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第25話 お邪魔します


「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」


 悠真は、画材店の中に入って、店主らしい四十代ぐらいの男性に話しかけた。

 上品な口ひげを生やし、文化人的な雰囲気を漂わせている。


「ん、なにかな?」

「外に飾ってある、えっと、異国っぽい絵を描いた人を探しているのですけど……きっと、僕と同じ国から来た女の子ですよね」

「ん? ほう。君もニホンて国から来たのかい? そうだよ、ハルカが描いたんだ。君は、あの子の友達かい?」

「は、はい!」


 主人が名前まで知っていることに胸が高鳴った。


「僕、彼女に会いに来たんですけど、どこに住んでいるかご存知ですか?」

「ああ、イルマ通りの『女神亭』って宿に住んでるって聞いているよ。確か、あそこは長期滞在者用だから、しばらくはいるつもりなんじゃないかな」

「ありがとうございます! 行ってみます」


 喜び勇んで店を出ようとすると、背後から店主に止められた。


「あ、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「今からハルカに会いにいくなら、伝えておいてくれないか。外に展示してある絵が売れそうなんだ。次の作品を早めに頼むって」

「分かりました」


(遥ちゃん、もしかして人気あるのかな? てか、冒険者ギルドに顔が利く担任の次は、異世界で人気画家のクラスメートかよ。すごいな、うちのクラス)


 思わず、笑みが溢れてくる。

 悠真は再び礼を言って店を出た。


 これでようやく会える。悠真は浮き立つ心を抑えきれず、小走りで、大通りから一本南にあるイルマ通りに向かった。




 そして、30分も経たないうちに、悠真は女神亭の2階にある一室の前にいた。


 この宿屋は画材店からしばらく歩いたところにあり、人に聞けばすぐ分かった。木造の立派な建物で比較的大きい。

 玄関で女将さんらしき女性に尋ねると、遥は確かに泊まっており、今も部屋にいるはずとのことだった。

 部屋の番号と位置を教えてもらって、二階に上がると、廊下の両側にいくつものドアが並んでいるのが見える。その数から見て、十数室はあるようだった。


 そして今、彼女の部屋の前に立ち、いよいよだという思いで、ドアをノックする。


『はあい』


 すぐに部屋の奥から返事が聞こえてきた。


(遥ちゃんだ!)


 久しぶりの遥の声を聞き、喜びと緊張で胸が高鳴る。

 そして、ドアが開いて女の子が出てきた。それは、間違いなく遥だった。


「遥ちゃん!」

「えっ……、ゆ、悠真……くん?」


 信じられないものを見たかのように、遥が硬直する。


「うそ……ホント……に……?」


 彼女は、白いブラウスに、ブラウンのサルエルパンツ、その上からバギーなスモックに似た上衣を身に着けていた。

 胸元のフリルと相まって、画家っぽい出で立ちである。


 相変わらずかわいい。

 いや、初めて見る異世界の私服姿のせいか、一層かわいさが増した気がする。


「遥ちゃん! 迎えに来たよ」


 驚きで固まっていた遥の表情が、安堵と喜びに変わり、彼女の目に涙がこみ上げてくる。


「心配したけど、無事でよかったよ。留学したって聞いてたのに、まさかこんなところにい……」

「あ……ああっ。悠真くん……わたし……わたし……」


 悠真は最後まで言い終えることができなかった。遥が、涙をボロボロ流しながら、彼に抱きついて来たのだ。


「遥ちゃん……」


 悠真は背中に手を回し、そっと抱きしめた。

 少し気恥ずかしかったが、いたわってあげたい気持ちが勝った。

 同時に、華奢だと思っていた彼女の体が、信じられないほど柔らかいことに気がつく。そして、彼女の髪からいい匂いがすることも。


「……一人でよく頑張ったね」

「うん……わ、私、もう帰れないって、一人で生きていくしかないって……」

「もう大丈夫だよ。これからは僕が一緒だから」

「うん……うん……よかった……悠真くん……」


 胸で泣きじゃくる遥の背中を優しく撫でる。

 遥がさらにギュッと抱きついてきた。

 安堵と幸福な気持ちが悠真の心を満たしていく。


 その時だった。

 背後でドアが激しく開く音がしたと思ったら、背中に突き刺さるような鋭い声が飛んできたのだ。


「ちょっと、アンタ! その子に何やってんのさ?」

「え」


 驚いて振り返ると、若い女性が仁王立ちで悠真を睨みつけていた。向かいの部屋のドアが開きっぱなしなのが目に入る。その部屋の宿泊客らしい。


 年は、二十代中頃、整った顔立ちにやや派手目の化粧と、真っ赤なカジュアルドレスに身を包み、全体的にいわゆる姉御肌らしい雰囲気の女性だ。

 

