第八十三話 戦い終わり、戦士たちは
ルーリの一閃で、ピエロの本体が斬り裂かれた。
結界が砕け散り、世界が静寂に包まれる。
──終わった、か。
そう思った瞬間、背後から怒号が聞こえた。
「何やってんのよ、あんたたち!」
振り返ると、階段からアンジュとリラ、シュシュが駆けてくるところだった。
「シン! 無事!?」
リラが駆け寄り、俺の体をあちこち触って確認する。
「あ、ちょっと、くすぐったい……」
「ケガはない? どこか痛くない? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。ほら、ピンピンしてるだろ?」
俺がマグナフォルテを振ってみせると、リラはようやく安心したように息を吐いた。
「……よかった」
その目が少し潤んでいるのを見て、俺は何も言えなくなった。
──そうか。こいつら、本気で心配してたんだな。
アンジュが俺の肩を叩く。しかもグーパンで!
「まったく。死にぞこない勇者のクセに、よくやったじゃない」
「死にぞこないって……」
「褒めてんのよ」
そう言って、アンジュは珍しく優しく微笑んだ。
ルーリが俺に駆け寄り、パチンとハイタッチ。
「やりましたね、ヤマさん!」
「ああ、二人でな」
その瞬間、俺たちの勝利を実感した。
──だが、この安堵は束の間のものだった。
▽▽▽
「あ、先輩! それ私が育ててたお肉!」
「うるさいわね。あんたも女神と称するなら、肉じゃなく野菜を食べなさい! ほら、ピーマン」
「……先輩だって女神じゃん。肉ばっかり食うなよな!」
「なんか言った? はい、ピーマン」
「ピーマンばっかり!!」
「じゃーはい、パプリカ」
テーブルに並べられた鮮やかな野菜皿を、ソニアが噛みつきそうな勢いで睨みつける。
対して隣では、山盛りの肉皿を抱えてご機嫌なアンジュが満面の笑みを浮かべていた。
このツーショット。
タイプは違えど、超ド級の美人女神二人が並ぶ姿は、見る人によってはこれ以上ない至高の光景なのだろう。
……まあ、俺はもう驚かないけど。
気づけば、こんなカオスな日常に慣れてしまった自分にこそ驚きだ。
ここは東龍院別邸。
今や、俺たち新旧勇者パーティが共同生活する、ほぼ“拠点”と呼んでいい場所だ。
今日は、庭先でバーベキューパーティの真っ最中である。
「はいはーい、お待たせしました! 追加のお肉でーす」
カッターシャツを腕まくりし、ピンクのエプロンをつけた後藤が、大皿いっぱいの肉を持って現れると、バーベキュー台を囲む面々が「おー!」と歓声を上げる。
「遅いぞ、ゲコツー! さあ、そこにならべるのじゃーっ!」
息巻く肉食系女神──アンジュは、肉さえ食べられれば上機嫌だ。
ついさっきまで九頭竜さん、キリ、ガースを正座させて説教していたとは思えないほどのテンションである。
……まあ、ご機嫌なら、それはそれで助かる。
俺は、網の端っこで忘れられていたピーマンをつまんだ。
▽▽▽
不機嫌なピエロとの戦闘は、辛くも勇者パーティの勝利に終わった。
だが、その後が、戦闘以上に地獄だった。
討伐と同時に建物を覆っていた結界が崩壊し、開店待ちの客が一気になだれ込もうとする。
慌ててリラとアンジュが再び防御結界を張ったものの、今度は客が閉じ込められたと勘違いしてパニックに。
そこへやってきたのが──いつもの黒服ではなく、迷彩服の兵隊さんたちだった。
輸送ヘリからロープで降下してきた彼らは、ものの数分で非常線を張り、暴徒化した客たちを鎮圧。
その手際の良さは、もはや人間離れしていて怖い。
そのあとは、眠りこけていた店内のお客さんたちを解呪するのだが──ここでも、目覚めた瞬間に大騒ぎが発生した。
続々と送り込まれてくる迷彩服の兵隊さんたちは、暴れ出す客を次々と押さえつけ、「ガス爆発が発生した」とか「安全点検でーす」とか、聞くたびに説明が変わる謎の理由を並べながら、強引に店外へ誘導していく。
その流れに乗って俺たちも外へ出ようとしたところ──。
「いけません! ロッカーに入れた私の“芋太郎ハイサワー”が!!」
アンジュが全力で騒ぎ出した。
「私の大切な子供たちよ! 置いていくなどありえません!」
兵隊さんに掴みかかりそうな勢いで訴える女神。
──あんた、いつ缶チューハイの親になったんだよ。
困惑する兵隊さんが気の毒で、俺は慌てて言った。
「ほら、その……ほかの店で買い直しましょうよ」
「誰が払うの?」
ジト目で見てくるので、すぐさま返す。
「もちろん俺が出します」
「なら、いいわ! これでコスパ的にプラマイゼロね!」
にっこり笑うアンジュ。
……結局、目先の金で“子供”を手放したらしい。
──神様! うちの女神に天罰を!
その後、傀儡術と睡眠術にやられてフラフラだった九頭竜さんたちを回収し、何とか車でショッピングモールを脱出。
九頭竜さんのヨロヨロ運転には何度か肝が冷えたが、どうにか屋敷まで帰り着いた。
……が、驚きはここからだった。
屋敷の外門をくぐると、でかいトラック──たぶん十トントラックが停まっていた。
車体の横には小さく『東旗物流』の文字。
そのトラックから、場違いなスーツ姿の白髪の男性が降りてきた。
「皆さま、お帰りなさいませ」
男性は、まるで貴族のごとく優雅に一礼した。
「ジイジ!!」
サキコちゃんが駆け寄り、勢いよく抱きつく。
俺たちが呆然とする中、ジイジと呼ばれた男性が温かく微笑んだ。
「お嬢様も、すっかり素敵なレディーになられました。ジイジも見違えましたぞ」
「もう、ジイジったら! 今日はどうしたの?」
「何をおっしゃいますか。お嬢様が“食べるものがなくて困っている”と坊ちゃんから聞き、ジイジ、慌てて駆けつけてまいりましたぞ」
「ああ、パパに頼んでおいたやつね」
サキコちゃんはくるっと俺たちへ向き直り、あっけらかんと言った。
「さっき、歓迎会の食材を買えなかったじゃないですか。だからパパに言っておいたんです」
──まさか、あの電話……これだったのか。
「あの、それで……こちらの方は?」
「あー、この人がジイジ! パパが忙しくて私を育てられなくて、当時執事だったジイジとバーバが育ててくれたの!」
ジイジは深々と頭を下げた。
「わたくし、東龍院家の執事として、現当主・浩一郎様にお仕えしておりました下賤の者でございます。どうぞお見知りおきを」
ドラマやアニメで見たような“完璧な執事”そのままの佇まいに、俺たちは完全に固まった。
我に返って慌てて手を振り、
「イヤイヤイヤイヤ、こちらこそお世話になってます!」
と一斉に恐縮する。
そんな俺たちを眩しそうに見つめたあと、ジイジはポン、と手を合わせた。
「そうそう。お食事の材料でございますが、何分時間もなく……ありきたりのものばかりで申し訳ございません」
そう言ってトラックの後ろ扉を開ける。
──そこには、ぎっしり詰まった最高級食材と高級飲料の山。
え? これのどこが“ありきたり”……?
唖然とする俺たちを見て、ジイジは眉を下げ、深く頭を下げた。
「すみません。足りなかったでしょうか?」
俺たちは揃って叫んだ。
「イヤイヤイヤイヤ!!」




