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第七十八話 勇者たちの賛歌



 既に金属バットは上半分が直角に曲がり、今にもポッキリ行きそうな予感がする。

 前もそうだったが、いざ戦いが始まると、シンだった頃の動きを体が覚えていて、結構戦える……。そう思った時期もありました。


 だが、それは幻想。


  意識すればするほど、俺の動きは中年オッサンの腰の引けた突進に成り下がり、毎回、奴の背中から生えた黒い触手──いわゆる「魔王の触手」に虫でも払うように吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされた先には、眠りこけ倒れている人たち。


 おかげで、俺は床に直撃せずに済んでいるが、逆に、下敷きになった人たちが心配だ。


「アッハハハ! なにこれ? それでも君、勇者? すんごいザコ過ぎて笑えるんだけど、まじ草!」


 目の前のピエロが、いかにも狙ってくれと言わんばかりに前に出てくる。


「あのさー、そろそろさぁ、なんかスゴイ技とかないのかなー? 退屈なんだけど」


 奴はわざとらしく上を向き、両手を広げて深くため息を吐いた。


 ──今だ。


 俺は折れ曲がった金属バットを奴へ投げつけた。


 ブーメランのように回転しながら迫るバット。

 一瞬のスキを突く攻撃だ。


 バットが奴の顔に食い込むイメージが浮かんだ。


 ……だが、そうはならない。


 サキコちゃんが奴の前に立ちふさがり、バットを身に受けようとしたのだ。


 ヤバい! 彼女に当たる!


 その瞬間、彼女の目の前に緑色の障壁が展開し、バットを弾き返した。


「和泉さん……!」


 操られたままの和泉さんが、必死の形相でサキコちゃんへ手を向けていた。


 ──操られていても、仲間を守ろうとする気持ちは変わらないのか……!


「なに? いま何したの? なんかしたよね!?」


 そして、床に転がる折れたバットを見て、「なんだよー、もっとまじめにやれよなー」と不貞腐れる。


 だめだ。万策尽きた。


 ホントに俺は“持ってない”。


 ……マグナフォルテを呼ぶか。


 さっきから何度もそう思ったが、こんな場所であれを振れば二次被害がでかすぎると思いためらっていた。


 それに、攻撃しようとする度にサキコちゃんや和泉さんが前へ出てくれば、避けられない。


 ──とはいえ、迷ってる場合じゃない。


 と、一瞬俯く俺の視界に、強い光を伴った影が横切った気がした。


「もういいや! このへんで遊びはお終い!」


 奴の触手が俺の手と足を絡めとる。


「ザコでも勇者だからね。念のため、手足はちぎっておいた方が良いよねー」


 ピエロが笑いながら俺の体を持ち上げる。


 そして、手足を引きちぎるかのように、じりじりとひねり上げ、苦痛が全身を走る。


「おれ……は……勇者……ない」


 絞り出した俺の声に、眉をしかめるピエロ。


「なに? 何か言った?」


 俺はもう一度、はっきりと言った。


「俺は勇者じゃない!」


「知ってるよ! 中古品でしょ? ま、ザコだし仕方なし」


 俺は俯いていた顔を上げ、奴を睨みつけた。


 そして、確信を込めて告げる。


「違う。お前は知らないんだよ……“俺たちの勇者”をな」


 ピエロが首をかしげた瞬間。


 俺は口の端を吊り上げ、叫んだ。


「味わえ! 本物の勇者の味を!!」


 その時だ。

 頭上から凛とした声が響き渡った。


『ブレイブスラッシューーー!!』


 天井のガラス。丁度俺の真上にひびが入る。


 そして、そのヒビが大きくなり──


 バリン!


 眩しい光とともに、剣を掲げた彼女が現れた。


 そのまま、俺の手足に絡まる触手を断ち切り、鮮やかに着地。

 床に倒れ落ちた俺に手を差し出し、引き上げる。


「遅くなってごめんなさい」


 そう言って、ルーリはにっこり微笑んだ。


 ピエロは砕けた天井と俺たちを交互に見つめ、あんぐり口を開けて固まっている。

 その恰好も相まって、まるでコミカルなショーを見ているような気分になる。


「……この状況は? 皆はどこに?」


 ルーリが俺の肩を支えながら周りを見る。


 俺は手短に説明した。


 ピエロが魔王の手先で、傀儡の術で人を操っていること。

 今は睡眠魔法で皆眠らされているが、和泉さんとサキコちゃんだけは操られて立っていること。

 階下にはシンの仲間たちと九頭竜さんがいるが、障壁があってここへ来られないこと。


「そうなんですね……」


 ルーリは小さく呟き、ステージの上のピエロをキッと睨む。


 ピエロはびくっと肩を揺らしたが、すぐに虚勢を張った。


「な、なんだ。驚かせやがって! よく見りゃ当世のチビ勇者じゃないか!」


 大声でがなり立てるピエロ……いや、『不機嫌なピエロ』だったか?

 マジで名は体を表すを地で行ってやがる。


「シ……ヤマさん。 マグナフォルテは呼べませんか?」


「大丈夫だと思う。だけど、ここであの剣を振ればみんなを傷つけるかもしれない」


 そう言い、足元に眠る人たちに視線を向けた。


 彼女は「なるほど……」と呟き、少しだけ考える仕草をし──顔を上げた。


「さっき上で、大きな駐車場を見ました」


「うん。屋上駐車場」


「だれもいませんでした」


「そりゃ屋上だし……開店したばっかだったし……」


 そこまで言うと、ルーリの瞳がきらりと輝いた。


「なら大丈夫ですね。──舞台をそちらに移しましょう!」


 言うが早いか、彼女はピエロに向かって駆け出していた。


「なんだ貴様! やるってのか!」


 ピエロが叫び、触手を突き出す。


 ルーリは腕に巻き付いたその触手を逆にたぐり寄せ、奴の懐へ飛び込んだ。


 一瞬、彼女のニヤリと笑う顔が見えた。


「あなた顔色が悪いですよ。今日は天気がいいので、お外で遊びましょ!」


 そう言うと「お願い! ルーガライガ!」と声を上げる。


 バヂヂッ!


 紫電がほとばしり、衝撃でピエロの体が宙へ跳ね上がる。


「な、何を──!?」


 ピエロは一瞬の出来事が理解できないようで、痺れた手足をバタつかせるが、もう遅い。


「ソリャーー!!」


 まるで背負い投げのように、ピエロを炸裂する雷光と共にぶん投げた。


 そのまま、ピエロは天井の割れたガラス穴を突き抜け、ロケット花火のように屋上へとすっ飛んでいく。


 ──な、なんかスゲー!!


 続いてルーリは、まるで平坦な道を行くように壁をタタタッと駆け上がり、その後を追って外へ出て行ってしまった。



 あっという間の出来事。


 残されたのは俺と、和泉さんとサキコちゃん。


 彼女らは相変わらず立ったままだ。


 追ってくる気配もないので、俺も屋上へ向かうことにした。


 ルーリみたくはできないから、もちろん俺は階段を全力で駆け上がる。


 そして、走りながら胸の奥にくすぶる熱を呼び起こす。


「来い! マグナフォルテ!!」


 途端に右手が熱を帯び、まるで腕自体が燃え盛るような高揚感に襲われる。


 そして、右手に顕現した炎の剣。

 それを強く握り締めると体中から力が湧くのを感じ、知らず知らず頬が緩む。


 ──スイッチ、入ったぜ。


「待ってろよ、ピエロ野郎! 

 『死にぞこない勇者』の意地を見せてやる!」



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