第26話 GW初日 錦市場/伏見酒造/秀吉の部屋 ――勉強会? せやけど実質、恋の戦争会議や――
GW初日、朝九時。
錦市場はもう「京都の台所」やなく、「世界の台所」になっていた。
「……人、多すぎひん?」
寧々が、東山訛りで眉をひそめる。
「GWの錦はな、魚と観光客と外国語で出来てんねん」
まつが即答する。
「うんちく早いわ!」
「家政科やし。段取りは命や」
横で竜子が小さく笑った。
その余裕が、寧々には少しだけ腹立つ。
(……今日も落ち着いてる。なんなん、この子)
「おはよ……って、なんやこのメンツ」
後ろから現れた秀吉は、眠そうな顔でスマホをしまう。
その一瞬の仕草すら、寧々の心臓には騒音や。
「お前ん家で勉強会や言うたやろ」
利家が即ツッコむ。
「錦の人混みにビビってただけや」
「それ寝ぼけてる言うねん」
いつものやり取り。
でも今日は、空気が少しだけ違う。
■ 伏見酒造・二階――秀吉の部屋
店先では観光客が「KANPAI!」と叫んでいる。
その真上、秀吉の部屋は妙に静かや。
「……男子高校生の部屋にしては、整いすぎやろ」
寧々が言う。
「几帳面やね」
竜子が続く。
「普通やし」
秀吉は目を逸らした。
「普通ちゃうわ」
まつが即断。
「利家の部屋見たら価値観壊れるで」
「なんで俺やねん!」
勉強会、開始。
「まず英語」
司令官・まつの号令。
「仕切り早すぎひん?」
「段取りで勝つんや」
英語、数学、古文。
桂川高校はGW前でも容赦ない。
「先生ら、休み前ほど本気出すよな」
秀吉がぼそっと言う。
「京都の寺の階段理論や」
「登っても終わらんやつな」
十一時半。
集中力、限界。
■ 昼ごはん――台所は女子の陣地
「昼作るで」
まつが立つ。
「手伝う!」
寧々が即反応。
「私も」
竜子も静かに続く。
出来上がったのは、
鶏の照り焼き、だし巻き、味噌汁、白ごはん。
「うまっ!」
利家が叫ぶ。
「声でかい」
「でもうまい!」
「知ってる」
秀吉は黙って箸を動かす。
その“普通さ”が、二人の胸を同時に刺す。
■ 午後、四人――戦場成立
利家は練習へ。
扉が閉まった瞬間、空気が変わる。
「再開するで」
まつが言う。
「……するんやな?」
秀吉がちょっと怯える。
十五分後。
「……なぁ、正直言うてええ?」
「なに」
「飽きた」
「はい地雷」
まつが即座に言う。
竜子が柔らかく言った。
「少し休憩しよ?」
「竜子、優しいな」
秀吉が無意識に笑う。
――空気が、凍る。
(今の言い方……)
寧々の胸が、きゅっと縮む。
■ 寧々、先制
「秀吉」
声が変わった。
秀吉も気づいて、姿勢を正す。
「うちな」
寧々は一度だけ息を吸う。
「秀吉のこと、めっちゃ大事やと思ってる」
沈黙。
「ちょ、今それ言う?」
まつが小声で突っ込む。
「言う」
寧々は引かへん。
「秀吉、無自覚に優しいやろ」
「……そうなん?」
「それが腹立つねん」
声が震える。
怒りと不安と好きが混ざってる。
「うちの心臓、毎日やかましいんやで」
秀吉は、言葉を探して――
一言だけ、余計なことを言った。
「……そんなふうに思われてるって、考えたことなかった」
寧々の胸が、どくんと鳴る。
■ 竜子、静かに踏み出す
竜子が立ち上がる。
「……寧々、言ったね」
声は穏やか。
でも、逃げ道はない。
「私も」
一拍。
「秀吉のこと、大事」
秀吉、完全停止。
「……え?」
「その“え?”が一番あかん!」
寧々が叫ぶ。
「倒れるで、二人とも」
まつが冷静に言う。
誰も笑わへん。
錦市場のざわめきだけが、遠くに聞こえる。
伏見酒造の二階。
世界一狭い、恋の戦場。
勉強会は、完全に崩壊した。
そして――
寧々の恋は、もう後戻りできへん速度で走り出していた。




