第15話 パラレルワールド
「そんなわけ……、だ、だって、あんなに……」
悠真は激しく動揺した。うまく言葉が出ない。
つい数時間前まで彼女は元気で、親しく言葉を交わしていたのだ。なのに、いきなり墓を見せられて死を告げられても、受け入れられるはずがない。
「どうして、こ、こんなことに……。お、教えてください。何があったのですか?」
サフィナにすがりつくようにして、悠真は懇願した。
「……少し珍しい薬草を探しに森の奥に入ったところ、魔物に襲われまして……。診療所に担ぎ込まれた時には、もう手の施しようがなかったそうです」
そう言って、彼女は悲しげに目を伏せた。
「そんな」
悠真は、よろめきながら墓石を振り返った。そして崩れ落ちるようにしゃがみ込み、地面に両手をついた。
口から嗚咽が漏れる。自然と涙も流れてきた。拳で拭うが、止めることはできなかった。
「フェリス……くっ、ううぅ……」
「……」
サフィナは気の毒そうに悠真を見つめた。先ほどまで、微かに見えた警戒心も、その様子を見て消えたようだった。
「……さぞ仲良くしていただいていたのですね」
「……はい」
フェリスの言葉が悠真の脳裏に蘇る。
『私も、あなたに会いたいわ』
そう言ってくれた彼女はもうこの世にはいないのだ。
「フェリス……、僕は……」
しばらくの間、これまでの思い出に流されながら、悠真はただ涙を流し、うなだれていた。
だが――
ひとしきり泣いて落ち着いてくると、ようやく頭が回転し始めた。
涙を拭いて顔を上げ、墓石を見つめる。
そして、確信した。
(この墓は昨日今日作られたものじゃない)
まだ新しいとはいえ、雨風に晒された跡が見える。
周りに植えられている花も根付き、棺を埋めるために掘り返されたはずの地面にもその跡がない。
てっきり、昼前に別れた後に急死したものと思い込んでいたが、よく考えれば、ゲームで会っていたのは、この世界の本人ではない。
悠真は立ち上がって、サフィナに向き直った。
「あの、彼女は、いつ……?」
「2か月ほど前です」
「2か月……前……?」
一瞬、言われたことが頭に入ってこず、悠真は固まった。
アヴァロンを始めたのが3か月前。つまり、その1か月後には、実在の彼女は亡くなっていたことになる。
だが、ゲームはこの世界を完全に写し取ったものではなかったのか?
何かがおかしい。
ぞわりとした疑念が全身を駆け巡る。
さらにもう一つ腑に落ちないことに気づいた。
「あの、さっきの薬草の話ですけど……、珍しい薬草って言ってましたよね? もしかしてそれって、診療所に頼まれたサリムの花ですか? それで、ワーウルフに襲われて……」
「え、ええ、よくご存知ですね」
「っ!」
衝撃を受けて、悠真は言葉を失った。
その話はよく知っている。なぜなら、自分もゲーム内でクエストとして引き受けたからだ。
しかも2か月前に、フェリスと二人で。
それは、まだお互いのレベルが低い頃のことだ。
難病の子供を助けるために、森の奥深くに咲くと言われるサリムの花を摘んでくるという依頼だった。
当時の二人にとっては難しい仕事だったが、子供を助けたい一心で、彼女がどうしても引き受けると言い張った。
二人がかりで、エリアボス『オッドアイのワーウルフ』をなんとか倒し、無事に診療所に花を届けて、その子供は助かった。
そして、その一件で、悠真とフェリスが本当の仲間になった気がしたのだ。
だが問題は、ゲームとこの世界の両方で、同じクエストが同時期に発生していたということだ。
そして、ここでは彼女が亡くなり、ゲームの世界では少なくとも今日の昼までは彼女は生きていた。
そこまで考えたとき、ばらばらだった事実が一気につながった。
(そうか! そう……だったのか……)
その答えに愕然として、両手で顔を覆った。
(リセットじゃなかったんだ……)
悠真は今この瞬間まで、ゲームをリセットして、また最初からやり直す気分だった。
だが、そうではない。
この世界が巻き戻ったわけではないのだ。
あのゲームは、ヤマさんにテストプレイを頼まれた4月時点で、この世界のコピーしたものだった。
そして、悠真がゲームをしている間も、当然ながらこちらの世界の時間も進んでいたのだ。
つまり、今、悠真がいるのは、その時点から悠真が現れずに3か月が過ぎた世界だということである。
いわば、ここはパラレルワールドなのだ。いや、厳密にはこちらの世界が本物で、ゲームの方が分岐した平行世界である。
そして、それはゲームと現実とでは大きな乖離があることを意味する。
ゲーム内で悠真が引き起こしたことは、この世界では一切起こらなかったと考えられる。
逆に、ゲーム内で起こらなかったことが、この3か月の間に起こってしまっている可能性がある。
フェリスの死のように。
今日まで悠真が現れなかったこの世界では、二人は出会うこともなく、彼女はおそらく一人で診療所の依頼を引き受け、その結果亡くなったのだ。
そして、そんな世界に自分は飛ばされてしまった。
(そんな……、僕はいったい、どうしたら……)
こんなはずじゃなかった。そんな思いが、心の中を駆け巡る。
同時に、深い孤独感に苛まれる。この世界に自分を知る者はなく、フェリスもいない。
居心地よく感じていた街が、急によそよそしく感じられる。
こんな有様で、一人で遥たちを探し出し、元の世界に連れ帰ることができるのか。
フェリスを失った悲しみと、絶望的な見通しに打ちひしがれ、悠真は途方に暮れてうなだれた。




