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第31話 最適化



「ちょ、ちょっと、それ、どういう意味だよ」


『動かせれば』―― その言い方に不吉なものを感じて、悠真は思わず声を上げた。


「もしかして、故障してるの?」


 遥も不安げな表情である。

 

「違うわ。黒木がもう一つのキューブをネットワークから切り離した上に、あたしをキューブから締め出したのよ。管理者権限でね。おかげであたしはこのユニットに来るしかなくなったってわけよ。でも、キューブがちゃんと動いているのは間違いないから、安心して」

「安心してって……。プーカを締め出すって、なんでそんなこと……」


 安心どころの話ではない。キューブを破壊したうえ、プーカを締め出すことに何の目的があるのか、悠真は理解できずに戸惑った。


「さあ、見当もつかないわね。ただ……」


 表情を引き締めて、プーカが続ける。


「一つ言えるのは、ろくでもないことを考えてるってことね。キューブは、あたしがいないとできないことも多いけど、あたしがいるとできないことも多いのよ。運用規則に違反するようなことをさせない権限があるから」

「……てことは、黒木さんはプーカに見つかるとマズいことをしてるってことか……」


 プーカが大きくうなずいた。


「そりゃもう、キューブを勝手に自爆させただけでも管理者権限剥奪モノの重罪だわよ。……とは言っても、あたしを追い出したからって、あいつに何ができるのか分かんないけどさ。どうせキューブのシステムを理解できるわけじゃないだろうし」

「……じゃあ、プーカはもうキューブを使えないってこと? 私たち、どうしたらいいの?」

「帰れないわけじゃないよね?」

「……」

「プーカ?」


 プーカが悔しそうな表情で二人を見た。

 

「……アンタたちが帰る確実な方法は2つあるわ。一つは、キューブのアクセス権があたしに戻されること。もう一つは、黒木が自分でキューブを動かしてアンタたちを転送させることよ。……ただ、どちらにしても彼の許可がいるわね、納得いかないけど」

「……」

「……」


 悠真と遥は顔を見合わせた。

 面識がないとはいえ、本来なら同じ立場の、言ってみれば仲間である。たとえ黒木がキューブの管理者の末裔であったとしても、何の問題もないどころか、むしろ好都合のはずだ。

 だが、ウルムのキューブを破壊し、もう1つのキューブからプーカを追い出した輩である。


「悠真くん、どうしよう?」

「そうだね……」


 ふと、プーカの物言いに気がついた。


「ねえ、『確実な方法』が二つあるって言ったよね。不確実な方法ならあるの?」

「……一応だけど、あるわ」

「え、何?」

「こっち側のキューブにも、昔は管理者がいたのよ。その末裔がまだ残っていて、権限まで継承されているなら、そいつにも動かせるはずなの。それに、現地キューブ側の管理者が優先されるから、黒木が何やってても取り消せるし」


「じゃあ、その人を探せばいいんじゃない?」

「ていうか、そっちの方がよっぽど確実に思えるよ」


「だから、『こっちの管理者がいるなら』が問題なのよ。今のあたしは地球側からきてるのよ。こっちに来てからアヴァロン側のキューブとは一度も接続できてないから、この一万年以上の間に何があったかなんて知らないわよ。管理者の血統なんて、とっくに絶えてるかもしれないし。いたところで誰かも知らないし。だから、あたしがこっちのキューブに接続できるまでは、なんとも言えないわね」


「うーん、それだと八方塞がりに見えるな……あ、いや」

「悠真くん……」


 不安げな遥をこれ以上動揺させたくない。悠真はネガティブなことは言わないほうがいいと思い直した。


「じゃあ、とりあえず、カルウィン城に行ってみようよ。まず黒木さんと話して、事情を確認しなきゃ。もしかして、何か深い理由があるかもしれないしさ。それから、僕たちを地球に帰してもらえるように頼んでみよう。あっさり転送させてくれるかもしれないし」

 少し安心したように遥が頷く。


「そうね、私もそれがいいと思う。これから行く?」

「うん。だけど、ちょっと遠いから、先に準備してからにしよう」

「分かった」

「プーカも来てくれるかい?」


 だが、彼女は首を横に振った。


「ホントなら直接わたしが行って確認したいんだけど、このユニットのエネルギー残量を考えるとここから動くのは厳しいわね。キューブを取り返すまでは、わたしがいなくなるわけにはいかないし。ここから接続できないかやってるわ」

