第32話 GW2日目 勉強会(※二日目の真の目的)
――錦市場 伏見酒造店/秀吉部屋――
GW二日目。
伏見酒造の二階――秀吉の部屋は、朝からすでに戦場やった。
机の上には英単語帳。
床には参考書。
そして空気中には、見えへん火花。
名目は勉強会。
ほんまは――恋の会戦。
高台寺寧々は、台所に立つ前に、まつと目を合わせた。
昨夜、鴨川のベンチで決めた作戦がある。
「まつ、確認しとこ」
「うん。言うてみ」
「……三つの袋を掴め!作戦や」
「よし、復唱するで」
「一つ……」
「一つ?」
「……恥ずかしくて言えんわ!!」
「そこ、肝心やのに言えへんのかい!」
まつが即ツッコミ、秀吉が机から顔を上げる。
「何の袋?」
「黙って単語覚えとき!」
「袋の英語なんやっけ?」
「“bag”や!」
「袋の英語だけ覚えてどないすんねん!」
竜子が、静かに笑った。
その笑いが、寧々の闘志に油を注ぐ。
(……笑うな。可愛いな。腹立つな)
まつが指を折る。
「二つ目」
「胃袋!」
「三つ目」
「お袋!」
「よし。つまり、まず胃袋で落として、最後はお袋を攻略する」
「……こわ」
秀吉が呟く。
「何が怖いねん。伏見の男やろ」
まつが睨む。
「伏見の男やけど、まだ高一やで!」
「高一から仕込むんが京都や」
「京都、こわ!!」
■ 寧々の決意:星は取れへんけど、心は取る
寧々は、袖をまくった。
家政科の血が騒ぐ。
料理は得意や。
まつほど“星取り”ではない。
でも、プロになれるレベルはある。
(星は取れへんでも、藤吉郎は取ったる)
「よし、今日の昼は……」
寧々が宣言する。
「……**“京都の胃袋を黙らす定食”**や!」
「名前、圧強いな」
まつが冷静に言う。
「黙らすんや。恋の戦いやし」
「恋で黙らすな」
竜子が、台所の入口でそっと手を挙げた。
「私、盛り付けとお茶、担当しますね」
「……お茶担当」
寧々は一瞬だけ固まる。
(御茶屋の娘や。主戦場がそこや)
竜子はにこっとする。
静かやのに、強い。
「お茶は、私の仕事です」
「……うん。頼むわ」
寧々は負けへん笑顔を返した。
(お茶は任せる。料理は渡さん)
まつが割って入る。
「はい、戦争やめ。役割分担な。
寧々:主菜・汁物。
うち:副菜・段取り。
竜子:盛り付け・お茶。
秀吉:……邪魔せん担当」
「なんで俺だけ!」
「お前が入ると、火が増える」
「台所で火は必要やろ」
「その火ちゃう」
「……恋の火?」
「今それ言うたら、鍋ひっくり返る」
まつの目が、まじで怖かった。
秀吉は、参考書に戻った。
魂だけ置いてきた顔で。
■ 台所、戦闘開始:包丁の音は恋の鼓動
まつが段取りを指示する。
「寧々、米炊こ。味噌汁の出汁、先に取る。
主菜は鶏の照り焼きでええ。
副菜はだし巻きと、ほうれん草の胡麻和え。
京都は“だし”で黙る」
「まつ、ほんまに先生やな」
「料理は戦や。段取りが勝敗決める」
「言い方、戦国すぎる」
「そらうちら、京都やし」
寧々は包丁を握る。
鶏肉を叩く。
醤油、みりん、酒――
ここで酒蔵の息子の家の強みが出る。
「秀吉ん家、料理酒、ええやつあるやん」
「あるに決まってるやろ。伏見やぞ」
「伏見の男、ここで役立て」
「料理酒係ならやる!」
「台所入るな言うたやろ!」
秀吉、追放。
竜子はその様子を見ながら、心の中で少しだけ安心する。
(……寧々、強い)
(でも、乱暴じゃない)
竜子は、お皿を選ぶ。
茶器を見る。
盛り付けの“余白”を作る。
御茶屋の娘の美意識が、静かに刺さる。
寧々が横目で見る。
(……盛り付け、綺麗すぎる)
(腹立つ。さすが御茶屋)
まつが間に入る。
「寧々、焦げるで。恋より先に照り焼き見ろ」
「恋より照り焼きが先って何」
「照り焼きは嘘つかへん」
「名言やめろ!」
■ 秀吉の部屋:男子ひとり、地獄の待機
秀吉の部屋。
秀吉は参考書を開いたまま、ペンが止まっていた。
(……台所、怖い)
(あれ、勉強会やんな?)
昨日の告白が、まだ胸に残ってる。
今日は料理の匂いが、さらに追い討ちをかける。
甘辛い照り焼きの香り。
出汁の香り。
だし巻きの卵の匂い。
(……腹減った)
(いや、腹減ってる場合ちゃう)
そこへ、まつの声が飛んでくる。
「秀吉ー! 英単語! “marry” は結婚やで!」
「今それ言う!?」
「今やから言うねん!」
寧々の声。
「“marry” って、うちのことやな!」
「違う!」
竜子の声が静かに続く。
「……秀吉、集中してください。
将来、酒蔵背負うんですよね?」
秀吉、白目。
(何の圧)
(勉強会、怖い)
■ そして、昼が近づく:胃袋アピール、発動寸前
台所では、最後の仕上げ。
照り焼きに艶が出て、味噌汁が湯気を立てる。
だし巻きがふわっと焼ける。
胡麻和えの香りが立つ。
寧々は、深呼吸して呟いた。
「……よし。いける」
「いける。寧々の料理、ちゃんと強い」
まつが言う。
「星は取れへんけど」
「星の話やめろ」
「藤吉郎は取る」
「藤吉郎言うな!」
竜子が、お盆に茶器を並べる。
上品に、でも戦闘準備は完璧。
「……お茶、点てますね」
「うん。頼む」
寧々が返す。
互いに笑ってるのに、目は笑ってへん。
まつが、両手を叩いた。
「よし、全員集合ー!
勉強会二日目の昼、開戦――じゃなくて、昼休憩や!」
寧々は、心の中で叫ぶ。
(胃袋、掴むで)
(その次は、お袋や)
そして秀吉は、机の前で静かに震えていた。
(……俺のGW、どこ行ったんや)




