第33話 GW2日目 勉強会 〜お昼ご飯決戦、胃袋とお袋と一粒万倍〜
――錦市場 伏見酒造店
秀吉実家・台所兼食堂――
伏見酒造の奥。
帳場の向こう、暖簾くぐったその奥にある台所兼食堂は、今日だけは完全に戦場やった。
名目は勉強会。
実態は――昼ご飯料理バトル。
「完成や!」
寧々が胸を張る。
目の前に並ぶのは――
チキン南蛮定食。
甘酢が艶めく揚げたて鶏。
自家製タルタルは、刻み玉ねぎとゆで卵、隠し味に少しだけ柚子皮。
副菜はまつ特製・出汁巻き玉子。
味噌汁は伏見の酒粕をほんのり溶かした、ほろ甘仕立て。
「胃袋、お袋、まとめてゲットや!」
寧々が小声で呟く。
「きょうびの京女は一粒万倍やな」
まつが腕を組む。
「なんやその商売繁盛みたいな恋」
「一粒蒔いたら万倍返ってくるんや。藤吉郎の心も、伏見酒造の未来もな」
「重い重い重い!」
そこへ、静かに現れたのは――
「何や、ええ匂いやないの」
藤吉郎オカン――羽柴仲。
割烹着姿。
伏見の女将の風格。
目が、鋭い。
寧々、背筋ピーン。
「お、おかあさ……いや、仲さん!
本日は勉強会の一環で、昼食をご用意させていただきました!」
「勉強会でチキン南蛮?」
「ええ、南蛮貿易的な意味で!」
「意味わからんわ」
まつ即ツッコミ。
竜子は一歩下がり、静かに頭を下げる。
「盛り付けとお茶、担当させていただきました」
その一言で、空気が変わる。
羽柴仲の目が、茶器を見る。
盛り付けの余白。
箸の置き方。
椀の位置。
「……きれいやな」
竜子、心の中でガッツポーズ。
(御茶屋の娘、ここで負けたらあかん)
寧々、横目で見る。
(盛り付けでポイント稼ぐなや……!)
まつが間に入る。
「はいはい、食べよ食べよ!
冷めたら点数下がるで!」
「何の点数や」
秀吉が椅子に座りながら言う。
「お前の人生の点数や」
「昼ご飯で人生決まるん!?」
■ 実食、開始。
「いただきます」
五人で手を合わせる。
秀吉が、チキン南蛮を一口。
サクッ。
甘酢がじゅわっと広がる。
タルタルの酸味と甘みが追いかける。
「……うま」
その一言。
寧々の心臓が跳ねる。
「ほんま?」
「うん、ほんま。店出せるやん」
「まつほどちゃうで」
「比べるな」
秀吉はもう一口。
「タルタル、うま。柚子?」
「気づいた?」
「伏見やし、柚子は合うやろ」
羽柴仲が、静かに頷く。
「この甘酢、ちゃんと揚げたて想定で濃さ調整してるな」
寧々、固まる。
「……はい」
「油吸う分まで計算してる。
よう勉強してるな」
寧々の胸が、ぎゅっとなる。
(褒められた……お袋に……!)
まつが小声で囁く。
「一袋、掴んだな」
「まだ二袋目や」
■ 竜子の静かな反撃
食後。
竜子が、静かにお茶を出す。
湯気。
香り。
茶碗の回し方。
「……おいしい」
秀吉が呟く。
「うん、落ち着く」
羽柴仲も、一口。
「ええ点て方やな。
雑味ない」
竜子の手が、少し震える。
「ありがとうございます」
(……胃袋は寧々。
でも、最後に残るのは“余韻”や)
寧々、茶を飲みながら思う。
(くっそ、うまいなこのお茶)
まつがぼそっと。
「これ、完全に料亭やな」
「御茶屋や」
「どっちも高い」
秀吉は、二人の間を見て、ぽつり。
「なんで昼ご飯でこんな緊張すんねん俺」
「伏見の男やからや」
寧々。
「将来、蔵背負うんやろ?」
竜子。
「背負うけど、今日のは背負ってへん!」
■ 羽柴仲の視線
仲は、三人を見ていた。
料理。
段取り。
気遣い。
視線。
(……若いなあ)
でも、寧々の包丁の持ち方。
竜子の茶碗の置き方。
まつの段取り。
どれも、本気やった。
「寧々ちゃん」
「は、はい!」
「また来て、料理教えてくれはる?」
寧々、目が丸くなる。
「え、うちが?」
「若い感性、店にも必要やしな」
まつ、心の中で叫ぶ。
(お袋、半分落ちた)
竜子も思う。
(……強いな、寧々)
秀吉は、何も分かってへん顔で味噌汁をすすっていた。
■ 食後の空気
「ほな、午後の勉強するか」
秀吉が立ち上がる。
寧々、にやり。
「甘いもん、いる?」
「まだあるん!?」
「別腹やろ?」
竜子、静かに。
「勉強、優先ですよ」
「……はい」
まつが腕を組む。
「昼の部、寧々優勢。
でもまだ2日目や」
寧々、袖をぎゅっと握る。
(負けへん。
うちは、ほんまに好きやから)
竜子も、湯呑みを持ちながら思う。
(私も、退かへん)
そして、無自覚な男は、単語帳を開きながら呟いた。
「“future”……未来か」
未来。
胃袋か。
お袋か。
それとも――。
GW2日目、昼の部終了。
戦いは、まだ続く。
――つづく。




