8.F狂気(後)
家に帰ってから、俺はインターネットを使ってこの事件のことを少し調べてみた。
だが、ろくなものが見つからない。
いくつかのサイトを見て回りつつ、某巨大掲示板にもチェックを入れる。
そこに、気になる動画ファイルのアップ情報があったので、それを落とした。
再生して、すぐに後悔した。
それはスナッフムービーだったのだ。
都市伝説と言われているものこんな所でぶち当たるとは。
「矢部っち、何を見てるの」
「あ、亜紀!? いや、何でもな……」
「へぇ、こんなのあったんだ」
「って、おっ……」
止めようとした俺を睨みつけ、黙らせる。
……少しくらいなら、構わないか……?
男が、少年に暴行している。この映像の前には親らしき人物がむごたらしい方法で殺されていた。
吐き気を催す映像。ネットにしばらくアップされていた動画だ。
拷問と殺人。知らなければ、疑惑で済むだろう。
だが、俺はこれが事実であることを知っている。
そんな吐き気を催す映像を亜紀は平然とそれを見ている。
「良く平気だよ、お前は……」
「なにが」
本当に無感情に。
まあ、当然か。こいつは自分であんなスプラッタを喜々としてやるような奴だ。耐性はあるんだろう。
少年が一通り嬲られた後、唐突に場面が切り替わる。
画面に醜い男根がアップで映し出された。それでも亜紀は眉一つ動かさない。
「うえ……」
それはフェードアウトし、そのまま少年に……
「って、ちょっと待った!」
さすがに俺は、慌てて動画の停止ボタンを押した。
「邪魔しないでよ」
不愉快そうに亜紀が文句をつけてくるが無視。
「この先はさすがに見ちゃダメだろ」
どう考えても教育に悪い。今更っちゃ今更だが。
「年齢制限? 矢部っち考え方古すぎ。それに、これは私の仕事の内だよ」
そう言っていつの間にか再生している。しかも、停止した直前からだ。
「止めた意味がねぇ」
「こいつの顔が映ってるかもしれないでしょ。知ってるのとそうでないのじゃずいぶん差があるんだから」
「? ……お前今まで顔知らずに探してたのか!?」
亜紀は無視して動画に専念する。
もう一度止めようと手を伸ばすと、どこからか取り出したナイフを、俺の首に突き当てた。
止めたら殺される。首筋に走る痛みと、冷え冷えとした、刃の冷たい感触から、俺はそう直感した。
結局、そのまま亜紀が見終わるまでナイフを突きつけられたままそのおぞましい動画を最後まで見続けなければならなかった。
それでも、なにか成果でも上がっていてくれれば、少しはマシな気分になっただろうが。
最悪なことに。
その労力に見合った対価は、得られなかった。
その日、男は次の獲物を探していた。
男は歪んだ欲望を持っていた。
年端もいかない子供に対する劣情だ。
男がそのままであればそれは単なる妄想に留まっていたはずだ。
だが、男には力が与えられていた。その力をカツアゲをしにきた男に使い、凄いモノだ、と彼は認識している。
あっさりと人を殺せる力だ。当然であろう。
この男こそ大首領が力を与えた男だった、大首領は、暗示によって強制的に、この男に戦闘のための回路を作り込んだのだった。
亜紀に殺させるために。
私が学校に出ると、絵里が休みだった。
三年の頃から一緒だが、彼女が休んだのはこれが初めてだ。
珍しいこともあるな。
電話が鳴る。
亜紀、助けて。
私は無視して電話を置いた。
再び電話。亜紀、お願い。
無視。
今度は男から。
何をしていたのか。息が荒い。奥の方から絵里の泣く声も聞こえる。
「酷いね。君は。友達をこうもあっさり見捨てるなんて」
……バカか? こいつは。小学生の子供に出来る事なんてせいぜい警察になり連絡する程度。
マンガみたいに知恵を絞って、なんてのは一番あり得ないフィクションだ。
「最近この辺で殺してるの、お前?」
「そうだよ」
あっさりと肯定する。
