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第九十九話 嵐の予兆


 【山川新次郎】


 ことの発端は、バーベキューパーティを抜け出して夜風に当たっていた俺が、不意にグールに襲われたことだった。


 『ノア・クロモール』でのあの壮絶な死闘を乗り越え、俺たちは山積みの謎を抱えたまま、一時的な休息の中にいた。


 東龍院家が用意した、目玉が飛び出るほど豪華な食材によるバーベキュー。

 心づくしの交流を楽しんでいた仲間たちの輪から、俺はふらりと離れた。


 目まぐるしく変わるこの「腹落ちしない日常」を、独りでゆっくりと咀嚼したかったからだ。


 だが、そこに見え隠れした不審者を追った結果、俺はグールと対峙することになる。


 結局、そのグールは相棒──マグナフォルテの放つ蒼い炎で天へと帰った。


 後に残されたのは、グールをけしかけた二人の男。


 『求道家連盟』と『神明国教会連盟』。

 本来なら勇者パーティのよき理解者であり、協力体制を築いているはずの巨大組織の人間だ。


 そんな連中が、なぜか裏で俺たちを狙って動いていた。


 その内の一人は今片と名乗り、『求道家連盟』の『六鉢部隊』に所属しているという。


 九頭竜さんの説明によると、この六鉢部隊とやらは、人道を外れた非道な実験を繰り返している、なかなかに最悪な連中らしい。


 紆余曲折あったが、結局のところこの一件はジイジ預かりとなり、表面上は一旦の幕引きとなった。


 ──はずだったのだが。


 翌日。


 事態は俺の予想を遥かに超えた、妙な方向へと転がり始めることになった。


▽▽▽


「実は、昨日ヤマさんが討ったグールは……私のクラスメートだったことがわかりました」


「「「「「え!?」」」」」


 午後になって、てんでバラバラに居間に集まりだした面々。


 サキコちゃんとジイジが「話があるから」とお茶とお菓子で釣り上げ、全員が揃ったところで、サキコちゃんが爆弾発言を投下した。


「てことは何? シンはサキコちゃんのクラスメートを殺したってこと? 仇討ち? リベンジ?

 なにこれ、勇者パーティに不和が生まれて、果ては解散しちゃう感じ?」


 アンジュが目をキラッキラさせながら、紅茶のカップを置いて身を乗り出す。


 不謹慎の極みだ。

 一方でソニアは、そんなアンジュを冷ややかな目で見つめている。


「やですよぉ、そういうドロドロした展開。

 ま、『めがチャン』的には最高においしいネタかもですけど……」


 ──この駄女神コンビめ!


 俺が内心で毒づいたその時、パンと小気味よく手を叩く音が響いた。


 音の主は、ルーリだ。


「そんなことになりませんよ。

 私たちはお互いに助け合う仲間なんですから」


 ルーリが凛とした声で宣言すると、場に漂っていた不穏な空気が一瞬で霧散した。


 彼女はそのまま、落ち着いた動作でカップのコーヒーを啜る。


 すかさずジイジがルーリの隣に控え、「お代わりをどうぞ」と豪華な銀のポットを傾けた。


 さすがは勇者様。

 締めるところはしっかり締める。なかなか板についてきたじゃないか。


 そんな感心が顔に出ていたのか、アンジュが俺の脇腹をツンツンと突き、ニマァと意地の悪い笑みを浮かべて「お父さん」と耳元で呟いた。


 なんなの、マジで。


 ルーリの発言を受け、サキコちゃんは「もちろんです」と深く頷き、一同を見回した。

 その姿は、どこか学校の学級委員長を思わせる。


「今、クラスメートと言いましたが、実は一度も話したことがない男子生徒です。

 ですから、たまたまクラスメートだった、という方が正確かもしれません」


 ──たまたま……か。


 偶然にしては、あまりにも出来すぎている。

 俺の直感が、そう警鐘を鳴らしていた。


「私の通う学校は、ごく普通の公立高校です。

 偏差値も並みですし、特段変わった宗教法人や特殊法人が関わっているわけでもありません。

 強いて言うなら、都内にある中では一番のマンモス校だというくらいです」


「東龍院のお嬢様が通うには、およそ似つかわしくない高校だな」


 九頭竜さんがショートケーキにフォークを入れながら、そっけなく言う。


「まあ、そうですね。

 私自身、色々見えすぎてしまう変わり者でしたから……普通でいたかったんです」


 少しだけ俯くサキコちゃん。


「……すまん。言い方が悪かった。謝罪する。

 深い意図はないし、君の気持ちはよくわかるよ」


 九頭竜さんが、珍しく素直に頭を下げる。


 そんな彼に「ありがとうございます」と微笑みを返し、サキコちゃんは話を続けた。


 かたや、外野も賑やかだ。


 シュシュが「学校と家柄って関係あんの?」と素朴な疑問を呟けば、

「そりゃ、あるわよ。身分が違えば学びも変わる。どの世界も、不平等で理不尽なのは一緒ね」

 とリラが達観した顔で答えている。


 またその横では、キリが和泉さんに「君も学校に?」と尋ね、

「私は芸能活動を認めてくれる学校に行っています」

 と、和泉さんがはにかみながら答えていた。


 そんな外野の雑談が一段落したところで、サキコちゃんが核心に触れた。


「実は、この一件をきっかけに調査をしたところ、学校のある地域一帯での犯罪発生率と行方不明者の数が、ここ数年で際立って高いことが判明しました」


「あそこは文教地区だろう?

 そんな物騒な印象はないが」


 九頭竜さんが口を挟む。


「はい。

 被害者の半数以上は、その地域に住んでいる人ではなく、仕事や学校で『外からその地域に関わっている人』だったので、データに出にくかったのです。

 何やら、意図的に隠されているように思えます」


 サキコちゃんは一拍置いて、視線を九頭竜さんへと向けた。


「九頭竜さんと和泉ちゃんは、『シルベ』というアプリをご存じですか?」


 二人は小さく頷いた。


「一応な。使っちゃいないが」


「私もです。そういうのは、お母さんに禁止されてますから」


「関連があるかはまだ分かりません。

 ですが、『シルベ』のプロトタイプが試験導入されたのが、まさにこの地域なのです。

 それも、導入時期と事件の発生率が、不気味なほどシンクロしている……」


 サキコちゃんはコップに手を伸ばし、冷めた茶を一口飲んでから、フゥと重苦しい一息をついた。


「ここからは、ちょっと技術的な話で難しくなるから……ジイジ、お願い」


 指名されたジイジは、背筋を伸ばして恭しく一礼した。


「『シルベ』は、ここ数年で日本を中心に普及しているコミュニケーションアプリでございます。

 テキストによるチャット、音声通話、さらにはビデオ通話も無料で利用できるサービス。

 ここまでは、既存のメッセージアプリと大差ございません」


 ジイジは一拍置き、場の空気を引き締めた。


「ですが──決定的な違いがひとつございます」


 その言葉に、居間にいた全員の視線がジイジに集中する。


 俺の背筋にも、微かな緊張が走った。


 ──決定的な違い、だと?


 ジイジは、ゆっくりと口を開いた。


「それは、すべての機能において『AI』が付き従うこと」


「AI……?」


 俺が問い返した瞬間、居間に重苦しい沈黙が落ちた。


 その現代的で無機質な響きが、平和な居間に不気味な影を落としていた。


 嵐の予兆──

 それは、もう俺たちのすぐ傍まで、忍び寄っていた。



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