「そうか。それなら仕方ないな。……それじゃ、遥ちゃん……あっ、いや、ちょっと待った!」


 遥を促して、祭室の出口に向かおうとした時、ふと、これまで見落としていた事実に気がついた。


「どうしたの、悠真くん?」

「……もしかしたら、まずいことになったかも」

「え」

「何がよ?」


 プーカも疑念の眼差しを悠真に向ける。


「ねえ、プーカ。カルウィン城って、確かここから西にあるんじゃなかった?」

「そうよ、それがどうしたの?」

「うわあ、やっぱりか……」


 悠真は頭を抱えた。


「悠真くん?」

「ほら、昨日シャーラさんが言ってたよね。西でヤバイ魔物が出るって」

「あ、そういえば……」

「その城は、ここからほとんど真西にあるんだ。もしかしたら、途中でその魔物と会うかもしれない」

「そんな……」


 遥の不安げな表情を見て、悠真は迷った。

 キューブがそこにある以上、どうにかしてたどり着くしかない。だが、コボルドならともかく、集落を全滅させたという魔物である。彼女の身を守りながら、切り抜けられるのか自信がなかった。


 かといって、いつまでもここにいるわけにはいかないのも事実である。

 黒木がキューブを使って何を企んでいるのかは分からないが、これ以上面倒なことに巻き込まれる前に彼に会い、送り返してもらうべきなのは明らかであった。


「あ、でも、討伐隊が近いうちに出るって言ってなかった?」


 遥の言葉を聞いて、悠真も思い出した。


「そうか。じゃあ、魔物が退治されるまで待てばいいのか」


 具体的にいつになるのかは分からないが、村が全滅するほどならこの国にとっても緊急事態である。すぐに出動するのではないだろうか。


 だが、その案はプーカによって却下された。


「残念ながら、それはダメよ」

「なんでだよ?」

「わたしのエネルギーがそこまで持たないわ」

「え」

「こうやって出現するだけなら、あと数日は大丈夫だけど、キューブの状態次第じゃ、エネルギーを使っていろんな処理をしなくちゃだめでしょ。だから、一日も無駄にできないわ。わたしが消えちゃったら、あんたたちも帰れなくなるかもしれないんだから」

「うう、そうか……」 


(どうしたらいいんだ……)


 だが、ふとメディカルユニットに目をやったとき、ゲーム内でのウインドウメッセージを思い出した。


「そうだ! ねえ、プーカ。この機械って、チート機能がついてるんじゃないの?」

「は?」


 理解できないという顔で、プーカが言い返す。


「何分かんないこと言ってんのよ。チートって、不正な手段でキャラを強くする反則わざのことでしょ? メディカルユニットにそんなものついてるわけないじゃない。それに、これは現実であんたがやってたゲームじゃないんだから」


「じゃあ、僕が見たのはゲームの創作ってこと? あのゲームはこの世界の完全コピーって聞いたんだけど」


 悠真は、ゲーム版ではこの装置にチート機能が備わっていることを見つけた話をする。


 だが、プーカはまだ半信半疑だった。


「でも、今も言ったけどこれ、ただの医療装置よ。あ、でも……そっか、そういう使い方もあるのかしら。そんなの考えたこともなかったけど……。マキシナ?」


「はいはーい」


 プーカがメディカルユニットを振り返って呼びかけると、再びマキシナが現れた。


「あんた今の話聞いてた?」

「はい。ちょっと検証しますから、お待ちくださいね」

「ええ。お願い」


 マキシナは指を口元に当てて、やや上を見上げて何か考えるそぶりを見せた。

 と思った途端


「確認できましたわ」

「早っ。本当にちゃんと考えたの?」


 思わず悠真がツッコミを入れると、プーカが言い返した。


「何言ってるの。今この子はあなたの世界のスーパー(笑)コンピュータが100万年かかる計算をやったのよ」


 “スーパー”のところで、彼女が吹き出す。


「……いちいち人類をこき下ろさなくてもいいから」

「ゴメンゴメン。そんなつもりじゃなくて、後進文明の種族が健気に頑張ってるのを見ると、可愛くなっちゃうのよ。だって、量子どころか、あんな太古のバイナリシステムに、鼻息荒く『スーパー』なんて名前つけたら、そりゃ、生暖かい目になろうってもんよ」

