あなたの娘は、もういません。
「新皇帝陛下万歳!」
「皇妃様万歳!」
熱狂する観衆の間を豪奢な馬車が通っていく。
その中では、皇帝陛下と皇妃殿下が仲睦まじく座っていた。
二人が観衆へ手を振ると、大聖堂の鐘の音をかき消すような歓声が街を包む。
ーーー今日は、皇帝陛下と皇妃殿下の結婚式だ。
王城から大聖堂に進む結婚披露パレードは、皆が待ち侘びた新しい時代の幕開けを感じさせた。
ここ、ビネンメーア皇国は先日まで戦火の中にいた。
前皇帝陛下が魔法に魅入られてしまったせいだと云われている。
500年前からビネンメーア皇国では、いや、隣国のマギア王国以外では廃れてしまった魔法。
マギア王国の民は、皆が魔法を使え、その力で生活していた。
その中でも魔法士と呼ばれる、魔法石を生み出せる者たちは重宝されている。
魔法石とは、魔力のない者にも魔法が使えるようになる奇跡のような代物であるらしい。
前皇帝陛下は、その魔法石をどうしても手に入れたかった。
魔法石欲しさに財を注ぎ込み、それだけでは足りず、隣国の魔法士たちを誘拐した。
もちろん、隣国から抗議が届いたが、前皇帝陛下はそれに耳を貸さず、結果開戦。
16年にも及ぶ大戦争へと発展した。
多くの騎士が死に、疲弊した民は暴動を起こし、貴族は他国へと逃げ出そうとし、国情は混沌を極めた。
そんな中で立ち上がったのが、今の皇帝陛下であるギルバート・ヴァッカー公爵だった。
彼は前皇帝陛下の従兄弟であったが、子供が望めぬ体であることを理由として皇位継承権を持たなかった。
皇国一の騎士であった彼は、戦場に出ると凄まじい勢いで敵軍を退け、犠牲になったかもしれない仲間の騎士や民を救い、逃げようとする貴族たちを説得して、前皇帝陛下を止めるために躍進した。
そうして、前皇帝陛下を退位させた彼は皆の支持を受けて、皇帝の座につくことになった。
そんな彼をずっと支え続けたのは、私の姉であるミリアーナ・ベーゼル侯爵令嬢だ。
ミリアーナは、ヴァッカー公爵とパーティーで出会い、逢瀬を重ねていたのだという。
公爵とでは子供が作れないということでベーゼル侯爵から結婚を反対され、一時は引き離された二人だったが、戦争に向かうヴァッカー公爵を心配したミリアーナが家を捨てて追いかけたことで再び縁を繋いだ。
献身的にヴァッカー公爵、そして戦争によって傷ついた者たちに尽くしたミリアーナは、その功績を称えられ、この度めでたく皇妃となった。
家を捨てた彼女は平民だったが、皇帝となったヴァッカー公爵の深い愛と民からの信頼は厚く、そのことで反対する者はいなかった。
こうして、ギルバート皇帝陛下とミリアーナ皇妃殿下は民に愛されて幸せに暮らしました‥‥で、終わればよかったのですが。
そうならなかったから今の私がここにいるわけで。
あ、申し遅れました。私は、ジュリアーナ。
2年後に死んで、今日に戻ってきた者です。
ジュリアーナ・ベーゼル侯爵令嬢。
それが、私の名前です。
お姉様が皇妃となったのはいいのですが、問題が一つ。
お二人の間に子供は出来ません。
皇帝陛下にはご兄弟がおらず、いるのは従兄弟の前皇帝陛下のみ。
その前皇帝陛下にもご兄弟はなく、子供もいらっしゃいません。
まあ、皇妃もその子供も立て続けに亡くなっていましたから。
遠縁もおらず、このままでは皇家の血筋が途絶えてしまいます。
この国では、皇帝になるのはその血筋の者だけと決まっていまして‥‥。
なんでも、それ以外の者が皇帝の座につくと災いが起きるとかで。
では、どうするのか?
