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7.F狂気(前)

春の日。その日は涼しくも寒くもない、かといって暖かくも暑くもない微妙な日。

亜紀の方も俺の方も学校が始まり、忙しくしているときだった。

希さんは失踪した。

書き置き一つ、痕跡すらなく。

大規模な捜索が行われたが、見つかることはなかった。

そのことを、亜紀はわりとあっさり受け止めた。

「母さんなら、当然か」

その一言だけをもらして。

「亜紀、無理すんなよ?」

「きも」

心配してかけた言葉にそれかよ。

俺は少し安心した。

いつも通りだ、と。

だが、普段からもう一人の雰囲気になれていた俺が、気づかなかっただけなのだ。

本当はその日から亜紀は変わったていた。


笑い声がする。亜紀をからかうヨシとケイだ。

男の子ってどうしてこうなのかな?

「ちょっと止めなさいよ!」

「俺達は本当のこと言ってるだけでーす!」

かばう友達。さらにはやし立てる声。

私もかばおうとして、不思議なことに気づいた。

「?」

いつもなら。亜紀は何か言い返す。なのに、今日に限って何も言い返さない。

どうしたんだろ。

そう思って亜紀をちらりと覗く。

思わず身体が固まった。そこにいるのは私のよく知った友達。なのに私はそこの彼女を知らない。

「絵里。どうかした」

いつも通りの、声。なのに逃げ出したくなるほどの恐怖に、足がすくむほどの怯えてしまう。

「ホントにどうかした」

心配そうにしてるのに、どこか事務的。人のことに興味がない。そんな感じ。

私は一体誰と話してるんだろ。

「……みんなもどうかしたの。黙っちゃって」

そういわれて教室が凄く静かになっていることに気づいた。

きっと。

「おかしいの」

みんな亜紀に怯えてるんだ。


以前にも増して、鋭く、危険なほどに。




2.


学校の教室。

いつもと変わらなかったはずのそこは、いつの間にか真っ暗な中に沈み込んでいて。

そんな風を吹っ飛ばしてくれた彼女の顔も今はその真っ暗な中に沈み込んでいた。

六列の等間隔に大雑把に並べられた32の机。右2列目の3番目。

その上には、花瓶と、花。

それが、端的に物語る。


体育館。集まる私たち。

先生の話。お悔やみ。泣き出す同級生。

冷めた思いで聞き流す。

人が死ぬなんて当たり前のことなのに。

悲しい、哀れ、可哀想、怒り、嘆き、慟哭。

さて、今の私の感情は一体なんだというのだろう。

すすり泣く声を聞きながら、私は窓から覗くまっさらな空を見上げた。

ちょうど、真っ白な雲が通りすぎた。


再び教室。聞こえる声。言葉。話しかけてくる人の声を適度に聞き流しながら、私は斜め前にある花を眺めた。

もう一人の『私』は綺麗だ、などと気楽そのもので、その花の意味することなどは意に介さない。

涼しい、というには少しきつい風をうけ、花は揺れる。

私は笑う。

教室の空気は、まだ、重い。


「亜紀、こっちこっち」

放課後、集団下校。子ども達でごった返す校庭の中程に並ぶ列から、絵理が手招きする。

私は黙ってその列の真ん中に並ぶ。絵理は私の後ろ。学年順だ。先頭は班長の6年の男の子。最後尾で副班長の女の子が数を数えている。

「全員そろったの?」

「まだ5年生が来てないみたい。長引いてるのかな」

「だー。最悪」

緩い冷たい風。きらきら輝く太陽が、古ぼけた校舎の汚れを浮き上がらせる。

開けっ放しの窓からひらひらとカーテンが舞う。

玄関からどっと流れてくる子ども達。遅れていた5年生だろう。他の学年はとっくに揃っている。

5年生達は混乱の収まり駆けた中に入って、再び戸惑わせる。しかし、慣れもあるし、割とすぐに収まった。

担当教師が全員があるべき場所に収まるのを確認した後、報告に朝礼台横の教頭に駆け寄る。教頭はそれを受けて校長に合図。年を取った校長がよっこいせと朝礼台に登ってメガホンを取り出し注意と簡単なお話し。珍しくすぐに終わる。解散の合図。さようならの号令。