 そして彼女は怒りの形相で悠真を睨みつけていた。


「いい加減にしな。ハルカを泣かすとアタシが承知しないよ」

「え、あの……」


 今度は悠真が硬直する番だった。いきなりすぎて上手く口が回らない。

 それだけではない。

 いくつか別のドアが次々に開いて、それぞれの部屋から数名の若い男女が出てきたのだ。

 最初は、何事かという表情だったが、すぐに不審げな顔つきに変わり、やがて不穏な空気を漂わせながら、悠真ににじり寄ってきた。

 どうやら、全員、悠真が遥を泣かせたと思ったらしい。


「言っとくけど、事と次第によっちゃただじゃ済まないよ」


 女性の言葉はただの脅しには聞こえない。彼女の周りの者たちも同じ心持ちらしい。


「あ、えっと、これは、その……」

「違うの、シャーラさん、悠真くんは私の友達なの」


 しどろもどろの悠真に代わって、遥が前に出て説明した。


「へっ?」

「私を迎えにきてくれたのよ」

「ん? ああ! そういうことだったのね」


 悠真の髪と瞳の色を見て、ようやく状況が分かったらしい。

 シャーラと呼ばれた女性は、矛先を緩め、肩を竦めた。


「そりゃ、誤解してすまなかったね。ハルカはアタシの妹分みたいなもんだから、ついカッとなっちゃった。アンタ、名前は?」

「ゆ、悠真です」


 誤解が解けたことに胸をなでおろしながら答えると、なぜかシャーラは妙な声を出した。


「ははーん、アンタがユウマかい」


 そして、値踏みするように彼を頭のてっぺんから爪先まで見る。

 悠真は、途中の戦闘で生傷だらけ、服も裂けたり血の跡がついたりして、結構ボロボロである。


「あ、あの……」

「ここまで一人で来たのかい?」

「え? は、はい」

「ふーん」


 意外そうな声だったが、どこか感心したような響きもあった。


「一見ひ弱そうだけど、剣は使えるようだね。なら、この子もちゃんと守ってやってくれよ」

「は、はい!」 


 どうやら、彼女の目にかなったらしい。

 そして、彼女は遥にも尋ねた。


「あんたは大丈夫なんだね?」

「うん、ちょっと嬉しくて泣いただけだから」

「そう。ならいい。そういうことなら、せっかくの感動のご対面を邪魔しちゃ悪いから、アタシはこのまま仕事に行くよ。ほら、アンタたちも部屋に戻りな」


 彼女は自室のドアを閉めながら、他の者たちにも引っ込むように手で合図すると、皆それぞれに遥に微笑みかけたり、目配せしたりしながら、三々五々に自室に戻る。


 それを見れば、彼らもまた遥と親しく付き合っているのがわかった。


 またシャーラもニヤリと意味ありげな微笑みを見せた。


「あとで夕飯でも食べにきなよ」

「うん、ありがとう」

「じゃね、ごゆっくり」


『ごゆっくり』を妙に強調して、背中で手をヒラヒラ振りながら、階段を降りていった。

 再び廊下に静寂が戻る。


「ご、ごめんね、びっくりしたでしょ?」


 シャーラの微笑みと言葉に何かを汲み取ったのか、少し頬を染めつつ、遥が気遣った。


「う、うん。でも、今の人、遥ちゃんのこと妹分だって言ってた」


「そうなんだ。私がここに来て知り合いになって、仲良くしてもらってるの。さっき部屋から出てきた他の人たちもそうよ。私が遠い国から来たって言ったら、とても親切にしてくれて」


「へえ、そっか、よかったね。親切な人と知り合えて」


「うん。……あ、こんなところで立ち話してごめんね。散らかってるけど、入って」


「じゃあ、お邪魔します」


 今の一幕に気が抜けたが、再び胸を高鳴らせつつ彼女の部屋に入ったのだった。



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