裏切り者
全ての授業が終了してクラスメイトたちはそれぞれ部活動の為に教室を抜けていく。
この間まで俺もその内の一人だった。
だが今は違う。
慣れない松葉杖をつきながら歩行するのは大変だ。
膝はずっと痛みがある状態。
俺は松葉杖に悪戦苦闘しながらサッカー部がいるであろうグラウンドに向かう。
途中の廊下で前方に、グラウンドへ向かっているであろう監督とサッカー部副顧問の二人がいた。
もうどうせ俺はサッカー部を辞めるから最後に二人に挨拶でもしておこうと近づこうとする。
「レイ君の件は残念ですね」
副顧問は気弱そうな感じで監督に話しかける。
「確かに残念ではあります……しかし幸いにも怪我したのがレイで良かったですよ。レイの代わりはなんとかなりますが、ヒロの代わりはいないですからね」
は?
俺は監督の言葉で動きと思考が停止する。
「え、そ、そうですかねぇ……」
副顧問の声がうわずり、監督の発言に若干引いているのが伺える。
「ヒロが怪我していたら我が校のサッカー部は、おそらく終わっていでしょうな。怪我の叫び声聞いた時ヒロが負傷したのかと思い焦りましたが、レイだったので、まだ大会はなんとかなりますよ」
「は、はぁ……」
副顧問は怪訝な表情で相槌をうっている。
監督は俺が入院している時に見舞いに来て “また一緒にサッカーやろうな“ と言ってくれたのに、あの発言は嘘だったのか。
ヒロではなく俺が怪我してよかっただと……。
俺は監督と副顧問が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
俺はサッカー部に不要なのか。
監督のいたわりの言葉で、入院中に一瞬でもサッカー部に復帰しようかと考えた自分が馬鹿みたいだ。
信じていたのに……。
監督に対する失望で俺の心が暗く沈んでゆく感覚に陥っている。
「嘘つきめ……」
小さくつぶやくとマユとヒロの待ち合わせ場所に向かうことにする。
もはやサッカー部を眺める気分はとうになくなっていた。
くだらない、サッカーなんて馬鹿馬鹿しい。
どんだけヒロが大事なんだよ。
心の整理が全くつかないまま俺は歩みだす。
✝
待ち合わせ場所のマ◯クにつくと、すでにマユとヒロが来ていた。
先程の事もありヒロの顔をあまり見たくなかったんだが。
しかしよく考えてみたらヒロは部活の練習はどうしたんだ?
俺は松葉杖をつきながら二人のテーブルに近づいていく。
「うす……」
自分でも驚くほど元気のない声が出てしまった。
「あ、レイ待ってたよ」
マユが淡々として声をかけてくる。
「うん、待たせた。というか……ヒロ、部活はどうしたんだ?」
大会も近いはずなのに。
「いや、部活はサボったんだ」
「サボる? 珍しくないか、というか初めてでは?」
「まぁな……」
ヒロは今日ずっと歯切れが悪いが何かあったのか。
「レイとりあえず座ったら」
マユに促され俺は二人の正面の座席に座らされる。
マユとヒロが隣同士で座っているが、俺がマユの隣が良かった。
「ほらレイ、何でも頼んで。今日は退院祝いなんだから」
「あ、ああ」
マユとヒロの奢りとはいえ、少し遠慮してしまう。
俺はあまり値段の高くないスタンダードなハンバーガーセットを頼むことにした。
「それだけ? もっと色々頼んでいいのよ。ヒロだってお金無くなる覚悟で来てるんだか。ね」
「そう、これは俺の謝罪……っていうか、ただの罪滅ぼしだからさ……」
罪滅ぼしね。
「そっか……分かった。じゃあ俺この店の全品頼むわ」
「え……マジか……」
「嘘でしょっ!」
二人共いいリアクションするなあ。
「嘘だよ」
あっけらかんと答える。
「びっくりしたぁ」
マユは胸をなでおろす。
「店の全品なんて三人でも食えないからな」
「ふふっ、確かに」
「すまないレイ、俺の財布が頼りないばかりに……」
「いやヒロ、そんなガチに受け止められても困るんだが」
こういう三人の掛け合いはなんだか久しぶりのような気がして妙に懐かしい。
いつもと変わらない三人の日常って感じがするな。
そして俺達三人は他愛のない話に花を咲かせるのだった。
✝
