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第百十六話 忘却の悪意


【須藤香苗】


 私は、ぼんやりと空を見上げていた。


 今はもう、何も考えられなくなっていた。

 何をしていいのか、誰に聞けばいいのか。起きていることのすべてが、訳が分からない。


 ただ一つ、はっきりと言えることがある。

 私はついさっきまで、この学校の生徒たちから「吊るし上げ」を食らっていた。そして、その狂った勢いのまま、殺されそうになっていたということだ。


 校庭には、全校生徒の半分以上が集まっていた。

 皆、何が起こったのか分からぬまま戸惑い、それぞれが勝手に話し始めている。


 漏れ聞こえてくる話では、どうやら皆が「記憶をなくした」わけではないようだった。


 そう。

 彼ら彼女たちは、自分の意志でここまで出てきて、私たちを傷つけようとしていた自覚は……どうやら、あるらしい。


 ぼんやりとそんな群衆を眺めていると、私を見つけたキッコが駆けてきた。


「ねぇ、どうなってるのこれ。私、なんだかわけが分かんなくて」

「そうね。私もわけわかんないから」

「ねぇ……ところで、なんでさっきカナは、あんなひどいことをしたの?」


 ──ひどいこと?


「えー、だって、ハルカに……。あれ? ひどいことしたのって、誰だっけ?」


 完全に話がすれ違っている。

 それに、キッコ自身も状況が整理できていないみたいだった。


「言っとくけど! 襲ってきたのはキッコたち、ここにいる全員なんだよ!? それを、あの人たちが助けてくれたんだから!」


 私が必死に訴えても、キッコはただ、ぼんやりとした目で私を見つめるだけだった。

 そして、不思議そうに首を傾げる。


「そうだよね……。それで、あの邪魔ばかりする嫌な奴らは……。あれ? あの人たち、誰だっけ?」


 意識が混濁している。

 それはキッコだけじゃなかった。校庭にたむろしている皆が、そんな感じだった。


 自分が何をしようとしていたのかすら分からない。

 なのに、なぜか私のことだけは気になるらしく、ことあるごとにチラチラとこちらを盗み見してくる。


 その視線が、たまらなく気持ち悪い。


 そんな中、アンジュさんたちと話していたサキコちゃんが、こちらへ走ってきた。


「カナちゃん! 今はここを離れたほうがいいみたいだよ」

「え、なんで?」

「いったんは落ち着いたけど、またいつ同じことになるか分かんないから……。でもね、きっと次は大丈夫だと思うけど」


 サキコちゃんは、どこか気の毒そうな顔で私を見て言った。

 その様子に、キッコが食いつく。


「ちょっと! 東龍院さんは、あんなひどいことしといて……。あれ? なんで東龍院さんが? 私、東龍院さんと話したことあったっけ?」


 また、キッコが首を傾げる。


「キッコ! 東龍院さん……サキコちゃんは、何も悪くなんかないから!」


 私がムッとした顔で詰め寄ると、キッコはきょとんとして答えた。


「あ、うん。そうだよね……。でも、いつから二人はそんなに仲良くなったの?」


 噛み合わない。


 サキコちゃんは「でしょ。ね」と私に目配せしてから、「ごめん、ちょっとカナちゃん借りるね」と言って、私の手を引いた。


 促されるままに、私は彼女と歩き出す。

 校舎の方からは、先生たちが慌てて飛び出してくるのが見えたけれど、結局私はサキコちゃんに導かれるようにして、この異常な空間を後にした。


 校庭の喧騒を離れた私たちが辿り着いたのは、あの「始まりの場所」──理科室だった。


 今、この部屋にいるのは、サキコちゃんと、私を介抱してくれたアンジュさん。

 それから、化け物から守ってくれたヤマさん……山川さんというらしい。


 他にも彼の仲間で、これまたタイプは違うけれど、溜め息が出るほどの美人が二人。リラさんとシュシュさんだ。アンジュさんも含め、三人ともハーフのような整った顔立ちをしているけれど、言葉は流暢な日本語だった。


 さらに、抜き身の刀を携えたキリさんという男性と、銃を手にしたスーツ姿の男性──太洋たいようさん。


 私を含めて、総勢八名。


 ここへ移動してくる間、皆それぞれ険しい表情で議論を交わしていたけれど、この部屋に入ってからはピタリと会話が途絶えた。

 誰もが言葉を失ったように、それぞれの思考に沈み込んでいる。


 沈黙を破ったのは、苛立たしげに携帯を操作していたアンジュさんの呟きだった。


「だめね、繋がんない。ったく、ソニアの奴! 状況報告くらい入れなさいってのよ」


 何度も画面を叩くアンジュさん。

 その必死な様子を横目で見て、サキコちゃんがぽつりと漏らす。


「きっと……連絡したくても、できない状況なんですよ」

「何か見えるの?」


 山川さんの問いに、サキコちゃんは首を振った。


「私に見えているのは、もっと別のイメージ。ここはきっと──」


 彼女の言葉が途切れるのと同時だった。


 私のポケットで、スマホが震えた。

 びくりと肩が跳ねる。

 室内中の視線が、一斉に私へと突き刺さった。


 液晶を覗き込むと、そこには見慣れた「彼」からの着信。

 私は一つ溜め息を吐いてから、覚悟を決めてスピーカーをオンにした。


『よかったー。無事だよね、カナ?』


 スピーカー越しに響く暢気な声。

 その背後では、サキコちゃんが皆にムッシュの事を小声で補足しているのが聞こえる。


「……無事かどうか分かんないけど、とりあえず生きてはいるかな」


 私はそう答え、説明は後だと告げて電話を切ろうとした。

 けれど、それを遮るように、彼──ムッシュの声が鋭くなる。


『待って、切っちゃダメだよ! このままじゃ、ルーリが悪意に呑み込まれちゃう!』


 ルーリ?


 聞き覚えのない名前に私が困惑した瞬間、周りにいた皆が一斉に色めき立ち、前のめりになった。


「ルーリはどこだ!」


 山川さんが、叫ぶような勢いでスマホに問いかける。


『今は、サーバーの中だよ。……それよりカナ! ハルカって子はどこにいる?』


 突然の質問に、私は動揺して、「し、知らないけど……」と、しどろもどろに答えるのが精一杯だった。


 すると、じっと会話を聞いていたサキコちゃんが、静かに、けれど断定的な口調で口を開いた。


「屋上……ハルカちゃんは、屋上にいる」


 彼女の瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。


「やっぱりね。さっきから、そのイメージばかり浮かんでた。ハルカちゃんは、この校舎の屋上にいるよ」


 迷いのない、確信に満ちた声だった。



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