前皇帝陛下に子を作ってもらうしかないですよね。
しかし、皇帝陛下は姉を溺愛していますし、浮気と捉える者もいるでしょうから姉が、というわけにはいきません。
平民でもいけません。出自を理由に反対する貴族が出て来れば煩わしいですから。
姉は平民なのでは?という疑問は捨ててくださいね。
元侯爵令嬢ですし、特別な例なのです。
となると、貴族令嬢であり、国の恨みを一身に受ける今は離塔に幽閉された何の旨味もない前皇帝陛下と婚姻してくれる者ですよね。
いるわけがありません。そう、いないはずでした。私を除いては。
今、我がべーゼル家の評判はとても悪いです。
それはそうですよね。現皇妃であるお姉様に理解を示さず、放逐した家ですもの。
お父様は大変お困りでした。皇家からの印象も悪いですからね。これからどうしたものかと。
そこへ、前皇帝陛下の婚姻相手を探しているという噂が舞い込んで来たわけです。
飛びつきますよね、そりゃ。
べーゼル家には弟という後継者もいますし。
どこかに嫁がせようとしていた次女を使えば、皇家も世間も我が家を悪く言えなくなります。
過去の私は父に言われるがまま、前皇帝陛下の妻となりました。
皇帝陛下とお姉様は私に同情して優しくしてくださり、我が家にも便宜を図ってくださいました。
べーゼル侯爵家は、弟の代でべーゼル公爵家となることも約束してくださいました。
これで皆が幸せになれると思っていたのに。
なぜ、殺されたのでしょうか。
死んだ後の私は、しばらく幽体となって王城を動き回っていました。
私の亡骸を見たお姉様が泣き崩れ、皇帝陛下も悲痛そうな顔をしていらっしゃいます。
あぁ、お二人を悲しませるつもりはなかったのに。
こんなことが起きてしまえば、次に前皇帝陛下に嫁いでくる娘もいなくなるでしょう。
そうなってしまえば、お姉様があの前皇帝陛下のお相手をして、そして‥‥。
なんて悲劇でしょう。そんなことが起こるくらいなら、この国は滅んでしまった方がいいのでは?
そんなことを考えてしまうくらい前皇帝陛下は傍若無人な人でした。
「あんなにいい女の妹だと言うから期待したが、これでは興奮出来ん。」
「姉のような美貌も知性もないのに我に意見するなッ!」
「お前が死ねば、姉が我の相手をするしかないであろうな。泣きわめきながらも我に抱かれるあの女はさぞかし美しいだろう」
お姉様を侮辱し、私を暴言と暴力で支配する最低な男でしたが、我慢するしかありませんでした。
優しいお姉様を犠牲にするわけにはいきませんから。
けれど、それも、もう叶いません。
そんな嘆き泣く私の前に光が差し込みました。
「愛しい我が子よ、どうして泣いているのですか。」
「え‥‥あなたは一体‥‥?」
「私はすべてを司るもの。万物の母。そなたたちは私のことを神と呼ぶそうですね。」
「神様‥‥?」
「そうですよ、愛しい我が子。あぁ、一体どうして泣いていたのですか。」
「それは、悲しくて。私が死んでしまったから、お姉様が‥‥。」
「? なぜそんなことで悲しんでいるのですか。」
「なぜって‥‥。」
「そなたはマギアの娘なのだから、この世が気に入らないのなら時を戻せばよいではないですか。」
「マギアの娘?時を戻す?」
「ええ、マギアで生まれた者は神の力を宿しています。一度だけであれば時を戻すことも可能でしょう。もちろん、代償はありますが。」
「待ってください。私がマギア王国で生まれたと?」
どういうこと?私がマギア王国で生まれた?
お母様はマギア王国の者ということかしら。
そういえば、お母様は亡くなったとだけ聞かされて、どんな方なのか知らないわ。
お父様はお母様のことを話そうとしないし‥‥。
ということは、お姉様もマギア王国の血が流れているの?
「そなたは間違いなく、マギアで生まれた者ですよ。しかし、姉と呼ぶその娘はマギアの者ではありませんね。ビネンメーアの者です。」
「どういうこと?それでは、私とお姉様は異母姉妹なの?」
「いいえ、それも違います。そなたとあの娘に血の繋がりはありませんから。」
「血の繋がりがない‥‥?」
「そなたはマギアの地から無理に引き剥がされたのですね。哀れな‥‥。」
神様の話を聞いていると、驚くべきことが分かりました。
私がマギアから誘拐された魔法士の娘だということ。
お父様が前皇帝陛下と組んでマギア王国から魔法士を誘拐していたこと。
過去の私には想像もしていなかったことでした。
そして、私は神様の教えてくれた通りに魔法を使いました。
「ーーーー■■■■■■」
代償は、私自身。
過去に戻るために、この世界からジュリアーナ・べーゼルという存在を消しました。
すべては、前皇帝とお父様に復讐するために。
私は、幽体で過去に戻るといたしましょう。
「ギルバート‥‥!まさか、こんな奇跡が起きるなんて!」
「ああ、なんてことだ。この奇跡を神に感謝しよう。」
まず手始めに、皇帝陛下の体を治癒魔法で治しました。
子が作れないことが原因で前皇帝の犠牲になる娘がいるのですから。
二人の子が生まれるようになれば何の憂いもありません。
どうか、いつまでもお幸せに。
「やめろ!やめさせろ!こいつはなんなんだ!一体どこから‥‥ヒイィィ!!ウア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
「なんだっ!?‥‥おい、医者を呼べ!!前皇帝陛下がおかしくなられた!!」
私がいなくなったことで、生涯誰との面会も許されず、孤独に死ぬ予定の前皇帝には幻影魔法をかけました。
前皇帝には、死ぬまで恐ろしい怪物のお相手をしていただきます。
ご自分がやったことをそのままされるだけですもの。平気ですよね?