マユとヒロの会話に夢中で気にしてなかったが、俺はスマホの時計を確認するとすでに十九時を過ぎていた。
心地良い時間は早く過ぎ去るのだ。
「マユとヒロ今日はありがとう。久々に楽しかったよ」
最近はろくでもないことばかり起こっていたから、これは本音だ。
この先俺はどうなるか分からないが、ヒロと最愛の彼女であるマユがいれば困難も乗り越えていけるのではないかと思った。
「レイ……最後に話があるの」
マユはそう言うと姿勢を正す。
なぜかヒロも右にならう。
「どうした改まって」
「本当はもっと前に話したかったんどけどレイの怪我があってずっと言えなかったのね。それで……」
マユが何かを言うのをためらっているようだ。
いやこの感じ……すごい既視感がある。
大体この後良くない事になる。
「わたし実は……」
俺は何も聞きたくなかった。
「本当は……」
何も言わないでほしい。
「わたし本当はヒロが好きなの……」
✝
今現在の俺の心と同じ、色あいの暗い空から大粒の冷たい雨が降りそそぎ俺の体を打ちつけている。
街ではときおり傘を持たない人が雨除けのためカバンを頭に掲げて小走りで通り過ぎていく。
俺は先程のマ◯クでの事をずっと頭の中で反芻していた。
マユは目を赤く腫らしながら何度も俺に謝っていた。
聞いてみればマユは最初からヒロの事が好きだったらしい。
俺と付き合ったのはヒロの彼女になるための練習とかいうふざけた理由だった。
いや、だったら最初からそう言えよ。
はじめから俺を騙していたんだな、ヒロも……マユも。
ずっと信頼できる幼馴染だと思っていたが、そう考えていたのは俺だけだったんだな。
暗い空に一瞬の稲光が起こるとどこか遠くで雷の音が重く響き渡る。
それと同時に雨足がさらに強くなる。
俺はすでに全身ずぶ濡れで十一月という事もあり体もかなり冷えている。
吐く息も白い。
膝を冷やすのも良くないが、まぁ……そんな事はどうでもいい。
もはや体だけでなく心まで冷たくなっているような、そんな気さえする。
自分がどこへ向かっているのか、どこへ行きたいのかすら分からない。
気づけば怪しいピンクのネオン街にさしかかっていた。
おそらく道沿いにあるのはラブホテルとかそれに類する、いかがわしい店だろう。
どうでもいいが。
チラリとラブホテルの方を見れば、ちょうどカップルらしき二人が手をつないで出てきた。
「すごい雨ですよ桐島さん」
なんだか見覚えのある仕事のできそうな女性だ。
「おれはルリと長くいられるからこの雨に感謝したい」
キザっぽいことを言う、なんだか見覚えのある父親だな。
「私も桐島さんともっと一緒にいたいです」
「俺も同じ気持ちだ」
その二人はじっと見つめ合うと人目をはばからずに唇を合わせる。
「ルリこの世界で一番愛してる」
そして二人は長く抱きしめ合う。
母さんを裏切るとは……なんて気持ちの悪い光景なんだ。
「裏切り者め……」
父さんが言っていた母さんを愛してるとはどうやら嘘だったようだ。
「たとえあなたが誰かに裏切られてもあなたは誰かを裏切らないこと……か」
ごめん……母さん、俺が今まで信じてきたものはどうやら間違っていたのかもしれない。
いや、俺が無知で馬鹿だっただけで、元々こんな世界なんだろうな。
人間は平気で嘘を付くし、他人を騙すし、簡単に裏切るのだ。
「ふざけやがって」
なぜだろう、心がどんどん暗くなっていく感覚を覚える。
だがそれで良い。
他人なんて信用してはいけない。
この世はろくでもないやつばっかりだ。
決めた。
今日から俺は騙される側ではなく騙す側に、裏切られる側から裏切る側に回る事にする。
泣くのではなく泣かせる人間に、殴られるのではなく殴る人間になるんだ。
「許せねえよなぁ」
なんで俺ばっかり苦しまなきゃいけないんだよ。
俺以外が苦しめば良いんだ。
マユもヒロも監督も父さんも俺の心を裏切っている。
「裏切り者は全員死ね」
俺の呟きは強い雨の音でかき消される。
ただ分かっている。
自分以外は全員敵なんだ、信じられるのは自分だけだと……。
この後、主人公は異世界転移に巻き込まれるがそれは別のお話……