区域ごとにまとまっての下校。1区域に数人の教師が一緒に張り付いていく。

私たちは順番待ち。その間に絵理と話す。コミック、アニメ、服とか、愚痴とか。

やがて順番が来て下校。私と絵理は一列になって話すこともせず歩く。周りの子も同じ。

遅れないように歩いている。

校門の前、信号待ちで止まる。

都会の信号待ちのようにたくさんの人であふれかえる。

その色とりどりの集団を見て、私は思わず顔を伏せ、口を押さえた。

「どうかした? 大丈夫」

「気分でも悪い?」

近くの副班長や絵理が心配そうに声を掛けてくる。

「ん、大丈夫。何でもない」

私はそう笑顔で返す。

そう言いながら、体の変調に気どられないよう気をつけた。

みんなは教師が別れるところまでは、お行儀良くまとまって帰る。

その先は町内会の人たちが道に立って見張っている。老人ばかりで頼りない。

その教師が居なくなった後、私は絵理達と別れた。通学路は遠回りするので、用事があるから早く帰りたいと偽って。

具合がやっぱり悪かったのだろう、多分そう思ったであろう絵理が、付いていこうか、と言ったが、断った。

彼女を殺さないでいる自信が、無かったから。


夜。父代わりの人形はもうない。メンテできないので売り払った。なので、台所でナポリタンを作って夕飯にする。

こんなときにこそ、サポートのあの男が必要なのに。気が利かないことこの上ない。

テレビをつけた。ニュース番組。『私』が口うるさく4チャンネルのアニメが見たいと言うが無視。

みんなからじじ臭いと言われているが、7持から半まではNHKを見るのが私の日課なのだ。どうもこれを見ないと一日の終わる実感がない。

見慣れたアナウンサーが、型通りにニュースを述べていく。それをBGMの代わりにして私はパスタを食べる。思ったより出来が良い。

それまで頭の中で盛大に文句を垂れ流していたもう一人の私だったが、突如として黙り込み、強い好奇をテレビに向ける。

流れてきたのは殺人事件のニュース。現場はこの近くの路地裏。被害者は若い男。バラバラにされたらしい。その方法はぼかされていて、要領を掴みにくい。

そこで私は食事を中断しパソコンを立ち上げ、その殺人事件の詳細を調べてみた。

その殺され方は異常だ。首が引き抜かれ、臓腑をえぐり取られている。それも素手で、だ。手足もやはり素手らしい。

もう一人の私が笑う。

楽しめそうだ、と。


次の日から私は夜毎に索敵を開始した。

まずは現場付近を中心に、徐々に範囲を広げていく。

路地裏を抜け、ガード下。人気の途絶えた暗闇。

奴が出やすいように、一人だけ。同時に無害な少女を演じる。

だが、出会うのは下らないゴミのような人間だったり、いろいろと面倒な警察関係者。でなければただの一般人。

何日も無駄足に終わると飽きてくる。

顔に出さず舌打ち。これは見込み違いだったか。

なら、今日で終わりにしよう。

そう決めて、夜の索敵にでる。

最後だから、まず現場から始めよう。

事件現場となった路地裏は、しん、と静まりかえっていた。

捜査も一通り終わり、警察はすでに引き上げているし、元から人気の無かった場所。それに加え殺人事件が起こった場所だ。好きこのんで寄りつくのはかなりの暇人か好き者だ。

ざっと現場を見渡す。

背の高いブロック塀で囲まれたその路地は大人がギリギリすれ違える、その程度の幅しかない。

ぽつんと立つ街頭。左右のマンションからもれる灯り。それらが余計にその路地の闇を濃く彩る。

その中で壁に張り付いた血のりが黒く浮き上がり、雰囲気を盛り上げている。

「肝試しに良さそうだよな」

「……げ」

人の気配に振り向けば、矢部っちが後ろに立っていた。手には懐中電灯をぶら下げている。

「夜毎で歩いてるから何してるのかと思えば」

「いいじゃん別に。仕事だよ」

「一声掛けてくれよ。俺はお前のサポートだぜ?」

やる気、あるんだ。嫌々やってるんだと思ってた。些細なことだけど、少し嬉しい。

矢部っちはため息をつき歩き出した。

「じゃ、待機してるから。なんかあったら呼べよ」

「ん。待って無くて良いよ。すぐ帰るつもりだし」

「そうかい」

矢部っちは手を上げた。

それから1時間ほどさまよい歩いたが、結局何も収穫はなかった。

その日は。




3.


次の日、いつも通り登校した私は、教室の異様な雰囲気に眉をひそめた。

立ち並ぶ机の列。見てみれば、花瓶が一つ、増えていた。

また誰か死んだのか。

私はクラスメイトに話しかけ、大雑把な事情を聞く。

その話を聞き、あいつはひどく暴れ出した。

私は落ち着かせようとするが、その高揚感は私にまで波及する。

「亜紀、どうかしたの?」

「どうもしないよ」

絵里が不安げな顔をしているので誤魔化しておく。

わたしの高揚感は収まらない。

授業を放り出して奴を探しに行きたくてしょうがなかった。

殺されたこの死に様は凄まじいものだったらしい。

肉片が道路中にぶちまけられ、死体を見慣れた監察医でさえ吐きかけたという話だ。半分眉唾だろう。

教師のつまらない授業。聞かなくても問題ない。

そう判断し、私は机に伏せ、眠ることにした。

「亜紀、寝ちゃ……」

絵里の声がすぐに遠くなって、消えた。





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