第五話 行く? 行っちゃう?
その女性──ソニアは、俺を見つめたまま凍り付いたように動かなくなった。
そんな彼女に、アンジュがケラケラ笑いながら隣の席を勧める。
「びっくりしたー!? これ、シンの成れの果て! ショックでしょー?」
銀髪の女神は、俺から視線を外せないまま、おずおずと席に着いた。
「な、何が一体あったんですか……? 魔王の呪いか何かですか?」
アンジュは、その質問を待ってましたとばかりにブンブンと手を振る。
「なんもナイナイ! 本人の怠慢と時の流れ以外、原因はなーんにもないわよ」
「時の流れって、残酷ですね……」
──お前らが一番、残酷だよ!!
「あ、あの……お二人はお知り合いですか? 失礼ですが……」
俺がおずおずと尋ねると、アンジュはまだ俺を怪訝そうに睨んでいるソニアを指さして笑った。
「こっちはソニア。この世界に勇者を召喚した女神よ。知り合いかって言われると、まぁ、たまに顔を合わせる程度だけどね。ソニアは元々、トラッグリアで天使やってた子だから」
アンジュの説明に、「ひどーい!」とソニアが可愛らしく頬を膨らませる。
「私は、アンジュ先輩が勇者パーティを『引き連れて』いた頃からの大ファンなんですよ!」
『引き連れて』じゃなくて『率いて』ね、とアンジュはにっこり訂正した。
どっちにしろ、族の頭みたいに言われていることには変わりないが……当の本人はご満悦のようだ。
「それで、先輩が魔王討伐に成功したのを好機として、私も女神に昇格して、こっちの勇者召喚を担当することになったんです」
「そーなんだ。でも、ついてなかったわねぇ、こんなことになっちゃって」
アンジュが、慰めのつもりかソニアの肩をバンバンと力強く叩く。
彼女も「本当ですよぅ……」と涙ぐみながら俯いた。
「そ、そんなに大変なんですか? こっちの勇者活動は」
俺が口を挟むと、ソニアはギロリと俺を睨めつけた。
「先輩。この、どう見ても使えなさそうなオヤジが、本当にあの勇者シンさんなんですか?」
「そだよ! かけらも面影残ってないけど」
いつの間に注文したのか、アンジュは香ばしい匂いを漂わせるイカのげそを咥えながら、あっけらかんと答える。
そんなアンジュの言葉にも、ソニアはまだ疑いの眼差しを俺に向けていた。
「まあ、こっちに戻る時に記憶は消しちゃってるからね。本人にもシンの自覚はないんだけど」
アンジュはそう言って、注文を取りに来た店員に「こっちは生中ね! あ、あと私、同じの追加!」と勝手に頼んだ。
「で、そっちはどうなのよ。勇者ちゃん、やっぱりダメダメなの?」
アンジュが遠慮なく核心を突く。思いやりもデリカシーのかけらもない質問だ。
「勇者の子は、すごく頑張ってるんです! でも……」
「「でも?」」
俺とアンジュの声が、キレイにハモった。
「最近はもう……ダメかもしれないって思います。こっちの世界って、色々むずかしいんですよね。なんて言うか……」
店員が持ってきた生中のグラスを受け取り、ソニアは寂しそうに目を伏せる。
「こんなに人がいて、こんなに安全で豊かなのに、みんなすごく孤独で、不安そうで、自分の事でいっぱいいっぱい……。だから、魔王が来るぞーって言っても、『へぇ、あっそう』みたいな感じなんです」
ソニアは、その大きなグラスを一気に半分ほど飲み干した。
「まるで、自分以外のことは全部他人事で、『どうせ誰かがうまくやってくれるでしょ』って。……なんだか、やってて虚しくなっちゃうんです」
「「わかる、わかる……」」
思わず、俺とアンジュの声がまたハモった。
──いや、アンジュは絶対に調子を合わせているだけだけどな!
「そうだ! 先輩! ぜひ一度、うちの勇者が戦ってるところを見てくださいよ!」
ソニアが前のめりになって、アンジュの肩をガシッと掴む。
アンジュは、露骨に面倒くさそうな顔で「えぇー……」と顔をそむける。
「あの伝説の勇者パーティを導いた先輩の『凄腕』で、ぜひアドバイスをお願いしたいんです!」
「凄腕ねぇ……。まぁ、見るだけなら、別にいいけど」
「お願いします! もう私一人ではどうにもできないんです! このままじゃ、あの子も……!」
また、ソニアの目にじんわりと涙が浮かぶ。
俺は思わずハンカチを差し出したが、彼女はそれを一瞥しただけで、手元のおしぼりでグイッと目元を拭った。
──意外と、しっかりしてるな、この女神。
「あの……もし、魔王が世界を征服したら、勇者とか女神ってどうなるんですか?」
俺が小声でアンジュに尋ねると、彼女は威勢よくイカのげそを歯で食いちぎり、ゴクリと飲み込んだ。
「まぁ、そりゃ、ねぇ……。あんただって魔王を殺したでしょ? その逆バージョンになると思えばいいわよ」
──その逆。
ってことは、ソニアも、そして新人勇者ちゃんも……。
「それはぜひ、力を貸してあげるべきですよ! アンジュさん!」
俺が思わず熱を込めて言うと、アンジュはニヤリと笑って言い返した。
「何言ってんの。あんたも一緒に行くに決まってるでしょ」
しくしくと泣いていたソニアが、ハッと顔を上げる。
「いえ、このおっさんはいらないです」
失礼な! ……でも、内心セーフ!!
「ダメダメ! 私はこいつの担当なんだから、こいつと一緒じゃないと動けないの!」
「えぇー!」と、今度はソニアが露骨に嫌そうな声を上げた。
俺だって「えぇー!」だよ!
だが、ソニアは勝手に「まぁ……仕方ありませんね」と一人で納得すると、キリッとした表情で顔を上げた。
「では、早速行きましょう!」
「「行くって、どこに?」」
また、俺たちの声がハモってしまった。
「討伐現場です! 次の戦闘、三時間後なんですよ!」
──おい! なんでお前は、こんな所で悠長に飲んでんだ!!