「なぜ!なぜだ!なぜ!なぜ儂が!なぜだああああ!!!!!」
「父上。前皇帝と共謀し、マギア王国との戦争を招いた責任はあなたにも取っていただきます。」
「息子のくせに!儂を見捨てるつもりか!」
「‥‥あなたは姉上を捨てた。次はあなたが捨てられる番、ただそれだけですよ。」
「許さんぞ!!許さんからなああああ!!!」
お父様は弟により告発され、罪を償うことになりました。前皇帝は一応王族なので生涯幽閉されることになりましたが、お父様は処刑でしょうね。
皇家からも世間からも見放され、ついには家族からも切り捨てられたお父様。
可哀想なので、牢屋から出してあげました。
幻影魔法を使っているので、私の過去の姿がお父様には見えているはずです。
「誰かしらんが助かったぞ。後で褒美をくれてやろう。もしや、儂に気でもあるのか?」
『‥‥』
「‥‥しかし、くそっ、今まで育ててやった恩も忘れてあやつら!今に見ていろ!これで終わってたまるものか!」
『‥‥』
「おい、貴様も協力しろ。あいつらをどん底に落としてやる。もちろん、タダでとは言わんぞ。成功すれば、儂の妾にでも‥‥」
『あなたは本当にどうしようもないですね、お父様』
「は?何を言っとるんだ。貴様の父になった覚えはないぞ。」
『ええ、そうでしたね。‥‥ところで、マギア王国から誘拐した魔法士の中に赤子はいましたか?』
「なぜ、そんなことを‥‥まあ、いい。いたが全て男でな。娘がいたなら儂が引き取ってやったものを。前皇帝陛下にミリアーナを嫁がせ、魔法士の娘は教育して前皇帝陛下の妾として差し出せれば儂の地位は磐石になるはずだったのだ。」
『そうでしたか。もし、皇帝陛下のご結婚の日に魔法士の娘がいたらどうしていました?』
「そりゃ、前皇帝に嫁がせていたさ。皇帝には子は出来んからな。‥‥いや、待てよ。その娘が魔法士の子だとバレれば儂も今のように捕まっていたかもしれん。やはり、娘がいたとて、引き取るのは無しじゃな。」
『‥‥そう、ですか。自分の罪がバレないように私を殺したのですね。』
「何を言っている‥‥?おかしなやつだ。」
『今、魔法士たちはどうしているのですか?皆、マギアに帰れましたか?』
「ああ、あの皇帝が返したようだ。まったく、余計なことをしてくれた。せっかく、魔法士を捕まえておったのに。国を滅ぼされ、家族を人質に取っていれば、大人しく我々に従うだろうとな。知っておるか?魔法士は様々な魔法を使えるのはもちろんのことだが、代々その血筋が魔法石を作る力を受け継ぐ。その希少な血統を守るためか、家族をとても大事にする傾向にあるのだ。」
『そうなのですね。』
『捕まえ方は簡単だ。幼い子供を狙う。眠っている間は魔法を使えんし、普段魔法に頼っているせいか薬に免疫がなく、弱い。だから捕まえるのは簡単だったぞ。」
『なるほど、私が眠っている間に首を絞めて殺したのですね。実行犯は家からついてきたメイドかしら。お父様のことを異様に慕っていましたものね。私が死んだ後から姿を見ませんでしたし。』
「さっきから何を‥‥グゥ!?あ、がァ、グッ」
少し口が軽くなる魔法をかけてみたのですが、軽くなりすぎましたね。
すぐに全てを明らかにしてくれるだなんて。なんて親切なんでしょう。
おかげであまり手間をかけずに私を殺した相手を殺せます。
お父様の次はメイドに会いにいくとしましょう。
『さようなら、お父様。』
ああ、そうでした。違ったんでした。
『あなたには、もう娘はいませんでしたね。』
初めて執筆したので、拙いところも多々あるかと思いますが、最後まで見ていただけて光栄です!
読んでいただき、ありがとうございました!




