第百八話 悪意のテレフォンコール
【山川新次郎】
「シン!」
校舎から手を振って出てきたのは、リラとシュシュだ。
二人は何やら楽しそうに笑い合っている。
「シン! 聞きましたか? 私の校内放送!」
「あー、聞いたよ。みんな大人しく寝てるし、大成功だね」
リラの周りにパッと花が咲いたかのように、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「でしょ! 頑張りました!」
「ああ、本当に助かったよ」
俺は校庭でスヤスヤと眠りこけている生徒たちを見渡しながら、リラに感謝を伝えた。
一方でアンジュは、さっきまでサキコちゃんと一緒にいた女子──香苗ちゃんをお姫様抱っこしていた。
スラリとした長身で、華奢な女子を軽々と抱きかかえる姿は、本当に「男前」としか言いようがない。
「あれ? なんでカナちゃんまで眠っちゃったの? 呪文、聞いちゃったのかな」
サキコちゃんが駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「聞いてないわよ。ただ、張り詰めてた糸が切れて疲れたみたいね。少し休ませてあげましょう」
珍しく優しい口調のアンジュ。
彼女は校庭脇のベンチに、香苗ちゃんをそっと横たえた。
その時、香苗のポケットからスマホがゴトン、と滑り落ちた。
アンジュが「ヤベッ!」と慌てて拾い上げた瞬間、そのスマホが唐突に喋り出した。
『皆さん! この度はうちのカナがお世話になりました! ありがとうございます!』
「わ! よ! おっと!」
突然の声に、アンジュは危うくスマホを落としそうになり、お手玉みたいに両手でガチャガチャと持ち直した。
ようやく安定させると、アンジュはスマホの画面を睨みつける。
「ちょっと、あんた誰よ!」
すると代わりにサキコちゃんが、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて会話に割り込んできた。
「この子はムッシュって言います! カナちゃんのスマホに入ってる、専属のAIなんですよ!」
──専属AI?
「AIってことは……これ、機械なの?」
アンジュは片手で持つスマホを、もう一方の手で指さし、気味悪そうにまじまじと見つめた。
『女神アンジェリーナ。機械、という呼び方はいただけませんね。こう見えて高性能なAIなんですよ。僕』
「機械がいけしゃあしゃあと話しかけてくるんじゃないわよ」
キモい、と吐き捨てるように呟き、アンジュはさらに汚いものでも触るかのように、親指と人差し指だけでスマホを摘まみあげた。
──しかし、アンジュ。「いけしゃあしゃあ」なんて言葉、一体どこで覚えてくるんだよ。
「大丈夫ですよ、アンジュお姉さま! ムッシュはカナちゃんの味方です! つまりは私たちの味方なんです!」
──サキコちゃん、何その「友達の友達はみんな友達」みたいな強引な論理展開。
「……そいつが、諸悪の根源である例のAIなんじゃないか?」
一方で、状況を物騒に捉えたのはキリだ。
彼はすでに日本刀の柄に手をかけ、今にもスマホを叩き斬りそうな勢いで、鋭い視線をスマホに叩きつけている。
『おっと、暴力は感心しませんね。僕はあくまでカナのサポートユニット。それに、今は緊急事態なんです。皆さんの助けが必要なんですよ』
「ところでさー、今コイツ、アンジュのこと『アンジェリーナ』って言ったよね?」
シュシュが不意に、杖を手に構え直した。
その瞳には魔導士らしい鋭い光が宿っている。
「そうよ! なんで私の本名を知ってるのよ! 最近は、芸名以外で名乗ったこともないのに!」
──芸名じゃなくて、呼び名な!
俺は反射的にアンジュにツッコミを入れてから、一呼吸置いてムッシュとかいうAIに向き直った。
「君……ムッシュは、『シルベ』のAIなのか?」
俺の質問に、ムッシュは即座に返してきた。
『違います。山川さん……いや、ヤマさん? それともシンとお呼びした方がいいですか?』
──コイツ、俺のことまでそこまで知ってるのか!
「好きに呼んでくれ。で、ムッシュ、あんたは何者なんだ?」
『僕は、カナの父親が作ったAIです。そして──『シルベ』に搭載されたAIのプロトタイプでもあります』
その衝撃的な発言に、俺たちは言葉を失い固まった。
脇で俺たちを見ていた太洋さんが、険しい表情で口を挟む。
「もしかして……定期的にこちらへ情報をリークしていたのも君か?」
太洋さんは、まるで人間を相手にするように問いかける。
『はい。お役に立てたのではないですか? ちなみに今、この学校の監視カメラ映像は全て僕が管理しています。過剰脅威対策室のサーバーにもリアルタイムで送信中ですよ』
スマホの画面が一瞬明滅し、校内の様々な場所を映した監視カメラ映像が次々と表示される。
保健室、体育館、廊下、職員室──全ての映像が、確かにムッシュの制御下にあることを示していた。
「まあな。実際、ルーリの誘拐も未然に防げたしね。それに……」
太洋さんは、俺に視線を投げた。
「あの夜も、リークがなけりゃ山川さんのフォローには行けなかったろうな」
そう言って、彼は微かに頬を緩めた。
おそらく、いや、間違いなくあの時、俺を援護射撃してくれたのは太洋さんなんだろう。
俺は、ほかにも心当たりがあって、確信を得るために聞いてみる。
「さっき、ここに来る時に位置情報を送ってくれたのもあんたか」
『はい。山川さんも察しが悪くて、迷子のようだったので。ついでに言えば、この学校の電子錠も全て僕が解除しました。皆さんがスムーズに動けたのは、僕のおかげなんですよ』
──コイツ! 結構、口が悪いな。
『しかし、これでお終いではありませんよ。何しろ相手は、僕をベースに作られた後継の高性能AIですから。僕が学校のシステムを抑えられるなら、あちらは街全体のインフラに干渉できます』
と、その時。
──ピコン、ピコン、ピコン、ピコン!
あの嫌な電子音が、校庭のあちこちで一斉に鳴り響きだした。
『やはり、始まりましたか。敵AIが校内の全スマホに侵入しています。僕のプロテクトを突破するまで、あと三十秒……いえ、二十秒ですね。思ったより速い』
ムッシュの声と同時に、そこら中に転がっているスマホから、徐々に呪文のような合成音声が響き渡る。
「これ! 睡眠魔法を解除する詠唱ですよ!」
リラが悲鳴のような声を上げた。
すると、今まですやすやと眠っていた学生たちが、まるで操り人形のようにむっくりと起き上がり始めた。
その目は虚ろで、明らかに正気ではない。
「おいおい、シン! どうするよ!」
キリが再び抜刀し、俺に決断を迫る。
──って、俺に振るなよな! こっちはまだ状況整理も終わってねーんだよ!




