第19話 星降る夜と眠れぬ女子会 ――恋は消灯時間を守らへん―― 消灯。 ――のはずやのに。
天橋立国民宿舎の女子部屋。
布団の中は静かなはずなのに、心臓だけが全員起きている。
(……寝られるかいな)
高台寺寧々は、布団の中で天井――じゃなく、過去を睨んでいた。
籠神社。
御神木。
風。
そして、掴んでしもた秀吉の腕。
(あかん……思い出しただけで、顔熱い……)
そのとき。
「……はぁ」
隣の布団から、前田まつのため息。
やけに現実を引き戻す音や。
「……まだ起きてるやろ。二人とも」
小さい声。でも確信に満ちてる。
「……起きてへん。寝てる。夢見てる」 寧々が布団から顔半分だけ出して言う。
「夢の中で、そんな呼吸荒い奴おる?」 「うるさいわ!」
反対側の布団が、モゾッと動いた。
「……まつ、よう分かったね」
京極竜子の声。落ち着いてるけど、どこか震えてる。
「分かるわ。空気が“恋”の匂いしてるもん」
……一拍。
「鼻ええな」 「うち、家政科やし。腐ったもんの匂いにも敏感や」 「恋を腐らすな!!」
即ツッコミ。
でも、その声が少し裏返ってるのを、寧々は気づかへんふりをした。
■ まつ、冷静。二人、発火。
「で?」
まつが布団の中で寝返り打つ。
「今日の肝試し、何が一番怖かった?」
「風!」 「松の音!」
二人、即答。
「……嘘つけ」
淡々と、まつが刺す。
「どう考えても、秀吉やろ」
「はぁ!?」 「ちょ……まつ……」
反応が、完璧に図星。
「ほらな。怖いんやなくて、しんどいんやろ。心臓が」
「心臓しんどいとか知らんし!」 「……うちも、知らない」
「知らない顔してる二人が一番うるさいねん」
正論パンチ。
うるさいのは確かに、二人の心臓や。
■ 竜子:静かに、でも確実に燃える
竜子は布団の中で、両手を胸に置いた。
音がする。ほんまに、音がする気がする。
(……恋って、こんな音するんや)
昼の「シリウス」。
夜の肝試し。
「足元、気ぃつけや」と落とした声。
歩幅を合わせてくれた、あの一瞬。
(……優しい。無自覚で。ずるい)
息を吸う。
空気が、妙に甘い。
(うち、静かな人間やと思ってたのに)
火はもう、点いた。
しかも、消える気配がない。
(……大きなってる)
「……まつ」
竜子が小さく言う。
「うち、今日、手……出しそうになった」
「出したやろ」 「出してへん」 「出してへん顔して、距離詰めてたやろ」 「……詰めた」 「認めた!」
布団の中でノリツッコミが炸裂。
「竜子、あんたな、
普段“京の奥ゆかしさ”で生きてるやろ?
それ、今、燃料になってるで」
「……やめて、怖い」 「怖いけど、止まらんやつやそれ」
竜子は、そっと目を閉じた。
(止まらへん。
秀吉のこと考えたら、止まらへん)
■ 寧々:腹立つほど、好き
寧々は布団の中で顔を隠した。
隠しても、赤いのは分かる。
(ほんまに腹立つ)
当たり前みたいに優しい。
当たり前みたいに気ぃ遣う。
当たり前みたいに、人の心を撃ち抜く。
(なんで無自覚で、そんな得点決めてくんねん)
恋の得点力、反則級。
「……寧々?」
まつの声。
寧々はカバンをぎゅっと抱きしめた。
揺れる、パーサ君とコトノちゃん。
(あんた、覚えてへんのやろ)
それが悔しい。
悔しいのに――
(好きやねん)
ほんまに。
腹立つほど。
「……あいつな、ほんまに優しすぎんねん」
「せやな」 竜子が静かに言う。
「優しいのに、本人だけ普通やと思ってる」 まつが淡々と刺す。
「せやから腹立つねん!」
寧々が布団の中で足をバタバタ。
「今日、腕掴んでしもたんやで!?
死ぬほど恥ずかしかったんやで!?」
「声でかい」 「消灯や」 「宿舎全体にバレる」
「……うるさいわ!!!」
声を抑えた瞬間、鼻の奥がツンとした。
(くやしい)
(くやしいけど)
(好きやねん……)
「……まつ」
「ん?」
「うち、ほんまに……
大きな恋になってもうた」
一瞬の沈黙。
「せやろな」 まつは、優しく言った。
「寧々、もう“恋”やなくて“戦”やもん」
「戦って言うな!!」 「言う。東山の女は火ぃ強い」 「誰が東山の紅蓮や!!」 「自分で言うてたやろ」 「言うてへんわ!!……たぶん」
ノリツッコミで笑いに逃げる。
でも、寧々の目尻は熱かった。
■ まだ、知らない
二人は、同じ男に助けられて。
同じ男に恋して。
でも、互いが“助けられた側”やとは、まだ知らない。
まつは、その沈黙を感じて、ぽつりと言う。
「……まあ、ええやん。
恋って眠らんし。
京都の夜と一緒や。静かやのに、底でずっと流れてる」
「急に文学やめて」 「照れる」 「照れるなら言うな」
竜子が小さく笑った。
寧々も、鼻をすすって笑った。
そのとき、廊下の見回りの足音。
「……寝てるふり!!」 「はい!」 「了解!」
三人同時に布団を被る。
完璧な連携。
足音が遠ざかって――
「……うち、ほんまに好きやねん」 寧々の声。
「……うちもや」 竜子が、同じ温度で返す。
まつは天井を見て、心の中でツッコんだ。
(はいはい青春。
寝ろ。明日、顔死ぬぞ)
でも、その口元は少しだけ笑ってた。
星はまだ、窓の向こうで降っている。
恋はまだ、布団の中で燃えている。




