第3話 昼休み、弁当戦争、そして「知り合い程度」の崩壊
入学式から数日。
桂川高校普通科A組は、早くも“うるさい日常”に順応しはじめていた。
ほんま、京都の高校生いうても、
静かなんは外面だけや。
教室の中は、だいたい戦国時代や。
「秀吉ぃ、昼やで昼! 弁当の時間や!」
前田利家は、今日も朝から元気やった。
その声量で飯が進むわけないやろ。
「お前、昼休みのチャイム鳴る前から胃袋起きてたやろ」 「せや! 俺の胃袋は体育会系や!」 「意味分からんし、誇んな」
秀吉がツッコむ横で、
前田まつが机をトン、と叩く。
「利家、うるさい。
弁当は静かに食べるもんや」 「静かに食べるって、修行僧やん」 「黙れ。口動かす前に箸動かせ」
怖い。
まつ、今日も怖い。
でも利家は、なぜかニコニコしている。
どんな神経しとんねん。
「秀吉、弁当あるん?」 「あるわ。おかんが作ってくれた」
秀吉は弁当箱を机に置いた。
伏見の酒蔵は忙しい。
それでも、こういうところはちゃんとしてくれる。
「ええなぁ、おかん弁当。
俺んとこ、昨日の晩の鍋の残りやで」 「残りもんが弁当になるん、実家のリアルやな」 「リアルは強い。胃袋も強い」
そんな会話をしていると――
「秀吉くーーん!」
来た。
春の妖怪、距離感ゼロ。
「はーい」 「返事するな! 調子乗る!」
まつの即ツッコミも虚しく、
高台寺寧々は止まらへん。
「今日な!
うち、弁当作ってきてん!
家政科の意地、見したるわ!」
「見さんでええ! 昼休みは見世物ちゃう!」 「見せるんや! 食は芸術や!」
寧々は、でかい風呂敷包みを
机の上にドン!と置いた。
「……え、何それ。
武器? 爆弾?」 「爆弾てなんやねん!
失礼やな! 愛や!」
「愛が重い時は爆弾になるんやで」 「知らんわそんなルール!」
包みがほどかれる。
「……弁当箱、三段やん」
まつが、珍しく目を見開いた。
利家はもう、目がキラキラしている。
「三段!? 料亭か!?」 「料亭ちゃう! 寧々や!」
寧々は胸を張った。
「上から、だし巻き卵。
鶏の照り焼き。
ひじき。
季節の炊き込みご飯。
デザートは抹茶わらび餅!」
「……普通にうまそうやん」 「うまいに決まってるやろ!
家政科やぞ! 舐めたらあかん!」
「家政科、戦場やったんか……」
秀吉が呆れていると、
寧々がニッと笑って、こちらを見る。
「秀吉くん、食べる?」 「いや、なんで俺に」 「同じクラスやし?」 「理由が雑やねん!」
ツッコんだ瞬間、
寧々は机に身を乗り出してきた。
「……なあ、秀吉くん」 「近い近い」 「ちょっとだけでええし」
顔が近い。
近すぎて、鼻息が当たる。
「……一口、食べて」 「一口の圧が怖いわ!!」
利家が大笑いする。
「秀吉、食べたれや!
寧々、頑張ってるやん!」 「お前は黙れ、胃袋体育会系!」
まつも、口元を押さえている。
「秀吉、食べ。
断ったら、寧々一週間引きずるで」 「引きずるタイプなん?」 「見たら分かるやろ」
寧々はもう、
“断ったら許さん顔”をしていた。
(……しゃーない)
秀吉は箸を受け取り、
だし巻きを一口。
「……うまっ」 「やろ!?」 「めっちゃうまい」 「せやろ!? せやろ!? せやろ!?」 「三回言うな!」
寧々は嬉しさで机をバンバン叩く。
周囲の視線が集まる。
目立つ。
やめてくれ。
その時。
「……いい匂い」
静かな声。
教室の端で、
京極竜子がこちらを見ていた。
騒がしい輪の外側から、
ほんの少しだけ興味をのぞかせるように。
「竜子ちゃんも食べる!?」
寧々は、即座に振り向いた。
距離感ゼロは、誰にでも平等や。
「え、ええの?」 「ええええ! 食べ!
ほら、照り焼き!」 「照り焼きが上品は無理あるわ」
まつのツッコミにも構わず、
竜子は一口、箸を伸ばした。
「……おいしい」 「やろ!?」 「落ち着き、寧々」
竜子は、ほんの一瞬だけ
秀吉の方を見る。
目が合う。
「……羽柴くんも、食べたの?」 「あ、うん。
普通にうまかった」 「そうなんや」
それだけ。
それだけやのに、不思議と落ち着いた。
(……静かな子やな)
「竜子ちゃん、秀吉くん、
仲良うしよな!」
寧々が、すかさず割り込む。
「いや、まだそんな」 「“まだ”って言うたな!?
今“まだ”って言うたな!?」 「そこ拾うな!」
背後から、男子の声。
「なあ、羽柴。
お前、家政科の子と仲ええんやな」 「……は?」 「弁当食べさせてもろてたやん」
背筋が、ピキッとする。
(あ、これ……)
嫌な予感は、たいてい当たる。
「いや、違う。
知り合い程度や」 「知り合い程度で弁当食べるん?」 「食べる時もあるわ!!
……知らんけど!」
ノリツッコミが、
盛大に炸裂した。
寧々はケラケラ笑う。
「知り合い程度やけど、
うち、明日も作ってくるで!」 「知り合い程度の供給量ちゃうねん!」
まつが、淡々と言った。
「秀吉、終わったな」 「終わってへん!」 「いや、終わった。
“知り合い程度”って言うた口で
弁当食べたら終わる」 「世の中厳しすぎるやろ!」
竜子は、静かに弁当箱を閉じた。
「……羽柴くん、大変やね」 「大変やわ。
まだ一週間やぞ」
寧々は、胸を張る。
「安心し!
まだまだ始まったばっかりや!」 「安心できる要素どこ!?」
教室に、笑いが広がった。
春の昼休み。
“知り合い程度”の関係は、
弁当一口で、あっさり崩れ始めていた。
(……ほんまに勘弁してくれ)
そう思いながらも、
不思議と嫌ではなかった。
騒がしいのに、
春の匂いがしたからや。




