第33話 GW2日目 勉強会(夕方)
――錦市場 伏見酒造店/秀吉実家 台所兼食堂――
夕方。
錦市場の人波も、さすがにちょっと落ち着いてきて、外の呼び込みの声が「元気やけど疲れてる」テンションになってきた頃。
伏見酒造の二階――秀吉の部屋では、参考書とプリントが散らばり、
四人の魂だけが台所兼食堂に移動していた。
机の上には、空になりかけた湯呑み。
寧々のチキン南蛮の余韻。
竜子の抹茶の余韻。
まつの段取りの圧。
そして、秀吉の胃痛。
「……あのさ」
秀吉が湯呑みを両手で持ったまま、急に真顔になった。
「何」
寧々が秒で返す。
「どうしました?」
竜子も同時に返す。
同時。
完璧に同時。
まつが、もう笑ってる。
「……なぁ、二人、息合いすぎやろ」
「合うてへん!」
「合ってません」
「合ってる!」
秀吉は、視線を泳がせた。
この二日間の勉強会――いや、名目勉強会の“何か”を、ようやく脳が処理し始めていた。
(これ……)
(俺……挟まれてる……)
「ちょい待って」
秀吉が手のひらを出す。
「整理さして。今、俺の頭、英単語より混乱してる」
まつが、椅子にもたれてニヤニヤする。
「ほら来た。鈍感京都男子の“気づきタイム”」
「鈍感言うなや」
「鈍感やろ。今さらやん」
「今さらって何やねん」
寧々が腕組みして、じっと秀吉を見る。
「秀吉」
「はい」
「今日、うちが料理したん、何でやと思う?」
「……美味しいから?」
「違うわ!!」
まつ、即ツッコミ。
「秀吉、質問の意図読め。国語や」
「国語ちゃうやろ」
「恋愛は国語や。読解力ない奴は落第や」
「こわ!!」
竜子が、湯呑みをそっと置いた。
静かな声やのに、逃げ道を塞ぐ。
「秀吉。今日、私が薄化粧で来た理由、分かります?」
「……体調?」
「体調ちゃいます」
「ちゃうんかい!」
寧々が前のめりになる。
「なぁ、秀吉。昨日も今日もさ、うちら、ただ勉強してたと思ってる?」
「……いや、勉強はしてた」
「してた、はしてたな」
「でも?」
「でも……」
秀吉の喉が、ごくっと鳴った。
まつが、もう観戦モードで言う。
「言うてみ。今ここで言うたら、男前ポイントちょい上がる」
「上がるんか」
「上がる。下がったら地獄」
「地獄の幅、広いな」
秀吉は、腹を括った。
伏見の男らしく――とか、謎理論で自分を支えながら。
「……これさ」
「うん」
「はい」
「……勉強会っていうか」
「うん?」
「……恋愛バトルやんな?」
沈黙、0.2秒。
「……はぁぁぁぁ!?!?」
寧々が一回、声のボリュームを関西最大にした。
「気づいたん!?今!?!?」
竜子は、静かに瞬きをしてから、ふっと息を吐いた。
「……やっと、気づいたんですね」
「その言い方、こわ」
「怖くないです」
「怖いって!」
まつが両手を叩いた。
「はいはいはい。正解。
やっと入学や、秀吉」
「恋愛に入学したない!」
寧々が、ぐっと顔を近づける。
「で?」
「で、って何」
「気づいたなら、どないすんの」
「どないすんの」
竜子も同じ方向に視線を向ける。
声は静か、圧は強い。
秀吉の背中に汗が出た。
「いや、今すぐ答えとか……無理やで」
寧々の目が、ちょっとだけ揺れる。
竜子のまつ毛が、すっと下がる。
あ、あかん。
地雷踏んだ感。
秀吉は慌てて手を振った。
「ちゃうねん!無理って“逃げる”ちゃう!
俺、ちゃんと考える!
ちゃんと向き合う!
……伏見の男やし!」
「また伏見の男出た」
寧々が半笑いになる。
「ほんまそれ言うの好きやな」
まつが呆れる。
「……でも、逃げへんのは、えらいです」
竜子が小さく言った。
寧々が、ふっと息を吐く。
「……まあ、今日のところは許したる」
「今日のところって何」
「明日もあるし」
「明日もあるんかい」
まつがニヤリ。
「GWは七連休や。地獄は長い」
「やめろ」
「現実や」
竜子が立ち上がって、鞄を持つ。
「そろそろ帰りますね」
「送る――」
秀吉が言いかけた瞬間、寧々が即カット。
「送らんでええ!」
「……送らなくて大丈夫です」
竜子も静かに追撃。
秀吉、詰む。
「え、どっち」
「どっちもや!」
まつが突っ込む。
「答えは“どっちも送らん”や。秀吉は家で反省」
「反省って何した俺」
「存在」
「ひどない!?」
寧々が玄関の方へ歩きながら、振り返る。
「秀吉」
「ん?」
「今日、気づいたんは進歩や。
でもな、気づいただけで終わったら、ぶぶ漬けやで」
「脅しやろそれ!」
「京都の愛情表現や」
竜子も、靴を履きながら、さらっと言う。
「秀吉。忘れないでくださいね。
今日のこと」
その言葉が、抹茶みたいにじわっと残る。
扉が閉まる直前、まつが秀吉の肩を叩いた。
「秀吉」
「はい」
「ようこそ。恋愛の関ヶ原へ」
「京都、戦国すぎるって……」
秀吉は、静かになった台所兼食堂で一人、湯呑みを見つめた。
(……俺のGW、ほんまに勉強会やったんか?)
(いや、もう分かった)
これは、勉強会という名の恋愛バトル。
鈍感京都男子でも、さすがに気づいた。
2日目である。