「……別に鼻息が荒いわけじゃないとは思うんだけど」


 プーカの例えに苦笑いしながら、悠真が言い返す。


「まあ、アンタたちは薫が言ってたように絶賛成長中の種族だけど、周回遅れなのは事実なんだから、子供扱いされるのは我慢しなさい。で、どうなの、マキシナ?」


「できますよ。普通の種族では効果がないですけど、この方達は生命体としてはまだ進化途上ですので、改善する余地があります」


「ああ、そっか。そういうことね。それなら効果あるのか。……ダメね、ついついこちらのレベルで考えて、意味なんてないと思っちゃった」


 何か納得した表情で、プーカがうんうんとうなずいた。


「……なんか引っかかる言い方だけど、メディカルチートか、面白い設定だな」

「言葉が悪いわね。人体の最適化って言いなさいよ」


「はいはい」


「まあ、あんまりエネルギーを無駄遣いしたくないんだけど、今あんたたちに死なれたら、あたしもどうしようもないし仕方ないわね」


 やれやれとプーカがため息をついた。


「じゃあ、マキシナ、お願い」

「はい。では、2人とも目をつぶってください。いきますよ」


 目を瞑ると、一瞬体が浮遊するような感覚に見舞われた。


「……はい。処置完了です。二人とも目を開けて大丈夫ですよ」

「へ」

「え、もう?」

「あらあら、あれから一万年以上も経つのに、本当に進化が遅い種族なんですねえ」


 マキシナのコメントを聞き流しながら、自分の体を見回してみる。

 一見すると、どこも変わったようには思えない。

 だが、横から遥が戸惑った声を上げた。


「あれっ?」

「どうしたの、遥ちゃん?」


 見ると、彼女は祭室の入り口の向こうに目を凝らしていた。


「私、目が良くなった気がする」

「へ、あ、そう言われてみれば……」


 悠真も、目を凝らしてみる。もともと目が悪い方ではなかったが、先程よりもかなり遠くまではっきり見えるのが分かる。それだけではない。


「あ、カバンが軽くなった」


 これまで肩に感じていた旅人袋の重量が軽いのだ。実際に手に持ってみても、何も入っていないように軽い。


「そりゃそうでしょ。筋力も骨格もちょっとはマシになったんだから」

「へえ」


 ジャンプしてみると、体が軽くなった気がして、これまでよりも高く飛べる。


「なんかすごい……」


「あなたがたの肉体と精神に悪影響が出ない程度ですから、大したことはできませんでしたけど、魔道エネルギーの伝達効率は相当に向上しましたから、魔法も強力になったはずですわ。ただ、肉体的には20パーセントほどしか改善してませんので、まかり間違っても不死身になったとか、魔物相手に素手で無双できるとか思わないでくださいね」


「魔法も強くなったの? どれどれ、試してみよう。あ、遥ちゃん、ちょっと後ろに下がって」


「うん」


 遥が後方に下がって距離をとったのを見て、プーカとマキシナを前にして悠真が剣を抜き、中段に構える。

 そして、炎の剣を発動すべく、いつものように念を込める。

 だが、その効果は劇的だった。


「きゃあっ」

「うわあっ」


 いきなり、猛烈な炎が剣から吹き出したのだ。

 普段なら剣身が赤く光り、薄く炎を纏うだけだ。それが、ものすごい炎が爆発するような勢いで数メートルの高さまで一気に膨れ上がった。

 慌てて魔法を消す。


 だが……


「あ……」


 悠真の後方にいた遥は驚いただけですんだが、真正面にいたマキシナとプーカは、ススまみれになり、髪の毛はちりちり、服も焦げてボロボロになっていた。


「ちょっと、アンタ……」

「……」


 怒気と呆れを含んだ声をプーカが漏らす。

 その隣でマキシナがうつむきながらワナワナと肩を震わせていた。


「うわ、なんか、ゴメン……。こんなすごいとは思わなくて……。あ、で、でも、二人とも黒焦げになるなんてすごいね。しかも、怪我一つしてなさそうだし。さすが、先進文明は違うね」


 単なるホログラムなら、こんなふうにはならない。

 さすが、高度な文明のなせる技である。


「……ホメてごまかしてもだめよ、全く」

「魔法は相当に強くなったと申し上げましたわよね。ね?」

「……スミマセンデシタ」


 マキシナの圧力に素直に頭を下げて、剣を収める。


「……まあ、いいわ。これで大抵の魔物がきても大丈夫でしょ」

「そうですわね。でも、もう他の人を焦がしちゃだめですよ」

「は、はい。じゃあ、いこう、遥ちゃん」

「うん」


 悠真は焦げたままの二人に向き直った。


「二人とも、ありがとう」

「頑張んなさいよ」

「お気をつけて」


 こうして悠真と遥は、大神殿を出たのだった。



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