第27話 袖を濡らす恋 ――京の恋は、言葉より袖が先に泣く――
伏見酒造の二階。
秀吉の部屋。
GW初日やのに、空気だけは梅雨みたいに重たかった。
湿気の正体? 恋や。完全に恋。
「……え、えっと……」
秀吉が口を開いた瞬間、寧々が指を突きつけた。
「“えっと”禁止!!」
「なんでや!」
「腹立つからや!」
「理不尽!」
まつがスパーンと机を叩く。
「はい、全員いったん座れ。
今この部屋、恋の火災報知器鳴ってる」
「鳴ってへん!」
「鳴ってるわ。うちのツッコミがサイレンや」
竜子は静かに座り直し、背筋を伸ばした。
お茶屋の娘らしい所作。
落ち着いてる。
落ち着いてるのに――手だけ、膝の上でぎゅっと握っている。
寧々は逆や。
姿勢は崩れて、声はでかくて、心臓が胸を破りそうで。
でも目は、逃げへん。
「……秀吉」
「うん」
「うち、言うたよな? “大事”やって」
「言うた……」
「ほな、もう一回言う」
寧々は大きく息を吸った。
「うち、秀吉が好きや」
部屋が静まる。
静まったのは、秀吉だけや。
「……好きや。
めっちゃ好きや。
腹立つぐらい好きや」
「腹立つ要素いらんやろ……」
「いるねん! 恋は腹立つねん!」
まつが片手で顔を覆う。
「京男子って、ほんま“知らん”で逃げる文化あるよな」
「逃げてへん!」
「逃げてる。今のは煙幕や」
寧々の声が震え始める。
「秀吉、あんたな、無自覚に優しいねん。
困ってる人おったら、すぐ手ぇ差し出すやろ」
「いや、“手ぇ出す”は語弊が!」
「手ぇ貸す!
とにかく、そういうとこが腹立つのに、好きやねん!」
怒ってるみたいで、泣いてるみたいで、
どっちも本物で。
その時、竜子が静かに口を開いた。
「……寧々、言ったね」
柔らかい声。
でも、芯は折れてへん。
「私も……秀吉のこと、大事」
「……え?」
「“え”も禁止!!」
「びっくりするやろ!」
「言葉選べ!」
まつが机に突っ伏す。
「これ、勉強会やったよな?
いつから修羅場会議になったん」
「最初からや」
秀吉は、二人を見た。
泣いてる寧々。
静かに燃える竜子。
そして、逃げるのをやめた。
「……俺な」
視線が集まる。
「今は、答え出されへん」
寧々の胸がきゅっと鳴る。
「でも」
秀吉は、はっきり言った。
「二人の気持ちを、なかったことにはせえへん」
まつが小さく頷く。
「……最低限、伏見の男は合格やな」
「最低限言うな!」
寧々は、涙のまま笑った。
「……それで、ええ」
竜子も、静かに息を吐く。
「……うん」
窓の外、錦市場は今日も賑やか。
世界は変わらへん。
でもこの部屋だけは――
確かに、一歩進んだ。
京の恋は、言葉より袖が先に泣く。
けどその涙は、今日、約束になった。




