第6話 帰り道、阪急洛西駅、そして「河原町まで行く女」
桂川モールでの事件――
※秀吉の中では完全に事件――から数日。
A組の空気は、さらに
“ゆるくてうるさい”方向へ進化していた。
原因?
だいたい寧々や。
半分は利家。
残りは、秀吉の不用意なツッコミ。
(俺、なにしてんねん)
放課後。
ホームルームが終わった瞬間、利家が立ち上がって叫ぶ。
「よっしゃ帰るぞ!」 「帰るのに気合い入れんな!」
まつが利家のカバンをひっつかんで制御する。
「利家、今日は寄り道禁止。
家の仕込み手伝え」 「えー! 寄り道したいー!」 「子どもか!」
まつは今日も利家の親や。
秀吉はカバンを肩にかけ、
そっと教室を出ようとした。
そっとや。
目立たず。
事件を起こさず。
平和に。
「秀吉くん!」
背後から、元気な声。
振り返らんでも分かる。
(……はい、来た)
「なに」 「今日、一緒に帰ろ」 「なんでやねん」 「なんでって、同じ方向やろ?」 「方向が同じだけで一緒に帰るルールあるん?」 「ある! 今日作った!」
「作るな!」
寧々はニヤニヤしながら、秀吉の横に並ぶ。
距離感、相変わらずゼロ。
ゼロどころか、マイナスや。
「まつも一緒帰ろ!」 「うちは利家の首輪係や」 「首輪て言うな!」
利家がショックを受けた顔をする。
「俺、首輪なん!?」 「せや。放ったらどっか行くやろ」 「行く!」 「自覚あんのか!」
まつがため息をついた。
「……秀吉、気ぃつけや。
寧々の“今日作ったルール”は、
明日には憲法になる」 「怖いこと言うな!」
四人で校門を出て、阪急洛西駅へ向かう。
夕方の風が、ぬるい。春や。
そこへ、背後から静かな足音。
「……羽柴くん」
振り返ると、京極竜子がいた。
いつも通り、落ち着いた雰囲気で。
「竜子ちゃんも帰るん?」 「うん。烏丸まで」
その瞬間、
寧々の目が、一瞬だけ鋭くなった。
ほんの一瞬。
でも、秀吉は見逃さへん。
(あ、これ……)
「ほな一緒やな」 「うん」
竜子が微笑む。
柔らかい。
寧々は、すかさず一歩前に出た。
「秀吉くん、今日はうちの隣な」 「なんで指定席みたいに言うねん!」 「指定席や。予約済みや」 「何を予約したんや!」
竜子がくすっと笑う。
「寧々ちゃん、強いなぁ」 「強いで。
うちは東山の女や。押しは文化や」 「文化のせいにすな!」
阪急洛西駅。
改札前は高校生だらけ。
ここも戦場や。
「ほな、俺とまつはこっちや」 「利家、走るな」 「走る!」 「走るな!」
まつに引きずられて、利家は去っていった。
さよなら、戦友。
残ったのは、
秀吉、寧々、竜子。
三人。
(……急に空気、重いな)
ホームの端で電車を待つ。
寧々は落ち着きなくスマホをいじり、
竜子は静かに前を見ている。
電車が来た。
乗る。
車内。
座席は埋まっている。
三人、吊り革を持って立つ。
そして――
地獄が始まる。
なぜなら、行き先が違う。
竜子と秀吉は烏丸で降りる。
寧々は、そのまま河原町まで行く。
つまり――
烏丸で降りる二人を、
寧々は車内に残って見送る。
それが、寧々には耐えられへん。
(……耐えられへん顔してる)
寧々の眉間が、
少しずつ、寄ってきている。
竜子が、気づかんふりで話題を振る。
「羽柴くん、今日の授業、眠かったな」 「眠かったな。
日本史、先生の声が子守唄や」 「分かる。
でもノート、綺麗やった」 「竜子、観察しすぎやろ」
寧々が割り込む。
「うち、眠くなかったで?」 「なんで張り合うねん」 「張り合ってへん!
うち、寝たら終わるし!」 「何が終わるんや」 「いろいろ!」
怖いわ。
車内アナウンス。
『次は、烏丸~』
その瞬間、
寧々の顔が“戦”になった。
(早いて! もう来るんか!)
助けて利家。
今すぐ来てボケてくれ。
……おらへん。
烏丸に着いた。
秀吉が一歩、出口へ動く。
その瞬間――
「ちょ、待って」
寧々が、秀吉の袖を掴んだ。
「……なに」 「今日さ」
寧々は、顔を赤くしながら言う。
「烏丸で降りるん、
うち、見送りたない」 「は?」 「見送りたない!
嫌や! 腹立つ!」
「腹立つって自分で言うな!」
竜子が、静かに言った。
「寧々ちゃん」 「なに」 「……今の、可愛いな」
寧々が固まる。
「……は?」 「可愛い。
そのまんま」
余裕のある声。
本気の目。
寧々の顔が、一気に真っ赤になる。
「……竜子ちゃん、
そういうの、ずるいわ」 「ずるくないよ」 「ずるい!!」
秀吉は、完全に板挟み。
(なんやこの空気!
俺、ただ帰りたいだけやのに!)
ドアが閉まりかける。
「ほな、降りるで」
その時――
「秀吉くん!!」
「な、なんや!」
「烏丸からでも、
ちゃんと連絡して!!」 「連絡って何!? 帰宅連絡!?」 「そう! 生存確認や!」 「俺、ペットなん!?」 「ペットやない!」
一瞬、間が空く。
寧々が、勢いで言う。
「……大事な人や!」
言うてしもた。
寧々自身も、驚いた顔をする。
竜子も、ほんの一瞬だけ目を丸くした。
秀吉は、頭が真っ白になりながら――
「……分かった。する」
そう言って、降りた。
ドアが閉まる。
車内に残る寧々。
ホームに立つ、秀吉と竜子。
電車が動き出す。
窓越しに見えた寧々は、
顔を真っ赤にして、
悔しそうで、
でも――どこか嬉しそうやった。
秀吉は思った。
(……えらいことになってきたな)
竜子が、隣でぽつりと呟く。
「羽柴くん」 「……なに」 「寧々ちゃん、
ほんまに好きなんやね」
「……知らん。
俺、鈍感やし」
そう言いながら、
心臓がうるさい。
京都の帰り道。
烏丸のホーム。
ここから先、
“知り合い程度”では、
もう帰られへん気がしていた。




