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第六話 ルーリ


 結局、居酒屋の支払いは俺が済ませることになった。


「だって私、こっちのお金持ってないもーん」


 そう言って可愛く舌を出すアンジュを横目に、俺は財布から福沢諭吉を二枚引き抜いた。


 ──じゃあ、公園で飲んでた缶コーヒーはどうやって買ったんだよ!

 という当然のツッコミは、ぐっと飲み込んだ。


「せんぱーい! こっち、こっちです!」


 先に店を出てタクシーを捕まえていたソニアが、入り口で手招きしている。


 夜の街灯の下、銀髪と金髪の極上美人が、黒のビジネススーツをビシッと着こなして並び立つ姿は、まるで一流モデルか、あるいは何かの秘密組織のエージェントのようだ。


 ──まぁ、秘密組織以上の存在なんだけど。


 チャコールグレーの吊るしのスーツを着た自分の姿が、なんだか無性にミジメに感じた。


 大通りに停車したタクシー。俺が助手席に乗り込もうとすると、「話もあるから三人後ろでしょ」とアンジュに腕を引かれる。


 最後に乗り込もうとすると、「シンはブヨってるから真ん中ね」と言われた。

 どうやら俺は、緩衝材か何かだと思われているらしい。


「運転手さん、大黒ふ頭までお願いします」


 隣のソニアが告げると、運転手さんがバックミラー越しに怪訝そうな顔をした。


「大黒ふ頭ですか? あそこ、今夜は閉鎖されてるんじゃ……」

「大丈夫です。開けますので」


 ──開いてる、じゃなくて「開けます」、か。


 俺と肩が触れないよう、必死にドアに体をすり寄せているソニアが、俺をまたぐようにして身を乗り出し、アンジュに話しかける。


「うちの勇者、トラッグリア出身で、勇者パーティの大ファンなんです。アンジュ先輩を見たら、一発でバレちゃうかもしれません」


「えー、なんだよ。じゃあ行ったらヤバいじゃん」


「よろしければ、これをお使いください」


 ソニアが懐から黒いサングラスを取り出し、大げさな手つきでアンジュに渡した。

 アンジュはそれを受け取ると、慣れた様子で装着し、ニッと笑う。


「どうよ?」


「マジかっこいいです! バッチリ! これで大丈夫ですよ!」


 ──いやいや、その“わがままボディ”と金髪は? 色々隠せてなくないか?


「あのー、サングラス、もう一つないですかね? ファンなら、俺のことも……」


 俺が言いかけると、女神二人の声がキレイにハモった。


「「それは大丈夫」」


 ──はいはい。言いたいことは分かりますよ、ええ。


「あ、でもアンジュ先輩。『シン』って呼ぶのは禁止でお願いします」


 そう言って、ソニアが「お名前は?」と俺に尋ねてきた。


「山川新次郎です」


 俺が答えると、彼女は一瞬、驚いたように目を見開き、「……だからか」と小さく呟いた。


「あれ、ソニアちゃん知らなかったんだ。勉強不足だねぇ」と、アンジュがニマニマと揶揄う。


 ソニアはそんなことお構いなしに、顎に指を当ててしばらく考え込むと、ポンと手を打った。


「決めました! 『ヤマさん』です! ここからあなたはヤマさんです!」


 そう言って一人で納得するソニアと、「ヤマさんか! ウケる!」と腹を抱えて笑うアンジュ。

 俺の新しい呼び名は、こうして決まった。


「しかし、作戦実行が大黒ふ頭とは……」


 俺は、運転手の視線を気にしながら、わざと声を潜めて尋ねた。こんな美女二人に挟まれているのだ。あらぬ誤解をされないよう、少しでも紳士的に振る舞わねば。


「正確には、大黒ふ頭じゃないんですが、そこに集合することになっているんです」


「集合って……ソニアさんと、ですか?」


「いえ、みんなです。パーティのメンバー全員ですよ」


「えっ! パーティって、普段から一緒に行動してるんじゃないんですか?」


「そんなわけないじゃないですか。みんな、それぞれ学校や仕事があるんです。必要な時にだけ集まって、討伐活動をするんですよ」


 ──なんか、思ってた勇者パーティのイメージと全然違う。


「なるほどねぇ。こっちの世界じゃ、『冒険者』なんて職業、ないもんね」

 一人で納得したように頷くアンジュ。


 俺だけが状況を飲み込めずにいると、「まぁ、行けば分かりますよ」とソニアが静かに前を向いた。


 やがて、車の前方には横浜ベイブリッジの雄大な姿が見えてきた。タクシーは、まるで吸い込まれるように大黒ふ頭へと滑り込んでいく。


「あ! いたいた!」


 ソニアが指さす方向を見ると、コンテナが積まれた薄暗い埠頭の一角に、なんだか不思議な集団が固まっていた。


 何かをしきりに説明している小柄な黒髪の女の子と、それをどこか気だるげに囲む十人ほどの男女。


「結構、人数は多いのね」


 ソニアの視線の先を見て、アンジュが面白そうに呟く。


 そこには、まるで高級ホテルのロビーから出てきたかのような三つ揃えのスーツを完璧に着こなした男性が、腕時計をチラリと確認しながら明らかに苛立ちを隠しきれない表情を浮かべている。

 その隣では、派手なピンクのワンピースに身を包んだ若い女性が、スマートフォンを片手に誰かと楽しそうにチャットをしている。


 少し離れたところには、奇抜なファッションの若者が、退屈そうにタバコを吹かしていた。


 さらには、アニメキャラクターのプリントが入った明らかにオタクとわかるTシャツを着た男性や、高級ブランドのバッグを肩にかけたセレブ風の女性まで——およそ「冒険者パーティ」という言葉からは程遠い、バラバラな職業と趣味を持つ人々の寄せ集めだった。


 まるで街角で偶然出会った通行人たちが、何かの間違いで一箇所に集められてしまったような、まとまりのなさだった。


「あのスーツの男性が勇者ですか?」


 俺が尋ねると、ソニアは「違いますよ」と呆れたように首を振った。


「あっちの、小柄な黒髪の子です。ほら、一生懸命みんなに話してる……」


 ──え?


「あの……女の子が、勇者?」


 ソニアは、少しだけ嫌そうな顔で俺を睨み、「そうですよ」とブッキラボウに答える。


 俺の脳裏に浮かんだのは、RPGゲームでお馴染みの勇者のイメージだった。

 筋骨隆々とした体躯に光る鎧、背中には巨大な剣を背負い、堂々と胸を張って立つ——そんな典型的な「勇者」像とは、目の前の彼女はあまりにもかけ離れていた。


 身長は恐らく150センチあるかないか。華奢な体つきで、その小さな肩は重責を背負うには頼りなく見えた。声も高く、まるで学校のクラス委員が「今日の予定をお知らせします」と言っているかのような、なんとも平和で無害な響きだった。


 ゲームの中なら、「街の人A」として登場するような、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。「この人が魔王を倒すって、本気なのか?」という疑問が、頭の中でぐるぐると回り続けていた。


「彼女が、勇者ルーリです。……何か、問題でも?」


 ギロリと睨むソニアに、俺は首が千切れるほどブンブンと横に振った。


 隣でアンジュが「ハッ!」と楽しそうに笑い声を上げ……なぜか俺の膝をバシバシと力強く叩いている。


 ──頼むから、自分の膝を叩いてください。


「運転手さん、ここで結構です。……ヤマさん、お支払い、お願いしますね」

 そう言って、ソニアはさっさと車から出ていった。

 

 ──なぜ、そうなる!?



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