ロックンロール
ここはとあるライブ会場である。
演目は大詰めも大詰め。オーディエンスは壇上に佇む男たちが奏でる音の渦に、飛び跳ねたり叫んだり愛しき彼らの名前をコールしたりしてカオスと化していた。しかし、それも先ほどまでの話だ。今では誰もが一言も喋らない。動かない。
オーディエンスの熱視線は、壇上に立つ1人の男へと注がれていた。
「今日は、このライブに足を運んでくださって、……ありがとうございます。…………えー、皆さんはよく、っすー私の書く歌詞が好きだと言ってくださるようで、……大変喜ばしい限りなのですが………………最後にお送りする曲は、私にとって思い出深い曲となります」
おーー⤴︎!!ッ! というライブ会場特有の囃す声があたりにこだまする。
「この曲は、私のバイト時代の、とある話をモチーフに作った曲となります。私のバイト先には中学校が最終学歴のとある同僚がいて、そいつは、最初はみんなを笑わせたりして面白いやつだと、私は思っていたのですが、私は最終的にそいつと喧嘩別れをしました。私も大概ですが、私は、今でもそいつを阿呆だと思っています。ある日の話なのですが、私はその同僚と、休憩中に、ご飯を食べながら話をしていました。……その子は、『この曲歌詞が良いんだよねぇ』と、……私に、とある曲を聴かせてくれました」
話をしているボーカルの男はオーディエンスを見回す。その様が、両隣のモニターに映し出される。壇上から離れた席でも演者の顔が見えるようにと配慮を施された舞台設計。しかし、この男の胸中を知るものは、この会場にはあまり多くない。故に、もっと知りたいと思い、この会場に足を運んでいる。実際公開されている情報はすべて網羅しているファンもいるだろうが、それだけでは足りないのだ。では彼らを知るために、ファン達は何をするのか。
即ち、曲を聴くのである。
「彼が好きになる曲とはどんな曲なんだろうと、私はワクワクして、その曲を聴きました。……しかし、その曲は私には何が良いのか分かりませんでした。…………『この曲の何が良いの?』と私は聴きました。彼は、『歌詞が良いんだよね』と。…………『歌詞のどの辺が良いの?』と、私は重ねて質問しました」
ボーカルは、そして俯いた。思い出しているのだろう。あの日のことを。あのくだらないバイト時代の生活を。
「すると……彼はキレ気味に、『え? マリ◯ァナって言ってるところ』と言って、笑いました」
オーディエンスから失笑がちらほらと聞こえてくる。
「この曲は、そんな彼に捧げる曲です」
演目のラストを飾る曲は、このロックバンドをロックバンドたらしめる、初期の名曲である。初期はもっと尖ってたのに、最近つまんないと言われ、早5年。彼は今、渾身のロックンロールを、マイクにぶつけるのである。
曲名を察した一部のファン達は俄かに色めき立ち、その歓声は、その曲を知らないファンにも伝播していき、やがて会場全体が再び一丸となった。
「……それでは聴いてください。『マリ◯ァナ』本日は皆さん、どうもありがとうございました」
耳をつんざく甲高いギターの音ともに、会場が一気に沸き立つ。続いてドラムがビートを刻む。今、ライブは終焉を迎える。
「マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ、マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ。マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ、マッマリマリ◯ァナマッリ◯ァナ。
阿呆はたかが知れてるよ。
マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ、マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ。マリ◯ァナマリ◯ァナマッリ◯ァナ、マッマリマリ◯ァナマッリ◯ァナ。
俺は頭が良いからさ。
マッリ◯ァナ、マッリ◯ァナ。マッリ◯ァナ、マッリ◯ァナ。マッリ◯ァナ、マッリ◯ァナ。
その時俺は全てを知ったァ!
マリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナ。
なぁ、これが好きなんだろ?
マリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナマリ◯ァナ。
いくらでもくれてやるよぉ!」
風吹けば名無し:2025/6/12
いや、そういうことじゃねぇんだわ。