第22話 ウルムのキューブ(2)
そして、ウルム村のそばにある森の中。
悠真は、カサラの後について、鬱蒼とした森の小道を歩いていた。
周りの様子は悠真の目にはほとんど入ってこない。
というより、どこを歩いているのかさえも認識していなかった。
心が激しく乱れ、それどころではなかったのだ。
(キューブが破壊された……僕は、いったいどうしたらいいんだ……)
もしそれが事実なら、もう二度と元の世界に帰れない。
両親にも友人にももう一生会えない。
慣れ親しんだ街どころか、地球にすら戻れないということが、動揺に拍車をかけている。
海で遭難して無人島に流れ着いたのなら、自分の才覚で何とかなるかもしれないが、異世界ではどうにもならない。
受け入れられる限度を超えていた。
だが、途方に暮れる一方で、一つの疑念があった。
キューブを破壊するなど、この世界の住人たちにできるのだろうか?
叩いたら壊れるとか、剣で切れるといった類のものではないように思える。
それに、『破壊された』というのはカサラの言葉だけだ。
彼女が嘘を言うとは思えないが、勘違いの可能性もある。
とにかく、この目で確認しないとどうしようもない。
しかし、もし本当だとしたら、どうすればいいのか。
そこでまた同じことを考えていることに気づく。悠真の思考は堂々巡りするばかりだった。
しばらく歩くと、少し開けた野原に出た。
「着きましたわ。あなたがおっしゃっていたのは、あの遺物でしょう?」
我に返ると、野原の真ん中に古代の神殿だったと思しき小さな廃墟があった。
すでに倒壊したのか屋根も天井もなく、折れた石柱やら、崩れかけた壁の一部やらが残っているだけだ。
地球側の海底神殿に比べればはるかに小さく、せいぜい十数メートル四方だったと思われる。
そして、その中央部には直径およそ10メートル、高さ30センチほどの円形のステージがあり、その上に箱型の黒っぽい物体が置かれていた。
キューブだ。
海底神殿で見たものと同一であることはすぐにわかった。
だが、『ちゃんとあるじゃないか』と安堵しかけた瞬間、異常に気がついた。
「えっ……」
慌ててキューブの目の前に駆け寄る。そして、愕然とした。
あちこちで筐体が裂け、中の構造が見える。
裂け目が外側に広がっているところを見ると、どうやら、内部で爆発が起こったらしい。
また、筐体の表面にもヒビが入ったり、ドス黒く変色したりして、キューブ全体が相当なダメージを受けたことは明らかだった。
そして、キューブが発光していないことにようやく気づく。
「そんな……ホントに壊れて……」
だが、これでもまだ、動かないとは限らない。映画やアニメでは全壊寸前のロボットや戦艦がワープしたり必殺兵器を撃ったりしているではないか。
ましてやキューブは人類などが及びもつかない先進文明の機械である。
『こんな程度で故障なんてするわけないじゃない。バカじゃないの? これだから低級種族って面倒なのよね』
きっとプーカが現れて、そう言うのではないか。
一縷の望みにすがって、彼女を呼び出す言葉を叫んでみる。
「ルクレス!」
だが、何も起こらなかった。光りもしないし、音もしない。
耳をすませて微かに聞こえるのは、そよ風になびく木々の葉音だけだ。
背中から冷たい汗が流れる。
「うそ……だよね。そう簡単に壊れたりしないでしょ。ルクレス!」
もう一度言ってみるが、やはり何も起こらない。
「プーカ、頼むよ、出て来てよ」
さらに、二度三度と起動の言葉を投げかけるが、キューブは全く反応しなかった。
もう間違いない。キューブは壊れているのだ。
「くっ……なんで、こんな……それじゃ、本当に……」
ようやく事態の深刻さが身に染みてくる。
もう帰れない。
この事実に身がすくむ。
こんな地球上ですらない、未知の世界に閉じ込められてしまった。
(そうか、それで二人は……)
だが、少なくともこれで、なぜ先に転送した二人が戻って来なかったのかが分かった。
単に帰る手段がなかっただけだ。
居心地がいいだの、絵を描き続けたいだの、そんな呑気な理由しか思いつかなかった自分がいやになる。
そして、自分も異世界という壮大な袋小路に嵌ってしまったのだ。
「なんで、こんなことに……」
悠真は茫然自失のまま、立ち尽くした。
「ユウマさん……」
しばらくして、背後からカサラが遠慮がちに呼びかけた。
振り返ると彼女が気の毒そうな目で見つめていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ……すみません……」
「あの……」
「はい。もうここは結構ですので……」
震える声で答えると、カサラがうなずいた。
「分かりました。では、私の家に参りましょう」
「……はい」
心が機能停止したように、何も考えられない。
促されるまま、おぼつかない足取りで、悠真は彼女の後について行った。




