期』
「ねぇ、知ってる」
「絵里のこと? 酷いよね」
「なんか親両方殺されちゃって……」
私はそれをきれいさっぱり聞き流す。
「さーあ、亜紀さんお仲間が増えた感想は?」
私の前に拳が突き出される。
さっきまで傍で話してた者の中から、悪のりした男子がインタビューっぽく、そんなことをしてる。
すると、この拳はマイクのつもりか。
「仲間?」
私は努めて不愉快そうに言った。それが多分『正常』な反応。
適当に狼狽えるだろうから、適当に叫んだりすれば怒ってるぽく見えるだろう。
そう考え勢いをつけて立ち上がろうとして。
「みんな、どうかした」
すっかり辺りが静まりかえっているのに気がついた。なんだか勢い込んでいただけに、気勢がそがれてしまった。
教室だけでない。廊下さえも。
階下か、階上か、遠く聞こえる喧噪がひたすらに場違いだ。
「あ、その、ご……ごめん」
さっき悪のりした男子が謝ると、口々にみんなが「不謹慎だった」とか謝ってくる。
「…………」
私は何となく窓の外、空を見た。青く、真っ白な雲が流れていく。場違いなほど穏やか。
こんな時はどうすれば『正常』何だろうか?
「びっくりしたよ。亜紀って怒るとあんな怖かったんだねー」
「そんなに怖かった?」
パンを飲み込み牛乳で流しながら、聞いた。
正直自覚はない。というか私は怒っていないが、周りからはそう見えたんだろう。
「「「うん」」」
みんなはそろって肯いた。
「なんか死んじゃうかと本気で思った」
「そうそう。殺されるーとか、そんなものじゃなかったよね。あれは」
「ほんとほんと」
「俺なんか絶対死んだと思ったね。あの時」
口々にそう言う。人をまるで死神のように。
「そうなんだ」
猛獣の扱いでさえない。
……つまりそれは。
「怖がらせちゃって、ごめんね」
私が、抑えきれなくなっているということ。
風もそろそろ肌寒くなってきた、晩秋の休日。
残念なことに、亜紀との仕事が入っていて、とある山中の廃墟前に俺たちはいた。
ここまで車で来たのだが、俺の異能が発動したらしく、戻ってきたらタイヤは四輪ともパンクさせられていた。
「どうすっかなぁ」
思わずため息付いたが、このパンクは明らかに自分の異能のせいだ。
この日の仕事は大首領とは無関係の化け物退治で、見敵必殺というあたり実に分かりやすい。
当の化け物もザコで、出会った瞬間、亜紀に瞬殺された。
それで、
「矢部っち、何してんの?」
残念なことにその日の亜紀は異様に機嫌が悪かった。
いつもと違って演技すらしてくれない。
せめて、こいつの機嫌が良ければまだ気も晴れるんだが。
「亜紀……」
まずい。なんて言い訳すりゃいいんだか。
「えと、これはーその、いつもの、ほら」
ああもう、そうじゃないだろ、俺。
「矢部っち」
亜紀は俺の言い訳に耳も貸さず。
「あ、ああ! な、何だ?」
「次の敵はどこ?」
「敵、って」
ちょっと急ぎ過ぎじゃないか? 今戦ってきたばっかりだろうが。
「敵は?」
「いや、あれで終わりだけど」
亜紀は何も言わずナイフの柄を握りしめた。
「なんでもいいから。敵を、寄越せ。岡本にそう伝えてー」
「亜紀、お前……。もしか――」
ヒュ、ドス
はらり、と髪の毛が落ちる。顔から血の気がひいた。ちらり、と背後を見ると、車のボディに見事にナイフが突き立っていた。
亜紀はナイフを投げた体勢のままで俺を睨みつけている。
「いいから。サッサと敵を寄越すように言って」
「……はい」
それより先に助けか。俺はため息をついた。
警察署地下駐車場の片隅にある特務課本部。
岡本は報告書を眺め、タバコに火をつけながら一人ごつ。
「敵を寄越せか」
「どうかしましたか?」
いつの間にか外回りから帰ってきた巽が岡本に訊いた。独り言を訊いていたらしい。
「巽か。亜紀がそう言ってたんだが、どう思う」
「まだ戦う気ですか、あの子は」
「そうだな」
岡本は煙を吐きだす。
「先の事件で完全に狂ったようですし、これ以上の徴用は危険じゃないですか?」
巽は少し顔をしかめ、空気清浄機を恨めしげに睨みながら言った。
「分かってるんだが、違う気もするんだよな」
「違う?」
「亜紀はアレで正常なんじゃないか、て気がするんだよな」
「アレで、正常? どこが正常なんですか! 彼女が元々殺人指向者だったとでも言うつもりですか?」
巽は声を荒げた。
「破滅嗜好の可能性もあるだろ。もしかしたら本当にただの戦闘狂かもな」
「バカバカしい。そんなにあの子を怪物にしたいんですか」
彼女は嫌悪感を隠そうともしない。
「……分かんねーよ。矢部と希さんの意見も聞いてみないと、結論は出せねぇ」
岡本はギッとイスを軋ませた。
「でも」
天井をボンヤリと眺め。
「あの大首領の娘だ。それくらいはあり得そうなんだよな」
そう言ってまた煙を吐きだした。
私のクラスである4年2組の教室は3階にある。
周囲には学校より高い建物もなく、視界を妨げるような木もそう多くない。
その為、ここから見える空はすっきりとしていて私はわりと好きだった。住み家のアパートでは、余計なものばかりで、せせこましく感じられる、切り取られた空しか無い。
