第八十四話 最強執事
時はさかのぼる。
あのバーベキューが始まる前──俺たちが屋敷へ着いた直後、思わぬ来客が続いた。
屋敷の前には、夕日を反射する巨大な十トントラック。
その荷台には食料の山がぎっしりと積まれ、横には白髪の紳士──サキコちゃんの育ての親"ジイジ"が凛と立っていた。
これを全部下ろすのに、一同は開始早々へとへとだった。
「おい見ろこれ! 飛騨牛のA5ランクだぞ!」
九頭竜さんがクーラーボックスを漁り、叫ぶ。
「松阪に神戸まで……! これ、バーベキューで焼く肉じゃないですよ!?」
和泉さんも箱を抱えて騒ぎ出した。
「え、それすごいの?」
アンジュが即座に反応して顔を突っ込む。
「すごいどころじゃないです。最高級品です」
「まじ!? じゅるり」
──女神、よだれ!
「見てよこれ! この前テレビでやってたパティスリーのマロンケーキ!」
「なにそれすごいの? じゅるり」
「あんた一緒にテレビ見てたでしょ!」
シュシュに怒られても、アンジュの食欲は止まらない。
「おーい! こっちには酒があるぞ!」
ガースが嬉しそうに一升瓶を掲げる
「え、マジ!? じゅるり」
──酒で"じゅるり"はやめろ!
俺はそんなカオスを横目に、淡々と荷物を運びながらジイジへ苦笑を送った。
「すみません。うち、落ち着きのないのが多くて……」
「いえ。賑やかで、むしろ安心いたしましたよ」
「なら……良いんですが」
「もちろんですとも」
穏やかな声。柔らかい笑顔。
――だが次の瞬間。
ジイジの眼差しが、獣のそれに切り替わった。
「……来ます」
「え?」
ジイジが唇に指を当てる。
静寂。耳を澄ますと――遠くから低いローター音。
音は一気に巨大化し、空気が震えた。
空から姿を現したのは――
あのガンシップだ。
「ヤッホー! みんなー! 来たよー!」
扉から身を乗り出し、手を振るソニア。隣にはヘルメット姿のルーリ。
ジイジは爆音に耐えながら、俺へ静かに問いかける。
「……お仲間で?」
「はい、まあ……」
その一言で、ジイジの表情は再び柔和に戻る。
空に向かって手を振り、「屋敷の裏へ」とジェスチャー。
ルーリが大きくマルを作り、ヘリは屋敷裏へ回り込んだ。
「では参りましょう」
穏やかな声に戻りながら、老紳士は優雅に振り返る。
「私のことは“ジイジ”とお呼びください。どうぞお気軽に」
「あ、はい! 俺は山川です!」
「存じております。“ヤマさん”ですね」
――全部見透かされてる感じ、怖っ!?
▽▽▽
屋敷の裏手には、あり得ないほど広いアスファルトの駐車スペースが広がっていた。
個人宅にこんなものがある時点で、この屋敷の「普通じゃなさ」がよく分かる。
夕暮れの空を見上げると、巨大な黒い影が下降してくる。
まるで怪物が舞い降りるような迫力だった。
固唾を呑んで見守る中、ヘリは爆風を巻き上げながら着地。
横扉が開くと同時に、テンション全開のソニアが飛び出した。
「イエーーイ! イエイ! イエイ! 三連勝ォ!」
テンションMAXのソニアが飛び出す。
背後から、恥ずかしそうにルーリがはにかむ。
そして操縦席から降りてきたのは――
「……後藤?」
予想外すぎる人物に、俺は目を疑った。
「やあ……あ、あの……」
後藤は二人の背に隠れ、肩をすぼめている。
「まさか、君が操縦してたのか?」
俺が声をかけると、後藤はビクリと固まり、チラチラとルーリを見る。
ルーリは深いため息をついた。
「彼も……いろいろ事情があって」
「事情?」
「というか……今日、私……拉致されそうになったんです」
「──は!?」
「いや待て、どういう経緯?」
俺が身を乗り出すと、ルーリは一瞬躊躇し、背後を気にした。
それを察したジイジが、静かに一歩踏み出す。
「初めまして。私は東龍院家に仕える者でございます。……ここでは少々、視線が多いようで。もしよろしければ屋内で」
自然すぎる誘導。プロの匂いがする。
俺とルーリは頷き、居間へと移動した。
▽▽▽
「さっきの“拉致されかけた”って、どういうこと?」
視線がルーリに集まる。
彼女は静かに語り始めた。
「今日は皆さんと一緒に歓迎会だって言われて……早番にしてもらったんです」
「『スーパーはやかわ丸』だよな」
「はい。でも店に着いたら、“泥棒が入ったからしばらく休業”って言われて……帰ろうとしたときに、二人の男が近づいてきて。“刑事だ、話を聞かせてくれ”って」
ルーリは拳を握りしめた。
「……でも違ったんです。あれ、『求道家連盟』と『神明国教会連盟』の関係者で」
九頭竜さんと和泉さんが同時に息を呑む。
「で、さらに裏で糸を引いていたのが――『過剰脅威対策室』。“私を監禁せよ”と命じていたそうで」
言葉の重さに、部屋の空気が一気に冷える。
俺はゆっくりと後藤を見る。
「で、その組織の人間が……なぜここに?」
「そ、それは……その……」
後藤は完全に縮こまり、視線が泳ぐ。
そこで――
「おいゲコツー! 今すぐゲコ室長を吊るしに行くぞ! ヘリ回せ!!」
アンジュがテーブルをバンッ! と叩いて叫ぶ。
──女神、歓迎会の五秒前だ。落ち着け。
と、その時。
「お待ちください。もし許されるのであれば――私からもお話を」
静かに頭を下げたのは、白髪の老紳士――ジイジだった。
その声音は、嵐の中心のように静かだった。