そうか。標的の方から出向いてきたか。
「待ってて。今すぐ行くから、殺りあおう」
私はそう言って受話器を置いた。
「待ってて。今すぐ行くから、やりあおう」
男は浮かれた。ああ、こんな少女がいるのかと。
それは身勝手な妄想でしかないのだが。
さて、あの少女が来るまでまた犯すとするか。
男は、絵里を抱え上げ。
ああ、全く下らない。
『あいつ』は未だに黙りこくっている。
代わりに私が疼いてる。
殺せる。殺せる。殺せる……………………。
いよいよ私も狂ったかな。
あの動画の時も、もう何も感じなくなってきた。
軽くあくび。
通る人を見る度、どうしても斬り殺したくなる。その感触が手に浮かぶ。
そうしている間に、絵里の家に着く。
とりあえずチャイムを鳴らす。返答はない。
それから玄関のドアを。バカなのか、鍵はかかっていない。
つまらないな。
私は家に入り、敵を探す。
声がする。男の醜い。
どこから? 二階から。
罠を警戒、しかし無駄。何もない。
面白くない。
……白けちゃったな。
「足音がする。嬉しいな。亜紀が来たよ」
男はそう言うと嬉しそうに笑っている。
私は疲れ果てていた。何度となくもてあそばれ、男がそれに飽きれば今度は身体をこわされた。今、私の身体はどうなっているのだろう?
手の爪をはがされたのは分かっているが、それからは感覚が麻痺していた。
指を潰されてしまったのだろうか? それとももう手はないのだろうか。
そういえば、足はどうなっていたっけ? 無事だったかな。
それさえ分からない。
「よかったね。亜紀は君を見捨てなかったよ」
亜紀? ああ、そう言われてみれば電話したっけ。でも、何で亜紀が来るんだろ。この男に――
「さあ、出迎えをしなくてはね」
敵うはずないのに。
私のお父さんだって、お母さんだって、あんなにあっけなく殺されたのに。
それより、警察とか呼んで欲しかったのに。
かちゃり
ドアを開ける音。嬉しそうな顔で男が出迎えた。
「お……」
それが男の最後の言葉。次には、細切れにされていった。
何が起こったのか、分からなかった。
ドアの先。廊下には亜紀が居た。血まみれのナイフをぶら下げて。
ひどくつまらなさそうな顔。彼女は平然と死体を踏みにじりながら部屋に入ってきた。
「あ……き」
「絵里」
私の名前だ。でも、すごい事務的に呼んでる。なんでだろ。私たち友達じゃなかったっけ。
「何本?」
そう言って彼女は指を立てた。三本だ。
「さん」
ああ、亜紀が私の目を見てる。でも、何でそんな興味なさそうな目で見るの。
「立てる?」
足に力が入らないので私は首を振った。声を出すのもおっくうだった。
「わかった」
亜紀はそう言うと立ち上がって、部屋から出て、どこからか救急箱を取ってきた。
「爪が全部はがれてる。左の指はもう再生しないから」
亜紀はテキパキと消毒薬と包帯を取り出すと、治療を始めた。
私が痛いというのも構わず、遠慮無く消毒薬をかけ、包帯を巻く。
その後、亜紀はナイフを消毒液で洗うと、躊躇せず私の左手に振り下ろした。
「……あ」
何をされたのか、分からなかった。左手を見て、ようやく――
「ああああああ!!!!!!」
痛みが襲ってくる。あまりの痛さに枯れたと思った涙が後から後から溢れてくる。
「腐り始めてたから」
亜紀は淡々と告げた。
……私は切り落とされた肉片を眺めながら思う。
亜紀って、何なんだろ。
私は絵里が暴れないよう気絶させた後、外に出て呼んだ救急車と警察を出迎えた。
最初に着いたのは救急車で、私はすぐに絵里を預けた。左手のことは少ししつこく聞かれたが、腐りかけた指を見せると、一応納得してくれたようだった。
その後、制服警官と一緒に来た岡本にひどく怒られた。
曰く。
「もう少し考えろ」
私は右から左に聞き流した。
それよりも。
私は敵を探している。
斬り殺せる、私を楽しませることの出来る、強い敵を。