だから私は授業中に暇なときは、よく空を見る。
あ、あの雲ナイフに似てる。
ボンヤリとしていると、先生が睨む。私は軽く目をやり。
何だ。睨んでるかと思ったら。
「よ、…………。授業中……だ、から」
笑う。何だ。その腰の抜けの様は。何だ。それほど恐ろしいのか。
だが、クラスメイト達にはそう面白いものでないようで、先生に同情の目が向けられている。
「……私、そんなに怖い?」
なぜか皆一様に肯く。
……おかしい。今は何でもないはずなのに。抑えきれていないのか。
「その、なんだ。友達が、あんな事になって怒るのは分かるんだが、もう少し授業に……」
だんだんと尻すぼみになる先生の注意。
「はい、分かりました」
仕方ない。真面目に受けるか。
分かり切ったことを改めて聞くというのは本当に退屈なことだけど。
「さて、亜紀はどんな道を歩むのかな?」
白ずくめの男は笑う。
「ヒーローになるのか、モンスターと呼ばれるのか」
「亜紀、私は期待しているよ?」
その男、大首領は化け物共を解き放つ。
私がそれに気づいたのは、なぜだったのか。
その時はそれなりに真面目に授業を受けていたし、そいつらは見えないところから静かに迫ってきていたはずなのに。
だけど、そいつらが窓をぶち破ってきたとき、私はすでに動いていた。
机の中に忍ばせたポシェットから愛用のナイフを抜き、イスを蹴飛ばし、窓際に向かう。
「あ、麻倉、一体何を……!」
入り込んできた化け物は、蜘蛛のような姿をしていた。
悲鳴が上がるよりも先にその化け物を切り刻む。弱い。堅いかと思ったが、斬った感触は、人のそれに近い。
訂正。多少、堅い。
外を見て、状況確認。南の正門の方から同種の化け物が十数匹侵入してくる。
少しは楽しめればいいけど。
私は出口に向かおうと。
「何してんの?」
私を取り巻きながら、怖じ気づいたように後退るクラスメイト達。教師はというと、部屋の隅で現実逃避中。
「そこ。退かないと、殺すよ?」
私がそう言うだけで、ざ、と彼らは道を開けた。
階段の上を滑るように私は駆ける。校庭の敵と戦うために。
そう言えば昔もこんな事があったっけ。あの時は迎え撃つのではなく、蹴散らすんだったけ。
「亜紀、亜紀」
過去。思い出される。
真っ白な四角い部屋に放り込まれ、私はひたすら戦っていた。
初めは虫けらのようにずたぼろにされた。
父を殺した。
そうだ。嬉々として殺したのは私。
私は殺人の喜悦を認めたくなくて……?
いいや、義父を殺したことを受け入れられなくて、分かれたんだ。
『本当に?』
あの感触、いやな『素敵』で、吐き気『喜び』をもたらしたあれ。
握りしめたナイフ。その重さは嘆き『喜び』を伴ってのしかかるように私の手に食い込んでいく。
「うるさい」
『本当は分かっているくせに』
噛み砕く=過去の抑えきれぬ喜悦。浮かびあがる義父を殺した風景/匂い/感触。
目を背けていた事実。
分裂した人格=分割された人格。私=後付の私。もう一つの≠本物の私。
私は何処?=私は此処に。
この感情は?=私の悦楽。
吠え、叫び、歌う。
「皆殺そう♪ 斬って、斬って斬って斬り殺そっう♪」
加速。
一気に玄関にたどり着き、入り込んでくる化け物に特攻。
一匹を斬る。が、すぐに奴らはフォローし、トドメを刺せなかった。
一匹一匹は弱いが、群れると途端に手強くなり、気を抜けば即座に殺されてしまいそうだ。
愉悦。
さあ、私を殺しにくるがいい。私を楽しませろ。肉を切り骨を裂く感触。流れる血臭。
その一つ一つが私を正してくれる。
腹を裂き、その傷から臓腑を引きずり出し、地面にばらまく。
間抜けな奴が踏みつけ転んだ。
私も踏みつけ仰向けに転んだ。
そこへ五匹ほどが一斉に攻撃。
一匹め/回避/次/回避/次/回避/次/左腹部に突き刺さる/最後は頭/首を振って回避。
腹に刺さった敵の爪を切り転がり立ち上がって疾走/斬殺/加速。
「斬殺惨殺♪みーな殺し♪」
私/歌う/替え歌/歌っていたのは臓物に関係していた気がした。
敵/次々とくる攻撃/全て回避/ついでで武器を切り捨て挑発/叩きつけられる殺意/心の奥底から溢れる悦び。
「腸えぐってばらまこう♪」
左右前面/同側面/左右後方/さらに上――上からは身長差の為――前面/回避/側面左/回避/右/受け流し/後方右/切り飛ばし。
「殴殺殴殺♪殴り殺し♪」
柄で殴りヒザを砕き、死体を踏みつけ。
「血が飛ぶ骨飛ぶ脳も散る♪」
浮かぶ過去=植え付けられる=壊される前の記憶/感覚/感情/嗜好。
「圧殺絞殺♪ちょっとつらい♪」
下駄箱を利用して真正面へジグザグに飛び抜け、すれ違いざまに斬りつけ、包囲を抜ける。
「だからみぃんな斬り殺そ♪」
浮かぶ笑み。
白いタキシードの男は校舎の屋上で、笑いながらモニタのそれを眺め。
「素晴らしい! 化け物であることを選ぶか! なんて素晴らしい!」
満足げに肯くと、彼は飛び降りた。
第4話『F狂気――狂い』了
第5話『B級終期――闘争』へ続く